皇国 帰路の羅針盤
「それから、これは俺達から、お前達への贈り物だ」
「私達に?」
双子ちゃんへのプレゼント贈呈が終わった後、今度はお父様がどこからか包みを差し出した。小さな、本当に小さな手のひらに乗るくらいの布包みが二つ。
私達、ということはリオンと私に、ということなのだろう。
「お母様からは、成人式の衣装に合わせるイヤリングを頂きましたけど」
「あれは単に装飾品を合わせただけ。
誕生日の祝いとは別物ですよ。
私からは後で、新婚生活用の身支度品を整えてあげる予定なので、それは純粋に皇子からです」
お父様からのプレゼントかあ。
そっと包みを開けてみると、お揃いのチェーンブレスレットが入っていた。
ちょっと腕時計っぽい。
「何ですか? これ? ブレスレット?」
「開けてみろ」
「開ける? ブレスレットを?」
見てみると繊細だけれど、しっかりとしたチェーンで作られたブレスレットに時計で言うと文字盤のような板がついていた。
あ、なんだか蓋っぽい?
開いてみるとそれはロケットだった。ロケット、と言っても空を飛ぶ方ではなく、写真を入れて蓋をするやつ。
中には小さいけど、精密に描かれた絵が入っていた。
親指の先くらいの大きさなのに、私と、お父様とお母様、双子ちゃんにリオンも入った家族の肖像、だ。
「これは?」
「ゲシュマック商会に頼んで、特別注文したんだ。
ほら、フェイの結婚式の時にギルが描いていた絵を参考にしてな」
「ああ、あの夢絵」
思い出す。フェイの結婚式の時にギルがソレルティア様とフェイの結婚式イラストにお父さんやお母さん、それに伯母である女王陛下も入れた実際にはない肖像画を描いていたっけ。
「結婚して、独立して。
しかも他国の王の立場になるお前達の側に、もうついてやることは難しくなるからな。
自分達には家族がいる。いつも側にいてくれる。
そう思うと心の支えになる時があるんじゃないか、って思った」
「嬉しいです。ありがとうございます」
「その絵は簡単には外せないようにがっちりと留めて貰ったが、上から別の絵を被せたり、蓋の内側にもう一枚、絵を入れたりはできる。お互いの絵にしたり、フェイ達の絵にしたり。子どもが生まれたら子どもの絵にしても……」
「……ライオ。これは……反則だろう?」
「リオン?」
私と同じ包みを開いて、同じものを貰ったはずのリオン。
ブレスレットを見つめる声がなんだか震えている。
リオンには珍しいくらいに動揺している?
一方で、してやったり顔のお父様。
「どうしたの? 私と同じ絵じゃなくって?」
リオンの掌を覗き込むようにした私は、目を見開き……納得した。
彼のロケットブレスレットの中に入っていたのは、私の知らない男女の肖像画だったからだ。
男性四人に女性一人。
みんな、こちらを向いて笑っている。
あ、良く見ると『知らない男女』ではなかった。
「あ、もしかしてこれお父様と、ヴェートリッヒ皇子ですか?」
明らかに今より若く、十代くらいに描かれているけれど、これはお父様だ、って解る感じの人物が描かれている。赤毛に黒い瞳。髭はなくて若々しいけれど、逞しくて少し悪戯っぽい瞳の。
その隣はアーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子だ。こちらはほぼ今と変わらない。
ということは、その横の若い神官服の人と、魔術師風の杖を持っている人は……。
「ああ。あとは解るだろう? ミオルとリーテ。俺達の旅の仲間だ」
「神官服を着ているのが、ミオルさん。魔術師の杖を持っているのがリーテさん。そして、真ん中の……」
「無表情に見えるけれど、微かに笑っている少年が」
「昔の……リオン」
「そうだ。再現するのに結構苦労した。俺には絵心とかあんまりないからな。
ゲシュマック商会のラールに相当無理を言ったが、おかげでかなり満足のいく出来になった」
