皇国 星の保育士 後編
「君の中で『保育士』ってどんなもの?」
髪の毛の中で囁くラス様の問いかけは、骨伝導の響きのように、私の中に入ってくる。
「『保育士』ですか?」
「そう。勿論、仕事としてのそれがどういうものであるかは知っているよ。
親が仕事などで、子どもの面倒を見れらない人の代わりに子どもを見守り、育てる。
知らない人間が見たら、子どもと遊んでいるだけに見えるだろうけど、そうでないことも解っているつもりだ」
「ありがとうございます」
「ただ、それにしても保育士、という仕事に君達は『特別』な意味を持たせているように感じる。君達、っていうのはこの場合、真理香先生と、海斗。それから真理香先生の記憶を受け継いだ君」
「私の『保育士』の記憶は真理香先生の人格データのエミュレーションによるもので実際の経験では多分ないのでしょうけれど」
「それでも、今、地球の、保育士の思いを持っているのはこの星で君だけだ。
だから、教えて欲しい。どうして『保育士』と自分を定義することで君は、君達は自分を犠牲にしても尽くせるんだい?」
「うーん。自分を犠牲にしすぎるのも保育士としては失格だとは解ってるんですよ。
だから、この星の孤児院の保育士さん達にはしっかりとした職場環境を作っていくことを第一目的としてきましたし。でも……」
ふと、思い返す。この星で、マリカとして目覚めてからの『保育士』としての記憶。
思い。
地球世界での保育士の記憶は、私のモノではない。
けれど、この気持ちはきっと『私』のものだ。
「好きだから、です。きっと」
「好き? 何を?」
「子どもが、人が、人間が好きだから」
どんなに仕事に追われても、信頼を持って託された子ども達が、頑張ったことで喜んでくれるなら。
保護者やみんなが笑顔になってくれるなら。
幸せになってくれるなら。
それでいい。報われたと思えるのが保育士だ。
「だから、皆が幸せになってくれれば、それでいいと思います」
「君自身が幸せになれなくても?」
「皆が幸せになれるのなら、まあそれで」
自分の保育や関わりが失敗して、子ども達が不幸になるのが一番辛い。
勿論、思い通りにできていたら失敗しなかったかと言われれば、絶対に大丈夫、という自信はないけれど。
でも日々の仕事に追われ、誰からも助けて貰えず、ただ一人、悩むだけの日々を思えば。
保護者や、上からの指示に逆らえず、子どもが傷つくのを見るだけの日々に比べれば。
自分が大変なことくらいは何でもない。
「だから。私は、今、十分に幸せなんです。
自分の信じた保育を、自由にできる。
助けてくれる人もいる。間違っていれば間違っていると教えて、一緒に解決しようとしてくれる人がいる。それで、もう十分に報われています。
この世界に生まれて来れて、本当に良かったと思っているんです」
「そっか。
それが保育士の考え方なんだ。それが君なんだね?」
「はい。勿論、全ての保育士が同じ考えだとは言い切りません。
でも、私はそう考えて、思い、行動しています」
「君は、大人だね。自分の事よりも、人の事をまず考えられるんだから」
恥ずかしいのかな?
顔を隠したまま。でもふわふわの毛並みから、静かな呼吸と思いが肌に、心に伝わってくる。
「成人式、っていうのは儀式というか節目に過ぎない。
大人になったか、ならないかを決めるのは、最終的には周囲と、自分自身だ」
「はい」
「僕はさ、年齢で言うなら今の君より幼い歳で、身体を失った」
「……はい」
「『能力者』『神』なんて言われて、何千年、何百年も生きて来て、少しは子ども達に向けて偉そうに振舞う術を身に着けたけど、心の中はあの頃のままだ。
先生を失って、身体を捨てて、地球を助けることもできずに逃げ出してきた子どもの時と変わらない。それは、多分、皆も同じだと思う」
「ラス様……」
昔、アーレリオス様も言ってたっけ。
何千年生きようと、成立した時の思いや記憶に縛られるって。
実際不老不死を得た人たちも何百年も生きて、皆、仙人みたいに達観した存在になったかと思えば違って。普通の人間として生きるのが精いっぱいだった。
人は。
人間は、自分である限り、そんなに変わることはできないのだろう。
きっと。
「私も、まだまだ子どもですよ。
誰かの為、って思っても周囲に迷惑ばかりかけています」
私が目標とする大人は、お母様だ。
子どもに対して真剣に向かい合い、悪い事は悪いとしっかりと伝えた上で、やりたいことを妨げることなく、どうしたらいいのかを真剣に考えて助けてくれる。
それに、今は現実のお母さんも加わった。
まあ、どうしても北村真理香先生は、自分の一部のような気がするのでお母さんという気はしないのだけれど。
自分の大切なものを最後まで守り、貫き通し諦めなかった姿は尊敬している。
