魔王城 住民達の進む先 2
楽しい魔王城のバーベキューパーティの裏側で。
明らかな涙目を見せていたミルカ。
「一人にして欲しい」
そう言われたのでとりあえず見送りはしたけれど、一体何があったのだろうか?
戸惑う私の眼前にパッと広がるここではないどこかの風景。
目の前にいるのはガルフとティーナ。でも彼らが『私』の存在に気付いている様子はない。
では、二人を見つめる視界は一体誰のものだろう。
そんなことを考えながら目の前に流れる光景に意識が溶けかけた時。
「おい、マリカ! 大丈夫なのか?」
「あれ? もしかしてリオン?」
私は自己を取り戻した。視界はまだ、ガルフ達を映しているけれど。
「もしかして、ってなんだ? まさか俺が見えてないのか?」
「うん。見えない。今、私の視界はここにいないガルフ達を見てるみたいなの。これっていったい何だろう?」
「! エルフィリーネ!」
『はい。何でしょうか? アルフィリーガ?』
「『城主の眼差し』を発動させるならマリカにちゃんと説明しろ! マリカが混乱しているだろ」
「エルフィリーネ? 城主の眼差し?」
『そうですね。説明不足でした。申し訳ございません』
「あ、視界戻った」
パチンと何かスイッチを切り替えたような音がして『私』の視界が戻ってくる。
と同時。目の前にふわりと舞い降り、膝を付いたのはエルフィリーネ。私&魔王城の守護精霊だ。
皇王一家との会談の時には側にいたけれど、パーティが始まってからは姿を消していた。多分、皇王陛下達にあまり声をかけられたくないからかなと思っていたのだけれど。
「マリカ様」
「エルフィリーネ。今のは何?」
「アルフィリーガの申した通り『城主の眼差し』
この城で起きたことを記録し、再生する。向こうで言う所の防犯カメラ、でございましょうか?」
六年近くこの城でエルフィリーネの『主』をしていても解らない事が多いのだなあと実感する。
「防犯カメラ? そんなことができたんだ?」
「この城の中でのことであれば、私はどこで何が起きても知ることができます。
一時的に映像を保存しておくことも可能です。流石に城の中の事を全て何年も、という訳にはいきませんが、節目節目の貴重な事案などについては記録に残しておりますよ」
「いっ!」
エルフィリーネはどことなくウキウキっぽい顔で言うけれど。それはもしかして私の変生とかその他もろもろのやらかしが残されているということではないだろうか?
そんでもってステラ様や他の精霊神様達に共有されて見られているとかでは?
「今後、この城に七精霊の子とはいえ見ず知らずの人間が入り込むわけですから、万が一にも勝手な行動をしないように抑止力は必要でございましょう?」
「まあ、それはそうだけど。リオンのいう通り事前に教えておいて欲しかったかなあ」
「申し訳ございません。なかなかお知らせする機会を作れませんでしたから」
確かにここ最近忙しくてなかなか魔王城でのんびりエルフィリーネの話を聞いたりできなかったけれど、言おうと思えば機会はあったような気がするなあ、というのはさておき。
「それじゃあ、今の映像は?」
「マリカ様がミルカ様を案じておられましたので、おそらく原因と思しき事情を再生致しました」
「原因と思しき事情……。じゃあ、さっきの映像はこの城でのできごと?」
「はい。時間にしてほんの少し前。皇王家の方々がおいでになる前。
ゲシュマック商会の関係者が、この城に来て直ぐの事でございます」
そっか……。なんとなく全部が腑に落ちた。
そういうこともあるだろうな、とは感じていたから。
ガルフもティーナも顔には出していなかったけれど、彼らの間ではもう結論が出ているんだ。
きっと今日のパーティが終わったら報告してくれるつもりなのだろう。
「リオン、私はもう大丈夫。ちょっとミルカの方に行ってくる。
お父様達が私がいない、って気にしたりするようなら誤魔化しておいて。直ぐ戻るから」
「解った」
「マリカ様。周囲の客には認識阻害をかけておきます。あまり遅くならない程度であれば騒ぎにはならないでしょう」
「ありがとう、エルフィリーネ。ガルフとティーナは特に近づけないで」
「かしこまりました」
消えた二人を見送った後、背筋を伸ばして、ぼんやりとした意識に気合を入れて。
私はミルカを追いかけた。
魔王城は広いと言っても所詮は中庭だし、大半をバーベキューパーティに使っている以上、一人になれる場所は限られている。城と中庭を繋ぐ裏口近く。井戸の側に身を隠すようにしてミルカは蹲っていた。
「ミルカ」
「マリカ姉様。申し訳ありません。もう少し……」
「ガルフの結婚が、許せない?」
「!」
「知ってたよ。ずっと、ずっと昔からミルカ、ガルフの事が大好きだったものね」
項垂れるミルカが、パッと顔を上げ、そのまま赤色に頬を染めあげた。
うん、ずっと知っていた。
多分、最初にミルカがこの城に来た時から。
孤児で奴隷として売られていたミルカをガルフが拾い上げ、魔王城に連れてきたのは今からもう五年近く前になる。
魔王城に連れて来られるまで、リードさんも含めて一緒に冬を過ごしたというミルカは、家族として父親としてガルフを慕い、離れるのを嫌がった。
