皇国 父と娘のないしょの会話
少し露骨な性的描写の会話があります。
翌朝、私は自分の寝台で目を覚ました。
一人で。
時刻は、と見ればまだ地の刻だ。向こうの時間的に言うなら朝の5時くらい。
皇王陛下のお召しでアルケディウスの大型通信鏡を使って、各国に魔王城の島探索の報告を行うことになっているけれど、それは空の刻だから早く起き過ぎた。
でも……これから寝直すことはできそうにないし。
私は体を起こして立ち上がると姿見を見た。
寝台にも、私の身体にも昨日の夜の痕跡は何も残っていない。
当然だ。何も無かったのだから。
傷む私達の心以外には。
「なんだ。結局何も無かったのか?」
朝食をお母様や双子ちゃん達ととり、二人を王城の保育室に送っていき。
その足で通信鏡の間に向かう私に、お父様は呆れたように、そんな声をかけてきた。
誰が聞いているのか解らない王宮で、と思うけれどお父様は、掌に握った石を真っすぐに上に放り投げて、またキャッチしている。
遊んでいるように見えるけれど、石が微妙な光を発しているのは、多分『精霊石』だから。何かの術道具?
「それは? なんだか不思議な色合いですけど」
「術道具の精霊石だ。知らないか? 熱を発したり、光を灯したりするものが一般的だがこれは、風の精霊石。
周囲の空気を散らして、近くにいる人間以外には話が聞こえないようにする盗聴防止の品だ」
「へえ、そんなのがあるんですね?」
「精霊国時代のものだからな。火や光の精霊石より人気も、利用頻度も高い。
成人した王族貴族なら嗜みに一人一つは持っているものだ。
聞かれたくない会話をするとき、こっそり発動させる。知らず使われていた時もあると思うぞ」
「便利ですね。ちょっと欲しいかも」
「必須品だから滅多に市場に出ないが、大神殿にも一つや二つあるんじゃないか」
「探してみます。無ければ作れるかどうか聞いてみます」
「お前らならそういう手があるか。無いなら成人の祝いに用意してやろうかと思ったが」
成人式も近づいて、お父様も色々と準備や気遣いをして下さっているようだ。
と、まあ、そんなことはさておき。
「何もって……どういう意味です?」
「あれだけ焚きつけて、機会を作ってやったのに、アルフィリーガはお前を抱かなかったんだろう? という意味だ」
リオンは昨日の深夜、私の部屋から転移術で外に出て、それから戻ってきていない。
私が、彼と肉体関係を持つことを拒んだからだ。
今日の報告会には来る予定なので、多分、後で会えると思うけれど。
だから、今、護衛代わりに私の側についているのはお父様。
「お前らには俺の監視の目があった方がいいと解ったからな」
って。
カマラも勿論近くにいるけれど、お父様が隣を歩いているのに余計な口出しはできない。
一歩どころか数歩下がって、緊張の面持ちで付いてきている。
「お母様や双子ちゃんの前で言わないで下さったのは有難いですけれど、父親が娘に言うセリフじゃないと思います。
娘への強姦教唆。セクハラですよ」
「婚約者同士が身体を交わすのは強姦とは言わんだろう。
そも、娘の結婚を決めるのは父親の役目だ。文句を言われる筋合いはない」
「それはそうですけれど……」
「アルフィリーガも根性がないな。
早く抱いてしまえ、と何度も言っているのに」
抱いて。
聞かれないようにしているとはいえ、王城でのあまりにもあからさまなお父様の言葉に、頬が、赤みを帯びる。
まるで水が音を立てて沸騰するかのような熱を宿して。
「お父様、いつもリオンをそんな言葉でけしかけているんですか!」
「俺だけじゃない。フェイやアルも折を見て勧めている筈だ。
特にフェイの方は結婚式の後から幾度となく、な。
マリカと早い所結ばれてくれ。
成人式と結婚式を待つまでの時間さえもどかしい、と。
でもアルフィリーガもお前もあまりにも変わらないから、俺からも促してくれと頼まれている」
「フェイが……」
頭が痛い。
フェイが私とリオンを大切に思ってくれることに関しては疑ったことは無いけれど、ちょっとやりすぎ。今日の説明会にはフェイも参加する筈だけど、大神殿に帰ったらキツく言っておかないと。
と同時にお父様に対するムカムカも、湧き上がってくる。じゅわじゅわと、音を立てる溶岩みたいに。
「……私達には、私達の事情があるんです。
少し、放っておいて下さい」
「何だ? あいつに抱かれることがそんなに嫌なのか?」
「だから! なんでそんなに直接的な言い方して娘を煽るんですか!
