魔王城 神々の事情
「まず、最初に謝罪いたします。アーレリオス様。
襲撃の際には冷静さを欠き、ご迷惑をおかけいたしました」
「謝るべきは私ではない。マリカにだ」
「そうね。ごめんなさい。混乱させたでしょうに、しっかりと役目を果たしてくれたこと、感謝しています」
純白の無重力空間、疑似クラウドの中には三人の神々と、三人の人間、そして三人の精霊がいる。
アーレリオス様とステラ様、そしてレルギディオス様。
フェイと、アルとお父様。
私とリオンと、エルフィリーネ。
精霊神様達も人の形を造っている。
白いぴったりしたレオタードドレス。流れるような射干玉の髪。
ステラ様は左手の指に嵌めたシンプルな指輪以外、なんの飾りも身に着けていないけれどこうしてみると、本当に美しい。
元の人間であった頃を原石とすれば、カットして磨き上げたような輝きを放っている。
深い黒曜石のような瞳には、どこか哀し気な色を宿して、見つめているだけで呼吸が止まりそうだ。
一方少し不機嫌そうな表情のレルギディオス様。袖なしの黒いレザージャケットはレーサースーツを思わせるツナギの服。金髪、緑の瞳。精霊の色。
日本人顔で元が神矢君であることは間違いないんだけれど、ステラ様と同じように磨き上げられているせいもあって、地球人時代の面影は殆どない感じ。
ステラ様の後ろで私達を睨んでいる。
そして、二人の横。腕を組み、見つめている。というか監視している印象のアーレリオス様。
精霊神として最初に会った時とほぼ同じ、インド風民族衣装。長いコートのような服にターバン。燃えるような赤い瞳は私達ではなく二人の第二世代に向けられていた。
私達と会う時の少し気が緩んだ感じではなく、『神』としての礼装っぽい。皆さん。
神々にも色々と事情や思う所があり、少なくとも今回に限っては一枚岩ではなさそうだ。
一方でフェイ、アル、お父様の人間組は意思統一。
神々には気は許さないぞ、って感じだ。
私達と神々の間に立って、警戒の眼差しを向けている。私達を守ろうとしてくれているんだな、って解って嬉しい反面、どこか申し訳ない気もするなあ。
エルフィリーネはいつもと同じ、静かに目を伏せ佇んでいる。
神々がいるからね。多分、よっぽどでなければ口出しはしてこなさそうだ。
そして、私とリオン。
私は大筋で覚悟は決めているけれど、やっぱり状況説明は欲しいと思っている。
リオンは……どうなんだろう。
凪いだ水面のような静かな表情からは、何も窺い知ることができない。
「役目を果たした、ってステラ様は私が防御壁を張ることに反対だったのでは?」
「反対、という訳では無かったのよ。アーレリオス様がおっしゃったとおり、あの場面で貴女が防御壁を張らなかったらかなり困った事になっていたし、地球とは違う力をコスモプランダーも発揮しているようだし。
今のような落ち着いた会話ができる時間はとても取れなかったでしょう。必要な事だったと理解しています」
コスモプランダー襲撃時、私の身体を乗っ取っても止めようとしたステラ様は、防御壁を張ること自体は必要な事だとおっしゃる。
「じゃあ、なんで止めようと……」
「それでも、ね。ずっとこうしたいと願い、布石を敷き、準備を行っていたことが全て水泡に帰することになったのは、ちょっと辛かったから」
「準備していた事?」
「そう。マリカ。貴女をね。
私の後継者として星の中枢に据えることはできなくなったの。
貴女は星の『守護者』『精霊神』の側になってしまったから」
「え? それは、どういうことですか?」
フェイやお父様もステラ様の言葉に目を見開いている。
多分、ステラ様の後継者ってとこだ。
そういえば皆には、ステラ様の秘密や、私がその後継者になるってことは言ってなかったっけ。
「知らない者達もいるから、順に説明するわ。
マリカは元地球人の能力者シュリアと真理香の娘なの。生まれながらに『精霊』ナノマシンウイルスに適性を持つ存在よ」
ここにいる人達は、かつての星の記憶の夢を見て事情は知っている。だから、そこに至る説明や事情は省かれる。
受精卵として地球で命を得て、その後数百年の時を経てアースガイアで命として成立したこととかは。
「マリカの両親であるお二人は第一世代、と呼ばれるコスモプランダーの散布したナノマシンウイルスに適合し操る力を持った存在。私と神矢、レルギディオスは、その適合者の血を受けて進化し新しいタイプのナノマシンウイルスを精製、操ることができる第二世代、ってことになっているわ」
全ての元はコスモプランダー由来のナノマシンウイルス。
でも、ステラ様はそれを自分の体内で地球人に都合のいい形に作り直す力を得た。
『神』レルギディオスはそれを増幅、強化させることができる。
それが所謂第二世代というわけだ。
「私達の第二世代の力を受け継いだのはリオンとフェデリクス。
二人はコスモプランダーのウイルスに対して強い抵抗力を持っているわ。
