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皇国 星の保育士 前編

 私は魔王城から戻ってその足でアルケディウスの神殿に向かった。


「精霊神様とお話をしてくるので、少し待っていて下さい」


 護衛のカマラにそう頼んで、神殿の奥。

 精霊石の間に一人で入る。


 淡い緑色の空間に、エメラルドよりもなお美しく輝く大水晶が浮かんでいた。

 ラス様の本体。バイオコンピューターと考えると、最初の時の感動とはまた違う風に見えるけれど。

 昏く閉ざされた空間なのに、ここはいつも静謐で柔らかい森の香りがするような気がする。それぞれの精霊神様の思いや在り方の表れなんだろうな、と思いつつ、私は大水晶の前に膝をついた。


(『ラス様。ちょっとお伺いしたいことがございます。

 お話させて頂いてもよろしいでしょうか?』)

「呼んだ?」

「わあっ!」


 目を閉じて祈りを捧げていたら、いきなり目の前からの声。

 現れた精霊獣が

 ビックリ。思わずちょっとのけぞっちゃった。


「ローシャ……じゃなくって、ラ、ラス様ですか?」

「なに驚いてるの? 呼んだの君だろう? マリカ。

 僕に用事があったんじゃないの?」

「あ、はい。すみません。いつもみたいに疑似クラウドに呼ばれるのかな、と思ってちょっと意外だっただけで」

「聞かれて困る話をするわけじゃないし、式典の打ち合わせをするくらいならこれで十分だろう?」

「そうですね。ちゃんと私達の事情も察して下さっているようで助かります」


 私があんまり驚いたので、ラス様は少し機嫌を悪くしたのか、ぷいと、横を向いてしまった。

 今回は私が悪い。改めて立ち上がり深く頭を下げた。


「ご無礼、申し訳ありませんでした。

 アルケディウス皇女として、北の大地を守護せしめる偉大なる緑の精霊神 ラスサデーニア様に、成人式へのご列席と祝福を賜りたく参上いたしました」


 皇族の姫らしくカテーシー。

 なるべく、優雅に美しく。

 少し不満げだったラス様(の精霊獣)も、気持ちを切り替えたのか、ふわりと空中を一回転。

 私の眼前に再び浮かぶと、神様らしい威厳と神気で応えて下さる。


「良かろう。我が子孫、ライオットの娘。

 アルケディウス皇女の成人を寿ぎ『神』を代表し祝福を授けると約定する。

 当日を楽しみにしているがいい」

「ありがとうございます」


 ホッと一安心。

 古い史実や流れに基づいたとはいえ『神様』がいる世界で勝手に事を進めるのは拙いかも、って思っていたからね。

 許可が貰えてよかった。


「精霊石、ここから動かしても構わないですか?」

「構わないよ。元は王宮にあって杖みたいに国王魔術師が、精霊術を使う時の助けをしてたんだ。いつもじゃないけれど」

「どういう風に運べばいいですか?」

「君が運んで」

「私が?」

「端末を媒介にして『呼んで』。

 同じ神殿内なら端末のある座標に移動できる」


 練習してみたら、と言われて、私は部屋の端っこに立って念じてたみた。

 精霊獣をだっこして。


(『こちらに来て下さい。精霊神様』)


 わっ!

 本当に私の目の前に精霊石が瞬間移動した。

 面白い。


「便利ですね」

「王宮内とか別の建物ってことになったら、梱包して運んで貰いたいけどね。

 コンピューターとかと同じ、精密機器扱いでよろしく」

「解りました」

「まあ、普通の人間の力で壊されることは多分ないと思うけれど、こればっかりは試してみる訳にはいかないからなあ」

「そうですね。うっかり傷がついたら不具合が出たなんてことになったら大変ですし」

「その時は君が直してくれればいいよ」

「直せますかね。私」

「多分ね」


 精霊神様ほどに私は自分の力に自信がないけれど、優しい精霊神様達が、本体が壊れたことで消えてしまうなんて嫌だから、その時には頑張ろう。

 というか、そんなことにならないようにしよう。そうしよう。

 絶対に。


 後は、儀式内容について話をした。

 神殿の祭壇の上に精霊石を移動させて、式典の開始後、祭壇の前に三人で進み出る。

 聖なる葡萄酒を頂いてから、精霊石の前で誓いを述べるって形。


「あ。ステラ様からこれを聖別の葡萄酒に混ぜて、って言われてたんでした」

「何?」

「ステラ様の『精霊の力』って言ってましたけど」


 私はステラ様から受け取った小瓶を精霊獣の前に差し出した。

 もふもふの両手でそれを受け取ってじーっと、眺めていた兎は……


 ぱくっ!

