魔王城 住民達の進む先 3
正直に言ってしまうと、慰めには来たものの、私がミルカにしてあげられることも言ってあげられることも、殆どない気がする。
私個人の意見として、思いとして言うなら。
ガルフとティーナの結婚は凄く喜ばしい事で祝福してあげたいことだから。むしろそうなるように願い、仕組んだ自覚がある。
そう。私はミルカの思いに薄々気付いてはいたけれど、それ以上にガルフとティーナが互いの事を憎からず思っていたのも知っていた。だから、ティーナが外での生活を望むならガルフが後ろ盾になってくれればいいなと思っていたのだ。
だからガルフにティーナの事情を知らせた上で、今日の場をセッティング。
告白の流れを誘導した。
ガルフならリグごとティーナを支えてくれるだろうし、ティーナも皇王家御用達ゲシュマック商会、商会長夫人の立場があれば、万が一スィンドラー家にバレたとしても強引に連れ戻したりすることはできないと思う。
この時代は血液検査もDNA鑑定も無いからしらばっくれようと思えばできる。
上の者に下の者がとことん逆らえないのが中世異世界だけれども、それだけに上に立てれば効果は絶大だ。アルケディウスどころか七国の食の要とも言えるゲシュマック商会に強く出られる者は大貴族と言えどそういない。
その上で皇族が後ろに立って下されば大貴族とはいえ、中の下的なスィンドラー家。
強引な手段には出られないだろう。
リグとティーナ次第だけれど、スィンドラー家よりも上に立つことだってできなくもない。
勿論、そういう計算を抜きにしても二人が正しく思いを交わし、共に生きていくと決めたのなら後はもう主であろうと親友であろうと口出しはしない。できない。馬に蹴られる。
全力で祝福して、二人とリグが幸せに生きられるようにサポートするつもりでいる。
「ミルカ。意地の悪い質問である事を承知で聞きますが、貴女はどうしたいですか?」
私の膝に頭を埋め、鼻をすするミルカの髪の毛を撫でながら私は問いかけた。
「二人の間に割って入りたい? それともガルフの側室を目指しますか?
ガルフは豪商ですし、準貴族の扱いですから本人が望めば側室や妾、第二夫人などで複数の妻を持つことも可能だと思いますけれど」
「……いいえ。ガルフはきっとそういうことはしないし、望まないと思います。
何より、娘である私を男女の関係で見ることはきっとしないかと」
「そう、ですね。ええ。やはりミルカは私よりガルフのことを解っていますね」
慰めや共感ではなく、心からの思いで同意する。
確かにガルフはそういう人物だ。
私と出会った時も、フェイやリオンという護衛がついていたとはいえ、一切邪な思いを見せたりすることがなかった。主として立てて、無茶をする私をいつも後ろから支え、助けてくれた。
その誠実さがあったからこそ、私は彼に秘密の全てを預けて共に歩み、今の位置にたどり着くことができたのだから。
「……マリカ姉様」
「なんですか? ミルカ?」
「マリカ姉様はもうすぐ、ご結婚されますよね?」
「ええ」
「人を好きになり、結婚に至る。その思いってどんなものなのでしょうか?
