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皇国 魔王の成人式 闇色の空

 星の二月の最終週。

 木の日。


 暦上ではまだ冬だけれど、春の空気を宿したその日は朝から雲一つない青空が広がっていた。

 春天。そんな言葉が良く似合うどこか紫がかった空を、窓から見上げていた。


「マリカ。そろそろ用意は整いましたか?」


 軽いノックとお母様の気遣う声。


「はい。どうぞ。バッチリです」


 私は頷いてカマラに目くばせする。

 扉を内側から開いて、中へと促すと。


「うわ~。マリカ姉さま。キレー。大人っぽくて、カッコよくて女王さまみたい」

「ありがと。レヴィーナちゃん。

 いつもみたいに髪の毛をストレートのまま流したりしないで、結い上げているから大人っぽく見えるのかもしれないね」


 華美な装飾も世辞もない、子どもの素直な賛辞が素直に嬉しい。


「お姫様、とか聖女とかではないところが本質を付いている気がします。

 大人としての第一歩。強い意志と思いを表すには相応しい、良い出来です。

 ……似合っていますよ。マリカ」

「お母様も、ありがとうございます」


 勿論、お母様の言葉も。

 今日の身支度は、私の随員達がそれはもう全力で準備してくれたから、自分で言うのもなんだけど完璧だ。

 朝一で、食事をしてからロッサのエッセンシャルオイル入りのお風呂に入る。

 ハチミツシャンプーで髪の毛を洗うだけでなく勿論、体の隅々まで洗って貰って、身体が乾いてからドレスを身に纏う。

 早咲きのロッサの化粧水で肌を整え、フリュッスカイトの化粧品、乳液と白粉で肌を整える。そして口紅を薄く唇に乗せた。

 ここ数年で新しい食と同様に化粧品も凄く発達している。最近はラメ入りのチークとかまでできてきた。

 まだお肌艶々の十四歳なので、そんなに手入れする必要は無いと思うのだけれど、やっぱりやっただけ変わるからお化粧って不思議だ。

 それから今日の為の特別なお化粧も。


「マリカ姉さま。お爪もキレイね。可愛いピンク♪」

「これはプラーミァのベフェルティルング伯父様からの贈り物なの。

 お花で染めたのよ」


 昨日の夜、来賓方々をお迎えした時の事を思い出す。


「グランダルフィ王太子様。この度はご無理をお願いして申し訳ありませんでした。

 ご息女の誕生、おめでとうございます」

「ありがとうございます。

 姫君にはその節は親身な励ましを頂き、感謝しております。

 父上達が来れなくなったことをとても残念がっていました。

 フィリアトゥリスも出産直後なので、お許しを。

 その代わりと言ってはなんですが、頼まれていた花は、万全以上の出来で仕上がったので持って参りました」

「ありがとうございます。グランダルフィ王太子様」


 昨日、王太子様が馬車で運んできて下さったのは、南国プラーミァで時期をずらして育てて頂いたホウセンカの花だ。爪紅の別称を持つ通りこれで爪を染めると可愛らしい紅に染まる。

 ただ、ホウセンカは夏の花。

 まだ、色素抽出、長期保存まではできていないので春の成人式と結婚式には無理かな、とおもったのだけれど、相談したら南国プラーミァで、兄王様が気合を入れて育ててくれて、今回に間に合ったのだ。

 昨夜から仕込んでいたので、我ながらキレイ。

 結婚式が終わったら、売り出してみようかな。シュライフェ商会やフリュッスカイトと相談して。


「何をぼんやりしているのですか? マリカ。

 もう神殿に行く時間でしょう?」

「すみません。そうでした」


 と、いけないいけない。まだ商人だった頃や、化粧品研究してた皇女の頃が残っている。


 成人式まであと一刻。

 お母様のおっしゃるとおり、そろそろいかないと。


「では、行きましょうか。カマラ」

「はい。マリカ様」

「行ってらっしゃいませ。マリカ様」


 身支度を整えてくれた随員は、セリーナ達を含めて、ここでお留守番。

 神殿に同行できるのは護衛であるカマラだけだ。


 部屋を出て、一階に降りると館の従事者達と一緒にお父様とフォル君も待っててくれていた。


「おお! 話には聞いていたがなかなかいい出来だな」

「すごい! マリカ姉さま。すっごいキレイ。カッコいい!

