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皇国 神の子ども ラールの夢 中編

 当然といえば、当然だけれど。

 ラールさんの言葉を聞いて、ガルフの表情は昏く陰った。


「店を辞めたい、か……」


 ラールさんの思いを、眼差しを正面から受け止める。

 怒りではなく、哀しさを宿した瞳に、解っていても胸が詰まる。


「俺にとってお前は、間違いのない片腕だ。

 リードが右なら、お前は左。確かな技術と信念で店を支えてくれたことに感謝している。

 昔も、今も。

 だから、店を再建する時、真っ先に探し出し、それに報いる待遇、対応をしてきたつもりだった」

「その通りです。身元も定かではない子どもを拾い、技術や商売の基本を仕込み、取り立てて下さった事、心から感謝しています。

 ゲシュマック商会の仕事に不満は何一つありません」

「じゃあ、理由は一体何だ? 

 給料や休みがもっと欲しい、というのであれば考えなくもない。

 お前の代わりはいないから休みなどの面では無理をさせたかもしれないとは思っているからな」

「いえ、確かに忙しくはありましたが充実した、やりがいのある仕事をさせてもらっていましたし、休みには充実した設備を使って料理三昧。

 店に出せない、懐かしい味を再現して楽しむなんて贅沢をさせて貰っていました。

 ……本当に。職場環境に不満がある、とかそういうのでは、ないんです。

 ただ、もっとやりたいことができただけで」

「もっとやりたいこと?」

「はい……」


 そう言って、彼がテーブルの脇に置いてあった布袋から取り出したのは幾冊もの本だった。


「きのうの料理 ベストセレクション」「綺麗で美味しいパーティ料理」

「異世界で作る日本料理」

「美味しいラーメンの作り方 日本語版」


 私にはなじみのある、カラー写真満載のオフセット印刷本が次々に料理の区切りの付いたテーブルに並べられていく。


「これは……本? だが、アルケディウスで作られた本ではない、な」

「ええ。見たことも無い印刷技術です。紙も滑らかで我々が使用しているものよりも数段美しい。どうやらどれも料理の本のようですが、まるで料理そのものの空間を切り取り、本にはめ込んだようだ……」

「文字も読めない。これは、精霊古語と呼ばれるものではないか?」

「これは一部を除いて『神の国』と皆さんが呼ぶ俺達の故郷、遠い星『地球』の本です。『神』が魔王城の島に再現した『図書館』から持って来ました」

「図書館? その報告はアルから受けています。『神』が魔王城の島の調査に合わせて新設した『宝』。中には数百万冊の書物があり、『神の国』の英知が残されているのだと」


 はっきりと本人から聞いたわけではないけれど、コスモプランダーの襲撃から逃れるために地球を離れた『精霊神』様達は地球の文化財や技術、建造物などを可能な限りリソースとして疑似クラウドに入れて持ってきたという。主に故郷の名所旧跡や文化財、人類の宝など。その一部は王宮などとして今もこの星に地球の名残を伝え、書物も『神の叡智』として残されている。

 エネルギーとして利用することもできるが、逆にエネルギーがあればデータを元に再現可能。『精霊神』様達が持ってきた文化財は、子ども達の拠点として残した王城を除いて、この星の大地や木々、魚や動物に化けた。


『レルギディオスのように数百年単位で子ども達から気力を集めたり、ナノマシンウイルスを増幅させれば、地球から持ってきた建造物を再生することは不可能ではない。

 まあ、現実的ではないからあまりやるつもりはないが』


 とはアーレリオス様の談。


『神』レルギディオスこと神矢君は大阪城と、皇居。それから国会図書館を持ってきたと耳に挟んだ気がする。実際に魔王城として今もエリクスとノアールが暮らす城は、大阪城そのものだった。

 その流れでいうと皇居のリソースが大神殿になっているのかもしれない。流石に皇居そのものにはできなくて、ギリシャ神殿風に変えたのだろうけれど。

 そして地球帰還の為のリソースとして最後まで疑似クラウドの中に隠し持っていた国会図書館を、冷凍睡眠を続ける『神の子ども達』の保護要請と引き換えに開放してくれた。   

 分館とかまでは手が回らなかったのか多分本館だけ。それでも数十年の間、日本で発行された書物が全て保管されている日本最大の図書館。

 その蔵書数は二千五百万冊ともそれ以上とも言われている。

 ただ、当然ながら日本で発行された書物なので、書かれているのは日本語。

 一部英語や外国語の本もあるけれど、日本語は『神』と『星』として自分の領土や配下を持たなかった二人の管轄なので各国王族にも伝わっていなかった。だから


「この『精霊古語』まさか読めるのか? ラール?」

「はい。専門の難しいのは無理なモノもありますが、一般的な書物だったら問題なく。

 翻訳もできます」


 現時点で読めるのは私とリオンとクラージュさんの『精霊』と、意外にも日本の知識を持ち、地球で日本語を習得していたラールさんだけだったのだ。ラールさんは国会図書館が復活したと聞くや否や休みも待ちきれないと仕事帰り、貴族街店舗の転移門を使って日参し、寝る間も惜しんで図書館の探索に励んでいる。

