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皇国 未来の保育士 前編

 話的には遡るけれど、大祭で捕まったスリの親子に対して処分が決まったとお父様は話して下さった。


「本来ならスリをしたものは腕の腱を切って王都追放、もしくは不老不死時代なら決して外れない鉄枷を付けた上での強制労働に従事させることになっている。

 だが、お前は怒るだろう?」

「当然です。相手は子どもを持つ母親ですよ。

 スリは勿論褒められた事ではないですけれど、子どもを産んで、男に捨てられて。

 女手一つで子どもを育てる為に、他に手段が無いからそうするしかなかったとしたら、それは十分な福祉を与えられなかった国、私達王族にも責任があると思います」

「そう言うと思ったから選択肢を与えた。

 孤児院に入って手伝うか、王都からの永久追放か。

 子どもの事を考えて、どうやら孤児院に入ることを選んだそうだ」

「そうですか。良かった」


 安堵に胸をなでおろす私にお父様は少し不満げな顔を向ける。


「いいのか? 子ども達の側に犯罪者を置いて」

「事情や生来の性格、考え方などはあるかもしれませんが、基本的に犯罪に手を染めたいと思ってそうする人は少ないと思います。それ以外選べる道が無かったから犯罪をするしかなかっただけで。

 普通に生きられるチャンスがあるのなら誰もがそうしたいと思っている。

 私はそう信じたいですし、その為の機会を与えてあげたいのです」

「まあ、大祭の一番の被害者はお前だ。そのお前が許すのなら今回に限りは不問にしてやってもいい。だが二度目は無いぞ」

「解っています」


 頭の良さそうな人だった。

 子ども思いでもあったし、真っ当に生きる機会があるのならそれを自ら反故にするようなことはしないと思いたい。


「孤児院の様子を見に行ってもいいですか?」

「仕事と準備に差し障りの出ない程度にであればな。

 レオの事も気になるし」


 お父様にそう言われて許可を頂いても色々と忙しくて、私が孤児院の様子を見に行けたのは夜の一月も終わろうかという頃だった。


「お久しぶりでございます。マリカ様。

 この度は御成婚、誠におめでとうございます」


 いつもどおりリタさんが出迎えてくれたので、あまり子ども達を騒がせないように中に入る。保育や生活の邪魔をしちゃいけないものね。

 リタさんには事前に通信鏡で連絡して、出迎えとかは気にしないでって言っておいたから。


「ありがとうございます。

 皆さん、元気にしていますか?」


 孤児院の現状を聞いてみる。

 今の所、院内は清潔で子ども達の笑顔が庭や、孤児院全体に溢れてて、心配はないと解るけれど。


「はい。おかげさまで概ね上手く行っています。

 貴族の家や神殿から保護された年長の子は、その殆どが独立して、ゲシュマック商会の寮に入っています。最近、ゲシュマック商会以外にも第三皇子が認めた職人や商人などの家に奉公に出るようにもなりました。

 マリカ様や第三皇子家の後見があるので良くして貰っているし、読み書きや礼儀作法が身についているので即戦力になると、気に入られているようです」


 リタさんは昨日私が来ると連絡したから、現在の状況などを文書にして纏めてくれていたようだ。ありがたい。


「他の子ども達も落ち着いています。特にレオは子どもらしくなりましたね。

 今まではデイジーに面倒をみられることが多かったのですが、最近はデイジーや後から入ってきた乳児などの世話を自分からしてくれることもあるんですよ」

「そうですか。親が見つかったことで安定したのかもしれませんね」

「やはりレオはそう遠くないうちに親元に帰る、ということになりますか?」

「はい。レオ君の保護者はいずれ彼を引き取って、貴族としての教育を与えたいとお考えのようで、色々と手続きや準備を進めています。

 今は、本人の希望もありますし、自慢では無いですが、子どもの教育に関しては環境とノウハウが揃っているので、ご了承頂いてこちらに戻しています。

 外国の話なので時間はかかるでしょうが数年の内には具体的な話がまた来るかもしれません」

「少し寂しくはなりますが、仕方ありません。

 デイジーや他の保育士にも心づもりをしておくように伝えておきます」

「お願いします」


 デイジーちゃんはレオ君と一緒にこの孤児院にやってきて兄弟のように過ごしていた。

 一時期不調だったレオ君を弟のように大事にして世話を焼いてくれた優しい子だけれど、実際のところは『神の息子』転生者であるところのレオ君は大人より大人な精神を持っている。自意識が確立されれば、自分で何でもできるようになるだろう。

 でも、彼にはせっかくだし、私やリオンができない無邪気で自由な子ども時代を楽しんで欲しいと思っている。精霊の宿命からは逃れられないかもしれないけれど、せめて子どもの間くらいは誰かに甘え、楽しんで欲しいものだ。

