大聖都 奪われた右腕
大神殿奥の会議エリアから外に出て、アルケディウスの神殿に戻る。
その道のりに外に出る必要は無い。
けれど、その前に、と頼んだ寄り道に文句をつける側近は無く。
先導するカマラは黙って私の我儘についてきてくれた。
ちなみにリオンは大神殿で仕事を継続。
落下した隕石から出て来るアメーバと、凶暴化している魔性についての対応をフェイと行っているそうだ。
私がどこに寄るか解って心配そうな顔はしていたけれど。
大神殿裏。従事者居住エリア。
食堂。
災害で崩れた神殿の片付けなどで疲れた従事者達の憩いの場の中央、人々に囲まれている人物がいる。
「お疲れ様。はい、スープ少しおまけしておいたよ。
エリセちゃん、これ運んでくれる?」
「はい。どうぞ。火傷しないように気を付けて下さいね」
「ありがとう」「いつも楽しみですよ。普通の料理人のそれとはやはり一味違う」
「流石ゲシュマック商会の料理主任」
人々の輪を邪魔するようで申し訳ないけれど、人の流れが途切れたところを見て、声をかける。
「……ラールさん。具合の方は如何ですか?」
「おや、マリカちゃん」
「マリカ姉……」
「え?」「だ、大神官様!」
隕石の影響で一部壊れた食堂で、配膳をしていたラールさんはいつも通りだけれど。
私の来訪に気付くと周囲の人達は、皆、一様に顔色を変えた。
膝をつき、頭も垂れる。
立っているのはラールさんとその傍らで寄り添うように立つエリセだけになっていた。
「忙しいのに、マメに様子を見に来てくれてありがとう。
でも、もうそんなに心配しなくても大丈夫だよ」
ポンポンとラールさんは躊躇いなく私の頭を撫でてくれる。
「旦那様や、フェイ君。神官長の口利きで義手も作って貰えそうだし、もう料理人の仕事は降りる話になってたし。作り方指導だけなら、手が無くてもできるし。
翻訳の仕事も左手で字を書けるように訓練してるから……。って言ってもダメか。やっぱり」
「はい。……ダメです。ごめんなさい……」
利き腕とは反対の左手で。そっと。壊れ物に触れる様に。
彼の右腕。
包丁を握り、食材を扱う繊細な指先。
ペンを持ち、地球の思い出を綴る可能性を持っていた彼の手は。
今は実体を失い、右の袖だけが所在なげに揺れている。
コスモプランダー襲撃における、死者以外で一番の被害者と言われるラールさん。
彼の右腕は、隕石から現れた謎の怪物。
仮称アメーバに喰われ、消失していた。
◇◇◇◇
その日、彼はゲシュマック商会の大聖都支店に招かれて訪れていたのだそうだ。
支店長であるアルが成人式の写真撮影に呼ばれて不在だった為、臨時の支店長というかヘルプに入っていたと聞く。
「あ~あ。私もマリカ姉の成人式、見たかったのになあ~」
留守番を申し付けられたエリセに苦笑しながら、ラールさんは幹部としてできる書類の決裁をエリセやクオレを助手に続けていた。私の結婚披露宴の為の食材の発注確認とかもしていたらしいけれど。
「マリカちゃんなら後でエリセちゃんにも必ず見せてくれるよ。
それに花嫁衣装は一番近くで見るんだから」
「うん。それを楽しみに頑張る!」
そんな微笑ましいひと時、当たり前の日常は
DOOOONN!
突然の地響きと、衝撃によって一瞬で霧散した。
「キャアアア!」
「な、なんだ? これ!」
「まさか地震? 皆! 近くの机やテーブルの下に隠れて!」
精霊神様やステラ様に管理されて、魔王来襲時の他はほぼ地震などの脅威が存在しなかった世界。当然、避難訓練なども行われてはいない。
ラールさんの的確な指示で、書棚や照明が崩れても、建物の一部が壊れても幸いなことに人的被害は無かったゲシュマック商会。
けれど、人数を確認し、必要な書類や金銭などを持って、とりあえずの避難を開始しようと外に出た途端に彼らは息を呑み、動きを封じられた。
「な、なんだ? これは?」
「隕石?」
近くの広場には、浅いクレーターを穿った石が落下していた。
それほど大きなものでは無かったらしい。隕石の規模によっては大爆発なども起き周囲を巻き込んだ可能性もあるから。
「インセキって、何ですか?」
「宙から落ちてきた石だよ。説明できるほど僕も詳しくはないけれど……」
地面に穴程度で済んで良かったと、地球知識があったラールさんは胸をなでおろしたけれど、それは早すぎる判断だった。
隕石だったものから突如、何かが染み出し、不気味な流体へと変化する。
そして!
