皇国 神の子ども ラールの夢 前編
夜の一月、終わり頃。
ゲシュマック商会。貴族街店舗。
「ティーナ。急な頼みだったのに引き受けてくれてありがとう」
「私も王宮に入る前にマリカ様が書いて下さった本を見ながら保育ということについてもう一度考え直す良い機会を頂いております」
「ありがとう。ガルフもごめんね。新婚の大事な時間を邪魔しちゃって」
「別に、新婚とはいえ昼から何をするわけでもございませんし、それでなくてもマリカ様の御用は最優先でございます。どうぞお気になさらず」
閉店後の貸し切りルームで、私はゲシュマック商会の皆を呼び寄せて食事会兼、打ち合わせをしていた。
お客はティーナとガルフ、リードさんにラールさん。
ラールさんは今日の料理人でもあるけれど……。
孤児院にやってきた元スリの女性ルシア。
彼女を保育士として育てようと決めた時、私が講師に見込んだのはティーナだった。
魔王城の子ども達を五年近く私に代わって育ててくれた保育士。
彼女がいなかったら、私は魔王城の島から出ることはできなかった。
「ルシアの様子はどう?」
現在、ティーナは魔王城の島とアルケディウスを行き来しながらガルフとの結婚式の準備を始めている。もう一緒に暮らしていて、神殿に籍も入れているけれど新年の私の結婚式が終わり、ケントニス皇子が正式にアルケディウス皇王に即位されたら、王宮にリグと一緒に入り、保育室の管理運営をすることになっている。
リグは王宮の皇子、皇女の遊び相手だ。将来は彼らと同年代の腹心として仕えて欲しいと言われている。無理強いをするつもりはないけれど、リグはフォル君達を助ける騎士になることを目指しているから最終的にはそうなるのかもしれない。
ただ、ケントニス皇子の息子、ラウル君も初めての兄弟以外の子ども、友達として懐いているのでどうなるかはまだ分からない。
で、その前の時間に、ルシアに保育士としての理論や概念、保育に必要な知識などを教えて欲しいと頼んでいたのだ。ティーナも色々と忙しいだろうけれど快く引き受けてくれて、今、ルシアは週に三日、ティーナの所に通って勉強をしている。
「とても真面目でしっかりしたお嬢さんですわ。
今まで、勉強など殆どしたことが無いでしょうに、嫌がることなく真剣に学んでいます」
「それは良かった。保育の勉強はそんなに簡単に終わるものじゃないし、彼女は基礎知識とかも学んでいかないといけないから、大変だと思うけれど、先輩としてフォローしてあげて」
「先輩だなどと名乗るのは烏滸がましいにも程がありますが、マリカ様からお教えいただいた子どもを育てる者としての心得や技術を、さらに広げて行けるように私も一緒に努力していきたいと思います」
今まではとにかく子どもを助けることで精いっぱいだったけれど、少しずつ余裕も出てきた。今後は環境を整え、永く支援していく体制を作ることに注力していくべきだろう。
人材育成とか、資金確保とか、育てた子どもの就業支援とか、母親の職業訓練とか。
「それにしても、今日の料理は特に美味しいですね。
流石ゲシュマック商会きっての料理人ラールさん」
「お褒めに与りありがとう。今回はマリカちゃ……いや、失礼マリカ様の結婚披露宴用献立の一部を用意しました」
会話の区切りを待って、私はラールさんに声を向ける。
実は、今日の会合。ティーナへの感謝やゲシュマック商会への労いの意味も勿論あるけれど、ラールさんに頼まれていたのだ。
ガルフとの話に立ち会ってくれって。
「結婚式の献立は決まったのか?」
「ええ。ほぼほぼ。調理は大聖都の司厨長が担当するので、僕が手掛けるのは細かい調整が必要な和食とか、盛り付けですけどね」
普段はプライドの高い準貴族待遇の料理人が、厨房に他人を入れるようなことはしない。
ただ、ラールさんは、ゲシュマック商会貴族街店。実習店舗の店長だ。
今は二店舗目も出来ているけれど、世界各国の王宮で『新しい食』を作っている料理人はほぼ全員、彼の薫陶を受けている。
その関係でゲシュマック商会に
『大神官の結婚披露宴の為に、今まで誰も見た事の無いような最上の料理を作りたい。
材料の手配と、教習を賜りたい』
という要請がありラールさんが派遣されることになったのだ。
「この小さな器に入っているのは『チャワンムシ』と言って具入りのプディングのようなものです。マリカ様の故郷で良く祝い事とかに出される料理なんだそうですよ」
「私の作った料理レシピ集の中に茶碗蒸しありましたっけ?