 え? 食べちゃった?

 小瓶を口の中に入れてしまったのだ。


「わ! 何するんですか? ラス様」

「心配しないで。ちょっと預かるだけ。式典の前に返すよ。

 精霊石から出てきた葡萄酒を飲んだ、ってした方が祝福されたっぽく見えるだろう?」

「いや、それはそうですけど。ちゃんとそれ入れて下さいます?

 ステラ様は三人とも飲むように、っておっしゃってたんです」

「解ってるよ。祝福も含めて、思いっきり光煌めかせて、派手にやってあげるから心配しないで」

「それは、まあお手柔らかに」


 なんか、話を逸らされた気がする。

 でもステラ様とラス様だと、少しステラ様の方が立場が上みたいだし、ケンカ売るようなことはしないでしょ。

 多分。


 そう言えば、精霊石の移動の話が出たから、前からちょっと気になっていたことがあったので聞いてみることにする。


「精霊神様。精霊石を王宮に戻した方がいいですか?

 今だったら、皇王陛下達も大事にしてくれると思いますけど」


 精霊石は、元は王宮に祀られていて、王家の権威の象徴だった。

 それが魔王の襲来で力を封じられて、死んだと思われて、神殿に委託された。

 神殿の奥に安置されて、安全ではあるけれど訪れる人も殆どいない状況は少し寂しいんじゃないかなと思う。

 でも、ラス様は静かに首を横に振った。


「いや、いいよ。

 これから地球文明を蘇らせていくターンなのに、僕達があんまり出張るのは良くない。

 前にも言ったけど、いるかいないか解らないくらいが丁度いいんだ」

「それはそうですけど、寂しくありません?」


 精霊神様達は人間好きだ。

 人が喜んでいる姿が好きって、いつも言っている。


「寂しい気持ちが全然ないって言ったら嘘になるけど仕方ないさ。

 親離れ、子離れってやつ。

 いつまでも子どもが親に頼ってちゃ先に進めないだろう?」

「そうですね」

「親も子ども達を好き勝手動かそうなんて思っちゃいけない。

 地球文化は勿論復活させていきたいけれど、その形は今の子ども達が自分達で決めるべきだ」

「はい。おっしゃる通りだと思います」


 私に言っているように見えて、多分、実は自分に言い聞かせているのだと思う。

 強い自制心と自戒心。

 こういう所、本当に精霊神様達は『人間』で『神様』なんて向いてないなって思う。

 強い力があるからと好き放題の神話や伝説の神々と違い、真剣に人間の事を考えてくれる『親』だ。

 怨敵だと思っていた『神』レルギディオス様も、結局の所は人間思いが暴走しただけだったし。


「君とはほいほい話をしているし、力も貸したり借りたりしているから麻痺しているのかもだけど、基本僕達は人間の前に姿は見せない。声もかけないと決めている。

 君にもこの前釘を刺されたし。

 僕らが人前に姿を見せるのは本当に緊急事態だけ。

 人間の力で解決できることは、人間の力で解決する事が大事だよ」

「はい。肝に銘じます」

「まあ、抑止力として必要な時や、どうしようもない時は遠慮しないでくれてかまわないけどね。その為に僕らはいるのだから」

「ありがとうございます」

「昔、地球がコスモプランダーに襲われた時に、もし神様がいるなら助けてくれって思ったけどね。まさか、自分が『神』になるなんて思ってもみなかった」


 精霊神様のおっしゃることは正しい。

 この上もなく。

 だから、ご本人達がそれでいいとおっしゃるのなら、私ももう余計な介入を促したりはしないつもりだ。


「あ、でも、私は遊びに来たり、おしゃべりしに来たりしてもいいですか?」

「君がいいのなら歓迎するけどね。もっと人生楽しんだら?」

「いや、私、もう人間じゃないですし。

 それに保育士ですし」


 さりげなく、思わず零してしまった言葉にラス様が息を呑んだのが解った。


「……ねえ。マリカ」

「どうしたんですか? ラス様」


 空中に浮かんでいたラス様の精霊獣が私の肩に降りた。

 そのまま肩口。私の髪の中に顔を埋めるようにして囁きかける。


「ちょっと、君に聞きたい事、というか。確かめたいことがあるんだ。

 いいかな?」

「はい。何でしょうか?」

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