 リオン兄さまやフェイ兄さまと並んだら魔王と魔女王みたいだ」

「こら、それはあまり褒めてないぞ」

「いえ。褒めて貰ってると解ります。ありがと。フォル君」


 レヴィーナちゃんに負けず劣らずのキラキラおめめで褒めてくれるフォル君に私は素直にお礼を言う。

 今まで皇女、大神官、聖なる乙女。要は光方向で白とか、淡い衣装を着ることが多かった私だからこんな真っ黒な衣装を身に纏って人前に出るのは久々のことだ。

 そう。本当に久々。


「さっきリオンを見ても思ったが、なんだか、懐かしい気がするな。

 お前は、とても美しく。そして大きくなった……」


 お父様が、私の頭をぽんぽんと撫でた。

 本当に軽く。子どもを慈しむように。


「なつかしい?」

「あなた。マリカの髪型が乱れます。気を付けて下さいませ」

「ああ。すまないな」


 お父様はお母様に叱られて、スッと身を翻し、後ろに下がった。

 小首をかしげる双子ちゃんには解らないだろうけれど。

 きっと、お父様も同じことを思い出しているのだと思う。

 ずっと昔。お父様と初めて『出会った』日の事を。


 思い返せばあの時も春だった。

 新年は過ぎていたけれど。こんな暖かい日で。


 私とリオンは大人の姿になって、お父様と初めて対峙した。

 私は女魔王として。リオンはその従者たる獣、魔王として。

 漆黒でデコルテの深い、かなり色っぽいドレスだった。

 緊張で、気恥ずかしさもあり、自分は悪役令嬢。そう言い聞かせて演技したのを覚えている。


 昔、魔王城の島だけが私達の世界だった頃。

『大人になる』能力を使っていた時は、凄く身体が痛くて無理もかかって。

 でも全く違う自分になって、今までできなかったことが何でもできる気がしていたけれど。いざ『大人の身体』になってみると、身体が大きくなっただけでまだ色々と伴っていなくって。『大人になる』ということが本当に難しい事なのだとよく解る。


「お父様、お母様」


 私は改めて深呼吸。

 背筋を伸ばすと深くカテーシー。

 最上級の礼を取ってお辞儀をした。

 指先の一つ一つにまで注意を払い。

 お母様に教えられた王家。皇族としての知識と技術全てを使って美しく。


「今まで、私を愛し、育てて下さってありがとうございました」


 一人前の淑女としてしっかりと立てているかと言われれば、少し自信はないけれど。

 でも、私に今できる全てを使って感謝を述べる。

 私からの感謝の言葉を受けたお二人は、顔を見合わせると少し寂しそうな表情を浮かべながらも


「ああ。成人、おめでとう」

「今日から大人の仲間入り、ね」


 祝福の言葉を贈って下さった。


「抱きしめてあげたいけれど、お化粧が崩れてしまうからできないのが、残念な所ね」

「確かに今日で一区切り、ではあるがまだ礼を言うのは早いぞ。

 これから結婚式も控えているし、新王家の設立、魔王城の島の開拓とやらなければならない事も多いからな」

「はい」


 私という存在は、地球で生まれた最後の卵子に、地球人『北村真理香』と、クローン人間『精霊の貴人』の記憶。そしてお二人の生まれることが無かった最初の娘の魂が刷り込まれてできた存在だ。

 試験管ベイビー、デザインチャイルド。

 どう言葉を取り繕っても、自然に生まれた人間ではない。

 でも。

 私自身を見て、愛してくれるお二人の娘であれたおかげで、私はそれでいい。

 皆が幸せでいられるなら、私は精霊であってもいい、と思うことができるようになったのだ。


「血や肉で繋がった家族も勿論大事だが、それよりも強い力で俺達は繋がっていると信じている。だから、その繋がりは簡単には切れんぞ。

 切るつもりもない」

「私もです。成人しても、結婚しても、私はお二人の娘であることをどうか、お許し下さい。一生懸命に頑張りますから」

「当たり前です。

 何度も言いましたが大人の仲間入りをした、と言ってもまだまだ教え足りない所はたくさんありますから。これからもビシビシいきますよ」

「お手柔らかに。では、行って参ります」


 変わらぬお二人の暖かさに包まれて、最後にもう一度だけ、深くお辞儀をして、私はロビーに背を向けた。

 双子ちゃんはここでお留守番。可愛らしく手を振って見送ってくれる。

 お二人は式に参列して下さるはずだけれど、式が始まれば挨拶はできないから、次に会話ができるのは式の後、だ。


 大きく開かれた扉の向こうには馬車が待っていて、その横には二人の騎士が控え立っている。

 リオンとフェイ。

 リオンは闇色のチェルケスカ。フェイは夜色の魔術師ローブ。

 漆黒の正装に身を包んだ二人は、息を呑むくらいカッコよく。


「行きましょうか? マリカ皇女」

「どうか我らが、その御手を取ることをお許し下さい」


 微笑みながらエスコートの手を差し伸べてくれた。


「ありがとう。よろしくお願いします」


 右手をリオンに、左手をフェイに預けて馬車のタラップを上っていった。


 見上げる空はどこまでも蒼く……

 いや、違う。


「え? なに? これ……」


 気が付けば、快晴だった空はそのままに。

 けれど、瞬きの間に墨を流したような闇に染められ、太陽はどこにも見つからず


 銀色の光が、風花のように空を舞っていた。


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