異界 精霊達の内緒話 前編
人が決して足を踏み入れる事の無い神々の世界。
「これが、マリカの体内のスキャンデータだ。
あと、三枚目が正常値と能力を使う時のバイタルの変化になる」
顔を突き合わせた七国の精霊神がデータを共有している。
それぞれが、紙に纏められたレポートを読んでいるように見えるのは単純に人であった頃の模倣に過ぎないけれど。
まあそんな感傷と、永い年月を経ても人らしさを捨てきれない『神々』の思いについては今は、本題とは別の話だ。
「心臓の巣は、エネルギータンクかメインコンピュータかって印象だね。
通常状態では特に変わった気配は無し。でも僕らが頼んで、マリカが力を発揮しようと意思を向ける時などに、特異な熱を発するなどの反応が見られた。
僕達を超える上位権限による物体の組織変成命令。
スピードも実力も文句なしで、こっちが怖くなるくらいだったよ」
「つまり?」
「まだ休眠中。でもオリジンか、それに類する何かがマリカの体内に確かに存在する。というのが俺達の結論、だな」
長兄神の問いに弟神達は最悪一歩手前の結論を紡ぐ。
人が踏み入れる事の出来ない疑似クラウドでの精霊神の会話。
精霊達の内緒話。
「そうか。悪い結果が続くな」
ぽい、と投げ捨てる様に青年神が手放した書類は空中を舞うと同時に光の粒子になって消え失せる。
紙の書類はあくまで情報同期の為に作った見かけ上のもの。既に紙に記載しきれない詳細な内容も共有されている。
「続くって、何か他にも悪い結果が出るような何かあったの?」
「アーレリオスが言っているのは、これ。
星系データ。自分で調べておいてなんだけど、まさかこんな結果が出るとは思わなかった」
「ナハト?」
「なんだ? 見せろよ」
夜を司る精霊神が指を弾くと、別の書類が各々、六人の仲間に配布される。
「え?」
「これ、ホント? 前に言ってたアレ?」
「そう、あの後独自に調べてみた。
元データが随分前のものだし、外に人工衛星を飛ばして細かく観測して照らし合わせたわけじゃないから断言はできないけれど、偶然じゃないことだけは、解った。
この星は『戻っている』
僕達の辿ってきた航路を、なぞる様に」
仲間の言葉にある者は食い入るように書類のデータを見つめ、ある者は信じられないというように声を荒げる。
「! そんなことあるのかよ? もう俺達だってどう辿ってきたか解らない。
道も目印も無い宇宙航路だぞ?」
「うん。もう外宇宙を彷徨っていた頃のデータを皆は失っているだろう?
僕が最低限の記録を残していたのは、趣味と感傷でしかないけれど。
遠い昔、地球で読んだSFにあったんだ。浮遊惑星をとある知的生命体が宇宙船代わりに使用してるって言う話。
あんな感じかなって思ってるよ」
「我々が数百年かけて歩んだ宇宙の路を逆行するように、同じかそれ以上の時をかけてこの星は戻っている。このまま行けばいずれ太陽系に戻ることがあるかもしれない。
流石に基本速度が違うから今日明日、とかの話では無いが」
どうやら既に兄神には報告済みらしい。
昏い息を吐きだして見せる火の精霊神に
「でも、これって悪い話? いつか、地球に戻れるならそれはそれで嬉しくない?
あれから千年以上経っているわけだし、星を渡り略奪を繰り返してきたのがコスモプランダーなら流石に既に地球を離れているんじゃないかと思うし。
奴らがいなくなっているなら地球に戻ってゆっくり星を再生させる事とか、できるんじゃないかな?」
木の精霊神は希望的観測を指し示すけれど
「地球を離れたコスモプランダーにこの星が見つかったらどうする?」
「え?」
冷静に冷酷に火の精霊神は『最悪の未来』を指し示した。
「ん……んなこと、あるわけねえだろ? このトンデモ広い宇宙空間だぞ?
俺達がこの星を見つけだすまで、どのくらいかかったと思ってんだよ?