今回の件で確認できたけれど、コスモプランダーのウイルスにほぼ影響されることなく、立ち向かう事ができるようよ。私由来の精霊の力への支配、命令権も最強クラス。
ただ。どちらも男だったからか、私の持つナノマシン精製、書き換えの能力は遺伝しなかったの」
コスモプランダーのウイルスによる支配と影響が地球人を滅亡に追いやった元凶だった。
人間を作り替える悪夢を、第二世代の作り上げた新しいウイルスとワクチンという形で免疫を作り、言葉は悪いが先に支配されることでコスモプランダーに抗したのがかつての地球だった。
「私はどうしても『私』の後継者が欲しかった。
ナノマシンウイルスを精製することができる能力者が。
だから、預けられた真理香先生の忘れ形見。地球最後の能力者の受精卵に加工を加えたの。私の遺伝子を組み込んで、同期させたり、その他色々。
ナノマシンウイルスそのものを生み出し、支配し、書き換える能力者を作る為に時間をかけて弄んだわ」
みんなの視線が一気に私に向かう。
ちょっと、辛いかな。
私が普通の人間じゃない事の宣告のようなものだから。
「元々のマリカの能力適性は、守護と回復だったみたい。
真理香先生の力、適性を受け継いだのね。
その上に私は、この星の精霊を操り、書き換える能力を上書きした。
『精霊の貴人』という、実験用に作ったクローンで試し、運用してきた能力よ。
ライオットに預けて育てて貰う筈だった子が、誘拐されて虐待されたのは予想外だったけれど、城に戻って来てくれて。
壊れかけた心に真理香先生の人格情報をインストールしてからはとてもうまく行っていたの。精霊を操る力、書き換える力は文句なし。
今まで運用していた真理香先生の無精クローン。『精霊の貴人』とは比較にならないくらい精神的にも肉体的にも強い子になってくれた。
精霊を生み出す力は、発現が見られなかったけれど、それは成人して子宮が発達すれば、なんとかなるかな、と思って見守っていたわ。
どうしてもの時は、私の『精霊の力』の特濃版を体内に入れて、リオンとマリカがまぐわえば子宮も作り替えられるだろうって。最悪の時はマリカの子どもに力を受け継がせようって思って実行もした。
成人の儀式の前にコスモプランダーが襲撃して来たのでそれも叶わなかったのだけれど」
フェイがこぶしを握り締めたのが解った。
お父様はさらに憮然とした顔つき。
多分、私を作り替えるとか書き換えるとかさらっとおっしゃるステラ様に怒ってくれているのだ。
ちなみにステラ様の特濃『精霊の力』はラス様が持って行ったので、儀式が先だったとしても体内に入っていたかどうかは怪しい。ラス様のあの態度はステラ様の意図を解っていてのものだと思うから。
『私』を助けようとして下さったんだね。きっと。
「ただ、コスモプランダーの襲撃による能力使用と防御壁作成で一気にマリカの生来の力が跳ね上がってしまったの。
こうして見ていて解るけれど、今のマリカの力の器は私より大きくて、もう下手な介入は通用しない。一人の『精霊女神』マリカとして確立してしまった。
ナノマシンウイルス精製の能力者に作り替えて私の後継者にすることはもう不可能になったのよ」
「……我が娘、マリカに対する『星』の所業。
色々と言いたい事はありますが、それは『精霊の事情』として今は追及しますまい」
お父様が神々の前に一歩進み出る。
不機嫌や苛立ち、言葉にできない色々な思いを呑み込んで、彼らを睨む瞳は相当にキツい。神々相手で無ければ爆発していたか斬りかかっていただろうな、と確信できるくらいには。
「ですがこれはお聞かせいただきたい。
宙の彼方。星の世界に座し、今なお大地を狙うコスモプランダー。
奴らを駆逐する術は存在するのか?
存在するとして、それはマリカとアルフィリーガにどんな犠牲を強いるものなのか?」
「それは……」
苛立ちを隠さぬまま、お父様は問いかける。
その前に、
「ライオット」
『神』レルギディオスが進み出た。
ステラ様の前に立ち、お父様の追及から庇うように。
そういえば、こういう風にしっかり『神』として形を造ったこのヒトと直接話すのは久々な気がする。
大神官になる前、身体から精神を剥がされた時以来だろうか。
それ以降は、タブレットの中の映像か、リオンの身体を乗っ取った時にしか話していない。
「お前が、リオンやマリカを慈しんでいる事は理解している。
親としてそれを嬉しく思わぬ訳でもない」
私には『神矢君』
真理香先生が持つティーンエイジャーの印象が強くはあるけれど、そういう先入観を抜きにすれば威圧感も神気も文句のつけようのない『神』。有能ではあるのだ。間違いなく。
彼は、躊躇なくお父様を睨み、凍った、感情の無い声で告げる。
「故に敬意と謝意と共に教えてやろう。
星を守り、コスモプランダーを駆逐するの為の、最善にして唯一の方法を」
「それは……」
「リオンとマリカが人の器を捨て『魔王』となることだ」




