皇国 星の精霊達の思い
魔王城の島の調査が終わり、無事戻ってきた、空の日の夜。
「また、どうしてそのような話になるのですか?」
「まったく。やっぱり俺も付いて行けばよかった」
全体的な報告は明日でいいからと、実家での休息を許された私であったけれど、戻ってきたお父様とお母様。
お二人に事情を説明した途端、凄い剣幕で怒られた。
「アルフィリーガやフェイが付いているなら大丈夫かと思ったが、逆にマヒしているということに思いが至らなかった。
一度そういうものだと思われてしまうと、取り返すのは難しい。俺のミスだな」
「何をそんなに怒っているんだ?」
「そうですよ。別に今回はそんな変なやらかしとかしていないでしょう?」
今回は特に派手に力を使ったりはしなかった。
まあ、リオンは『神』の依り代としてそれなりに目立ったけれど。でも、それだけだ。
無事に魔王城と島の概要地図を作って、今後の方針を定めて誰一人欠かさず戻ってきた。
ビエイリークの人達なんて魔王城の島から船が戻ってきたのは初めてだって、感涙してたよ。
十分に褒められていい成果だと思う。
「いいえ、やらかしました。
また、貴女達にしかできない仕事が増えたのでしょう?」
でも、お母様は大きく、私に見せつける様に嘆息する。
まるで『解っていない』私を諫めるかのごとく。
「え? 私達にしかできない仕事?」
「そうです。魔王城の管理や『神の子ども達』のことはまあ仕方ないと諦めていましたが、コッカイトショカン? 神の国の知識まで貴女達が見ることになるのでしょう?
ただでさえ、貴方達の仕事量は普通の王族貴族の数倍だというのに、さらに仕事が増えたのではなくって?」
「それは、まあ、そうですけれど。でも今までも『精霊の書物』として色々な知識を披露したりしてましたので今更で……」
「物事には余裕、というものが必要なのです。
余裕なく張り詰められた糸は予想外の負荷で容易く切れてしまうもの。
ただでさえ、貴女には大神官として孤児院関係、出産に財政、神事に食品関係と、負荷が常に課せられている上に『神々』と人々、その両方から期待と負担を背負わされているでしょう?
僅かの余裕もなく張り詰めているのにこの上、数千万の書物の管理なんて人が一生を捧げなくてはならないような仕事を押し付けられたら、少女という、か細い身体と精神はたちまち切れてしまいますよ」
「えっと、私、見かけは人間ですけど、実際は精霊ですし、色々と丈夫なので……」
「! そういう根拠のない過剰な自信がいけないのです!」
今まで優しく言い聞かせて下さっていたお母様がいきなり立ち上がり声を荒げる。
なんだか逆鱗に触れちゃったっぽい?
私は猫のように首を竦めてしまう。
お母様がこんなはっきりとした怒りを露わにするのは初めてかも、だ。
「ご、ごめんなさい!」
「貴方は何かというと自分は精霊だからと言い訳して、無理をするけれど、精霊であろうとなかろうと十四歳の女の子であることに変わりは無いのですよ?」
「でも……」
「口答えしない! 貴女が少しでも、ドレスやおしゃれや遊びや人生の楽しみを満喫しているならいう事はありませんが、私は、貴女が日々の仕事に追われてそういうことを疎かにしていることが許せないのです!」
「あ……」
「私の前で、自分には余裕があると、人生を楽しんでいると自信をもって言えますか?」
「その……、あの……」
「貴方はステキな大人になるのでしょう? 自分の子どもにそのような、余裕もなく張り詰めた姿を見せて自分はステキな大人であると。
自分の真似をしろと自信をもって言えるのですか?」
「すみません……」
しゅんとする私の肩を抱く様にお母様が手を回す。
「子ども時代というものはもう少し自由に、我が儘に。
自分の事だけを考えていていい時期の筈です。なのに貴女は、大人の記憶を刷り込まれていたせいかずっと、誰かの為に生きてきた。
人の幸せ、笑顔が自分の幸せ。という貴女の優しさや在り方を否定はしませんが、私は本当に貴女自身の幸せ。というものをもっと考えて欲しいのです」
「お母様」
「お前もだ。アルフィリーガ。
マリカを助け、幸せにする。
そんな自分の願いを持っただけでもまあ昔よりは上等だが、その為に結局自分を火にくべるようなやり方。俺は好かん。それを強いる『神々』はもっと好かないが」
「ライオ……」
「俺は、お前が輝く姿を見たいんだ。人々にその努力を認められ、愛され、慕われる。そんなお前を。
決して『神の傀儡』を見たいわけじゃないんだからな。特に我が身を捧げた英雄として祀られる姿なんてもう、腹いっぱいで考えただけで吐き気がする」
「お父様……」
「解っては……いる。でも……それが俺、いや俺達なんだ」
何も知らなかった魔王城の時代、いや子どもだった皇女の時代だったら私はきっとリオンの言葉を否定した。
でも、今は否定できない。
お父様とお母様は、私を。いや、私達を人間として見て下さる。
アースガイアに生まれた一人の人間として。子どもとして。
幸せになれ、と言って下さるけれど。
チクリ、胸の奥が痛くなる。
『人型精霊』である私達には最初から、そんな権利などないのだ。
「まったく、お前らは……。
行くぞ、ティラトリーツェ」
「はい。あなた」
俯く私達を見て大きく嘆息するとお父様はお母様に視線を向けた。
阿吽の呼吸というか、気持ちが通じ合っているというか。
それだけでお母様は何かを理解したようで、立ち上がり私達に背を向ける。
「お母様?」
「私達が言うべきことは言いました。
後は少し、二人で考えなさい。どうせ、島では二人きりになる時間もなかったのでしょう?」
「…………」
「別に閉じ込める訳じゃない。何を強いる訳でもない。アルフィリーガは抜け出そうと思えば息をするより早く逃げ出せるだろう?」
「お父様」
お父様もお母様に寄り添いながら扉に向かっていく。
「お前達は頑固だ。俺達がいくら言葉を尽くしても、自分自身で考えを改めない限りは変わらない事も解っている。
だから、二人でよく話し合え。その先でお前達が選び、納得した上であるのなら俺達はもう何も言わん。例えそれが『精霊』。神と人の道具として生きる道であろうとも」
パタンと、強い音を立てて扉が閉まった。
部屋の中には私とリオンの二人きり。
本当に置いていかれてしまった。
以前は皇女と騎士の自覚をもって。
誤解されるようなことをするなとお母様はおっしゃっていたけれど、成人式まであと四か月。結婚式までほぼ同じだから問題ないということなのだろうか?
この状況下でリオンが理性を切ることは少ないと思うけれど、男女二人きり。一線を超えてしまう可能性もあるというのに。
「ライオの奴……」
苦い何かを噛みしめながら、リオンは私を真っすぐに見やる。
夜露を結晶させたような漆黒の瞳に何か意志と決意を湛えて。
「でも、ありがたいと思う。丁度、私も聞きたいことがあったから」
「ああ。俺も話さなければならないことがある」
私は椅子の一つに腰を落とした。
見上げる様にリオンを見る。
二人だけの会話、二人だけの夜が今、始まろうとしていた。