全方向に文字通り無限に広がる宇宙で、星一つ見つけだすなんて、砂漠に落ちた砂金粒を見つけるようなものだろう?」
「だが、我々は見つけた。同じことが奴らにできないとは限らない。
それにもしかしたら、奴らにとって目印があるかもしれない」
「目印? それは、まさか?」
「そうだ。我々自身、もしくはナノマシンウイルスそのものがビーコンとなって奴らを引き寄せる可能性は0ではないと私は思う。
この星が我々の航路を辿っているとしたら、それはナノマシンウイルスに記録されたデータを元にしているのだろうからな」
水の精霊神は目を大きく見開いた。もし、彼らに人間と同じ体の機構があったとすれば驚きのあまり、声を無くし、唾を飲み込んだ、という表現が一番近いかもしれない。
「はっきりと言ったら? アーレリオス。
もしかしたら、オリジン。
マリカの中の意志が星を操作しているのかも。
いや、それ以上のことも、もうしでかしているかも? って」
「キュリッツオ……」
「現実はしっかり認識しておかないと、後で後悔するかもしれないよ。
レルギディオスも多分、それに気づいていたから、マリカ達がいれば地球を取り戻せる。帰れる。なんて考えを捨てきれなかったのかもしれないし」
我が子、我が娘可愛さに濁そうとしたのかもしれない、兄神の配慮をあえて空気を読まず光の精霊神は切って捨てた。
弟神の言葉はあまりにも正論で、
「そう、だな。
だが認めたくは無かったのだ。
私と真理香の愛と思いの結晶が、もしかしたら、我らの仇敵であるかもしれない。
などとはな」
諦めたように彼は首肯する。
「仇敵って……」
「オリジンと我らが呼ぶ存在が、どのようなものでどのように生まれるのかは解らぬ。ただ、その起点があるとしたらそれは、間違いなく私と真理香。二人の交わりだ。
コスモプランダーから直接注ぎ込まれたオリジナルのナノマシンウイルス。
それが男女の交わりによって結びつき、より強固で新しい、ナニカを生み出したのかもしれない」
この状況について火の精霊神は誰よりも細かく計算やシミュレーションを繰り返してきた。
時に夢中になりすぎて娘から目を離してしまうくらいには。
「……今ではこの星に、我々が降り立ち、コロニーを作り上げたその時から、オリジンの力は働いていたのかもしれないと今は思っている。
まだ生命として確立されていない試験管の中のマリカの中でそれを誘導したとしたら、と考えたら恐ろしいとしか言いようがないが」
寒さに震えるような身体を持たない精霊神達。
けれど、その心を恐怖に震わせる。
「オリジン。
ナノマシンウイルス全てに干渉できる大いなる意志。
それが僕達の隙と油断を狙って、目的の為に何百年、もしかしたら何千年もの時間をかけて星を動かしていたとか怖すぎなんだけど」
「でもオリジンの狙いは何なんだよ? まさか、コスモプランダーとの合流?
新しい餌場ができたから喰わそうってってか?」
「解らん。その可能性は高いだろうが、そうだとしても許すわけにはいかん。
少なくとも我々が意思を持ち、稼働している限り。二度と奴らに略奪を許すわけにはいかない。やっとここまで取り戻した地球の希望。
兄弟が揃い、全ての障害がなくなり、最後の子ども達も目覚め、本格的に地球文化の再生に取り組めるというこれからを、邪魔させるわけにはいかないのだ」
「アーレリオス」
星と子ども達を守ると口にする長兄の名を、末弟は静かに呼ぶ。
「それは、いざという時にはマリカを切り捨てるってことかい?」
責める様に確認する様に。鋭いナイフのように突き刺さる言葉と共に問いかけて。
「もし、万が一にもマリカが星の敵となる時には倒さねばならないこともあるやもしれん。
星と子ども達、全てとマリカを引き換える事はできない。
我々には託された未来を守る義務がある」
「アーレリオス!!」
「ウイルスに侵された身体を失った我々への直接介入は、いかにオリジンと言えど難しい筈だ。
いざという時には私が全てを投げうってでも止める。
それが父親としての責任だろうからな」
情を一切封じた彼の返事は星の守護者たる『神』そのもの。
いざという時には娘をも殺すと言い切る長兄の決意に兄弟達は言葉も無い。
「止めろよ。そんなこと。
マリカをお前が殺すなんて救いが無さすぎだろ?」
「無論、そんな事が無いようにするのが最善だ。
万が一の時の為の心の備えにすぎない。だが、今まで幾度かマリカの身体を借りて解ったことがある。
アレの身体は間違いなく私の遺伝子を受け継いでいる。
いざという時、一番あの身体を止められるのは私だ」
風の精霊神の気遣いに、火の精霊神は小さく嗤う。
瞳に宿した決意は微塵も揺らいではいない。
「当面はマリカ、いやオリジンの監視を続ける。
奴の目的も考えも意思も、何も解らないからな。
リオンに原種ウイルスを仕込んだのは、予備か、それともマリカを生み出した時のように、新たなる進化、強化の為か。
二人の間に生まれる子は、我々の希望になる可能性と共に、最悪の魔王になる可能性もある。厳重な監視が必要だ。
勿論、マリカもリオンも、絶対に他の人間と身体を結ばせるわけにはいかない。以前レルギディオスが言ったが、二人を離しウイルスをばら撒かれる可能性が一番危険だ。
最悪の場合はマリカの肉体をステラのように……」
「……止めろ」
瞬間。
白い空間が揺らめいた。
まるで地震のように。
外界の影響を受ける筈もない異空間で
淡々と告げていた男は言葉を止め、目を見開く。
異変の中央に立つ怒りと燐光を纏う少年を。
「止めろ、黙れ! バカ!
勘違いするなよ。父親のクセに!」
彼は泣いていた。
指一本動かすことができない仲間と自分の前で、大粒の涙を零して。