最後の時まで泣き言を言わず、笑顔を、自分を、保育士を貫き通したことも。
「でも、最初は魔王城の子ども達や、リオン達だけだった大切なものが、どんどん増えていって、どんどん広がって。
今は、この国、この大陸。この星の全部が好きです」
世界中を旅してきた。
途切れ途切れだった国交や、人同士の絆を自惚れていいのなら繋ぎ直して。
「精霊神様やステラ様、そして『神』も作り上げてきた『優しい世界』
私はもし大人として立てるのなら、この世界を守り、導き、育てる保育士になりたいな、と思っています」
親である精霊神様達の代わりに、子ども達を育て、守り、導く保育士に。
この世界で最初に目覚めた時からやっぱり変わらない。
それが私の目標で、目指す大人の姿だ。
「僕は、君にも幸せになって欲しいんだけどな。
自分を犠牲にしないで」
「だから、私は今、十分に幸せなんです。
自分のやりたいことを、自分の意志でできていますから。
そもそも保育士の仕事は『犠牲』じゃないです。
私達が選んだやりたいことですから」
いくら仕事が大変でも、自分の首を絞めてしまうくらい仕事が増えても。
皆が喜ぶ姿を見れば、嬉しくなってしまう。
だれかがステキだね、って言ってくれれば満足してしまう。
子ども達の笑顔で、満たされる。
保育士というのは概ね、そういう生き物だ。
「私は、これから、みんなを幸せにしていきたい。
幸せにできる大人に、保育士になりたい。
だから、これからも力を貸して下さい。ラスサデーニア様」
「解った」
キュッと、何かを噛みしめるような音と共に、ラス様は私の肩から跳びあがる。
ふわふわの短耳兎からは、思いも表情も読み取れない。
でも、溢れる優しさだけは感じられた。
「マリカ。星の保育士。
僕は、君の思いに敬意を表する。
だから、助けるよ。そして守る。何があろうとも、必ず。絶対に」
「ありがとうございます」
「じゃあ、またね」
暖かい口調でそう告げると、空中で、軽く一回転。
精霊獣は精霊石の中へと消えて行った。
「はい。また詳しく打ち合わせして報告に来ますね」
一人になった私は息を吐き出しながら部屋を後にする。
一度だけ、ラス様の言葉と、水晶を振り返って。
「私はやっぱり、精神の奥まで保育士なんだなあ」
本当に、自然に、流れるように言葉に出た。
私自身のやりたいこととして。
子どもを守り育てる星の保育士になりたいって。
真理香先生の記憶があるからかもしれないけれど、実際の『私』は保育士としての経験なんてない筈なのに不思議な話。
でも。それが私なんだ、って改めて思ったのだ。
◇◇◇◇◇
『真理香も同じ事を言っていた』
疑似クラウドに戻ってきた少年を、真剣な声が出迎える。
『自分が大変でも、他の誰かが喜んでくれれば、幸せであれば、それでいい。
と。
海斗も同じような感じで、いつも自分のことなど後回し。
相手の為に何ができるかをいつも考えていた』
『私が「日本の保育士はそういうものなのか?」と聞いたら苦笑いしていたから、おそらく従事者の献身と情熱に支えられた職業であったのは間違いないだろう。
それが良い事なのか悪い事なのかはともかく』
青年神の独り言を、聞いているのかいないのか?
獣から人型に戻った少年神は、部屋から去りゆく少女の背中を見送る。
『アレは真理香の、保育士の影響を受けたオリジンなのか?
それともオリジンの力と心を受け継いだマリカなのか? どちらだと思う? ラス?』
『そんなのは、どうでもいい。どっちでもいいよ』
そうだ。どちらでもいい。
『僕はマリカの意思と、心と、やりたいことを守る。
この思いが、オリジンに感染させられ、作られたものでも構わない。
マリカは、僕の救いで、希望で、光だから』
自らに言い聞かせるように呟いて。
『ステラやレルギディオス。
最終的に、みんなと敵対することになったとしても。
止めても無駄だからね』
『ああ。それでいい』
『いいの?』
『我々はなんだかんだで『保育士』に甘えすぎた。
本来は子どもを育てるのは親の役目なのだ。
その役目を支えてくれる、いや支えて来てくれた『保育士』を、助けた所で罰は当たるまい』
『うん。あの子は、ちゃんと自分の意志で動ける。自分の道を歩む。
子ども達を不幸にすることなんて、絶対にしない。
こんなもの、なくたって平気だよ』
そう言って、木の精霊神は小瓶を手の中で握り潰したのだった。
星の保育士 マリカ。
彼女が子どもの時代を終え、真に一人の存在として立つ日はもう目の前。
その時、何が起きるのか。
『神』と呼ばれる彼らにも予測は不可能だ。
けれど。
愛する人の子、尊敬する存在の忘れ形見。
妹のような同胞。
そんな理由を全て抜きにしても、助けたいと、彼らは思った。
自分以外の誰かの幸せを、笑顔を祈り願う。
『保育士』の思いを……。




