皇国 淡雪のような
暦は降りしきる雪のように、静かに、確実に積み重なっていく。
夜の月から、星の月へと。
「僕は成人式の前に、一足早く大神殿に行くよ。
結婚式のメニュー作りに呼ばれているんだ」
そう言って、ラールさんが報告してくれたのは、星の月になってすぐの事だった。
「あ、結婚式の料理、作って下さるんですよね?
ありがとうございます」
ゲシュマック商会の料理主任であり、貴族街実習店舗の店長であるラールさんは世界各地で活躍する『新しい』料理人たちの師匠でもある。
今回の私の結婚式、披露宴の料理を担当するのは大神殿の司厨長であるグスターティオ様だけれど、ご本人から
『国王会議会場にて各国国王が召し上がる料理。
しかも『聖なる乙女』大神官マリカ様の結婚を祝う宴でございます。
今できる世界最高の料理で無くては。どうかお力とお知恵をお貸し下さい』
そうなりふり構わず、プライドを横投げした要請が届いたそうでゲシュマック商会は全面協力。
勿論、費用を貰っての事だけれどラールさんを派遣し、材料を整えることを請け負ったという話を聞いたのは大祭後すぐの話だった。時間が過ぎるのは早い。
「フェイ君の時のようにアットホームに、とはいかないけれど、和洋折衷。
日本の披露宴料理を手本にして、この世界でまだ誰も食べたことのないような驚きのある料理を作って見せるよ」
「すみません。図書館の方もあってお忙しいのに」
「いいんだ。これが外で僕が料理する最後になるかもしれないからね」
ラールさんは新年からゲシュマック商会の料理部から退き、魔王城の島に移動。
図書館の司書長に就任する予定。
司書長と言っても、当面は一人で日本語書物の翻訳に携わり、徐々に増えていく予定の研究生などに日本語を教える。
そして人材を増やして、国会図書館の本のアースガイア語翻訳、地球文化継承の一翼を担ってもらうことになっているのだ。
研究生にはタートザッヘ様を始めとする各国精鋭陣が名乗りを上げている。
ラールさんは貴族街店舗で人に教える経験も積んでいるし、意欲も問題なし。
「日本語を教えるのに自信はないけど、まあ、頑張るよ」
と言っていたけど、任せて安心だ。
ただ。
本人が言う通り大きな場で調理に携わるのはこれが最後になるかもしれない。
「楽しみにしていますね。ウェディングケーキくらいは、私の式でも作って貰えます?」
「勿論。純白のケーキを準備しているよ。まあ、楽しみにしていて」
だそうだ。今から楽しみにする。
「マリカちゃんの、成人式ドレスが見られないのは残念だけど」
「どこかで機会があれば披露しますね。
お城の子ども達にはこの前見せたんですけど、成人式の後の一般参賀の時、ラールさんはいないって、ことですものね」
成人式が終わった後、皇族である私は一般参賀として人々の前に立ち、お披露目をする機会があるらしい。
一貴族であるフェイやリオンは参賀には加わらず、その後の宴で、大貴族達に挨拶をする。
「本来は社交シーズンではないので、普通の貴族の成人式には大貴族達も参加しないのが普通です。保護者だけ。
皇族と貴族も分けて式を行います。
婚約者とはいえ一緒に儀式を行うというのも異例の事ですよ」
と教えてくれたのはミュールズさん。
ただ、皇族、王族の成人式には全員自主的に王都に来ることが多いとのことだ。
お祝いを言いに。
顔つなぎの大事な場だもんね。
「とっても綺麗なドレスなので、間近で見て頂きたいですし。
ゴシックロリータって感じで、可愛い、というよりカッコいいですよ」
「そりゃあ、見るのが楽しみだ。ゴスロリはロマンだよね」
「私も自分が異世界で着るとは思いませんでしたけど」
二人で顔を見合わせる。オタクにはオタク同士の共通言語があるのだ。
「頑張って。僕も頑張るから」
「はい。私もちょくちょく大神殿に戻りますから、また後で」
そう笑って、ラールさんは大神殿に旅だって行った。
転移門を使う許可を出したし、私も言った通り大聖都と往復するからそんな感慨はないけれど。
で、私は、その後も、大聖都とアルケディウスを往復して成人式と、結婚式の準備に勤しむ。
私達の成人式は、星の二月最後の木の曜日、と決まった。
終わったらそのまま、新年、大晦日の儀式。
それから国王会議と結婚式の準備に入る。
特に今年は不老不死が終わって初めての新年。
なるべく派手に『星』と『神』の守りを人々に示すように言われている。
今までは、私が神官長から杖を預かり、奥の間に行って力を貰って戻ってくる儀式を行っていた。
