魔王城 帰ってきた勇者と国会図書館
魔王城の島調査二日目の朝。リオンは私達の所に戻ってきた。
神の憑依体としてではなく彼自身として。
「心配をかけたようですまないな」
漆黒の髪、夜露の瞳。
照れたように微笑む変わらない様子のリオンにホッとする。
でも、真っ先に駆けつけて出迎えたかったのに、身体がなんだか動かなくって。
先に近づいて行ったのはフェイだった。
「無事に戻って来てくれてよかったです。
『神』の用事は済んだのですか?」
「ああ、後は必要な時に呼ぶとのことだ。
まったく、いきなり身体に入って来られるのは止めて欲しいよな」
「とはいえ『神』の降臨の依り代となったリオンは神官長にとっては『神』の代理権者そのものです。もう一人の大神官、として立ってもいいのでは?」
「それは避けたい。組織の頂点が二つというのも、色々と問題を招くから。
あくまで頂点はマリカ。俺はその横に立てればいい」
「では神官長の位を受けて下さい。僕はその補助で構いません」
大神殿で、神官長という名目であってもリオンの上に立つことをフェイが嫌がっていたのは知っていた。だから、この流れになることを。
リオンを『神』の子として立たせることを狙って、フェイは今回の調査にルンルンで乗ってきたのか。
各国王族の前でリオンに膝をつき忠誠を誓う神官長。
このパフォーマンスでリオンは『神』の代行権者。
大神殿のトップとして王族方に印象付けられたことだろう。
「思えば旅の時代はあの姿だったのに今となってはこっちの姿の方が君らしく見えるな。
まあ帰って来てくれて何よりだ」
その後はヴェートリッヒ皇子が嬉しそうにリオンの背中をポンポンと叩いて迎え入れた。
「リオン殿。今日は『神』は島の案内をして下さるとおっしゃっていたのです。
何か伝言などは預かっておられますか?」
「ああ、知識と地図を賜った。精霊国時代の街の多くは廃墟になっているが、そこを拠点とすることでいくらか手間が省けるだろうとのことだ」
「今後は『神』の降臨は無いのか?」
「必要とあれば出てくるとおっしゃっていたが、基本は任せるとのことだ。『神々』は基本的に依り代となる現世で動かせる身体が無いと、この世界に物質的な干渉はできない、ということだからな」
「なるほど。だからマリカ皇女やリオン殿、各国王族という器が必要なのか?」
その後は、調査についての話に戻った。
打ち合わせや話題の中心にはリオンがいる。
大神官の護衛、婚約者から、一気に各国王族と同格の上位権者と認められるリオンが嬉しくはあるんだけれど、なんだか心臓が音を立てて締め付けられる気がした。
キューっとね。
なんだろう。このもやもやは。
皆との挨拶が一区切りつくと、私の浮かない表情に気付いたのだろう。
リオンは私の前に戻ってきて膝をついた。
「リオン・アルフィリーガ。
戻りましてございます。大神官。マリカ皇女」
「心配していました。戻って来てくれて何よりです」
建前上はまだ王族と騎士だからリオンは私に敬語を使う。
抱きしめて、泣きじゃくりたいのに許されないのがもどかしい。
「詳しい話や事情は後程。ただ、今回の件は『神』と『星』の御慈悲であったと思っております」
「ええ。後で本当に詳しい説明をお願いします。個人的にはまだ少し納得できていないところもあるのです」
私の事を思って、心配して。
リオン自身がやるべきことをする為に今回のことを決めたのは解っているから、私に口を出したり、文句を言ったりする権利はない。
でも、釈然としないのは事実で。
後で彼の気持ちを聞きたいと心から思ったからそう言葉を紡いだ。
「はい。必ずや」
リオンが戻って来てからは、私達は予定通り通常の調査を行った。
魔王城。もとい、精霊国エルトゥリアの城の詳しい見取り図を作り、島の概要も手分けして纏める。復活させた転移陣のおかげでスムーズに行ったのだけれど。
「ふむ、この島は本当に長らく無人だったのでしょうか?」
観察眼のある人達からはそんな疑問も出たようだ。
「どうしてですか?」