そんなに私がリオンに抱かれて欲しいんですか?」
「勿論」
「へ?」
あまりにもあっさりと、簡単に。何でもない事のように。それこそ当たり前のように。
お父様は頷いた。
私とリオンに……まぐわえと。
「叶うなら命令したい程度には願っている。
逆にお前達がこうして頑なになるのが解っているから言わないし、やらないが。
お前達が早く結ばれて、互いに一人の男として女として愛し、愛される歓びを知って欲しい、とずっと思っている」
「それくらいは……知っています。私はリオンのことを愛していますし、リオンだって……」
「嘘をつくな。
お前達は知らない。誰かを思い、想うその熱情とその先にある哀しみと喜びを。こいつの為なら全てを投げ出してもいいという情愛を」
逃げるような私の言葉をお父様はふふんと、鼻で嗤い捨てた。
「お前達は確かに互いを思い合っている。
でも、今のそれは、同じ『精霊』同士の友愛のようなもの。鶏の群れの中に紛れ込んだ燕と雲雀が同じ空を知る者として傷を舐めあっているようなものでしかない」
「あ……うっ……」
言葉が出ない。昨日の会話や今までの事を思い出してもまったくもってその通りだと自分自身で解っているから。
「別に、そのこと自体を否定している訳じゃない。
始まりが同情や、錯覚であっても身体を交わし共に歩んでいるうちに情も生まれ、いつしか愛が生まれることはある。確かに。
逆もまた然り。
男と女の交わりは、神が人に、いや全ての生き物に与えた呪いであり、福音であり、救いだからな」
お父様の言葉には否定できないくらいの説得力がある。
そういえばお父様も最初はお母様の求愛をずっと拒否続けてきたって聞いたっけ。
根負けして結婚して、長い長い時を共に歩んできて。
きっと変わっていったのだろう。
「何度も言っているが俺は、お前とアルフィリーガが幸せになればそれでいい。
傍から見てどう見ても、神々にいいようにこき使われているとしか見えない現状が気に食わないが、本人達が納得していて、幸せだと思うのならそれはそれであり、だろう。
だが、お前らは精霊であるという使命と立場に雁字搦めになっていて、まったく幸せになろうという気がない。
これもアルフィリーガには前に言ったが、だったらせめて、好き合う者同士が身体を交わす悦びくらい知ればいいと思ったんだ」
「お父様のお気持ちはわかりますし、嬉しいと思います。
ただ……本当に精霊にも精霊の事情がありまして。 勝手な行動は冗談ではなく星の危機を招くの、でそう簡単に決断はできないんですよ」
「やっぱり、めんどくさいな。精霊の事情は」
「はい。その点については私も同感、です」
「俺は別に、お前らが精霊であろうとなかろうと、関係ない。
かけがえのない親友。大事な娘なだけだからな。
だがお前達は精霊としての役目を捨てられないだろうし、お前達が精霊でなければ生まれ、出会うことは無かった。だから手伝い、助ける。
それだけのことだ」
「ありがとうございます」
「礼なんぞいい。早く幸せになれ」
……なんだかんだ言ってもお父様が私達を思って下さっていることは解る。
ただ、私達にもそんなに素直に言う事を聞けない事情がある。
自分達の事だけなら、全てを投げ出して愛に生きることとかもできるのかもしれないけれど、言った通り精霊の行動には星の命運さえもかかっている。
「まあいい。どうせ成人式が終わり、結婚式が済めばいやでも夫婦として暮らすことになる。そうなれば、あいつもいい加減重い腰を上げるだろう。
いや、上げさせてやる。俺の可愛い娘を娶ってなお、ぐだぐだいうつもりなら承知せん」
