魔王城 住民達の進む先 1
今日の料理は、そんなに特別のものを用意したというわけでは無い。
海鮮をメインにしたバーベキューだから。お肉は鶏肉が中心。
鉄板や炭火コンロで焼く。後、ゲシュマック商会に仕入れて貰ったホタテや牡蠣、エビなどと、魔王城の島で捕れたサーモンも野菜と一緒に焼いた。 特製味噌だれでちゃんちゃん焼き風味。
「今日は身内だけですし、あまり礼儀作法とか気にしないで自由に食事を楽しんで下さい。子ども達の無礼もお許しいただければ幸いです」
皇族の方々が主賓ではあるけれど、外で働いている魔王城の子ども達も戻ってきているしゲシュマック商会のガルフ達もいる。総勢で三十人を軽く超える大人数だ。炭火焼用の机型コンロも複数台用意してラールさんやジョイ、ガルフ、あとザーフトラク様が料理を担当してくれていた。
「ふむ、良い香りだな」
「調味料に火が通ると食欲をそそる香しい香りが漂いますな。この焼き立てを黄金のピルスナーで流し込んだらさぞかし……」
皇子様達は遊びとはいえ、戦の経験があるから野外での調理と、それを食べる経験があるせいかあまり抵抗はなさそうな感じ。貴婦人方とは違って鼻を動かして期待している様子だ。特にトレランス様はエクトール荘領から譲って貰ったビールを片手にご満悦。
一方で貴婦人の皆様はちょっと引いているかな。
「我らのような者にとってはなかなか味わえぬ料理だ。今日の所は細かい事は忘れて楽しむが良いと思うぞ」
皇王陛下はそうは言って下さるけれどアドラクィーレ様やメリーディエーラ様はドレス姿だし、ちょっと戸惑い気味の様子。食事と言えば、テーブルに座ってマナーを守って、と教えられた貴婦人だしね。
皇王妃様やお母様も最初はちょっと苦手してた。
でも皇王妃様やお母様はそれでも、魔王城での食事に慣れてきているので楽し気だ。
子ども達に声をかけながら、ザーフトラク様の手際や、ジョイやラールさんが器用にへらやトングを使って料理の準備するのを見つめている。
普段貴婦人方々が料理をする場に立ち会う事はあまりないし。アドラクィーレ様達も物珍しさが手伝い、徐々に興味を示し始めているようだった。
「ほら、料理ができるぞ。ラウル。こちらに戻れ」
「はい。おとうさま」
ケントニス皇子の呼び声に、中庭を駆けまわって鬼ごっこやボール遊びを楽しんでいたラウル君は素直に従うと皇族の輪の中に戻る。
ラウル君が戻ったので、ちょっと渋々って感じでフォル君も戻ってきた。
「リグ~。またあとであそぼ~」
「わかった~~」
二人と遊んでいたリグもお母さんのところ。
魔王城の席に戻っていく。
無礼講とはいえ、やっぱり席は分かれる。その方が落ち着いて食事ができるし。
「子どもとはいえ、皇子に随分と気安い態度を許しているのだな」
「ここでは取り繕っても仕方が無いだろう?
それにあの子はフォルにとっては兄のような存在だ。
プラーミァではないが、側に付いて将来的に助けてくれるフォルトフィーグの腹心になってくれればと期待している」
我が子とその周辺が気になるお父さんらしく、ケントニス様がリグの背を見やる。
「確かに、同世代の友人は得られるなら側にいた方がいい。
他にも使えそうな子はいないのか?」
「今の時点では魔王城の住人の最年少はリグです。今後『神の子ども達』が復活して来ればラウル君と同世代の子も何人かいるかもしれませんけれど」
地球を脱出してきた『神の子ども』の最年少は二歳と聞いた。小さい身体で長期の冷凍睡眠に耐えているのだとしたら早く起こしてあげたいところだけれど。
「マリカ」
「はい、何でしょう? アドラクィーレ様」
ケントニス様とは違う意味で、我が子と遊んでいた子どもと、それを見守る母親を見つめていたアドラクィーレ様が、私に声を向ける。視線はそのまま、ティーナを見つめて。
「あそこにいる子の女親はスィンドラー家の消えた側仕え?」
「! 良くお分かりになりましたね?」
「私を侮って貰っては困ります。スィンドラー家は、元第一皇子派閥だったのですよ」
そう言えばそうだった。退屈な不老不死時代では滅多にない大醜聞だったらしいし、直接の派閥でなかったお母様も知ってたくらいだ。アドラクィーレ様もご存知でも何もおかしくはないか。
「皇子ではありませんが、私もラウルの側に同年代の子を付けたいと思っていたのです。
あの子を城に引き取って育てることはできませんか?」
「アドラクィーレ様。リグはもう何年も前から私が目を付けていたのです。横入りは困りますわ」
「フォルには妹もいるし、この城に入り浸っているのなら子ども同士の関係にも慣れているでしょう? ラウルにはフォル以外親しくしている子どもはいないのですから、より切実なのです」
「あ、肉や魚が焼けましたので、話は後にして食べませんか?
