皇国 悪夢の再来
何が起きたのか、正直理解できなかった。
輝くような春晴れの空が一瞬で真っ黒に。
そして……銀色の雪が降っている。
いや、もちろん雪では無いのは解るけれど。
掌や、物に触れると溶ける様に消えるナニカ。
これと、似たような光景を見た。私は知っている。
思ったと同時、今度は地面を揺らすような地響きが轟く。
「マリカ様! 大丈夫ですか?」
声をかけてくれたのは馬車を守ってくれていた騎士さんだけれども、揺れた私の身体はリオンが支えてくれた。
「大丈夫です。
今のは、まさか地震?」
「いや。『星』が守るこの大陸で地面が揺れるなど、あるわけがない!」
「今まで。魔王の時代でさえ、こんなことは無かったぞ」
でも、地鳴りは続いている。
遠くで、近くで。いくつも。いくつも
立ち上がる火柱。悲鳴のようなものまで。
「な、なんですか? これは、一体? シュルーストラム! これは一体?」
『解らん! だが……まさか、これは……』
シュルーストラムを出して問い詰めるフェイも動揺している。
当然だ。
ここは貴族街。しかも王族の居住エリアだ。
城下のどこで何が起きているのか。
遠すぎてさっぱり分からない。
「! マリカ! フェイ! 神殿に急ぐぞ!
神殿なら来賓や王族達が集まっている筈だし、『精霊神』もいる筈だ。
少しは状況が掴める筈!」
「待て! アルフィリーガ」
「ライオ!」
「俺も行く! 一緒に連れていけ!」
「私も……」
「お母様は、ここに残って下さい。双子ちゃんが心配です」
館の中から飛び出してきたお父様とお母様。
お父様はともかく、お母様を危険かもしれない、何が起こっているか解らない場所に連れて行けない。
きっぱりと私は首を横に振った。
「マリカ……」
何か言いたげだったお母様だけれど、今日はこれから成人式に出る予定だったから貴婦人のドレスだし、騎士として動くのもかなり難しそう。
だからだろうか……。
「解りました」
比較的素直に頷いて下さった。
良かった。
「私はお連れ下さい。マリカ様の護衛です」
「カマラ……御願いします!」
「お前達は城の護衛と、城下の状況把握に迎え! 何が起きたか解らない。
慎重にな!」
「かしこまりました」
馬車を護衛する筈だった騎士さん達はお父様の指示で散っていく。
その一方で、私達は
「行きます! 集まって下さい!」
杖を掲げるフェイのもとに身を寄せた。呪文詠唱。
その最中、リオンが私を無言で肩を引き寄せた。
手には微かな震えが感じられる。
漆黒のチェルケスカを纏うリオンは、お父様が褒めちぎったようにこの世のモノとは思えないくらいカッコいいのに、見とれている暇さえないのが悔しい。
「必ず、必ず。無事に帰ってくるのですよ。マリカ」
「……行って参ります。お母様」
はい、と頷く返事ができなかったのは、私の本能が何かを察していたからかもしれない。
微かな風を裂き、空を切る。瞬きの間の飛翔の後。
私達はアルケディウス神殿の、大聖堂、その中央に、転移していた。
「マリカ!」
「良かった。無事だったのか? 外で一体何が起きている?」
私達が転移したと同時、駆け寄ってきたのは皇王陛下と、アルだった。
周囲を見回せば、今日の成人式に参列して下さる筈の各国来賓も、皆様揃っている。
フリュッスカイトの元公主様とご主人、エルディランドのスーダイ大王様とシュンシーさん。
プラーミアのグランダルフィ王太子。
シュトルムスルフトのアマリィヤ女王陛下にヒンメルヴェルエクトのアリアン公子と奥様。
それからアーヴェントルクのアンヌティーレ様。
ケントニス皇子達がまだなのは良かったのか、悪かったのか。
「皆様、ご無事で何よりです。
ですが、私達も何が起きたのか、状況が全く分からないのです。
突然、空が真っ暗になり、地響きが轟き、そして……銀の雪が……」
「銀の雪?」
慌てふためく皆の頭上。
思ったよりも静かで、諦観を滲ませた声が降る。
『予想外、だった。
まさか、こんなに早く『来る』なんて』
「ラス様! ご無事ですか? っていうか、何が起きているか、ご存じなんですか?」
『ゴメン。状況を理解しているように見えて、それでも、僕らは甘く見ていたみたいだ。
奴らを……』
集まり、慌てふためいていた各国の来賓達は、その一言で一斉に膝をついた。緞帳を落としたかのように。
彼らの前には灰色の短耳兎。『精霊獣』が在る。
可愛い動物に見えるけれど、碧の神気を放ち、重力を無視して浮かび上がるその姿は、どこからどう見ても『守護神』の顕現だ。顔をあげられる筈もない。
「奴ら、って? それに、この状況……まさか?」
『ああ。おそらく、コスモプランダー。僕達から地球を奪った略奪者が、またやってきたんだ!』
「え? そんな……」
コスモプランダー、宇宙からの侵略者。
遠い昔、地球を滅ぼした、少なくとも地球人たちにとっては対話の余地のない悪魔が何故今、アースガイアに?