遠い遠い、昔。
この世にたった一人生まれた精霊の少年が結んだ、最初の人との絆。
冒険の仲間達。
ラールさんが言ってたっけ。写真は写真で正確にその時を刻み残すことができるけれど。
人の手と思いによる絵だからこそ、できること。伝えられるものがあるって。
「俺は、もう諦めたんだ。
お前を言葉で矯正するのは。
お前は何を言っても、自分が『精霊』であることを揺るがせない。
それもまあ仕方ないと思っているが。
でも、忘れるな。お前の居場所は『こっち』なんだ。
ずっと、ずっと昔から」
「ライオ……」
自分は『精霊』
この星を守る道具だと本当に最初から、がっちりと揺るぎなく定義しているリオンだけれど、彼が本当は『こっち』にいたいのは解っている。
そう。誰よりも、解っているつもりだ。
「自分の居場所を忘れて、飛んでいきそうになった時にはそれを開いて思い出せ。
そして帰ってこい。こっちに。それは、その為の命綱だ」
「お父様」
「お前もだ。マリカ。一緒に飛んでいくんじゃないぞ。必ず戻ってこい」
「行くな、とは言わないんですね」
「行くな、と言って行かないでくれるのか? なら話は早いし、楽なんだがな」
「すみません」
「マリカ!」
お母様が眉を顰めるけれど行かないと、言い切ることはできない。
私もそこのところは自覚している。
リオンと同じく私も『精霊』だから。
「謝るな。もう諦めたと言っただろう?
お前らは、必要とあれば躊躇わず飛んでいく。
誰が止めようと、お前達の意思以外で留めることはできない。
だから、何度も言うが俺はお前らに縄を付けて、行ける限りはどこまでも付いていくし、必ず引き戻す。そう決めた。
それはその為の目印で、羅針盤だ」
なるほど。私とリオン。
両方のイラストにお父様ががっちり描かれているのはそういうことか。もしかしたら何か魔術的な仕掛けも施されているのかもしれない。
「本当はネックレスにしようかと思ったんだが、成人式のドレスの胸元に付けるには目立つからな。服の下に隠しやすい鎖のブレスレットにした。できればずっと身に着けていろ。
さっきも言った通り、別の絵を上から入れても構わん。
だが、外すな。できれば結婚式が終わって落ち着くまで」
「どうしてですか?」
外すな、とは贈り物に対しては随分と強い命令、だ。
「イヤな予感がする? お前は感じないか?」
「イヤな予感?」
「……別に気にならないならいい。ただの気休めだ。お前達の成人式や結婚式。
側にいてやりたいと思う親心だと思っておけ」
少し意味深だけれどお父様のお気持ち。
断る理由はない。
「ありがとうございます。大事にしますね」
私はブレスレットを手に留めた。
まだ、ちょっと呆然としているリオンにも付けてあげた。
第三皇子家の紋章が意匠化された蓋は緻密で丁寧な、人の手による作りだ。
お揃いの銀の煌めきが、手首で弾ける。
……もしかしたら、お父様はその野生の勘で何かを感じていたのかな、と後で思った。
このロケットの絵には、後での話になるけれど、本当に助けられたから。
「後は、最後に記念写真を撮りましょうか?
ゲシュマック商会からカメラを借りてきてあるのよ。撮影はヴィクスに頼んで」
「かしこまりました」
「少し時間がかかるから、じっとしていろよ。フォル」
「わかってます。おとうさま。っていうかレヴィーナにもいって」
「わたしはフォルみたいに、あばれまわったりしないもん!」
「おい!」
「ほらほら、動かないで。ブレてしまうわ」
「ではいきます!」
この日の写真は、私達に後日、誕生の祝い。結婚と成人を祝して贈られた。
後ろに日時と、お父様、お母様、それから双子ちゃんの名前と寄せ書き入りで。
そして私達の部屋に、長く、飾られることになったのだ。
帰路を示す羅針盤として。




