皇国 新しい手袋
「出発を前に、ご挨拶に参りました」
そう言ってグローブ座のエンテシウスが、第三皇子家に挨拶に来たのは夜の月に入って直ぐの事だった。
「もう北の方では雪が降っているそうですが、大丈夫ですか?」
冬のアルケディウスの旅行はかなり厳しい。特に北の方は雪が身長くらいまで積もることも有る。だから少し心配になったのだけれど。
「今年は南に南下していきますので、街道を行く分には問題は無いだろうと見ております。近年、主要道路は舗装が進み、馬車などが行き来しやすくなっておりますからな。人も増えましたし、何とかなるでしょう」
旅慣れたエンテシウスは落ち着いたものだ。
これから冬の約四か月の間、フリュッスカイト、エルディランド、プラーミァをゆっくりと巡るとのこと。
「ダヴィドは騒ぎを起こしていませんか?」
「それが驚く程に殊勝にしております。どうやら劇や俳優に興味を示した様子。下働きの傍ら役者たちの稽古を見たり自分なりに基礎練習をしたりしております。
自分ではないものになる楽しさ、人に夢を与え喝采を受ける喜び。俳優沼に足を踏み入れ沈んでいくのは間もなくですな」
えらく楽しそうなエンテシウス。
彼にターゲットとしてロックオンされたら簡単には逃れられまい。
それにけっこう解るし。
自分が嫌いで他の存在になりたくて。
自分を認めて欲しくって。そんな動機で俳優を目指す人はそこそこいるのだと心理学の授業で学んだことも有る。
今まで大貴族の息子しかなかったダヴィドに、新しい何かが見つけれられたのなら、それは多分良い事だろう。
「新年は入国のお許しが頂ければ、大聖都に参ります。
マリカ皇女とリオン様の結婚式に、歌や音楽、劇で花を添えられれば、と」
アルケディウスもだけれど、大神殿も大神官結婚の儀を前に色々と盛り上がっている。
民に対して特に何かをするわけではないけれど、会議の最終日、皆さんの前で結婚式を挙げた後大聖都の城下町をパレードする流れになっているそうだ。
向こうのイメージで言うと皇太子さまご成婚の儀、みたいな感じ?
そして各国来賓を前にした晩餐会が披露宴の代わりになる。
パレードが見られるのは大聖都の城下町だけなので、夏の礼大祭の時と同じように、各国から商人などが集まってくる。市民にとっては追加の大祭のような感じで儲け時なのだろう。既に大聖都の宿の高級処は予約で満杯だとガルフは言っていた。
ガルフにも結婚式を見て欲しかったけれど、大聖都の大神殿で行われる私とリオンの結婚式は神殿関係者と、家族。それに各国王家の方のみしか入れない。
エリセにフラワーガール、アーサーにリングボーイを頼み、アレクを楽師として入れる事にもかなりごり押した。アルには成人式と同じくカメラマンとして晴れ姿を見て貰う。
本当は魔王城の子ども達にも花嫁姿を一番に見せたかったのだけれども、今、方法を検討中だ。と、それは置くとして
「そうですか。
私はちょっと見に行く余裕は無さそうですけれど、応援しています。
あ、でも演目は考えて下さいね。『皇女マーシャの冒険』はできればなしで」
「それはそれは……」
一応、釘は差しておく。多分、無駄だと思うけれど。
思った通り、エンテシウスはあからさまに不満げな顔になり、顎に手を当てる。
「ですが、各国での公演は、演目指定が入っております。
特に各国とも王家の方々が直々に、お声掛け下さり王宮での公演も予定されているのです。
『皇女マーシャの冒険』の上演は引き続き継続させていただけませんか?」
正直、え~、という気持ちではある。
グローブ座が認められ、人気を高めるのは嬉しいけれど。
「そういう契約が既に結ばれているのなら仕方ありませんが」
「ありがとうございます。しかしそこまでご不満ですか?」
「私としてはあの雑な人物設定のお話は、ちょっと広められるのが気恥ずかしいと言おうか……」
「雑な……とは聞き捨てなりませんな。
『皇女マーシャの冒険』は設定から内容に至るまで、取材を重ね細部に至るまで気を使った自信作。現に老若男女問わず、大貴族から庶民に至るまで大人気でございますれば」
いや、解るよ。いつの時代も皆、心の奥では勧善懲悪大好きだし。
高貴な身分の人間が、自分達の所に降りて来て助けてくれる物語は絶対人気出るよね。
「だから困るのです。私と劇のヒロインを重ねられて変な目で見られるのは……」
「変な目、などということはあり得ません。むしろ民は皇女マリカ様に親しみと友愛を抱く事でしょう。皇王陛下、第三皇子、神官長様にも良く人物像を掴んでいるとお褒め頂いております。自信作ですぞ」
「ほら、やっぱり、私が題材なんじゃないですか?」
「失敬、口が滑りました」
お互いに顔を見合わせ、苦笑しながらエンテシウスは芝居がかった態度を崩さない。
流石、演出家。流石、劇作家。
人の心を動かすのはお手の物なのだろう。
「四ケ月の間に新しい演目を考えて稽古を始めます。
大聖都でマリカ様の結婚式に合わせて上演するのは、完全新作と参りましょう。
マリカ様に初演を見て頂けないのは残念でございますが『聖なる乙女』と『勇者』の成婚に相応しい舞台を仕上げてご覧に入れます」
「まさか、また私を題材に?」
「さあ、どうでしょう?」
にやりと口角を上げるエンテシウス。
多分、間違いなく新作も私をモチーフにした題材にしてくるかな?