私がガルフを思い、慕う気持ちとは別なのでしょうか?」
「私は、ミルカがガルフにどんな思いを寄せているのかは解りません。
その気持ちは他の誰にも分け合えない、貴女だけのものですから。
でも……」
私は、ミルカの髪に手を滑らせながら、目を閉じる。
浮かぶのは勿論リオンだ。始めて会った時から今までのたくさんの思い出が、流れる様に浮かんでいく。
「私とリオンの関係も、世間一般の恋愛とはまた違う気がします。
この世界でたった二人きりの同胞。魂の同種。
孤独を分け合える唯一の存在。
いつか結ばれることを、最初から想定されて生み出されたのだと思いますから」
私という存在は種子こそ真理香先生とシュリアさんという男女の愛から生まれたものであるけれど、その生誕にはステラ様の意図や計算が込められている。
もし私とリオンが完全な同い年だったり、逆にガルフとミルカのように凄く歳が離れていたりしたら完全に対象外とは言わないまでも、今と同じ関係ではいられなかったと思う。
でも。
「でも『星』は、私達に自由な心を許して下さいました。
共に生き、様々な事を経験する中で私達は、対等の存在として肩を並べ苦楽を分かち、存在を認め合い……敬意と友愛を育てて来たのだと思います」
私には身を焦がすような恋愛の経験はない。物語のような、全てを捨ててでもついていく。そんな熱情でリオンを愛しているかと言ったら今の時点では多分嘘になる。
ただ、今も胸に焼き付いている光景がある。
初めて『私』が目覚めたあの日、外に飛び出して行って獣と、この世界の現実に襲われた時、助けてくれたあの小さくも、頼もしい背中。
あの安心感を、思いを、私はきっと一生忘れないだろう。
「彼の思いが、魂が、行動が。
その全てが私には愛しく、美しく感じるのです。空を往く燕のようにしなやかでどこまでも飛んでいけるのに、その翼を、力を己の為に使うことなくいつも誰かの為に一生懸命。そんな彼を、私は支え、共に歩いていきたいと心から思っています」
最初に出会った運命がリオンで、彼が私の中で一番だから他の誰もいらないのだ。小鳥のインプリンティングとかステラ様の心理操作だとか疑う事はいくらでもできるけれど、別にかまわない。
「私と、姉様は似ていますね」
私の言葉をミルカは噛みしめる様に呟いた。
「私も、地獄のような奴隷商人からガルフに救われました。そして彼の孤独を知り共に歩みたいと。助けたいとずっと思ってきました」
確かにそうかもしれない。私とミルカの間には大きな差はない。
リオンが私を受けいれてくれたか。見てくれたか。愛してくれたか。
きっとそれだけの差だろう。
「姉様」
「なあに。ミルカ?」
「もし、リオン兄様が他の人を愛していたら、姉様を愛せないと言われたら、どうなさっていましたか? もしくは他の人を好きだと言っていたらどうなさいますか?」
「……そう、ね」
ミルカに問われ、私は目を閉じる。幸いと言っていいのかこの世界には子どもが少なくて同年代の女子は殆どいなくって。リオンに目立つ女子が近づくことは殆どなかった。
もしこれが普通の世界で、学校とかがあって、リオンが他の人と接する機会があったりしたらまた色々と違っていたかもしれないとは思う。
リオンは何せカッコいい。
勇者の転生、精霊ということを差し引いても街を歩けば振り返られるし、人目を引くし、強いし。彼が戦の後とかで黄色い声を浴びるのは嬉しい反面もやもやとした気分になったし。
でも……
「リオンが前に言ってくれたことがあるんです。もし、私がリオンを選ばなかったらどうするもつもりなのか? って聞いた時。
リオンは、側について相手が私に相応しいか見定める。
そして私が相手を選び、相手が私を幸せにしてくれると確信できるなら身を引くと。
多分、私もきっとそうすると思います。
私の幸せよりも、相手の幸せが、笑顔が一番大事ですから」
皇族や精霊の力を盾に相手に強制しても意味はない。
共に生きていくのなら、互いを認め合い、愛し合えることが一番だと思う。
それができないのであれば、きっと身を引き相手の幸せを願う。
精霊はきっとそういう存在だ。
「でも、それはあくまで私達の選択ですから、ミルカがそれに従う必要はありませんよ。
ちゃんと告白するのもいいし、諦めずにいつか振り向いてくれることを願って寄り添い続けるのもいいと思います」
「いいんですか? 諦めずにいても」
ミルカが顔を上げる。泣き腫らした目には今も変わらぬ思いと迷いが見える。
その柔らかい栗色の髪を私はもう一度そっと撫でた。
「ミルカが、ガルフやティーナの不幸を願う子ではないことは解っていますから」
既に心通わせた二人を引き裂いてでも自分が、というような子であれば止めるとか考えを変える様に説得するとかも考えるけれど、そんなことをする子ではないと私は良く知っている。だから、後は本人次第。
「ガルフとミルカ、できればティーナとリグも。皆がこれからの人生を幸せに歩けることを私は願っています。その為にはできる限りの事はしますよ」
「幸せになれるように……」
「ええ。ミルカ一人が我慢しなくてもいいですよ。
言いたいことをガツンと言っちゃうのもいいかもしれませんね」
ミルカがどうしたいか。
どうしたら、これから幸せになれるか。それだけだ。
「マリカ姉様」
「なあに? ミルカ」
「今日の集いが終わったら、ガルフとティーナ様に話をしようと思います。
自分自身でけじめをつけたいんです。
側にいて下さいますか?」
「勿論」
心を決めて立ち上がったミルカ。
さっきまでよりも少し、大きく強くなったように私には見えたのだった。