新しく書庫から持って来ました?」
茶碗蒸しは美味しいけれど温度管理が難しいから、こっちの世界でまだ作ってなかった気がするんだけれど。
「ははは、まあ、そこはそれ。異世界からの知識ってことで」
濁された。まあ、ラールさんは地球の記憶持ちだし、何か伝手でもあったのかもしれない。
実際、超美味だ。つるんと、滑らかな表面には泡立やスは全く見られない。口の中に含むと出汁と醬油のうま味と、長くなごりとして残る後味が口の中に広がる。向こうの世界で私や母が作ったものより断然美味しい。
甘味にメイプルシロップ、もといカエラのシロップを使って下味をつけていると聞いた。
具はカマボコ、銀杏、鶏肉、エビ。ふんわりと懐かしい味だ。
「今更ですがラール」
「はい。何ですか? リードさん」
「貴方は元『神の国』の住人だと聞きましたが、どのくらいの知識を持っているのですか? もしかしてマリカ様に匹敵するくらいの知識や力があったのでは?」
一通りの食事を終え、食後のデザートになった頃。給仕されたテアを啜りながらずっと気になっていた、というようにリードさんが問いかける。
ガルフやリードさん、ティーナはステラ様が見せた地球滅亡の記憶を見ても基礎知識がないから完全に理解している自信は無いという。
でも『精霊神』は遠い別の星に住んでいて、そこが侵略されて滅びたので住人を連れてこの星に移り住んだ、ということまでは理解してくれている。その住人の子孫が今のアースガイア人で、ラールさんがオリジナルの『神の国』の住人であることも。自分から名乗り出たこともあり、特別扱いとか異分子扱いすることもなく受け入れてくれているけれど。
「ああ、そういう意味では全然。全くそんな力、無かったです。
俺の取柄、というかアドバンテージは絵と、地球世界の書物の記憶の一部だけ。
それもこの世界で、直ぐに使えるような料理とか工作知識とか持ってなかったんで。
修行すれば精霊の力を使う魔術師とか、神官とかなれた可能性はありますけど、『神』に命令されるのが嫌で逃げたもんで、学べなかったんですよね。だから、マリカちゃ……様の『能力』を見た時には心底ビックリして。
最初は、彼女も同じ地球移民かな、と思ってたので、自分もチート能力欲しかったなってちょっと悔しかったです。でも、頑張るマリカちゃんを見て手伝ってあげたくなったのもホントですよ」
「チート?」
「あ、いえこちらの話です」
リードさんの疑問に苦笑しながらラールさんは答える。
そっか。だから最初の頃、子どもを侮る大人達の中でほぼ唯一ってくらいに親切にしてくれたんだ。
「絵で身を立てるとかしなかったんですか?」
「俺の専門は所謂、萌え絵です。同人誌作りの副産物。
紙も無くて、羊皮紙バカ高くって。そもそも芸術とか似顔絵とかの概念もないこの世界では理解して貰えるものじゃなかったですからね。
まあ、人並みに料理くらいはしてたんで、基礎ができてて旦那様達に拾って貰えてなんとか生き延びることはできました」
「『新しい食』を作り始めた時、異様に呑み込みが早かったのはそのせいか」
「初めて旦那様のハンバーグを食べた時には泣きましたよ。
ああ、懐かしい。故郷の味だって。
本当にこの世界は、俺達の世界と繋がっていたんだって」
噛みしめる様に語るラールさん。
目覚めても早死にする人が多かった『神の国の住人』の中でも一番の長生きと言われるまでにはきっと苦労は多かっただろうな、と思う。
「それで……旦那様」
カチャ。
カトラリーが皿の上で音を立てた。
「大事な、話があります」
迷い、悩み。変わらぬ春風のような笑顔の下に思いを隠して。
ずっと機会を待って、言おうとして、でも言い出せなかった事を多分、ついに告げるつもりなのだろう。
私は彼の思いを知っているから、余計な口を出さず、今回は見守るのみ。
「どうした? ラール」
「どこの馬の骨とも解らない人間を拾って、育てて貰って、重用して頂いて。
旦那様と、ゲシュマック商会には返しきれない恩があります。
ただ、もしかしたらこれから俺が言う言葉はその恩を、仇で返すようなことになるかもしれません。許して下さい」
「本当に、どうしたのですか? 何か相談事でも?」
ガルフやリードさん達も食事の手を止め、ラールさんを見た。
全ての視線が集まる中、彼は意を決して言葉にする。
「今すぐ、の話じゃありません。
最低でも、マリカ様の結婚式を終えてからの話ですけれど」
「……」
「ゲシュマック商会を、辞めさせて頂けないでしょうか」
と。