と言っても、ここ二年くらいは神の儀式と言っても実際は『神』は(拗ねて)出てこなかったので、私とフェイが自前の『精霊の力』で、加護を表す光を放って見せていた。
でも、今年はリオンがやるんだって。
既に、フェイは神官長を勇者の転生で『神』の代行者であるリオンに譲ることを各国に表明している。
魔王城で各国のトップがその目で『神』の降臨を見ているし、当日も『神』が直々に力を貸してくれるとのこと。
私は聖なる杖を持って大神官として聖堂で祈りを捧げる。
その後、神官長であるリオンに『神』が降臨して、杖に力を分け与え新年を寿ぐ言葉をかける。
そして私が『神』の力を借りて大聖堂に加護の光を放つ。
できるだけ大々的にと言われたので、大神殿が光を帯びて輝くくらいまで頑張る予定。
リオンの神官長としての初仕事。
ここでしっかりと力を見せておくことが大事だとフェイも言っていた。
「リオンが『神』の依り代であること。そしてその上でマリカに仕えている事を示してしっかりと上下関係を表すことが大事なのです」
「フェイはリオンに『神』が降りるのは平気?」
「平気ではありませんが『神』とリオンの関係も理解しましたし、僕はリオンとマリカが納得しているのならそれでいいのです。
二人の望む世界を作る為に、全力を尽くすだけですから」
相変わらず、ブレない。
リオンも
「お前の配偶者としてカッコいい所を見せないとな」
って言ってくれたから、私も失敗できない。
責任重大。
ひたすらに頑張るのみだ。
新年の儀式が終われば、国王会議が始まる。
新しい独立国『大神殿』の長として各国王様達に侮られないように準備をする。
特に大事なのは魔王城の島における利権関係。
カレドナイト鉱山と、国会図書館を主とした学術研究施設は大神殿が管理する。
ただ、膨大な富を生むものだから、しっかりと飴と鞭を使い分けていかないと。
事前の根回しや、各国王様達への提言、新開拓地に対する提案や協力要請などやらなくてはならないことがたくさんある。
予算案の作成や素案作りなどはフェイがやってくれたので、私は当日までに内容を理解してしっかりとプレゼンテーションすることだ。
そんなこんなで準備と仕事に追われている私。マリッジブルーなんて考えている暇もないくらいに忙しい。
細やかな憩いというか楽しみは、
「結婚しての新生活、というのは今までとは違いますからね。
新しい家具などの準備もしていかないと」
花嫁道具の確認。
お母様は誕生日の時におっしゃった通りベッドや、クローゼット、タンスなどを随分前から発注して下さっていたのだそうだ。
「こんなにたくさん作って頂けるなんて、なんだか申し訳ないです。
今までの家具もまだまだ使えるのに」
「貴女の部屋の家具は子どもむけ、少女向けですよ。
結婚した大人の女性には合いません」
そう言って、出来立てほやほやの、美しい家具を見せて下さった。
私の元居た部屋は、私が里帰りした時の為に明けておいてくれるって。
個人的にはレヴィーナちゃんに使ってもらうのもいいかな、とおもったのだけれど
「また、貴女はそう言う事を言う。
アルケディウス皇王家が嫁入り道具も用意できないのか、と馬鹿にされるでしょう」
って怒られた。やっぱりちょっともったいない。
あと、もう一つ、楽しみな事が在る。
『新年の儀式でお忙しくなられる前には、大聖都に参ります。
お約束の新作も完成いたしましたので。
既に練習に入っております』
エンテシウスのグローブ一座だ。
この間、ちょっと通信鏡で話したけど初めての海外公演は今の所、どの国でも大人気。
新年と私達の結婚式に合わせて大聖都に来て新作を上演すると言っていた。
「新作のモデルに私を使っていませんか?」
『役者たちには魅力的な内容、演じていて楽しいという言葉を頂いております。
なかなかの自信作です』
「返事になっていませんよ」
『ハハハハ! 当日をどうかお楽しみに!』
濁された。
アレは間違いなく、私をモデルにしているだろうとため息が出る。
でも、今は見逃そう。忙しいし。
結婚式という祝いの場で、変な悲劇にはしないだろうし。
正直エンテシウスの才能は信頼できているので、私も実はちょっと楽しみだったりするから。
季節は徐々に冬から春に変わっていく。
深い根雪は少しずつ、消えていく。
…………穏やかな日常というものは、当たり前の日々というものは。
決して当たり前のものではないのだということを。
とても貴重で、大事で、掛け替えの無いモノなのだと。
掌の上にあると思っているうちに、淡雪のように消えてしまう儚いものであることを。
この時の私は知ることができず、気付く事もできなかった。




