魔王城 『神』の代行者
私達の頭上の空に直立するリオンがいる。
「あれは……リオン殿?」
震える声でソレイル公子が呼びかけた。
声に宿る疑問符の意味は、理解できる。
全く同じ姿形をしているのに、色と表情と、纏う雰囲気で人はここまで違う姿に見えるのか?
そう言いたいのだろう。
服装はほんの少し前、別れた時まで身に着けていたままの共通服だというのに、全身から漂う神気というか輝きの前では、王侯貴族の服のよう。
太陽に光を紡いだかのような黄金の髪を靡かせ、新緑の瞳で眼下に有る私達を見やる『彼』からは金を宿した蒼色の気力が目に見える様に立ち上がっている。
船の内側にいた人たちも、全員甲板に出てきた。
突然の異常事態に。
そしてただ事ではないリオンの変化に明らかに動揺しているように見える。
『言ったはずだ。頭が高い、と』
「うわあっ!」
『彼』が軽く手を振ると、全身に重い負荷が襲い掛かる。
重力を無視して浮かび上がるリオンと正反対。
私達の上に課せられた重力、いや圧力にやがて甲板にいた全員が膝をつき頭を下げた。
アルも、皇王陛下も、ソレイル公子も。
船長さん達も各国王族も、それに仕える人たちも皆。私を除いて一人残らず。
自主的か、そうでないかはともかくとして。
『弁えるがいい。
汝らは今、超越者の前に在る』
身体の奥底まで震わせるような重い威圧感のある声が響いてくる。
明らかにリオンの声ではない。
いつものように『神』がリオンの身体に依り憑いているのだと直ぐに解った。
それを裏付けるかのようにリオンの唇が動く。
『我は汝らに不老不死を授けしモノ。
『神』と呼ばれる存在である』
やっぱり、と声にならない声が人々の頭をさらに深く下げさせる。
『ここは『星』の聖地。
我はその守護者。
踏み入らんとするのならそれ相応の礼儀をもってするべきだろう』
逆に私はイラっと来たけどね。
え~?
島に入るなら礼儀を弁えろ?
ご自分の事を随分遠くの棚に上げておられませんか?
ぶっちゃけ、おまゆうだと思うけど?
喉元まで出かかった抗議を呑み込みつつ、私は状況の把握にかかる。
予定では今回の調査では、私が『星』と『神』の依り代として『神託』を受けたとして島を案内する予定だった。
川の河口から上陸。
徒歩で軽く作っておいた道に誘導して、魔王城と城下町に案内する。
そこで、私に『神』か『星』が降臨し、冷凍睡眠の子ども達の事を頼むという流れの筈なのだけれど、この状況は一気に探索その他がショートカットされた感じだ。
一体何を考えておられるのだろう。『神』は。
思いながら、私は頭上に浮かぶリオンに視線を向けた。
リオンが『神』の依り代として力を発揮しているのを見ることは少なくない。最近は特に。
『精霊神』様達や『星』様は私の身体を割とホイホイ依り代に使っているけれど、『神』は明らかに私の身体に入ることを避けているように思う。
だから、結構感覚がマヒしているとは思うのだけれども、こうして明らかに人外の顔をして頭上から威圧をかけられると本当に逆らえない上位者。『神』の降臨にしか見えない。
「大変失礼しました。偉大なる御方」
その中で流石は皇王陛下。
私でさえ震えがくるような圧力の中、前に進み出て顔を上げる。
「我々は『星』と『神』と『精霊神』に仕える忠実な僕。
此度は我々が同胞にして兄弟。『神の子ども達』に安住の場所を、という神託を受けまして参った次第にございます。
何か、ご不快をおかけ致しましたでしょうか?」
『いや、お前達を歓迎するからこそ、手間を省いてやったのだ。
少しでも早くこの島に眠る、最後の子らを受け入れる体制を作れ。
その為にお前達が力を尽くすのであれば、我々は見合う価値で報いるだろう』
「どうやら、お怒りをかった、という訳ではなさそうだ。
ならば、話を聞くとしよう。我々に力を貸して下さると仰せなのだから」
「そうですね。
