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大聖都 精霊同士の戦い

 まるで透明なエレベーターを上っていくようだ。

 そう思った。

 星空に上っていく軌道エレベーター。

 なんていうのは昔、地球を生きたお母さんの記憶だろうか。

 私にはそんな体験も経験もない筈なのに、そんなことを思い出す。


「この辺でいいのかな?」


 私が思うと同時、光の球は止まる。

 地上はもうかなり遠い。

 高所恐怖症はないつもりだけれど、素直に怖いな。


「アーレリオス様。あれが人工太陽、ですか?」


 地上から多分数千メートル。

 アースガイアに地球に匹敵するような高峰はないけれど、富士山よりは高いんじゃないだろうか?

 そんな風に思える場所で私が見上げたそのほぼ真上に虚ろなガラス玉のようなものが浮かんで見えた。

 かなり地表からの距離は遠いけれど、多分、まだ大気圏内。

 光を失っているから形が見える。もし眩く輝いていたら普通に太陽にしか見えなかった筈だ。


『ああ、そうだ。この星は地熱とステラの介入で気温はほぼ安定している。人工太陽の役割はほぼ電球と同じだ』


 私の中でアーレリオス様が頷いたのが解る。


「壊れたり、あちらに盗られたりってことはないですよね」

『おそらく、な。

 我々の持つ最高技術で作ってある。

 復活してからは定期的にキュリオとナハトがメンテもしている筈だ。

 コスモプランダーのナノマシンウイルスで一時的に誤作動を起こし安全装置が切れただけ。

 お前が力を送り、再起動させろ。細かい仕組みは知らなくていい。

 お前が命じれば直る』

「解りました。……リオン、力を貸して」

「ああ。好きに使え」

「ありがと」


 リオンが、私を後ろから、支えるように抱きすくめた。

 彼が触れた所から、力が私の体の中に流れ込んでくるのが解る。

 人工太陽の再起動なんてやったことない。やり方など、勿論知らない。

 でも、不思議な確信があった。

 頭の中を覆っていた膜というか霧がスーッと晴れていく感じだ。

 いろいろな、今まで解らなかった事がクリアになっていく。

 そして解った。

 お父さんが言う通り、できると、。


 手を高く空に掲げると、『精霊の力』がシャボン玉を抜け、掲げた指先へと集まっていく。ふんわりと光を放つ姿は蛍のよう。

『私達』の『精霊の力』はいい子だ。

 大事に愛され、育てられてきた。

 素直に優しく私達を助けてくれる。


「光、あれ」


 命じると同時、光が真っすぐに指から放たれる。

 まるで落雷を逆再生したような光が、人工太陽を貫いていった。

 と、一気に漆黒の空に光が戻る。


「うわっ! 眩しい!!」


 まるで、LED電球が真っ暗な中、いきなり灯ったのを見たような眩しさに目が眩むけれど、ぼんやりしている時間はない。

 これで、宙のコスモプランダーに、私達の反撃が伝わる筈だ。


 その証拠に私達の周囲の空気が、怪しい熱を帯びる。

 下で感じたように大気の中にきっと、コスモプランダーのナノマシンウイルスが混入されているのだ。

 ウイルスの基本は書き換えと自己増殖だ。

 他を利用して己を増やす。散布されたウイルスはおそらく増殖し、この星の生物に憑りつこうとしている。

 だがこの星の全ての生物には、おそらく大気にさえステラ様が作ったこの星の『精霊(ウイルス)』がいる。

 彼らは異物を排除しようと立ち向かっている。

 その状況が、今のこの澱んだ空気なのだと『解った』


『見つけた……』


 空の、宙の上から。

 重い、重い声が私達の頭上に降ってくる。


「えっ!」

『やはり、いたな。愚かなる逃亡者達よ』


 姿は見えない。でも、確かにそこに在る。


『我々から逃れられると思ったのか?』


 コスモプランダーに、一番近い所で、私はその声を聴いた。

 奴らは逃亡者、と私達に声をかけた。すなわちかつての地球を、偶然見つけた新しい餌場として滅ぼしたのと違い、私達を逃亡者と認識しているということ。

 そして


『貴様らは、我らに従属する者。その所有物。

 逃れられぬ。逃れさせぬ。

 未来永劫、星と宇宙の終わりまで、我らの贄となるのだ』


 新しい餌、贄として私達を飼い殺そうとしているということだ。


 銀色の雪が黒く変色しながら、私の光のシャボン玉に憑りついてくる。

 空中に散布された彼らのナノマシンウイルスが、データを換えようとしているのだろうか?

 幸いなことに、そこまで強力な力は持っていないようで、軽く手を翻せば染みは消える。でも、払っても払っても消えない黒い染みは、まるで身体に纏わりつく小蝿のよう。 

 正直ウザい。

 どうしようもなく腹立たしい。煮えるような怒りがふつふつと胸の奥から湧き上がってくる。

 勝ち誇ったような、決めつけた声。私達が抵抗しないと思っているのか?