「危ない! 下がって! エリセちゃん!」
「え?」
びよん、とまるでバネのようにこちらに飛び跳ねてきた、と語るラールさんの右腕にそれは取り憑いた
「ぐ……、ああああっ!!!」
「ラールさん」
手首に絡みついたそれは最初、拳大の泥の塊だった。
けれどじゅくじゅくと湿った音を立てながら、ラールさんの指先を、拳を、手首を溶かし、喰らっていく。
「どうした! なにがあった!」
「! これは、さっきの怪物と同じモノか?」
「神官長に連絡を! 直ぐに来て頂け!」
「司祭は? 出なければ誰か! 精霊術を使える者はいないのか?」
「あ、私、精霊術師です。どうすれば、どうすればいいんですか?」
駆け付けた騎士達は悲鳴を上げながらも苦痛に耐え続けるラールさんとエリセを見やった。一瞬の逡巡の後、噛みしめるように口にする。
「……君は、凍結魔法が使えるか?」
「はい、使えます、けど……」
「彼の腕に、怪物ごと凍結魔法をかけてくれ。その隙に、怪物を切り離す!」
「! でも、それってラールさんの腕が!」
「あれだけ侵食されていては、引き剥がすことは不可能だ。ならばせめて命を守らなくては!」
「イヤです! ラールさんは料理人で、絵師なんですよ。右腕は、その命みたいなもので……」
「……エリセ、ちゃん」
「ラールさん」
「彼のいう通り、だ。俺の腕は、もう……ダメ。だから……」
「イヤ! マリカ姉やフェイ兄ならきっと……」
「う……ぐあああああっ!」
彼の悲鳴が一際大きくなる。
荒い息は彼の限界を如実に伝えていたという。
ラールさんの腕を餌に、小さかったアメーバはどんどん大きくなっていく。
肘を呑み込み、消えた腕と同じくらいの大きさに育っていたと聞く。
もう一段大きくなれば、肩から体幹を喰らっていくだろう。
なら……決断した騎士は、部下に小さく首を動かした。
彼の意図を察した兵士達はエリセを後ろから羽交い絞めにして動きを封じた。
「な、なに! 止めて!!」
「俺の事を恨んでいい。だが、マリカ皇女の大事な忠臣の命を失う訳にはいかない!」
「止めてーーー!!!」
「許せ!」
「うわああああっ!!」
鈍い音と共に、アメーバに呑まれかけた右腕が、侵食の及んでいない上腕から切り離された。
と、同時アメーバは一気に形を変える。
腕の全てを食い尽くし、目鼻の無い人型へと。
サイズ的には大きくはない。1グランテと言っていたから1メートルくらい?
けれど、人の肉体を喰らって人型に変化したのは明らかだったから、攻撃の判断がつかず、遠巻きに警戒するしかなかった。
その後、フェイが到着しアメーバを氷結させてくれた。多分、砕いたか焼き去ったのだろう。
ラールさんは、駆け付けた司祭が手当てをしてくれた。
とりあえず切断面を止血し、出血死は防いだ。
でも……喰われた腕は戻らなかった。
「ラールさん! ラールさん!!!」
泣きじゃくるエリセとラールさんは神殿に保護され、その後本格的な治療を受けた。
けれど、私は防御壁を張った後、地上に落下して意識を失い昏睡状態。
意識が戻った時には、腕を失って数日が経過していたせいか。
それとも腕そのものが喰われて失われていたせいか。
後で私がどんなに力を尽くしてもラールさんの腕を再生させることはできず。
彼の隻腕は避ける事のできない現実となったのだ。
◇◇◇◇
「まあ、命があっただけでも幸いだと解ってる。だから、あんまり気にしないで。
腕を切った騎士さんも。
何より自分も責めちゃダメだよ」
ラールさんは明るく振舞い、そう言ってくれる。
けれど、やっぱり無理だ。
彼の前に立つと、涙が止まらない。
あの日と同じように。
エリセの前で、今、私が泣くことは彼女も苦しめると解っている。でも。
止められなかった。
大神官ではなく一人のマリカとして。
「ごめんなさい! ごめんなさい!!」
泣きじゃくる私にラールさんは躊躇なく触れる。
王族さえも躊躇する精霊女神を妹のようにそっと撫でてくれる左腕は。
彼の心のように暖かく、そして優しかった。




