皇国 二人の精霊の内緒話 後編
精霊は嘘をつかない。
これは、私がこの世界で意識を取り戻してから知り、肌で実感してきたことだ。
言えない事は言えないとはっきり言って沈黙する。
精霊の真実を知ってからはコンピューターだから、嘘をつくようにはできていないのだろうと納得した。上位権限からの許可や、閲覧資格が無いと知ることができない情報がある。というのも解る。
リオンはその点に関しては例外な精霊だ。
嘘もバリバリつくし、人を騙すこともある。
それに教えてくれない事も多い。
彼は人型精霊だからなのかもしれない。ちゃんと聞いたことはなかったけれど。
私にも嘘つき禁止の制限はかかってないっぽい。
私は一応、人間だから、だろうか?
向こうの世界でいうところの遺伝子操作された強化人間。
デザイナーズベイビーであるらしいけれど、受精卵は母親の胎内で両親の愛情と交わりから生まれたから、人間だと思いたい。
でもリオンの沈黙は肯定とほぼ同義。
「もしかして、私が家や建物に触って『変わって』とか『壊れて』とか言ったらそうなったりする?」
「多分な。お前が前に剣を砂にした事あっただろう? お前がしっかりと意志を持って準備していれば武器はお前に触れた瞬間にひれ伏して使い物にならなくなる」
「人間の身体も? まさか治せたみたいに壊せる?」
「……できると思う。やってみるか?」
「ヤダ! 怖い事言わないで!」
思わず、耳を塞いで頭を抱え込んでしまう。
言われて、初めて『解った』。
私の中には強力な力がある。
下手に使えば爆発して、人々を巻き込んでしまいかねない力が確かに。
「私の『能力』ってそんな怖い力だったんだ」
「まあ……確かに強い力だ。でもマリカの力が強いって点と、危ないって事に関しては今更気にする必要はない、って俺は思っているけどな」
「今更?」
震えが止まらない私にリオンは頷く。
子どもの頃から見守ってくれた兄弟のような優しさをその瞳に宿らせて。
「そう。今更だ。
マリカは子どもの頃から、その力を自由に使う事ができた。
俺も最初は精霊達がマリカに力を貸してくれて。自主的に形を変えてくれているんだな、と思ったりもしたけど。後からはマリカ自身の力だって解った。
でも、俺は心配なんてしたことは無かった。
マリカはその力を自分の為に使った事、無かったから」
「私、思いっきり自分の都合で使ってたよ。バリバリ」
思い出す。
目覚めたその日から私は自分の力を思う様、遠慮なく使っていた。
具体的には肉の解体とかハンバーグ作りとか、服を作るのにも使ったし、ロッカーや家具を作るのにも。
子どもの身体と技術でやっていたらどのくらいかかるか解らなかったたくさんの事を『能力』のおかげでショートカットできた。
もし『能力』が無かったらきっとまともに生活できなかったくらい助けられていた。
「マリカの都合、ではあっても自分の為、じゃなかっただろう?」
「え?」
「マリカが力を使うのはいつだって、誰かの為、だ。
子ども達に美味しいハンバーグを作ってやりたい。服を作ってやりたい。
住みやすい環境を作りたい。
そして、俺やみんなを助けたい。って」
「だって、それが一番大事な事だもの」
「そう迷わずに言えるマリカだから。俺は安心してたんだ。
ああ、大丈夫だって。
マリカがマリカである限りは心配もいらないって。
あの人の転生が、俺が仕えるべき『精霊の貴人』がマリカなら『精霊の使命』を果たすのに何の問題もないって」
「私が、私である限り……」
リオンの言葉を口の中で噛みしめる。
歯の間に挟まった小骨のように何かが引っかかるのだけれど、それを言語化することは何故かできない。
「まあ、それでもライオやティラトリーツェ妃は、ずっと心配してたみたいだけどな。
お前が誰かに騙されて悪用されたりしないかって」
「お父様やお母様が……」
「だから俺を側に着け、娘として懐に入れて、お前を守る為にあらゆる手を尽くし続けた」
「……うん」
「お前が転生者として異世界の大人としての記憶を持つと知っても、いや、知ったからこそ案じて下さっている」
「うん、解ってる。でも……」
いつも、いつも何故か騒動に巻き込まれる私を、本当の娘であると解る前からずっと。
影日向に助けて下さったお二人がいたから、今の私がいる。
さっき私に向けれらた注意という名の心配も、私を愛して下さっているからこそ。
それを忘れたことは無い。
だから……気になる。
「私がこれから力を暴走させたり、意図せずに何かしてしまうことは……無い?
お父様やお母様に、周りの皆を危険に晒したり、迷惑をかけることは?」
「無い、と俺は思っている。
さっきも言った通り、マリカ自身が最初っからそれを望んでいないし、やる意思を持っていない。万が一の時は止めてくれる存在もいっぱいいる。何よりステラ様と同期しているしな。
何かあったら真っ先に気付いて対処して下さるだろう」
「そう、かな?」
「ああ。だから今の所は心配ないんだ。何も」
リオンの大きな腕が包み込むように私を抱きしめる。
「余計な事を言ったけど、俺だって暴走するとは限らない。
いや、絶対にしないと心に決めている。だから、大丈夫だ。
俺も、俺である限り、お前を絶対に守るから」
安堵の息と涙が自然に零れた。
少しだけだけれど、胸のつかえが取れた気がする。
でも勿論、完全に安心できたわけじゃない。
「でも、今の所は、なんだよね?」
「……ああ。実際問題として俺達が完全に成人したら、どうなるか解らないっていうのはあると思う」
「成人、って成人の儀式?」
「……儀式は重要だと思うけれど、そうじゃない」
「じゃあ、結婚?」
「そうだ。俺とマリカが身体を交わらせる事。それが多分、俺達にとっての最終封印解除。本当の成人の儀式だ。
もしかしたら、相手はお互いで無くてもいいかもしれないけれど、俺はお前以外を抱くつもりはないから」
私を抱きしめるリオンの腕に力が籠る。
私だってリオン以外に身体を委ねるつもりはない。ないけれど。
「成人したら、どうなるの? 何が変わるの?」
「解らない。俺は実際、今すぐにもお前を抱いて身体を交わしたい欲求がある。
お前が好きで、愛しいからだと思っているけれど。第三世代としての本能がお前を求めていない、と言い切る自信はない」
「私は……」
リオンの腕の中で私は目を閉じる。
私もリオンを求めている。リオンの腕の中にいることはこの上もなく気持ちよく、安堵できて。彼ともっと近づきたい。
一つになりたい、と感じている自分がいる。
でも……。これは本当に私の思いなのだろうか?
私の中にある能力、力、もしくは訳の分からない意志があってそれが、私を操っているのではないだろうか?
解らない。
自分のものだと信じていた心が解らない。
それは、言葉にできない程の恐怖だった。
「だから、卑怯だと思われても構わない。
俺はお前に委ねる。
お前が俺を受け入れ、自分自身の力を受け入れ。その先の変化も含めて共に有ることを望んでくれるなら、俺はお前を抱いて全てをマリカに捧げる。
時に『精霊の使命』に逆らうことになろうとも」
「リオン……」
「お前は、どうしたい?」
優しいリオン。
私を抱きすくめながらも、逃げる余地を与えてくれている。
この腕と彼の言葉を信じて、全てを委ねてしまいたいと思う。
そうしてしまえと、全身が求めている。
でも。私は私自身の、渾身の意志と決意で身体を動かした。
リオンをその両腕で押しのけて
「……待って。……少し、時間を下さい」
と。