 やりたい放題。

 私達を馬鹿にしているのか!


「お父さん、大丈夫ですか?」


 私は私の中にいる精霊神(アーレリオス様)に呼びかける。

 ここにいるのは本体から切り離した端末で、失われても大きな影響は出ないだろうけれど、身体の中で言葉を発せず沈黙しているのが心配だったから。


『……心配するな』


 昏さの無い暖かな声が、私に応えてくれる。

 よかった。いてくれた。

 私を心配させない為の虚勢かもしれないけれど、今の所、力は失われていないと感じる。


『奴らを観測していただけだ。心配していたが昔のような、逆らえないほどの圧力は感じていない。お前の中にいるからかもしれないが』

「良かった。私もです。

『神』が言う通り、私達には彼らの支配力は通じにくいようですね」


 地上の皆は大丈夫だろうか?

 少し心配になるけれど、今はそれよりも先にやることがある。


「……リオン、ナイフ貸して」

「……何をするつもりだ?」

「防御壁を張るの。それから、奴らのウイルスに逆ハッキング。

 その為に血を媒介にしようと思って」


 リオンの顔が一瞬で曇った。


「そうしないと、防御壁は張れないのか?」

「他に方法もあるかもしれないけど、それが一番早道でしかも強力。

 私達を支配できないと思って、第二陣を撃って来られると面倒だし」


 やりたくない。やらせたくない。とはっきり顔に書いてある。

 でも、それが必要な事も解ってくれている筈だ。

 私のお母さん。地球の能力者ティエイラの『能力』は己の血液、おそらくはナノマシンウイルスを媒介に防御壁を張る事だった。

 水を媒介にした防御壁などもあったから、他に方法が無いわけではないと思うけれど、多分それが一番、強く、早く事を為すことができる。


「……条件がある」

「何?」

「俺がやる。俺のも使え。精霊の力を媒介にするのなら俺の力も使える筈だ」


 ダメと。反対したい私の思いは言葉にならなかった。

 時間は無い。今はそれが最適解だと、頭の何処かで、私ではない誰かが言っている。


「解った。お願い」

『マリカ!』


 私が太陽を修復したからだろうか。

 宙の上からの良く解らない圧力が強まる。周囲に銀の雪が増し、煌めき始めた。

 空中散布で媒介のないナノマシンウイルスは、人間に憑りつけないのならそこまで脅威じゃない。

 私のシャボンくらいしか憑く場所もない筈だ。

 だから、今ヤバいのは隕石の追撃。

 これ以上、アースガイアの地を壊させない!


「解っています! リオン!」

「!」


 リオンの髪が金色に煌めいた。瞳も緑。

 精霊の力を発動させてくれたのだろう。

 何一つ、言葉を発せず、リオンはカレドナイトの短剣で自分の手首を切りつける。

 ザシュッと、鈍い音がしてあふれ出る真紅の血液。

 命の液体。

 精霊にも赤い血が流れているということになんとなく安堵して、私はリオンに向けて自分の手首も差し出した。


「ウッ……」


 自分を切った時とは比べ物にならないくらい優しい動きで、私の手首に紅い筋が走る。

 私は、リオンの手首から滴り落ちる命の源を、掌でそっと受け止めた。

 私と彼の血液が混じりあったと同時、それは黄金、いや虹色の光を放ち始める。


『邪なるものよ……去れ』


 その言葉は、私が発したものではなかった。

 頭の中で、こうしよう、こう言おう。

 と思って考えて、口にしたのではない。

 ただ、光を見た瞬間、唇が、心が、私が、勝手にそんな呪文めいた言葉を紡いでいた。

 シャボン玉の中は閉鎖空間、なのに風に靡くように髪がたなびく。

 その色は黄金。この星の『精霊』の色だ。


『貴様は……まさか、いたのか?』

『……星の煌めき』


 私の唇から紡がれる詠唱の唄に呼応するように、虹色の光は私達の周りを、光のシャボン玉の側を、大空をも染め変えていく。


『水の輝き、大地の鼓動、命の灯、受け継がれてきた星と人の想いの連なり』


 リオンと私、二人の血が混じり合って生まれた金色の光が、弧を描いた私の手に従うように帯となり空に昇って行く。まるで太陽の光を紡いで編んだリボンのようだ。

 私の身体が差し伸べる掌から虚空へと、見えない手にシュルシュル引っ張られリボンは空を駆ける。

 止まらない。

 このリボンがきっと防御壁になるのだろう。

 でも相当に力が引っ張られて行く。星全体を包むまで、私の体力が持つだろうか?