 検索用パソコンなどが無いため、『神』がリストを再構築した紙資料が頼り。

 どこになんの本があるかの資料だけでも一部屋分というくらいのとんでもない蔵書数の中から殆ど根性と『愛』でマンガ書籍や、料理レシピ本などのありかを見つけだしていた。

 本当は図書館から持ち出さない方がいいと思うのだけれど、ラールさんの仕事にも差し支えるから数冊の貸し出しを許可した。その代わり、内容の翻訳を頼んだら律儀にアースガイアの言葉に訳してくれたのだ。こっそりマンガも何冊か持ち出しているのを知っているけど、それは見なかった事にしている。

 だって、泣いてたし……。正しく、感涙に咽び泣くってこういう事なのか、って思ったくらいだ。

 私も懐かしいなあ~、とは思ったけど(実際は私の記憶じゃないせいか)涙が出ることも無かったし。


 ガルフが手に取ったのはプロが手がけ本として出版された、地球産の料理レシピの数々。私が記憶で書いたものよりも解りやすく、洗練されている。分量も正確だ。

 差し出された本の翻訳内容を見て、ガルフとリードさん。二人もそれが解ったのだろう。

 驚きに目を見開きながら、本と原稿、そしてラールさんを見返している。


「俺は『神』とは袂を別った裏切り者のような『地球移民』ですけど、それでも、地球の記憶はおぼろげながらも残っているし、忘れないように努力しています。

 地球の、特に日本の文化が好きだったんです。星の滅亡に先立ち、日本人がほぼ失われた時には哀しくて、悔しくて、いつかコスモプランダーを倒して、日本を取り戻して、自分達が文化を再生させるんだ。なんて思ったくらいには」


 お二人や私、ティーナ達の視線を受けながら少し、気恥ずかし気に、でも迷いない眼差しで語るラールさん。

 私は、地球の滅亡を星の映像。疑似記憶でしか知らない。

 けれど実際に、悲劇を目の当たりにし、戦争に近い極限状態を生きてきた。

 希望を託され逃げ延びた地球移民達には私が見た、最前線で戦った、戦うことができた能力者とは違う面での試練があったのだろう。


「さっきも言った通り、俺にはマリカちゃんのような特別な能力はありませんでした。

 地球でも、この星で目覚めても。

 でもマリカちゃん達に出会い、俺だからできることがあると解って、できる限りのことはしてきたつもりです」

「はい。ラールさんには本当に、影に日向に助けて貰いました」


 今思えば、地球の知識を持つ、私達の秘密に気付いていた存在として。

 臣下としてではなく、仲間として、友として支えてくれたラールさん。

 彼がいなければ色々な事が今のようにスムーズには進んでいなかっただろう。

 もしかしたら『神』との戦いも今とは違う結果になっていたかもしれない。


「でも『神』との戦いの区切りがつき、不老不死が終わりこの星も『精霊』達の元、新しい時代。

 地球文化再生のターンに入ったと解った時、俺は大好きだった地球の文化をこの星に蘇らせる仕事をしたいと思ったんです!」


 実は、私がラールさんに打診した。

 図書館で働く気はありませんか? って。

 冷凍睡眠の中にいる十万人の子どもの中に日本語が読める者はいるかもしれないけれど、現時点では四人だけ。そしてそのうちの三人は『精霊』で。

 翻訳、管理に専念するわけにはいかない。できるのはラールさんだけだから。と。


 でも、ラールさんは、私の名をおくびにも出さない。ガルフ達にとって私の名を出すという事はほぼ命令に等しいという事を知っているから。

 自分で決めた、自分の意志として話してくれている。


「国会図書館の蔵書数は数千万冊。一生をかけても読み切れず、訳しきることはできないと解っています。それでも……」


 机の上の書籍、そしてその先の未来を見つめる様に彼は訴えた。


「懐かしい故郷で数億年の間、積み重ねられてきた人間の生きた証。

 今は失われた、多くの知識。多くの感動、多くの夢、物語を蘇らせることができる機会を得ることができた。

 なら俺はこの先の人生、全てを賭けてもその再生に費やしたいと思うのです。

 だから。どうか許して貰えませんか?」


 深く、深く。

 上司二人に頭と心を下げて。


 ガルフとリードさん。

 ゲシュマック商会の双翼は、一体、どんな結論を出すのだろうか? 

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