魔王城 島への上陸と意外な出迎え
翌朝は快晴。
雲一つない青空だけれど、風は適度に吹いていて機帆船フォルトゥーナ号の出航には持ってこいの日だ。
とはいえ
「本当に、あの島に船を入れるおつもりですか?」
港町ビエイリークを治める領主ストウディウム伯爵は心配そうな眼差しで私達を見つめている。
「今更言うまでもない事ですが、あの島は永く人の侵入を拒んできました。
沈んだ船の数は私の知るだけでも両手の指を遥かに超え、命を落とした者はその数十倍に及びます」
「解っています。ですが、それは許しを得ず『聖地』『精霊国』に侵入しようとした者に裁きが下っただけのこと。正当なる許しを得た者に対して大いなる『精霊』はその扉を開いて下さることでしょう」
そうは言っても今まで、多くの犠牲者を目の前で見てきただけあってビエイリークの人達の顔からは不安が消えない。今回は今までと違って各国の王族が総出で乗っているのだ。
不老不死も失われている。万が一のことがあれば大陸を揺るがす大惨事になることだろう。
「大丈夫ですよ。大神官と神殿長と勇者の転生が乗った船が沈むことなどあり得ません」
「フェイ」
急遽、当日合流の形で同行することになったフェイが威厳に満ちた表情で伯爵や心配顔の領民たちに微笑む。
因みに私が連絡を貰ったのは今日の朝の話だ。
『明日の魔王城の島の探索、僕とアルも同行してもいいでしょうか?
転移術が使える術者が同行していた方が参加者や乗員たちも安心すると思います』
「え? いいの?」
『僕が転移術で魔王城の島に行けるようになることに警戒する者もいるかもしれませんが、利便性などを押して説明すれば納得してもらえる自信はありますし、アルが同行することで、開拓地建設に何をどう手配したらいいか、商人視点から働きかけることもできます』
「確かに二人が丈夫なら来て欲しいけれど」
『何よりリオンの要請ですからね。最優先しますよ』
「リオンの?」
『詳しい事は後程。アルを連れて一刻でそちらに向かいます』
昨日の夜貸した、魔王城の島への通信鏡を朝一で返しに来てくれたリオンは私にこう告げた。
「今日の魔王城の島の探索について、俺が先頭に立って構わないか?」
「え? リオンが?」
「俺が勇者の転生であることは、もう皆に知れている。島が魔王城ではなく精霊の聖地であるとマリカが知らせたから、俺が道案内することに不自然さは出ないと思うんだ」
「それは、そうだろうけれど……」
今回の探索に関しては私が『神託を受けた』として案内する予定だった。
その為に島の地理などを頭の中に叩き込んだんだけれど。
「昨日の件で、さ。
俺も、本気で覚悟を決めないといけないって思った。いつまでも『精霊関係』をマリカ一人に押し付けちゃいけないんだ」
「別に押し付けられてないよ。リオンだって特に最近はずっと『神』に身体を使われてるじゃない」
私をみやるリオンはそう言われてもどこか困ったような感じで首を横に振る。
「でも、いつも矢面に立たされて負担をかけられるのはお前だ。
同じ『人型精霊』で、しかも俺は男なんだから。むしろ俺がお前の盾になるべきだと思ったんだ」
「男も女も関係ないよ。やるべきことができる能力がある者がそれをするだけ。
どんな相手からも助けて貰っているし、支えて貰ってる」
「それでも。
自分の力と役割から逃げるなって、昨日公子は俺に教えたんだ。
お前が言う通り、やるべきことを、できる能力がある者がやるだけ。
俺は、少しでもお前の負担を減らしたい。
だから。明日については基本俺に任せて欲しい」
「解った。でも、私の力が必要な時はそう伝えてね」
リオンは間違いのない決意をその夜色の瞳に浮かべていた。
その後、フェイからの連絡が直ぐに来たことを鑑みると、多分、昨夜のうちに魔王城に連絡を取り、フェイやゲシュマック商会などに手を回し、もう既に完璧な手筈を整えていると思われる。リオンは基本的に武官だけれど、お父様にも仕込まれているし文官としても有能なのだし。
ちなみにフェイとリオンは打ち合わせがあったようだけれど、フェイからは『詳しくは後で』と言われた後の話は聞いていない。
「では、出航しましょう。距離的にはそんなに時間はかからないと思いますが、何せ魔王城の島と呼ばれていた海域への航海。油断は禁物ですから」
ソレイル公子の促しに私達は船に乗り込んだ。