いや、父親としてではなかったのかもしれない。
特にミルカは早く大人になりたい、と願い、思い、成長の能力を発動させた。
男と女の間に生まれるような恋情がそこにあったのかどうかは解らないけれど、ガルフの為に。早く隣に並び立てる自分でありたいと思っていたのは間違いないだろう。
傍から見ていても分かるくらい、ひたむきに努力を重ね、ガルフもまた愛娘としてミルカを慈しんでいた。
「昨日……ガルフに、言われたんです。
マリカ様の御成婚後、自分も結婚を考えている。って」
「そう」
「一瞬、もしかしたら、と浮かれた気分になりました。
でも続いた言葉は
ティーナを、妻として迎え入れたい。許して貰えるか、で。
私、ガルフ様の思うように、って言うのが精一杯で」
ガルフなりの、ミルカに対する誠実さだろう。
家族として大切に思っているからこその事前報告は。
けれど、その一言はミルカがずっと胸に抱きしめてきた恋心を粉々に粉砕した。
「解っては……いたんです。
ガルフの中で私は、娘でしかないって。
でも、クリーニチカ商会長として見合いの話などが来る度
『お前の意に染まない結婚などさせないからな』と断ってくれて、だから、もしかしたら。もしかしたら、いつか。ガルフが私の事を女として見てくれるんじゃないかって夢を見て……」
ガルフは辛い結婚の終わりがあって、地の底を這い続けた屈辱の五百年があった。
そう簡単に再婚を考えたりしないことは解っている。
実際、商売が軌道に乗り始めてから降るように持ち掛けられる見合い話には目もくれなかった。
だからきっとミルカは思ったのだ。
自分がしっかりとした大人になれば、いつか。
ガルフは隣に立つことを許してくれるのではないか。と。そして自分を磨き続けてきた。
最初はお飾りであったとはいえ、今は全ての帳簿にも目を通し新しい事業にも関わる才媛として有名だ。
でも、ガルフは自分が拾い上げた娘を妻や、恋人として見ることは決してなかったのだろう。そして、別の人物を伴侶として選んだ。
私はさっき視たガルフからのプロポーズを思い出す。
『これから、どうするつもりなんだ?』
ガルフはティーナを呼び出し、そう問うていた。
『リグは、フォル様達を助ける騎士になりたい、と言っています。
だから、第三皇子様からのお申し出をお受けして、外での生活に戻してあげたいと思っているのです』
『だが、スィンドラー家からうるさく言われないか?』
『マリカ様やライオット皇子様方が後ろ盾になって下さるとのことですから、なんとかなると思います』
『なら、ティーナ。俺の妻になってくれる気は無いか?』
『ガルフ様……?』
武骨で。飾り気のない。
でも優しいプロポーズと共にガルフは服の隠しから小さな指輪を取り出した。
金色のアームに蒼い石。ティーナの髪と瞳をモチーフにしたもので、有り物ではなくちゃんとこの日の為に設えたものであることは簡単に解った。
『ずっと、見ていた。あの日。アルケディウスの街で貴族に追われながらも自分と、この命を諦めずに生きてきた君を。
血みどろになりながらも自分の命を分けた我が子を産んだ君を。
迷いなく不老不死を捨て去り、マリカ様に仕えることを選んだ君を。
魔王城を預かり、子ども達を慈しみながら育てる君をずっと見ていた。
君には俺の力など必要ないと解っていても、いつか側で支えたいと思っていた』
深く敬愛の眼差しと共に膝を付き、手を取るガルフを見つめるティーナの眼差しと手は小刻みに震えていた。
『どうか、共に歩いて行かないか?
できれば死が二人を別つその時まで』
『私で……いいのでしょうか? 商会の役に立つ夫人にはなれないと思うのですが』
『俺は妻に商会を背負わせるつもりは無い。もう二度と。
共に望む未来に向けて歩み、認め合い、励まし合い。時に助け合えればそれでいい。
俺は自分自身が認められるよりも、誰かを助け、支え、輝く姿を見る方が好きで性に合っているとマリカ様に出会ってから気付いた。
男のこだわりと嗤ってくれてかまわないが』
『いえ。私も最初に会った日から、ずっとガルフ様をお慕いしておりました。
魔王城から出ることがあるとするなら、貴方のお側にありたいと。
どうか……その強き心に寄り添う事をお許しいただけますか?』
ミルカがどこまでその光景を見たのか。何を思ったのかは解らない。
けれど、絶対に自分には希望が無いのだと知ったことは多分間違いない。
「ティーナ様が素晴らしい女性であることは解っています。私の事も魔王城の他の子ども達のようにいつも我が子のように愛して下さいました。
好きです。嫌いにはなれません。でも、でも!!!」
気が付けば、ミルカは私の胸元に飛び込み泣いていた。
溢れる涙を隠すことも無く。声を殺すことも無く。
ミルカはずっと、魔王城に来た時から殆ど手のかからない、我が儘を口にしない子だった。寂しさも、哀しさも全て呑み込む大人な子だった。
それは、きっとたった一人の為で。
「うん。そうだね。辛いね」
彼女の思いが解るからこそ、私は何も言わずにただ、ミルカの頭をそっと撫で続けていた。




