皇国 未来の保育士 中編
ちょっとした青天の霹靂、だった。
お父様が孤児院に預けたという大祭で私の財布を盗もうとした親子のスリ。
あの母親がリタさんの見込む保育士の才能持ちだとは。
「大祭の後、第三皇子から保護観察を頼まれまして、カリテ以外には素性を知らさずに招き入れました。
最初は、まあ拗ねた感じがありましたけれど、数日で息子はここでの生活に馴染んで、子どもが元気な様子を見て少しずつ、心を開き始めて。今ではどっちも積極的に仕事を手伝ったり、勉強したりしていますよ」
「捕まったことに対する反抗や、暴力行為などはありませんでしたか?」
「幸いなことに今の所は。
……実の所、本当の親子ってわけでは無かったみたいですよ」
「え? そうだったんですか?」
私は二人の顔を思い出す。あの時はけっこう私自身もいっぱいいっぱいであまり気にも留めていなかったけれど。
そういえば、女性の方はアングロサクソン系の金髪、青い瞳。
なかなかスタイルのいい人で。息子と呼んでいた方は地味目の銀髪。瞳の色は……覚えてないや。
「下町の女として生まれて、悪い男に引っかかって。
子どもを宿して、捨てられて。
一人で子どもを産んだけれど、育てられずに死なせてしまって。
絶望した時に見つけた子どもを、我が子として育てて来たという話です。
この孤児院で働き始めて
『自分が子どもを産んだ時に、こんな施設があれば良かったのに。と何度も思った。今も悔しい』って」
「それは私達の、せいでもありますね」
全ての人を完全に救えるわけではない、というのは解っているけれど、やはり切ない。
不老不死の弊害、そして人の世の歪みの犠牲者になるのはいつも女子供だ。
「それは、言っても仕方のない事ですよ。ルシアも解っています。
ただ、女が一人で男の保護なく働ける職場ってのはなかなかありませんからね。
学や手に職を付けることもできなかった下町の女は特に。
あの娘は特に、養わなければならない子どもがいた。
身体を売るか、悪事に手を染めるしかなかったんでしょう」
「今はゲシュマック商会などで、女性の仕事の受け皿もできてきましたけれど、やはりまだ需要と供給は釣り合っていないんでしょうね」
「おそらくは。下町で身体を売る女も少なくないですし。妊娠したことで宿を追い出されたっていう女が来たこともありますから」
私の随員のセリーナは元売春宿で働かされていた娼婦だった。
その宿は私の誘拐や新しい食のレシピの売却など、欲を出して更なる犯罪を犯したために潰され、宿の女性達は解放されたけれど、今もそういう職場に囚われ生きるしかない女性も少なくは無いのだろう。
お父様に働きかけたりもしているけれど、これに関してはまだ私が手出しできるところまで至っていない。
「暗部の膿を流して治そうと思うなら覚悟が必要だ。
人の欲望がある限り、闇は消えないし、そういう職業に就く者も、就くしかない者もいる。困っている者に手を差し伸べる貧困者支援ほど簡単ではない」
セリーナを救出した後、外にもそんな子がいるんじゃないか。助けたい、と言った私を、珍しくもお父様、当時は第三皇子が真剣に諫めたことがある。
今の所、孤児院も母子産院も下町に向けて手を差し伸べ、そこから抜け出したいと手を掴んだ人を救っているに過ぎない。闇の中から抜け出せない人、抜け出すことを考えられない人もきっと大勢いる。
そういう人たちを本当の意味で助け出すには時間と準備と手回しが必要だ。
『精霊神』様や国の力でごり押ししても、きっとまた直ぐに戻るし悪質化する。
本人の気持ちと周囲が変わらないと。
「リタさん。彼女。
ルシアさんはやる気、というか意欲はあるんですよね?」
「ええ。むしろここから出ると裏界隈の人間に狙われかねないので、出たくないと。
裏世界にも縄張りとか、柵とか色々あるみたいで。
大祭で騒ぎを起こしたので、下手に戻ると痛い目に遭わされるからとも言ってました」
「息子さんは何歳です? まだそんなに大きくはないようでしたけれど」
「十歳と言ってましたよ。しっかりと食事をさせて貰っている孤児院の子よりはかなり小さめでしたね」
そんなに大きかったんだ。でも、それならちゃんと考える力はついていそうだし。
よし。
「リタさん。ここにルシアさんを呼んできて貰えますか?」
「解りました」
リタさんが部屋を出た間に、私は通信鏡である場所に連絡をした。
手短に話をして了承を得るとほぼ同時。
「連れて参りました」
「ありがとう」
リタさんが一人の女性を連れて来た。
大祭の女スリ。ルシア。
金髪のスタイルのいい美女。確か二十五歳。
元々不老不死を持っていなかったって、お父様が言っていたっけ。
「げ、ホントに皇女!」
「改めまして、ルシアさん。マリカです。大祭では……なんて言ったらいいのかな?
