魔王城 探索と消えた『勇者』
魔王城の島に大陸からの調査団と一緒に入った日の夜。
私は自分の部屋のベッドからこっそりと外に出た。
ここは私達魔王城の住人が住んでいる使用人区画の住居棟。
私とカマラ、セリーナはそのうちの『自分達の部屋』をこっそりと利用させて貰っている。他の皆様もそれぞれが選んだ部屋で休んでおられる筈だ。カマラはセリーナの部屋へ。
多分、緊張していると思うけれど本来は野宿を想定していたのでかなり、環境的には良いと思う。男性棟と女性棟の間には扉があって鍵がかかる。女性棟から鍵を開けない限りは外を経由しないと本館というかメインエリアには入れないし、女性棟にはそれでも立ち入りできないようになっている。
だから、他の方達は多分、本館の方には入って来ない。
セリーナとカマラにはゆっくり休んで貰うように話をした。
だから、外に出てくることは無い筈だ。そう自分に言い聞かせて、足を進める。
薄暗がりだけれど、廊下には魔法の照明があって人が通ると灯りを灯してくれる。
向こうの世界のセンサーのようだ。
勝手知ったる我が家というか、魔王城。
別に灯りが無くても道に迷ったりはしないけれど。
私が一人、こっそり供もなしに夜中に歩いているにはわけがある。
事の発端は魔王城での初日の相談が終わり、私達人間だけが残されてからの夕刻だ。
「まずはこの城を探索しましょうか? どこに何があるか解らないといざという時困りますし、『神』のお力でしょうか? なんとなく構造が解る気がするんです」
『神』に憑依されたリオンが消えてから、私達は魔王城の室内を調査という名目で七国の代表の皆さんに案内した。私達、というのは私と
「僕も『神』から知識を頂いているのでうっすら解りますね」
『神』の神官長を自称するフェイだ。アルは商人なので口出しせずに一番後ろから付いてくる。
多分、私達のわざとらしい演技を笑っているだろうけれど。
「フェイ殿は上陸後、どうしておられたのか?」
「河口から船を入れ、島に足を踏み入れたと同時『神』がリオンに降臨したのです。
他の同行者は圧倒的な神威に声も出せず、意識を失い、僕は神官長であったからか、少しはマシに動くことができ『神』の手伝いをするように命じられました」
リオンから話を聞いていたとか、そもそもこの城の住人だとかはおくびにも出さない。
「この城を自由に使っていい、と言われたが人が長く住んでいなかった割にしっかりとした手入れがされているな?」
「塵一つなく掃除が行き届いた室内。煌めくシャンデリア。装飾の数々も我々の住まう王宮に勝るとも劣らない。『星』の聖地。『神』が守る精霊国、というのは伊達ではないようだな」
「どうやら三階より上と地階の一部は立ち入るべきではないとされているようです。
先への侵入が、ほら、この通り阻まれています」
私は宝物蔵に向かう廊下。見えない壁を押すように手を向けた。
透明で他所と何も変わらずに見えるけれど、入ってはいけないというように先に進めない。
城の守護精霊が多分シャッターを下ろしているのだろう。
「こちらの生活区域は入れるようですね。おや、ここは入浴施設の様だ」
初めて知ったという風で扉を開くフェイ。
先に広がる大浴場は本当にどこの王宮にも無いくらいの立派な設備だ。
「魔術で湯を入れれば使えそうですが、どなたか入りますか?」
「いや、流石にそこまでは」
「いずれ本格的にここに住まうようになれば利用させて頂く事もあるでしょうが、今は遠慮しておきましょう」
初めて入った見知らぬ館で服を脱いで裸になる勇気は流石にないっぽい。
解る。
もし、私達が魔王城の住人じゃなかったら。
気分的には向こうの世界のホラー系サウンドノベルのような心境だろう。
明るい分、そこまで恐怖は無いけれど。
「ほう、ここは図書室か? かなりの数の本があるな」
「こちらは台所のようですね。
アル。船に積み込んである食材を後で持ってきて貰えますか? 居住空間とするのであれば調理場の確認はしておかないと。
夕飯をここで作ってみます」
「解りました」
「姫君の料理が食べられるのは楽しみですね」
「その代わり城の中の調査はお任せ下さい」
その後も調査団は城の中を簡単に見て回った。
簡単な見取り図も作っていたようだ。
「とりあえず上がれたのは二階までだな。三階から上には入ることができなかった」
「二階には豪奢な部屋がいくつもあった。おそらく客間や城主の部屋なのだろうな」
夕食は食堂で。
地図を見せて貰いながらの話を私はそ知らぬふりで聞く。
「この城は自由に使って良い、と『神』は仰せでした。二階の客間? ですか? お使いになってお休みになられては?」