 ブーメランだと解ってはいるけれど。


「人手は足りていますか? 問題は起きていませんか?」

「子どもの数が、孤児院、ホイクエン共に増えてきているので、人手はいくらあってもいいと思うくらいです。

 さらに出産数の増加に伴い、産院を独立させましたがそちらに私がかかりきりになることも多く。近々孤児院兼ホイクエンの方はカリテに院長を任せたいと思っているのですが」

「現場を一番知るリタさんの人事であるのなら問題ないです。

 あと、人手が足りないのであればリタさん、カリテさんの裁量で増やして頂いて構いません。予算に関してはお母様と相談して下さい」


 この孤児院兼、保育園に関しては国からの福祉予算に加えてお母様にお預けした私の個人資産もあるので、資金面で困らせることはない。ゲシュマック商会や各国に売却した新しい食や技術のお金は全て、福祉予算の予備費として預けてある。

 私の私服とか、随員の給料とかは大神官としての給料などで十分賄えるし。

 多分、お母様は私が預けた分はよっぽどの事がない限りは使って下さらないだろうけれど今後、子どもの数はどんどん増えていくし、それに伴って母子福祉の重要性も高まっていく。多めにあって困ることは無い。


「ありがとうございます。

 ただ、前にも話しましたが、ただ人を増やせばいいってものでもないので」

「ああ、それはありますね」

「はい。子どもを『保育する』ってことには向かない女性もいますし。

 この孤児院や保育園で雇用することによって、女の職場ができて仕事の無い女達が金を稼げる場所ができたのはいいことですが、今後はもっと適材適所で働ける場へ誘導していこうかとも考えています」

「何か、あったんですか?」


 私はリタさんの言葉に少し首を傾げた。

 言葉にちょっと毒というか、悩みというか、言葉にできない何かを感じたのだ。


「何かあった、というか……。

 人が増えていくと色々と、綺麗ごとだけでは済まない事も増えて来るということです。

 子どもの保育、教育、子育てについても人それぞれの価値観が違いますからね」


 そう言うとリタさんはお恥ずかしい話ですが、と前置いて孤児院でのトラブルについて話してくれた。

 最近、雇っている女性同士で問題が良く起きているのだ。と。

 ここの孤児院では赤子を連れて乱暴な男から逃げて来た女性とか、子を産んだことで男に捨てられた女性などを保護、雇用している。

 子どもと一緒に清潔な家に住み込む事が出来て、他所に比べると子ども達の面倒を見るという比較的軽い仕事でアルケディウスの平均給料よりも高めの給料が得られるという話が伝わり、最近はそれを目的に子を作ったのではないか、という親もいるのだとか。


「一応、事前に教育はしているんですけどね。

 最初は殊勝にしていても、だんだんに本性、と言ったら言い過ぎかもしれませんが、素が出てきて子どもに向けて怒鳴りつけたり、手を出したりする者もいたりするんですよ。

 注意すると『躾だから』って言い返してくる女もいて、対応に困ってます」

「力で押さえつける躾は極力避ける様に、ってお願いしていますよね」

「はい。ただ、保育っていう概念そのものが伝わらないんです。我が子をより良く育てたいって思いはあっても、他の子どもには向けられないっていうか」


 中世異世界で子どもの人権、というのは確かになかなか理解してもらいにくい分野だろうか?

 子どもは親の所有物、結婚は親が決める。という思想は改革を進めても未だ根強く残っている。子どもを正しく育てるには力で言う事を聞かせるのが一番という考え方も。

 まして、他人の子どもに愛情をもって、気持ちに寄り添い根気強く接する。というのは仕事だと割り切っても、できない人はいるかと思う。


「別に母親が誰しも保育の達人である必要は無いと思っています。

 子どもを育てるのは大変な事ですし、一人一人、育ってきた環境や考えも違います。そして大抵の人がほんの数回しか体験しできない中迷い、悩みながら乗り越えて行くものですから。

 それを助けるのこそが保育士の仕事だと思うんです」

「はい。ただそういう面でも真剣に『ホイクシ』の仕事に取り組んでくれる人材が欲しい所ですね」

「重要なのは本人の適性とやる気ですから。

 リタさんには今後保育士の教育もお願いしたいくらいなんですけど」

「私も、今の所、孤児院と産院で手いっぱいで。

 マリカ様が書き残して下さった保育士としての心得や専門知識の本などもあるのですが、字を読めない女も多いですから、文字の読み書きから教えるとなるとなかなか……」


 ホント、この辺は難しい所だ。

 子どもだけでなく、親も教育していかなくてはならない所が特に。

 私が保育士育成を任せられると安心できるのはやはり、リタさんとカリテさん。

 後はお母様と、ミュールズさん。そして魔王城のティーナくらいだ。

 あ、アーヴェントルクのアンヌティーレ様も今なら大丈夫かと思うけど流石に外国からはお呼びできないし。


「あ。でも。そんな中でも最近。ちょっと目をかけている娘がいるんですよ。

 最初は大丈夫かって思ったんですけど、意外に真面目で、頭もよくって。

 何より子どもの気持ちも考えられるいい子なんで息子共々、期待して育てていきたいなって思ってます」

「それは楽しみですね。どんな人なんですか?」


 私が問いかけると、リタさんがちょっと苦っぽく笑う。

 ?


「ルシアって言うんですけどね。マリカ様も顔は御存じの筈です」

「え?」

「大祭でマリカ様の財布を掏ったスリ娘ですよ」

「えええっ?」


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