お世話になりました、も変だし」
「あ、いえ。失礼いたしました。その節は大変なご無礼を働き申し訳ありませんでした。
それに、減刑を求めて下さったとのこと。感謝しています」
一瞬、あからさまにばつの悪そうな顔をしたけれど、頭のいい人だ。
直ぐに、頭を下げて私に礼をとった。
スリは手の腱を切るか、強制労働、もしくは国外追放とされていたのに、孤児院での保護観察処分になったのは私の口添えがあったからだ、とお父様から聞いているらしい。
「いえ、大祭でも言いましたが、貴女が子どもと一緒にスリという犯罪に手を染めなければ生きていけない状況になったのは『神』が齎した不老不死のせいでもあり、福祉が行き届かず、困っている貴方達を助けられなかった皇族のせいでもあります。
為したことは決して褒められる事ではありませんが、その責任は私が負うべきところでもあるのです」
私が頭を下げるとは思っていなかったのだろう。ルシアは目を丸くし、ぽかんとした顔で立ち尽くしている。私は、彼女の前に進み出て手を握った。
「ありがとうございます。ここまで、生きていてくれて。
私達に、貴女を助ける機会をくれて」
瞬間、カーーッと音がするように彼女の顔が上気した。
驚いたのか、照れたのか解らないけれど、私の手から振りほどく様にして逃げると後ずさる。
「ルシア!」
「いいんです。リタさん。それよりルシアさん。
ちょっとお伺いしたい事と、お願いしたいことがあるのですがいいでしょうか?」
「は? 聞きたい事と、お願い? なに……いえ、なんです?」
「ちょっと、込み入った話になりますので、まずは座って下さい」
私は客間のソファに腰を下ろすと、前の席に手を向け、ルシアに座る様に指示した。
助けを求める様にリタさんを仰ぎ見るルシアだけれど、やがて諦めたように示された椅子に座る。リタさんは、その斜め前へ。
「まずは、本題から行きます。
ルシアさん。貴女は今後の当てはありますか?」
「当て? というのは?」
「いずれ、罰が解けて孤児院から出てもいい、ということになった時、次に何がしたい、とかどこに行きたいとかいうものです」
「ここから、出ろ。と?」
ルシアの目がギラリと猫のような警戒を帯びた。
さっきのリタさんの話からすると、ここから出たくないということだからね。
警戒するのも解る。
「心配しないで下さい。
出たくない、という場合には強制してここから追い出すつもりはありませんよ。
現在は所謂懲役刑で、ほぼ無給で仕事していると思いますが、お子さんを含めた生活費はかかりませんし、リタさんには一般職員より少なめですが、給料を預けてあるので、数年後には何かしようと思えば元手にできるくらいのお金は貯まっていると思います。ただ……」
少し安堵したように息をつくルシアを見て、にっこり笑顔を作り私は話を続けた。
「もし、貴女が孤児院で今後も働き続けたいと思うなら、お願いしたいことがあるのです」
「お願いって、命令すればいいじゃないですか?
私は罰を喰らってここで働かされている囚人なんですから」
「命令、とかはしたくないんですよね。イヤイヤやらされてというのは意味がないし、子ども達にも悪影響だし、何より私は保育士の仕事を、この世界では絶対に言われたからやる、仕方なくやる『嫌な仕事』にはしたくないんで」
「ホイクシ?」
「ええ。ルシアさん。貴女、本格的に、保育士になる気はありませんか?」
未来の保育士候補に。
けっこうマジなスカウトを。