「決心がつかなくて拒否したのは私の方なので、リオンを責めたりこれ以上けしかけたりしないで下さい」
「男なら相手を気遣いながらもその気にさせる手法くらいいくらでもある。
女を手の中で慈しみ、磨き上げていくのが男の力量というものだ」
「……私はそのままのリオンでいいんです。
拒否するつもりもありません。ただ……昨日は動揺して本当に決心がつかなかっただけなので」
私の中にある力が、リオンに周囲に、悪影響を齎すことがないと確信できれば直ぐにでもリオンに身を任せたい気持ちはある。
そう言えば、お父さんやステラ様は、私の力についてどう考えているのだろう。
後でちゃんと聞いてみよう。
皆さん、私とリオンの結婚そのものは反対していない。
むしろ祝福して下さっている。
力の暴走やコントロールについて意見を頂いたほうがいいだろう。
「まあ、心が決まらないうちに背伸びしてことを運んでもいいことはない。
ゆっくり迷い、悩めばいいさ。お前達の心そのものは、もう決まっているんだからな」
「はい。私はリオンと共に生きる。それだけは決まってますから」
「そうか。なら俺の心配は空言で済むな」
「はい」
「もう、お前達を魔王になんぞさせん。お前達は光の中で二人一緒に幸せになるんだ」
お父様の言葉を強く、唇と共に噛みしめる。
そうだ。私はリオンと共に生きる。
絶対に不幸にはならない。苦しみも喜びも分かち合うと約束したのだから。
満足げなお父様の横顔を見て、ふと思ったことがある。
こんな場で聞く事ではないけれど、周囲に人は殆どいないし、盗聴防止もかかっているそうだし。お父様と二人でという機会は今後あまりないような気がするし。
なので聞いてみた。
「……変なことを聞きますけど、そんなに気持ちがいいことなんですか?
その、男女の交わりって……」
「!」
年頃の女の子が男親に聞く事では無いと解っているけれど。
まあ、純粋な好奇心。
「お前、向こうでの経験は……って、そうか」
「はい。ありません。
肉体の母である真理香先生は最期の最後でアーレリオス様と結ばれたようですけれど、私に与えられた記憶では一度も」
「そうか。なら、気持ちいいぞ、と言っておくか」
にやりと、お父様が笑む。
いじわる、いやセクハラ親父の顔をして。
「あの快感は別格だ。他の何をしても味わえない。
意識が飛び、互いの体温を感じる多幸感に包まれる。
世の中の全てがどうでも良くなりそうなくらい。
いつまでもいつまでも繋がっていたくなる。なあ? カマラ?」
「な、なんでそこで私に話を振られるのですか?」
いきなり主から女騎士が話を振られて。しかもその内容がセックスの気持ち良さだもんね。
カマラが動揺するのも解る。
時代が時代なら間違いなくセクハラだ。
「だって俺は男としての気持ち良さしか知らないからな。
柔らかで暖かな女の肌に手を滑らせる快感。腕の中で上げられる嬌声の心地よさ。
愛する妻を一番近くで感じ、肉体と官能の全てを支配しているという満足感、などと言ってもこいつには解るまい。
抱かれる女の感覚や快楽は女だけのものだろう?」
「そ、そういう知識の教育につきましては、奥様にお願いして下さい。
私には身に余ります」
「ちょっとやめてあげて下さい。今のお父様、凄くヤな顔してますよ」
「話題を振ったのはお前だろう?」
「すみません」
まさか王宮で皇族と結婚前の娘がこんな猥談をしているとは、周囲の警備兵や貴族達は思うまい。
巻き込まれたカマラに心の中でごめんなさいしながら、私達は改めて会議に向かって足を進めたのだった。