『驚くのも、詳しい説明も後だ。とにかく、今は星を閉じないといけない。
マリカ……お前の力が必要だ』
「おとう……火の精霊神様。星を閉じる? とは? 私の力が必要とは、どういうことですか?」
気が付けば、私の直ぐ傍らに、もう一匹の精霊獣がいた。
白いモフモフが、私のドレスを駆けあがって肩に飛び乗る。
ドレスに毛がつく、とか気にしている場合じゃない。
『コスモプランダーが、この星の大気圏外、衛星軌道にやってきて攻撃を仕掛けてきた、と理解しろ。
さっきの地響きは奴らの第一陣の攻撃。
隕石とコスモプランダーのナノマシンウイルス散布に寄るものだ。
まさか、忘れてはいまい? 『星』の夢。『神の国』の滅亡を?』
各国、王族の皆様の顔がハッと、何かを思いついたような、思い出したような困惑を浮かべていた。
『神の国』地球滅亡のエミュレーション。
あの時も確かに隕石が落とされ、散布されたナノマシンウイルスで、人々が……。
「じゃあ! さっきの銀の雪はナノマシンウイルスの散布?
この星の人達も皆、ナノマシンウイルスによって死んでしまうのですか?
もしくは人間以外のモノに変えられて……」
『それは大丈夫』
私の一番の心配をラス様ははっきりと否定して下さった。
『この星に生きている全てのモノは『星』の加護。精霊の守りを与えられている。少なくとも即死や怪物への変化はない。断言できるよ』
「……良かった。……うっ」
私は安堵の息を吐きだすと同時、微かな心臓の痛みに呻きを上げた。
必死にかみ殺したから周囲には多分、気付かれなかったと思うけれど。
『でも、安心してはいられない。
そのことに奴らが気付けば別の手を打ってくる可能性もある。
そうでなくても隕石の落下で、各地に小さくない被害が出ている筈だ。
各国の『精霊神』は王族の手を借りて守りを強化している筈だが、アルケディウスはお前達の成人式の準備の為に加護が弱められていた。
奴らが以前のように宣戦布告をしてくること無く、いきなり来たのも計算外だった。
この国でも、他国も辺境域などに被害が出ている可能性がある』
「あ、私達のせいで……」
『そんなことを言っている場合じゃない。とにかく、今は第二陣が来る前に、この星全体に防御壁を張る必要がある。そうでないと対応策を練る事さえできない。
傷を癒し、力を高める護りの能力者『マリカ』
君がやるしかないんだ』
「私に……できますか?」
『お前ならできる。母から受け継いだ力は、お前の遺伝子に確かに刻まれている。
強く願えば、力は応えてくれる筈だ』
「解りまし……」
『ダメよ! マリカ!』
「あうっ!」
『ステラ!』
ラス様とアーレリオス様の話を聞いて、やるしかないと決意を固めかけたまさにその時、脳の中に稲妻が走る様に声が響く。
『防御壁の能力を発動させてはダメ。
直ぐに城に戻って来なさい!』
雷に焼かれたように私の身体は痺れて動けなくなる。
身体のコントロールを乗っ取られた形だ。
(「どうしてですか? 私が城に戻れば状況が変えられるんですか?」)
『直ぐには無理かもしれないけれど、なんとかします。
もし、貴女が先生の……『本当の力』に目覚めてしまったら、今までの調整が全て水の泡に……』
『馬鹿者! そんなことを言っている場合か! ステラ!』
