皇国 『最適解』の結果
「本当に、他意はありません。僕はただ、姫君の幸せ。
その為に必要な最善の手段を計算して実行したまでのことです」
決闘と会議終了後の夕食会で、ソレイル公子は静かな眼差しでそう語った。
王族魔術師と剣士という世界中探しても滅多に見られない決闘は、最終的に剣士、リオンの勝利で幕を下ろした。
「無礼と敗北の咎はいかようにも」
決着後、そう言ってソレイル公子は私とリオンに頭を下げたけれど、魔王城の島の探索という大事を前に、機帆船を駆るフリュッスカイトの公子を処罰なんかできないし。
何より
「俺には謝罪も賠償も必要ありません。彼自身がおっしゃったとおり、この戦いは俺にとって確かに必要な事だった。それを実感できただけでも十二分に」
と決闘を吹っ掛けられ、一番迷惑した筈のリオンがそう言うのだから話はそこで終わりになった。
「ここは貸しにしておくがいい。科学の国フリュッスカイトの智謀は今後ますます重要性を増す。フリュッスカイトの元公主夫妻には新開拓地の指揮をお願いする予定でもあるしな」
そう言ったのは皇王陛下。
「むしろ、公子には礼を言うべきだと僕は思うね。
色々と覚悟が決まったんじゃないか? アルフィリーガ」
自分の手と短剣を見つめ、考え込むリオンの背を叩き励ますように笑ったのは、アーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子。他の参加者の皆さんも色々と思う所は御有りだったようだけれど後は当事者同士の判断に任せて下さった。
「そこがよく解りません。どうしてリオンと公子が戦う事が、私の幸せに繋がるのですか?」
会食の途中、私はソレイル公子に聞いてみた。
秋から冬にかけてビエイリークの海産物は旬を迎える。
特にぷりぷりに身が太った牡蠣やホタテ。
河口で捕れるオスの鮭などは味が濃くって言葉にできないくらいに美味。
ビエイリークは海産物確保の関係で、『新しい食』の黎明期から料理人が王都で学んでいる。
スモークサーモンとバケットのカナッペ。ホタテとイクラの醤油漬けのサラダ、牡蠣と鮭のフライなどなどは各国の王族も絶賛するくらいだ。
美味しいものを食べている時になかなか険悪になることはできないもの。
メインディッシュを口にする頃には完全に打ち解け、和解した、とまではいかないけれど、調査団の雰囲気はそう悪くない所まで戻っていた。
「はい。勝手な思い込みに過ぎないかもしれませんが。
その為の重要な一手であったと自負しております」
彼はそう言うと、優しい微笑を浮かべたまま私を見やる。
「マリカ皇女。僕は貴女が初恋でした」
「え?」
ガチャンと、取り落としたカトラリーが皿の上で音を立てた。
マナー違反だとは解っていても狼狽えてしまう。
「ソレイル公子、それは……」
「どうぞ、お気になさらず。純粋に僕が貴女を慕っていただけの事。
父母、兄は元より『精霊神』様にも望みは無いとはっきり言われて解っていました。
先ほどちゃんと振っても頂きましたし」
「申し訳ありません」
精霊神様からもソレイル公子の思いを伝えられ、ちゃんと振ってやってくれと言われていたのに。あんな断り方はなかったと、頭の中からさーっと血の気が引くようだ。
でも、ソレイル様は静かに首を横に振る。
「いえ、ですから謝ることは何も。僕はただ、孤独で自分のやるべきことも見つからず足掻いていた自分を見出し、光を与えてくれた姫君が好きで。
何か恩返しがしたかっただけなのです。
まあ、その手段が婚約者の侮辱と決闘なのか? と責められれば申し訳ありませんと謝罪するしかないのですが」
公式の食事会。各国王族がいる中での告白は、公子にとって本当に何一つやましい所のないことなのだろうと素直に思える。水の精霊神様はちょっと心配しておられたけれど、ソレイル様はちゃんと解って下さっているようだ。
「『星』と『神』と『精霊』の御名にかけて今後、僕が姫君に求婚することも、リオン殿に難癖をつけることも致しません。
フリュッスカイトの忠誠は『聖なる乙女』と共に」
「ソレイル公子。言葉は選んだ方がいい。
そういう言い方は『神』ではなく『聖なる乙女』に忠誠を誓う、と言っているように聞こえるよ」
「はい。そう言っていますから」
小さく肩を竦めながら笑うヴェートリッヒ様に朗らかに頷き返すソレイル公子。