確信犯。
芸術家がこうと決めたらなかなか止めることは難しいだろう。
でも。一応悪あがきはしておく。
「市民に見せる前に、一度大神殿に来て下さい。確認します」
「それは光栄ですが、国王会議と結婚式直前でお忙しいのにそんな時間がおありで?」
「なんとかして作ります。私が無理なら、フェイやカマラに見て貰うとかも考えます。
『皇女マーシャの冒険』みたいなことになると困りますから」
「なかなか手厳しい。信用がありませんなあ」
「エンテシウスの事は作家としての能力も信頼していますし、座長として、私の手袋としても信用もしています。
無理に私を題材にしなくても、きっと面白いお話が書けるでしょう?」
「いやいや、目の前に世界最高の『物語』があるのに、他のモノに浮気は致しません。
揺れ動き、一時たりとも同じにならない星空と異なり。
私が主。空に輝く太陽と仰ぐのは、マリカ様のみでございます」
「もう、本当に口が上手いですね」
「いえいえ、こればかりは私の本心にて。
と、手袋の話が出たことで思い出しました。
この面会を機にマリカ様に、お願いしたき儀があったのです」
「お願い?」
話を逸らされた感はあるけれど、エンテシウスの眼差しが今までの冗談めいたものから、真剣なモノに変わったので、私も軽口は止めて向かい合う。
「はい。自惚れて良ければ、我々グローブ座は今まで、それなりの成果を出してきたかと思います」
「そうですね。グローブ座の報告書と活動内容についてはお父様もいつも褒めています。加えて秋の大祭では私と家族の窮地を救って頂いた恩がありますから、願いがあるのなら私の力量で叶えられる範囲であれば叶えると約束しましょう」
「ありがとうございます。では」
エンテシウスが懐の隠しから取り出したのは、手袋だった。
私が授けた、私の手袋。
「アルケディウス皇女、マリカ様より賜りました、この手袋をお返しすることをお許し下さい」
「え?」
カマラや、側近達も息を呑む。
手袋を返すと、いうことが今までの会話の流れと繋がらない。
私の密偵を辞めたいってことなのかな?
一瞬、胸に空虚な思いが宿るけれど、エンテシウスは劇作家。
引っかかったな、と言わんばかりの笑顔で私に願い出る。
「そして、どうか改めて大聖都 大神官。
『星の姫巫女』
大陸の『聖なる乙女』たるマリカ様の名において、この手袋を私に、我々に。
グローブ座にお授け頂けませんでしょうか?」
「大神官として、手袋を……ですか?」
「はい。我らが忠誠は常にマリカ様の御為に」
ちょっと意表を突かれた。
でも、そういうことか。少し嬉しい。
「第三皇子は雇い主としては最上の部類の御方ではありますが、やはり、我々は永遠の空虚から救い出して下さったマリカ様のお役に立ちたいと存じます。
幸い、今後は他国からも招きを受けることも多くなるでしょう。
春に合わせて、ぜひ、我が国にも、と秋冬国からも招待を受けておりますれば。
王族の目から見たのとは違う七国の姿を。
飾られたものではない、人の生きる様を。我々ならマリカ様にお伝えできると自負しております。なので」
「そういうことなら、断る理由はありませんね」
「マリカ様!」
「丁度良かったかもしれません。
私達は結婚によって新たに七国を支える新しい王家になります。
各国に侮られない為に情報収集手段は必要だと思っていたのです」
私はエンテシウスの前に進み出ると差し出された手袋を受け取って、カマラに渡した。
そして、今、身に着けている手袋を外して改めて彼に差し出した。
「今後もよろしくお願いします。
信頼する私の手袋、グローブ一座」
私の手袋を改めて受け取ったエンテシウスは、恭しく口づける。
「こちらこそ。
麗しの『聖なる乙女』。その顔と優しさは夜空に煌めく星よりも輝かしく、暗闇に迷う我らを照らして下さいました。
マリカ様の美しき手を煩いと穢れから守る手袋として、グローブ座は今後も身命を賭ける所存です。
我らの忠誠は、国を超えても常に貴方様と共に……」
まるで乙女に忠誠を捧げる騎士のように。
「ありがとう。
あ、でも。私を題材にした劇は控えめにして下さいね」
「いえいえ、そこは自由にやっていいからと、我々をお信じ頂きたく。
決してマリカ様やその周囲の印象や影響を下げるような真似は致しません。
むしろ、その人生、在り方に相応しい輝きに相応しきものに仕立てて御覧に入れます故に」
「だーから、それが恥ずかしいんですってば」
結局、私がエンテシウスの手綱を握るのは無理だという事は解った。
彼の口車に乗せられて、新作のモチーフに私とリオンを使う事を許可しちゃったし。
国を超えても私の力になってくれるという、新しい騎士、味方の存在は本当に心強い。
そしてエンテシウスが描く、私とリオンの『恋物語』はぜひ見てみたいと思ったから。