舵を預けるのはフリュッスカイトきっての操船術の持ち主という船長さん。大陸一周の航海も成功させたという実力者だ。サポートにビエイリークとフリュッスカイトから雇用された船員さんや、エンジンの管理を行う機関長さんもいる。
「出航!」
ビエイリークの人々に見送られ、船は文字通り水の上を滑る様に港から離れた。
私はこの世界も含めて船に乗ったことは一度もない。向こうの世界の記憶でフェリーやボートに乗った記憶すらない。だから比べることはできないけれど揺れも殆どないし衝撃その他も感じさせない。かなりの技術だと思う。造船も操船も。
甲板で操舵を担当する船長さんを遠巻きに見つめる形で私達は自然甲板に集まっていた。
「大体、この程度の距離であれば四刻程で島の周辺まで近づけるのではないでしょうか?」
「随分早いですね」
船長さんの横で海図を見ながら説明してくれる公子の言葉にちょっと驚いてしまう。
ビエイリークから魔王城の島まで約100レグランテと聞く。1レグランテ≒1kmだから一刻で約25km。かなり早いと感じる。
「小さくても島だからな。明るいうちに辿り着いて探索拠点を作れると助かる」
「ずっと人の手の入っていない島ですからね。探索も簡単では無いでしょう。
うちも魔術師を連れてきましたが、神殿長がいて下さるのは助かる。帰りが格段に楽になりますからね」
アリアン公子がオルクスさんと顔を見合わせて微笑んだ。
魔術師、正確には魔術師の杖によって特異不得意があるのは知っている。
例えばオルクスさんの杖は火の王の杖だから、転移術は難しいらしい。
でも攻撃力はピカ一。その気になればフェイ以上とのこと。
今回は未開の島、と思われている場所での障害物の除去などを期待されて同行してきたという。そういえば、火の王の杖にとっても里帰りってことになるのかな?
とにかく船の中に部屋は用意されているけれど、船室で落ち着くほどの距離でもないから。
船の航海の為の雑用に勤しむ船員さん達以外は、全員が甲板で潮風を感じながら、瞬く間に近づいてくる魔王城の島を見つめていた。
「……確かに、噂に聞いていた船の運航を妨げる暗礁が無くなっていますね」
島からおよそ数レグランテ程の距離までたどり着いた所で機帆船フォルトゥーナ号はゆっくりと錨を降ろす。魔王城の島には船が着岸できるような港は無いから仕方ない。
ここからボートで数回に分けて上陸することになるだろう。
「まずは僕とリオンと、あと数名が先に行きましょう。
危険があってもまず対処できますし、僕が荷物や人を転移術で往復し運ぶことができますから」
「お願いします」
戦士であるリオンと魔術師フェイが前に立つのは自然な流れではあるけれど、私にはなんだか妙な作為を感じる。
私の視線を感じたのかフェイは笑って膝を折る。神官長として。
「マリカ様は、最後に。お願いします。
皆が島の安全を確保してからおいで下さい」
「いいんですか? 私が先頭に立たなくて」
「はい。リオンもそうして欲しいと」
「……解りました」
今回の上陸調査についてリオンに任せると決めている。
私は着水するボートに乗り込み、先行する人々を、正確にはリオンとフェイの背中を黙って見送った。
「上陸地点はこの河口のあたりになるでしょうか?」
「そうですね。島の全体像が概要程度しか解らないので、慎重に行かないと」
ソレイル公子と船長さんが地図を見ながら相談している。
この世界にはかなり正確な大陸の地図があるけれど。多分、精霊神様達がこの星に大陸を作った時に用意して子ども達に与えたのだろうけれど。精霊神の世界地図には魔王城の島は載っていない。
あるのは不老不死時代、暗礁の外側ギリギリから様子を伺った人が作り上げられた概要図しかないから全容を確認するには時間がかかるだろうな。
と思っていた正にその時。地面が揺れた。
「うわあっ!」「何? 何事!」
「マリカ様! 手すりにつかまって下さい!」
勿論、私達は船に乗っていたのだから揺れたのは、地面ではなく船だ。
錨を降ろした船が何故?
慄きながら、私がカマラのいう通り、しゃがみこみ身を低くして手すりにつかまった。全身に伝わった衝撃に目を閉じる。
正にその瞬間だ。
「えっ?」
シュン、と耳慣れた風切り音と空気の歪みを感じて、目を見開いた時、私達は見る。
目の前に白亜の魔王城の城。
城下の広場に着地したフォルトゥーナ号と驚愕に震える周囲の人達。
そして
『跪け。頭が高い』
重力を無視して空に浮かぶ金髪のリオン。
精霊の獣の姿を。