「島のあちこちに人の気配を感じるのです。森で見つけた木の上の家とか、長年人の手が入っていなかったにしては手入れされている麦畑の痕跡とかに」
そう言ったのはエルディランドのグアン様だ。
この島に今も住んでいる子ども達やティーナは外に慣らす意味もかねて、今回の調査中はアルケディウスのゲシュマック商会に避難している。
城に残ることを選んだヨハン達も一緒。
後で皇王陛下が城を維持する時、アルケディウスの民という立場を与えることになっている。
ただ、動物達は直ぐには移動させられなかったので、城に残してあった。
子ども達が作った森のおうちも、壊せないのでそのまま。
麦畑は借り入れが終わってまっさらになっているけれど、人の手が入った畑とそうでないところは違うモノだ。
気付かれるかもしれないと解っていても、どうしようもなかったところ。
流石に見逃しては下さらなかったか。
「それは、僕も感じるね。魔王城の城は埃一つなくピカピカ。
部屋も整えられて寝台のシーツにも皺も汚れもなかった。
庭には厩があって、山羊や馬、ロバなどがいたけれど、数百年間人の手が入っていなかったにしては、人に懐いていたし小屋も整えられていた。
誰か世話をしていた人物がいる、もしくはいたんじゃないかな?」
『私の事は暫くご内密に。いずれは解る事ではありますが、できる限りは人間の力で事を為すように。精霊に頼りすぎないように。というのが『星』と『神』の思し召しでございますから』
城の守護精霊はそう言って唇に指を立てた。
確かにここまではっきりと実体をもつ精霊がいたら、質問攻めになりそうだし、エルフィリーネを狙って、今はけん制し合っている七国が権利取得に本気になりそうで怖いし。
この島には今後、七国の引退王族が移住する。
仕事として新しく目覚める子ども達の指導と彼らが生きる都市を作る為ということで合意しているけれど、魔王城の宝とか、カレドナイトのことを知られたら、他の国も多分黙っていない。
魔王城の富を手に入れようと、手を伸ばしてくる可能性は低く無い気がする。例え精霊神様達の目が光っていても、自国繁栄を目指すのが王族ってもんだもんね。
だからとりあえず今は内緒。皇王陛下もライバルを増やしたくないってことで同意してくれている。
「精霊国の城ですし、『星』の聖地ですし。人知を超えた力が働いているんじゃないでしょうか?」
「そうかもね。アルフィリーガ、何か聞いていない?」
「特には聞いていない。だが精霊国の生き残りや選ばれた住人がいた時期があったのかもしれないな」
特に聞いていない、のは自分達が住人だったから。
精霊国の生き残りや選ばれた住人が住んでいたのも本当だし。
嘘を言わなくても真実を隠す話術は存在する。
なるべく嘘はつきたくない。
まだ真実は言えないからこうして誤魔化すしかないことも多いけれど。
いずれアルケディウスの皆さんのように話せる時、伝える時が来たらちゃんと伝えよう。
こうして調査を続け、島の地図を埋めていた時
「た、大変です! マリカ……様。リオン!」
転移術でフェイが城に飛び込んできた。
珍しく息を荒げて。顔も真っ赤。随分と興奮しているようだ。
「どうしたの? フェイ。そんなに慌てて」
「とんでもないものが見つかったんです。いいから早く来て下さい!
皆さんも!」
「とんでもないもの?」
この島の調査でそんなフェイが焦るほどのものが見つかるだろうか?
一応六年かけて、一通り調査はした筈なんだけどな。
私は首を傾げつつ、フェイのいう通り転移術で同行し、息を呑んだ。
前にここに来た時には、廃墟の街があった。
今も、確かに同じように壊れた民家や建物は有るのだけれど、その横に見たことの無い建物が展開されているのだ。
確かにこれはとんでもないものだ。
うん、フェイが驚嘆するのも解る。
この世界にはあり得ない、鉄筋コンクリート四階建ての細長い建物を私は知っている。中に入ったことは無いけど、これが何かは知っている。
「国会図書館……」
失われた筈の遠い星、その叡智の欠片が、中世世界に蘇っていた。




