表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1263/1295

大聖都 閑話 三人称 女神の誕生とその裏側の話

第四章 終了。次から第五章です。

 コスモプランダー。


 宇宙からの略奪者と『神々』が呼ぶ災厄の到来から、三日が過ぎた。

 もう二日もすれば新年を迎える。

 だが、今年は新年の祭儀を行えるかどうかさえ怪しい。

 三日前にこの星を、大陸を襲った大災害は、今なお大陸各地に。

 特にこの大聖都に大きな爪痕を残していたからだ。


「ああ、心底恨めしいですね。

 コスモプランダーという輩は。

 欠片も残さず消し飛ばしてやりたい」


 大聖都の最奥、神官長の執務室で一人書類の山に埋もれるフェイは誰も聞いていないのをいいことに昏い眼差しで呟く。

 蒼玉のような、と貴婦人たちに噂される彼の瞳が、闇色を放っているのは恨みによる比喩というだけではない。災害の対応、事後処理に当たる彼の瞼には深い隈が刻まれている。

 積み重ねられた木板に書類。

 様々な対応に追われて若き神官長は三日間、ほぼ不眠不休であった。

 けれど、彼に問えばそんなことはどうでもいい、と言うだろう。


「マリカはまだ、意識が戻らないのですから」


 ああ。もし何事もなく、事が進んでいたら。

 国王会議と、最終日に行われる大神官の結婚式に向けて、忙しくも楽しい準備期間を満喫していた筈なのに。

 マリカの花嫁衣裳は、どんなものだったのだろう。

 ライオット皇子が見立てたリオンの花婿衣装は素晴らしいものだった。

 あれと並び立つドレスを第三皇子妃が用意していたのなら、間違いないものであったろう。

 彼は幾度となく繰り返した、もはや意味のないこと。

 でも楽しい仮定を繰り返さずにはいられない。

 それが、過酷な今、彼の心を癒す、唯一の慰めであったからだ。



 トントン。


 執務室のドアが来客の訪れを唄う。

 シンプルに見えて、特徴のある叩き方は彼に来訪者が誰であるかも知らせていた。


「どうぞ。開いていますよ。アル」


 右手に書類の束。左手に籠を持って入ってきたのは彼らの弟分にして信頼する家族。アル。

 気を張る必要も、虚勢を張る必要もない相手の来訪にほんの少し、フェイの頬が緩むのが見てとれた。


「邪魔するぜ。フェイ兄」

「戻ってきていたのですか? リオンと一緒に隕石の調査に行っていたのでは?」

「ああ、これはリオン兄からの手紙と報告だ」


 差し出された書類にざっと目を通す。

 内容はアルケディウスに現れた新型魔性について、とある。


「ご苦労様です……。でもアル。これは通信鏡で伝えられないことですか?

 君を戻して、僕に直接届けなくてはならない程の新情報でも?」

「それもあるけど、リオン兄が、報告がてらフェイとマリカの様子を見てきてくれ、って頼むからさ。

 まだちょっと大聖都に戻れそうにないとも言ってた。

 だからほら、これ。差し入れ。

 新作のコロネパン。チョコクリーム入りだ。これなら仕事しながらでも食えるだろ」

「重ね重ねご苦労様です。そこに置いておいて下さい。後で頂きます」

「ダメだ。今、ここで。俺の目の前で食え。

 リオン兄が心配しているんだから!」

「解りました。まったく、今、無理をしていると案じ止めるべきは僕よりリオンだと思いますけどね」

「リオン兄も、後で殴ってでも休ませる。

 マリカが目覚めてからの方が大変なんだから、今ここで、どっちも倒れられるわけにはいかねえんだよ」


 そういうと、アルは手早く籠から布がかかった木皿と、ガラス瓶を取り出してフェイの方に差し出す。

 瓶の中に入っていた淡い桃色の液体は果汁風味の炭酸水であったようで、カップに注いでくれた液体からはしゃわわと、優しい気泡の弾ける音がする。


「ほら。食え! ラールが作ったパンなんだぞ!」

「え?」


 思わぬ名と行動に、フェイの動きが止まった。どこか自暴自棄であった目を見開き、アルを見る。


「ラール? 彼は、もう……働いているのですか?」


 今回の宇宙からの襲撃による被害は、その規模から考えると予想以上に少なかったと言える。

 精霊神達が告げたように、コスモプランダーの来訪そのものを彼らは察知しており、その為の必要な対策を講じていたと思われる為だ。

 アルケディウス以外の七国における被害の殆どは無秩序に投下されたであろう隕石の衝撃による家屋破損や、地形の変化のみ。

 散布されたという敵のナノマシンウイルスは、地上の人間の多くに影響を与えることなくおそらくはほぼ全て除去された。

 避難が間に合わず、隕石落下とその衝撃。そしてその後の二次災害により命を落とした者も残念ながらいるが、その総数は七国全てで千人弱に留まっている。


 かつて、最初の襲撃でナノマシンウイルスに地表を支配され、為すすべなく、星の人口の半数が消えたという『神の国』の事例と比較すれば考えられない程に今回の犠牲者は少なくて済んだ。