「……いや、あまり豪華すぎて落ち着かない。下手すれば城の自室よりも贅をきわめていたぞ。あれは」
「流石、精霊国というところか?」
「今夜は東棟の居住区画を借りることにしないか?」
「野営を覚悟していたことを思えばもったいない位だ。それで良かろう。
マリカ皇女もよろしいか?」
「はい。異論はございません。私もあまり豪華な部屋は落ち着きませんから」
多分ポーカーフェイスは上手くいっていると思う。
真実を知っているのはアルケディウスの者達のみ。
結果的に七国の調査団を騙している事にはなるけれど、流石に私達がここで育ったことまでは言えない。
『神』と『不老不死』の真実を話さないと説明がつかなくなるし、そうなるとここまで思いっきりカッコつけた『神』の面子を潰してしまうことになるからね。
当面はお口チャックで余計な事は言わない。
ただ、まあ、思う所は色々ある。
その最たるがリオンの扱いだ。
「でもどうして『神』はリオン様に降臨されたのでしょうか? 大神官や聖なる乙女ではなく?」
リオンは『神』に乗り移られてからこっち、私達の所には戻ってきていない。
夜になったら帰して来てくれるかと思ったのに。
「私達も理由は解りません。早く返して頂きたいのですが……」
「アルフィリーガは元々『精霊国』の王子だったという話だからその辺の関係かもしれないね」
「あの方の精霊術師としての適正はおそらく、僕やオルクス殿に勝ると思います。
自身を戦士として定義づけておられて、精霊に積極的な関与を望んでおられなかったようですが」
「ライオットもそんな感じだったよ。精霊に好かれているのに『使う』ことを嫌がる。
似たモノ同士なんだろうね」
とはヴェートリッヒ皇子とソレイル公子の会話。
勿論それもあるし、実際の所リオンは『神』と『星』にとって直系の息子ということになるから憑依する適正については私より上なのだろうけれど、個人的には納得できない。
現世で力を発揮する為に肉体が必要なら私を使ってと言ってあるのに。
「以前、父上に『精霊神』様が降りられたことがございますが『七精霊の子』でなければ『神々』の降臨は堪えられない程身体に負荷がかかるそうです。
彼のような勇者か『聖なる乙女』程の器が無ければ、きっと『神』を依り憑かせることはできないのでしょうね」
「我が国の女王陛下も、一度『精霊神様』に身体をお貸しした結果、数日寝込んだことがございました。
リオン殿の身にそのようなことがないといいのですが……」
「この城にいつまでいられるかも解りませんからね。明日、改めて『神』にお伺いを立ててみましょう」
王族の言葉を受けながらフェイはそう言う。
『神』にリオンを盗られている割に落ち着いているのは、きっとリオンから今回のシナリオについて聞いているからだ。きっと。
そう思うと、なんだかちょっとムカついて来た。
リオン、私には
『今回は自分に任せてくれ』
って言っただけで具体的な話は何もしてくれなかったのに。
『神』に身体を貸すのはともかく、あそこまで主導させるのなら、こういう流れでこうするっていう予定というか、シナリオというか計画を伝えてくれるのが筋だと思う。
私に言うと反対されるからだろうけれど、反対されるようなことをしないで欲しい。
今回は人目が多すぎる。
大神官と神官長とはいえ、内緒話をする機会は多分ない。事情や計画を問い詰めることも難しい。
となれば、皆が寝静まった後、直接『星』やエルフィリーネに直談判するしかないかな?
そうして、深夜。
私はこっそり女子棟から抜け出し、本館の階段を上った。
三階から上は入れなかったと皆さんは言っていたけれど、私は入ってもいい筈だ。
思った通り、見えない壁は消えていてあっさり、すんなり三階。
魔王城のプライベートエリアに足を踏み入れることができた。
女王の部屋に入り、鍵をかけ、部屋には他に誰もいないのを確認してから私は、虚空に向けて呼びかける。
「エルフィリーネ!」
「お疲れ様でございます。マリカ様」
思った通り、あっさりと魔王城の守護精霊は出て来てくれた。
「リオンは今、何をしているの?」
「『神』と『星』様の元におられます。今は面会できません」
「どうして?」
詳しく問うより早く『面会はできない』と先に告げられた答え。
下げられた頭。
納得できずにさらに畳みかけようとしたその時。
「あの子は今、『神』との同期調整中なの。邪魔しないであげて」
「え?」
静かで優しい声が降りたと同時、私の肉体は寝台に崩れ倒れた。
刈り取られた意識と共に。