『きゃああ!』
「アーレリオス様?」
あ、戻った。
「どうした? 何があった? マリカ」
「今、一瞬、青い光が来たよな? 直ぐに消えたけど」
「ごめん、説明している暇はないみたい」
多分、各国の王族の方達には見えないし、何があったのかは分からないだろうけれど、私の中に手を伸ばし、強引に連れ戻そうとしていたステラ様のコントロールをアーレリオス様が炎で焼き切った感じだ。
『今を乗り越えねばその先はない! 解っている筈だ!』
『で、でも……』
アーレリオス様の怒気はこの時、とんでもなかった。
本当に太陽が落ちたかのような熱と力が叩きつけられたのを感じる。
ステラ様も、今、自分がしようとしたことが間違っていると解るのか?
それ以上の介入はしてこない。完全に切り離された。
ステラ様、大丈夫? 火傷とかなさってないだろうか? 一瞬心配が胸を過るけれど。
でも、そんなことを考えている余裕は無い。
『マリカ!』
「は、はい!」
アーレリオス様が再び私に命じる。
『お前は、今直ぐ、大神殿に戻れ。
そして上空から防御壁を張るのだ。私が援護する』
「大神殿に?」
『あそこがこの大陸の中央だ。一番効率よく力を集め、そして広げることができる』
「でも、私、防御壁の張り方なんて……」
『解る。できる。
大丈夫だ。お前なら。
私と彼女の娘なのだから』
「おとうさん……」
『力が足りなかったらここの王族や、民達から強制接収してもいい。とにかく全てを使って星に防御壁を張り、奴らの侵入を阻む。それだけを考えろ。
でないと、この星は、アースガイアは終わりだぞ』
「解りました」
『そっちは頼んだよ。アルケディウスは任せて』
私が決意を込めて首肯したのを確認したと同時、
『聞け! 精霊神の血を継ぐ者達よ』
ラス様はそう言うと膝をついたままの各国王族達の前に浮かび上がった。
『質問、意見、反対は聞かぬ。これは『精霊神』の命令である』
有無を言わさぬ神気全開で。
『これから、マリカ達は、この災害を止める為に力を揮う。
お前達はここで、祈りを捧げろ。
それぞれが持つ全ての力、気力。それを『星の守護』に使う。
その意思を持って何があろうともここで祈り続けるんだ。
神殿から、一歩たりとも外に出ることは許さない。
お前達の力が、邪悪な侵略者から人々を守る力となるのだと知れ』
「……かしこまりました」
何が起きるか解らない。というより、何が起きているのか。
それすらも解らない状況下で、けれど各国の王族の皆様は『精霊神』の御心に逆らうことなく膝をつき直し、それぞれ祈りを捧げ始めた。
心配そうに私達を見る皇王陛下やスーダイ様達も、今は質問さえ許されず、直ぐに祈りに戻る。
けれど、その信頼と気遣いの眼差しは揺るぎないもので私の迷いを打ち消してくれた。
『マリカ!』
「今行きます!」
『リオン! フェイ! アル! ライオット!
お前達も共に行き、力の発動までマリカを守れ! ……どうやら奴らも、昔のままではないようだ』
「え? それはどういう……」
「フェイ。無駄話は後だ。行くぞ! アルフィリーガ!」
「! 解りました!」
「ああ。行こう。マリカ!」
先を行く彼らの後を追って、私は外へと。
悪夢のその先へと走り出した。