 ただ、被害が少ない、と被害がない。は等しくはない。 

 特に、大聖都におけるラールは今回の件において、最悪の被害を被った一人だと言える。

 おそらくは、彼の生まれに起因するのだろうけれど。


「ああ。安静にしていろって言ったんだけど、体力は回復したから大丈夫。

 寝てても泣いても、失ったモノは戻らないから動いてた方が良いってさ。

 一番の重症者が、率先して働いてるんだぜ。

 他の誰も文句なんか言える筈もない。みんな、黙って復興作業頑張ってるよ」

「そうですか……。神の国の民というのは本当に僕達と違う、しなやかな強さをもっているのですね」

「だな……」


 フェイは深い呼吸を吐き出した後、差し出されたパンを口に運ぶ。

 ふわりと柔らかく焼かれたパンに、甘く練られたチョコレートクリーム。

「美味しいです。ありがとう、と言っておいて下さい」

「伝えておく」


 ほのかな甘さと微かな苦みは、疲れ切った肉体に染み入るほどに美味だった。


「ラールの事例と、リオン兄の調査で解ってきた一つの仮説がある。

 その伝達が、今日、オレが来た一番の理由だ」

「仮説、ですか?」


 食事の区切りを待ってアルは口を開いた。

 これは報告書には書いていない、書けない最重要事項だ。


「ああ。隕石から出てきた怪物、アメーバについて。

 各国に落ちた隕石は、『この星の人間』に対しては活性化しない。

 アレは『地球のナノマシンウイルス』の接近に対して反応するんだ」

「『地球のナノマシンウイルス』?」

「そう。コスモプランダーの頭、っつーか、頭があるのかどうかわかんねえけど。

 その考えや力は何百年も昔、地球を滅ぼした時で止まってた。コスモプランダーが散布した、精霊神達の言う「旧型」のナノマシンウイルスと、その後改良された『星』が生み出した『新型』は知っている。 

 だからかつて成功した方法で、それらに対応できるナノマシンウイルスをばら撒いた。

 抵抗力のある地球人の存在も予測して有利に事を運ぶ仕組みまで用意していたって訳だ」

「大聖都の隕石はアル、もしくはマリカに反応して活性化した、ということですね」


 フェイの疑問にああ、とアルは頷いて見せる。

 自分か、マリカのどちらか。

 多分自分だろうとアルは踏んでいるがそれは、今は口にしない。


「多分な。でも、今、この星の人間が内包しているナノマシンウイルスは、元は『星』が生み出した新型でも、今は何世代もかけて変わってきて、別物になってるんだろうって。

 だから散布したものも、隕石に仕込んだ化け物も、この星の人間相手には強く発動しなかった。もう既に強い別の力に支配されているから、奴らの力はとりあえず、かもしれないけど効かないんだ。

 ただ、ウイルス同士の競合はあるみたいだけど」

「なるほど。だから、リオンは君を帰したのですね」

「そういうこと。

 そうしようと思って同行したわけじゃねえけど、図らずも立証してきた。オレがリオン兄と一緒に隕石に近づくとアレが出る。

 リオン兄だけだと出ない、ってな」

「エルディランドの『子ども』は夜の王の杖使いだし、ヒンメルヴェルエクトの二人は王城に。

 プラーミァは所在不明ですが動きがあった、という連絡がないから逆に大丈夫と見ます。

 大聖都に仕えていたマイアは幽閉されて、隕石に触れることがなく、他の子どもは全部アルケディウスと魔王城。

 ならば、今のうちに隕石を全て回収して処分してしまえば、当面、これ以上の被害は広がりませんか」


 少し安堵の息を零すフェイ。

 だがアルの頬に同じものは浮かばない。


「でも、安心はできないぜ。

 コスモプランダーの仕掛けが、地球人に反応するという事はこれから目覚めさせる筈だった地球移民達が起こせないってことだし、今は無害なナノマシンウイルスも変異する、奴らが変異させる可能性もある。と『精霊神』達は言ってた。