 そう思ったけれど、気が付けば、地面からも、周囲の空気からも。

 力が音を立てながら私の中へ吸い込まれ、リボンとなって放たれて行く。

 圧倒的な力と意志は私のモノじゃない。

 人々から力を集め防御壁を編む私と同調するけれど、完全に違う意志が、思いが『精霊(ナノマシンウイルス)』が。

 この星を包み込んでいる。


『何より! 子ども達と共に愛し育てて来た世界を! 環境を!

 踏みにじる権利、見下す資格など、お前達には無い。

 いや、そもそもお前達のやり方は、間違っている!』

『生意気な! 貴様のような取るに足らない存在が!

 我々を、進化を続けた最高種(子ども達)を否定することなど許さぬ』

『お前達が最高種などと、誰が決めた! 少なくとも私は、子ども達の意志も精神も踏みにじり、自分の思いを押し付けるお前を、正しいとは認めない!』

『黙れ!!』


 引き出されるリボンの勢いがさらに上がった。

 一方で、私の周りに集まる銀の雪も量を増す。

 デジタルノイズのような介入が見える。

 シャボン玉を作るデータを書き換えて、乗っ取ろうとしているのだろうか?

 もしかしたら、私達ごと、書き換えようとしているのかもしれない。

 消そうと思えば、消せると思う。でも私の力は今、リボンの生成に殆ど全部持っていかれている。

 このリボンが、星を守る防御壁に変わっているのは解るから、止めるつもりは欠片もないけれど、体力も気力も、外から集まる以上に引き出さ消費されてる感じで、足に震えが来る。

 リオンが、後ろで支えてくれていなければ、今にも倒れてしまいそう。

 私の中で力を貸していて下さったアーレリオス様の意志も力も感じられないくらいに、『全部』を使っている。使われている。


 私の手がふさがっているのをいいことに、シャボン玉に付いたウイルスの浸食が強まっていく。

 このままでは穴が開けられてしまうかもしれない。

 もしかしたら私達もハッキングされる?


 でも。

 そんな心配は無用だった。


「心配するな。俺に任せろ」

「リオン……」


 私の背後で、リオンの身体が光を発している。

 太陽の輝きを切り取ったような陽光の髪。

 新緑の双眼が視線を向ける度、黒染みは解ける様に消えていく。

 多分、私の代わりにリオンが、コスモプランダーのナノマシンウイルスを除去してくれているのだ。


「約束した。分け合うと。

 俺はお前の側で必ず、お前を助ける。守る。

 だから、お前は、お前の信じるまま、望むまま突っ走れ!」

「うん!」


 私は一人じゃない。

 かつての真理香先生は一人で星を守っていたかもしれないけれど、今はリオンや、フェイやアル。

 みんなが力を貸してくれている。

 よーし、気合入った!

 絶対にここで、あいつら追い払う!!

 私の思いが、伝わったのか。


『もう一度言う。去れ!』


 私の中の意志が、ひときわ強い力と決意を纏い、言葉を放つ。


『理想を、願いを、託された意志を忘れた邪なる者たちよ!

 ここは、お前達のいる場所では無い!!』


 私の身体がそう意志を発したと同時、光のリボンも紡ぎきったのか、発生を止める。

 一際強い力が虚空より降り、太陽を貫き、再び空を漆黒へと変える。

 中天が光に包まれたのは、まさにその時だ。


 閃光が乱舞する。

 上空から、地上に至るまでありとあらゆる場所で。

 天と大地を奪い合うように稲光が弾けていた。


「伏せて!!」


 私の声は聞こえただろうか?

 稲光が縦横無尽に空全体に広がっていく風景は、世界の終末を思わせる。

 幻想的。だけどこれ、多分、ナノマシンウイルス同士の競合なのだ。

 星が防御壁で封じられたことで、散布されたナノマシンウイルスが抗う為に暴れている。

 それを、この星の。

 ステラ様の『精霊の力(ナノマシンウイルス)』が対抗している。


 永劫続くかと思った明滅は唐突に止まり。

 気が付けば空は、元の蒼に戻っていた。

 広がるのは何も変わらない数時間前と同じ春天。

 澄み切って、甘ささえ感じる透き通った空気。


 天空を覆っていた闇は消え、圧力も今は感じられない。

 とりあえず、勝った?

 そう思った瞬間、力が抜ける。

 がくんと身体が崩れ落ち、光のシャボン玉も消え失せた。

 重力に引っ張られ、空中落下。

 ヤバい、と思うけど指一本、動かせない。


「マリカ!」


 リオンに抱きすくめられたのが解った。

 けれど、私の意識のスイッチはそこで切れ後の記憶はない。


 ただ、解っていることはある。

 これは終わりではない、始まりだ。


 蒼の空の向こうに今も侵略者達がいる。

 私達の星を狙って、鎌首をもたげているのだ、と。


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