皇国 水の魔術師 対 精霊の獣
この世界でも決闘の申し込みに手袋を投げるのは知っている。
今まで何度かあったから。
リオンが、私の婚約者という事で一部の男性から目の敵にされていることも知っている。
でも、まさか皇王陛下や各国の精鋭が集まる中で決闘を申し込まれるとは思わなかった。
しかも
「ソレイル公子! なにをおっしゃっているんですか!」
知的で落ち着いた印象が強かったフリュッスカイトのソレイル公子が。
「このような場で行う事では無い事は承知しています。大事な結団式と会議を邪魔することになることも。ですが、僕にとっても、彼にとってもこれは重要な事であると存じます」
「彼にとっても……って、リオンに決闘をふっかけることが、どうしてリオンにとって必要な事なんですか?」
「理由はありますが、今、それを説明し理解を仰ぐつもりはありません。ですから、私利私欲。いえ、私怨と思って頂いて結構。
受けるか受けないか、お聞かせいただこう。リオン殿」
「私怨? ですが……」
いつになく居高丈な公子。フリュッスカイトで何度も見ていた穏やかで柔らかい態度からするとまるで別人のようだ。どうして、と問い詰めようと思った私の前に手袋を拾い上げたリオンが流れる様に立ち塞がる。
「……受けないと、申し上げたらどうするおつもりか? ソレイル公子」
「別にどうにも? ただ、大神殿を統べる大神官の配偶者が腰抜けだとフリュッスカイト。そしていずれは全世界に伝わるだけの事です。無論、僕とフリュッスカイトは腰抜けに頭を下げるつもりは無い」
挑むような、煽るような口調には有無を言わさぬ強さがある。
「貴公に代わり、僕が姫君を支える。
今、この場にいる方達を証人として。『星』の聖地にて誓いを立てるとしましょう。
父君で在らせられるライオット皇子も、婚約者の不戦敗と伝えればお認め下さる筈」
「ちょっと待って下さい!」
完全な自己中心で話を進めようとするソレイル公子に私はくってかかる。
「お父様は、確かにリオンを破る強さを持たない人間に私への求婚は許さないとしましたが、そもそも私はリオン以外の人間と結婚する気はありませんから!」
「承知しております」
「え?」
私の剣幕をさらりと、本当に解っていた、いや、解っているという顔で受け流すソレイル公子。
「彼が勇者アルフィリーガの転生であることも。
全ての始まりから共にあった信頼と実力を併せ持つ守護騎士にして恋人であることも。
何より姫君にとって彼が掛け替えのない存在であることは、承知しております。
このような強引な手段と言葉遊びで姫君の婚約者の座を奪ったところで、反発を受けるのは必至であることも。姫君の御心が変えられない事も重々」
公子は自分の発した言葉を噛みしめ自嘲するように嗤う。
「だったら何故!」
「男の意地、とでも思って下さい。
勿論、敗北したらフリュッスカイトは今後、姫君と、その婚約者の婚姻を含めた行動に異論、反論を示さず支持することを誓います」
「それは……フリュッスカイトの総意と思ってよいのか?」
「はい。アルケディウス皇王陛下」
この場における最年長者にして、最高位の王を前に流水が流れる様に膝を付いたソレイル公子は、私の前に杖を置くと首肯した。
彼が持つ杖は水の王の杖。王権の証だ。それを捧げる誓いは精霊神に懸けるのと等しい意味合いを持つ。
「はい。兄上。フリュッスカイト大公からもお前の望む通りにしろと言質を頂いています。
決着がつきましたら、賠償も非難もお望みのままに」
「そこまでの覚悟があるのなら、何も言いますまい。リオン」
皇王陛下の一瞥にリオンは頷きながら前に進み出た。
「解りました。命令であるからではなく、皇女にして大神官たるマリカの婚約者として、その決闘をお受けいたします」
「リオン!」
「マリカ。口出しは無用。己が婚約者を信じるなら、黙って見ておれ」
「お祖父様!」
カマラや王宮騎士に止められているうちに、あれよあれよという間に話は決まり進められてしまった。
ソレイル公子は魔術師だから、室内で戦えばとんでもないことになる。
領主館を出てすぐ前の広場に場を作ることになった。
一刻も経たないうちに周囲はすさまじい人だかり。
各国の皆さんやお付きの方だけではなく、市民まで集まっているようだ。
興味の視線が幾重にも絡まる輪の中心に、二人は向き合うようにして立っていた。