 マリカが張った防御壁。その外側で、奴らが今もこの星を狙っているんだからな」


 二人は、どちらともなしに窓の外を見上げる。

 あの高い空の彼方に悪魔がいるとは今も信じがたいが、この星の人間全てが自らの目で見、耳で聞いたのだ。疑いようもない。

 宇宙からの侵略者。その声を、来襲の足音を。


「マリカが目覚め次第、対応を考えなければなりませんね」

「正直、気は進まねえけど。

 また、リオン兄とマリカに対応の肝心なところを押し付けることになるからな」

「それは、僕も同感です。

 仕方ない、とはとても割り切れません」


 襲撃の日。何が起きたかは解らない者達も、解らないなりにマリカがこの星を守った事だけは知っている。


『精霊女神』


 彼女を自分がそう呼称したのはあの場で、あの場で、大神殿に背いた者や、背きかけた者達に過ちと格の違いを思い知らせる当てつけの意味が大きかった。

 事が終わってしまえば、マリカは星全体に防御壁を張り、コスモプランダーの第一次攻撃から星を守りきった。

 地上に散布されたであろう敵のナノマシンウイルスの除去も含めて、精霊神に匹敵する大偉業と言えるだろう。女神と呼ぶしかない程に。

 外にいた者は、どこの国であろうと多分見た筈だ。

 空を覆う光の守りを紡いだ存在がいたことを。

 聞いたはずだ。

 我々を見下し贄と呼ぶモノに、怯まむことなく切った強い啖呵を。 


 人々は目に見えるものを信じ、崇める。

 これから、マリカには間違いなく重圧がのしかかるだろう。

 精霊神の依り代。

 精霊女神としての圧力から少しでも守るのが自分の役割だろうと、フェイは理解していた。


「この星を守る事は確かに重要です。ですが、それがマリカやリオンの命、存在と引き換えでは意味がない」


 ただでさえ、彼女とリオンにはこれから、コスモプランダーと対するという重責が待っている。

 二人はまず間違いなく無理をする。

 我が身を犠牲にしてでも星を、皆を守ろうとするだろう。

 ならばそれを止め、出来る限り助ける。

 そして叶うなら共に戦う。

 絶対に彼らだけを犠牲になどしない。

 顔を上げ、アルと視線を合わせ、頷き合った。

 互いに、きっと同じ思いを胸に抱いている、と確信しながら。


「そういえば、反逆した司祭共はどうしたんだ?」

「とっくに処理しました。ご心配なく」

「処理って、殺したのか?」

「一応は生きていますよ。殺してしまった方が後腐れないのでいいのですが、後でマリカが気に病むのもなんなので」


 アルの問いかけに、フェイは息を吐く。まるでゴミの話をするような口調だ。

 さっきまでのマリカやリオンへの態度とはまるで違う。

 興味も関心も何もない、という言動は実に彼らしい、とアルは苦笑した。

 アル自身も、哀れだとは思うものの、同情するつもりは微塵もない。


「いい機会です。

 近いうちに同じことが起きないように、大神殿は完全に掃除します。

 今回の連中は、まだ古い夢を見ている老害共にとっては良い見せしめになるでしょう。

 まあそれより先にやらなければならないことが多すぎるので後回しにはしますけれど。とにもかくにも、まずはコスモプランダーの対策が先。

 全てマリカの回復を待ってのことになりますが」

「いつ目覚めるんだろうな。マリカは……。どっからどう見ても寝てるだけに見えるのに」


 防御壁の完成後、精霊神達も姿を見せない。

 故に状況を聞く事もできない。


「純粋に力を使いすぎただけだ、と『精霊神』は言っていましたから今は回復を待つしかありません」

「魔王城に連れて行かなくてもいいのか?」

「その方が回復は早いのでしょうが、今は『星』と距離を置いた方がいいと精霊神は言っていましたから。あの方にお任せするのが一番です」

「それは、そうなんだろうけど……」

「今、僕らにできることはそう多くはありません。マリカの回復を待ちながら自分達にできることをするだけですよ」

「だな……。よし! 俺はゲシュマック商会に戻って、リオン兄の監視、アーサー達と交代して戻る。フェイ兄もしっかりと飯食って時々は休めよ。

 フェイ兄に倒れられたら代わりはいねえんだからな!」


 腕をぐりんと回し、籠を机の上に置くとアルは扉に向かい……


「あ、もし次に来た時も休んでなかったり、パンの量が減ってなかったりしたらソレルティアに言いつけて、監視に呼ぶからな!」

「そ、それはやめて下さい。彼女はもう臨月なんですよ?

 妊婦に余計な心配は……」

「だったら、ちゃんとしろ。休め。

 また来るから!」


 バタン、と勢いよく扉が閉められた。

 遠ざかっていく靴音に、肩と身体の力が抜ける。

 ドッと疲労感が押し寄せる。


「知らないうちに、無理をしすぎていたのでしょうか?

 確かに、これからが本番。こんな所でバテている時間はありませんね」


 アルが残していった籠にはサンドイッチや菓子パン、甘菓子がまだたくさん入っている。


「おや、パウンドケーキも入っていますね。

 流石アル。僕の好みを解っている」


 皿の上に黄金色のケーキを一つ取って、彼は手酌で炭酸水もカップに注いだ。


「少し休憩して、仮眠して。

 それからまた頑張るとしましょうか。ソレルティアや目覚めたマリカに、だらしない所は見せられませんから」


 余分なモノの入っていないシンプルなパウンドケーキを口に運ぶ。


 世界に広まった地球の味は、優しく、甘く、懐かしい。

 マリカという当たり前で、特別な、普通の少女の。

 存在そのものを表すような味だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