このミソをベースにした海鮮ダレは自信作なんです」
あのまま放置して置いたら、本人達の意志を無視して取り合いが始まりそうだったので皿を手にして割って入る。焼き立て海鮮のいい匂いには逆らえないのだろう。
お二人もとりあえず矛を収めて下さった。
「それに、二人は魔王城の住人ですから。
申し訳ありませんが皇族と言えど、強制はさせません。ティーナとリグの思いが優先です」
いちおうしっかりと釘もさして。
「まあ、それも仕方あるまいな。
いくら子どもが欲しくてもあの容姿では目立ちすぎる。不要な諍いを招きかねん」
リグは母親似の金髪だし、貴族らしく整った顔立ちをしている。
皇族の皆様、醜聞を知っていたとしても一目で看破するくらい私達には解らない何かを感じさせるのだろう。
「子が取り立てられ、次次代の上位に立つと解れば、せっかく大人しくなったスィンドラー家がまた騒ぎ出すだろうしな」
「あの母親も単独では城に入れられん。別人と言い抜けるにしてもしっかりとした後ろ盾が必要だ」
「後ろ盾ってお父様やお母様ではダメなんです?」
「ちょっと足りんな。元奴隷の所有権を主張されると難しい。夫がいるとなれば話は別だが」
逃亡奴隷は個人の所有物。証拠が出れば返却を命じられるかもしれない。
でも夫がいるとなれば、そちらが優先されるのではっきりとした証拠があったとしても賠償などで対応できる可能性がある。
ティーナは言っちゃ悪いけれど性奴隷。妾扱いだったので焼き印のような刻印はされていなかったし身体の傷は、私が治療できるようになってから真っ先に治した。知らぬ存ぜぬで押し通せるだろう。貴族を敵に回しても怯まぬ夫さえいれば。
と、その時、気が付いた。ゲシュマック商会のスペースの隅っこで俯いている少女の姿に。
「ミルカ!」
「……マリカお姉さま!」
久しぶり。直接会ったのは不老不死が終わる直前に私が大聖都に囚われていた時以来になるだろうか。
元魔王城の住人にして、現在アルケディウスきっての製紙、印刷業。クリーニチカ商会の商会長ミルカだ。十二歳、商会長として場数を踏んできた今は頼れるゲシュマック商会の幹部の一人だけれど、まだ子どもだ。
楽し気な輪から外れて落ち込んでいる様子は、ちょっと看過できない。
皆の視線から隠そうと、私はミルカの手を引いて東屋の陰に滑り込んだ。
「どうしたの? 何かあった?」
「あ、いえ。何でもないんです。ただ、ちょっと……その目にゴミが入って……」
「目にゴミって……本当に、目が真っ赤よ。理由は、言えない事?」
「……大した事ではないんです。ただ……。
解っていたつもりでも……少し、哀しくて」
「え?」
「ちょっと、一人にして頂けますか? 後で、ちゃんと報告いたします」
「ミルカ!」
思ったよりも強い力で私の手を振りほどき、ミルカは逃げる様に物陰から出て行ってしまった。どうしたのだろう。何が起こったのだろう。
と惑う私の視界にフッと、影が降りた。まるでシャッター、いや違う。
舞台の緞帳がかけられたような感じだ。
そして、再び視界が明るくなると目の前に、魔王城の中庭ではないどこかが見える。
「ティーナ。俺の妻になってくれる気は無いか?」
「ガルフ様……」
そんな武骨で優しいプロポーズと共に。