「自分でふっかけておいてなんですが、お受け下さったこと、感謝申し上げます」
「ああ。『解った』からな。貴公の意図が。
俺も、覚悟を決めなければならないということも」
「そうですか。ならば、このような茶番は必要なかったでしょうか?」
「いや、お互いの為には必要な事だ」
音もなく引き抜かれる短剣が蒼い燐光を放つ。
それに呼応するように公子の持つ水の王の杖も淡い海色をその精霊石に纏わせた。
「そう言って頂けると、助かります。ええ。僕もただ負けるつもりはありませんから!」
「行くぞ!」
立会人の合図もそこそこに、二人は戦いを始める。
ソレイル公子は杖を高く掲げ、高らかに命じる。
「エル・ミュレイセル!」
彼の周囲にはいくつもの水の球が浮かびあがる。
どこから水を呼び出したのだろう、と思うけれどここは海辺の街だ。
大気中に宿る水分は他より多いから、空気中から汲むとかもあるのかもしれない。
水の球は術者の意志に添うように前後左右に動き回り、足元から、上から、横からリオンに迫っていく。こんな本格的な戦闘魔術を見るのはフェイ以外には初めて。
精霊神様達の力を借りて土木工事をした時とは違う。剣と魔法の世界で磨き上げられた本物の魔術に視線が奪われる。
ホーミングミサイルのように迫り来る水の球を、獣の俊敏さで躱し続けるリオンだけれど、水の球は、ただ水の塊であるだけではない。
水とは質量そのままに自在に形を変えるからこその、水。
「おおっ!」
地面にぶつかった水球が弾けて、水溜まりを作る。ここは石畳だから地面がぬかるむことは無いけれどその上を通り抜けようとしたリオンは、何かを察知して反対側に飛びずさる。と同時、立ち上がるのは噴水のような水柱だ。
たかが水、されど水。
結構な質量の水が勢いと共に立ち上がってくる柱の直撃を喰らえば、おそらくかなりの衝撃を受ける筈だ。
リオンを狙い撃つ水の線は、気が付けば地面からだけではなく、空中に浮かぶ水球からも縦横無尽に奔り飛ぶ。交わしてもその先に水がまた球を作り、また水線を放つ。
無限のキャッチボールにリオンは立ち止まる間もなく、避け続けなければならない。
一方のソレイル公子は魔術師らしく泰然と構え、杖を掲げたままほぼ動かない。
視線と杖の動きで水を操っているのは解るけれど。
リオンは短剣を右手に構え、水の線の奔る隙間を縫うように機敏に動き回る。
足元を狙う水柱を踊るような足さばきで交わすと、一直線に公子の懐を狙って飛び込もうとした。
「エル・ミュートリウム!」
けれど、その動きを読んでいたかのように公子は、空中に呼び出した水を一気に自分の周囲に集め膜を作った。
カマラが時々やる水の盾の巨大版だ。薄く見えてもかなり頑丈なのも解っている。
キーンとまるで鋼を弾くような音がして、盾が短剣を弾いたのが解った。
しかも盾はリオンを弾き飛ばしただけではない。
「エリウス・ミューゼル!!」
一気に巨大な水流、いや大波と化した。リオンを包み押し流そうとする。
けれど……
「え?」
次の瞬間、あり得ないことが起こった。
術師である公子も目を見張る。
リオンに襲い掛かり、押し流そうとした大波はリオンが振るった短剣の切っ先に触れたと同時、ぱしゃりと水に還ったのだ。
意志を持たないただの水に。
まるで魔王の前に膝を折ったかのように。
「な、何故?」
動揺は刹那。けれど、その瞬きの間で十分だった。
リオンには。
獲物に飛び掛かる獣のように、踏み込むとリオンは一直線、短剣を横に構え距離を詰め公子の喉元に襲い掛かった。
「くっ!」
杖で必死に短剣を受け止める公子。杖と短剣の剣戟が繰り広げられる。
フリュッスカイトの将軍に手ほどきを受けている、と聞いた公子の剣技も決して未熟なモノではない。
でも、所詮は剣と杖。懐に入り込まれた時点で勝敗は決まっていた。
ガキン!!
一際大きく、強く、鈍い音と共に杖は短剣に弾き飛ばされ、地面に転がっていく。
衝撃に痺れる手を、公子が膝を付き押さえたと同時、蒼い閃光は彼の喉元を捕らえた。
「これで、終わりだ」
「はい。僕の負けです」
両手を上げ、降伏の意志を表したソレイル公子にリオンは刃を納め、代わりに手を差し伸べる。
「いいんですか?」
「解っている、と言っただろう?」
「……やはり、敵いませんね。解っていましたが」
差し出された手を握りしめ水の魔術師は立ち上がった。
未練や思いを全て水で洗い流したかのような清々しい顔をして。