では、大いなる『神』よ。どうか、我らをお導き下さい。
我らが兄弟を救う為に。
その御心に添う為に。
我々は全てをもって答えると誓いましょう」
アリアン公子が皇王陛下の言葉に頷くように顔を上げた。
公子の奥方は正しく『神の子ども達』の一人で、ここにいる子達の兄弟だからね。
やる気も多分、人一倍だろう。
『良かろう。マリカ。『七精霊の子』達と共に降りてこい』
「は、はい!」
「王族と、その護衛以外はここで待機せよ。
『神』のお力での移動だ。無いとは思うが船の損傷などが無いか厳重な確認を頼む」
「解りました! どうかご無事で」
機帆船の管理責任者であるソレイル公子に命じられ、船長さん達は私達に敬礼を向ける。
七国の代表が一か所に集まったのを確かめてひらりと『神』が掌を閃かせると
「わあっ! ちょっと待って下さい! まだ聞きたいことがああっ!」
また私達の周囲を不思議な光が取り巻いた瞬間移動。
気が付けば私達は魔王城の大門の前に佇んでいたのだった。
大門の前にはフェイと最初のボートに乗っていた四人が跪いている。
一瞬、動揺しちゃったけれど、今は周囲に人目が多すぎ。
なんでリオンの身体をまた、って問い詰めたり、仕事の時みたいに『神』にタメ口きいたりしたい所だけれど、それはきっと、大神官としては失格だ。
『マリカ』
「はい、なんでしょうか? 大いなる『神』よ」
『お前にこの精霊国の城、その全権限を貸し与える。
その知識と力をもって未だ眠る子ども達と、こやつらを導くがいい』
「かしこまりました」
質問は後。今は大神官らしく、『神』の言うことを聞くしかない。
私は諦めて大きく息を吐きだし頭を下げたのだった。
そこから先については、ちょっと割愛する。
固く閉ざされた門扉が私の祈りで開き、元魔王城の城は各国王族を出迎えた。
私は魔王城の守護精霊が出てきて迎えると思ったのだけれども、代わりにリオンが先頭に立って、城の中を案内する。
荘厳で各国の王宮にも負けない美しさを誇る魔王城の内部に感嘆の声を上げ、地下から鋼の部屋に眠る約十万の子ども達を見せられた各国代表は、心底やる気が出たっぽい。
会議ができるように設えた中央ホールで具体的な案を出し『神』に質問を投げかけるまで話が進んだのだった。
『今宵はここまでにしておこう。
明日は島の全体を見せてやる』
話の区切りがついた頃、リオンの身体を借りた『神』は腕組みをしながら私達に言い放った。
態度は完全に上から目線だけれど、子ども達の為か思ったより協力的。
でも、そのお誘いにより同時に今夜の魔王城の島泊まりも決定する。
元々調査の為だから一日で終わるとは思っていなかったけれど。
「ご厚情感謝申し上げます。
今晩、この城に宿泊することはお許しいただけるのでしょうか?」
『マリカに聞くがいい。この城を使う権利は奴に貸与した』
「マリカ皇女?」
「立ち入ってはいけない場所以外なら、良いということではないでしょうか。
話の後、全体を確認してみましょう?」
私達がこの島と城の住人であることは言わない方が良いようだ。
多分、魔王城の守護精霊が出てこないのは、城の監視と管理に専念する為だろうから私は目を閉じて念ずる。きっと彼女には通じる筈。
他の人は入ってはいけない所に封鎖措置よろしく。 子ども達とティーナは一時的にゲシュマック商会に避難中の筈。
『ならば、我は戻る。詳しくはまた明日だ』
「え? あ、待って!」
長い一日が終わり、そろそろ、リオンを開放して貰える、と私は思っていた。
何が起きたのか事情も本人に確認できるだろう。とも。
でも伸ばした手も空しく空を斬る。
『神』はどこかに転移してしまった。
リオンの身体ごと。
『神』は、『星』は、リオンは一体何を考えているのだろう?
答えが解らぬまま私は、もやもやとした思いを胸に魔王城の島、探索第一日目を終えたのだった。