「僕は元々、不老不死の恩恵を受けていなかった上に『精霊神』様から直接の薫陶を受けていた母と兄の影響で、失礼ながら『神』や『神殿』に対してあまりいい印象が無かったのですよね」
「おいおい」
「正直な方だ」
シュトルムスルフトの騎士団長さんとか随員さん達とか、眉を潜めたり苦笑いしている人達もいるけれど、素直すぎる告白に王族方の表情は優しかった。
「ですが、姫君が仲介して下さるのなら大丈夫、と思えます。故にさっきの話に繋がるわけです。
姫君には今後、『神』のみならず『精霊神』やもしかしたら大母神たる御方からの負担もかかるだろうと。
配偶者となる方にはそんな苦労を抱える姫君を支えて頂かなければならない。
だから、まあしっかりして下さいと、僕なりの声援を送ったということなのです」
「随分と過激な声援だったが」
「わざわざ人の多い所で戦ったり、吟遊詩人などが観客の中に混ざっていたりというのはそういうことか?」
「女君主の配偶者というのは色々と立場的に難しいモノなのですよ。僕は母と父を見ていますから。出しゃばりすぎてはいけない。でも引きすぎても支えられない。
ですから、マリカ皇女やシュトルムスルフトなどにも親近感というか、頑張って欲しいという老婆心を感じてしまうのかもしれませんね」
「心しておきます」
そう頭を下げたのはシュトルムスルフトの騎士団長さんだ。
今は本当に一配下としての立場を崩すことはないけれど、正式に王配として迎えられればソレイル公子が言う通り色々と大変になるだろう。
そして、リオンも。
私は護衛として、私の後ろに立つリオンにちらりと視線を向けた。
今回の王族の晩餐会には席が用意されていないけれど、いずれ、彼は私の横に座ることになる。しかも常に私が上の立場で。
皇女であり大神官の配偶者の自覚と責任。
私はただ、リオンが側にいてくれればうれしくて幸せなのだけれど正式な結婚ともなるとやはりそうはいかないのかもしれない。
そんなことをもやもやと考えていたら、なんだか大好きなビエイリークの海産物の味が解らなくなってしまった。
その後は明日の航路や日程などの軽い打ち合わせをしてから、私達は領主館の用意された客間で休むことになった。
「マリカ」
「どうしたの? リオン?」
リオンが私を呼び止めたのは就寝前、護衛の仕事が終わりそれぞれに部屋に戻り、解散する直前のことだ。
「頼みがあるんだ」
「頼み? なあに?」
随分と真剣な表情、真面目な顔。
軽く言ってしまったけれど、かなり重要案件だろうか?
「魔王城のエルフィリーネに繋がる通信鏡を持ってたよな? 貸してくれないか?」
「通信鏡? いいけど、明日はどちらにしても魔王城に行くんだよ。
その時じゃダメな話?」
私の通信鏡は色々と試作品として弄ってある。
「ああ、ちょっと急ぎの相談なんだ」
「ここから跳ぶ、のは無理?」
「『神』に力を貸している時ならともかく単独では無理だな。転移陣を使いに王都に戻ってまた、っていうのも時間と手間がかかるし、これ以上目立ちたくないし」
ビエイリークから魔王城の島まで約100km。ここ暫く魔王城の島に転移したりしていたからちょっと麻痺していたけれど、術を使わないリオン単独の瞬間移動は当初、目に見える範囲だけだったことを考えればできないのは当然だ。
「解った。ちょっと待って」
服の隠しにいつも入れて持ち歩いている通信鏡をリオンに差し出す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。……マリカ」
「どうしたの?」
通信鏡を受け取ったリオンが私を見つめる瞳には今までにない光が宿っている気がする。
何かを決意したような、思いつめたような意志が。
「……いや、何でもない。明日は魔王城の島に初めて船が入る。
城の説明やその他で大変になるから、今日は早く寝ろよ」
もしかしたら、リオンは何かを言いたかったのかもしれないな。と思ったのだけれどそれを口に出すことはできなかった。
彼が私に向けてくれた瞳が、あまりにも優しかったから。
「解った。お休み。リオン」
「おやすみ」
リオンは通信鏡を握りしめ戻っていった。
カマラが側にいたからかもしれないけれど、私に指一本触れることなく。
私は完全に忘れていた。
ソレイル公子の持つ『能力』
計算もさることながら様々な事象に対して最適を導き出すコンピューター的頭脳を。
その彼が導き出した『最適解』の結果、事象は大きく動き出し始める。
「頼みが、あります。聞いては頂けませんか? 母上……父上」




