魔王城 和解の兄弟達
数日後、良く晴れた夜の曜日。
「ようこそ、いらっしゃいました。皆様方」
私は王城前の転移門に立つ方々を深いお辞儀と共に迎え入れた。
「本当に、ここが魔王城の島なのか?」
「想像していたのとまるで違う美しい城ですね」
「ラウル! こっちこっち!」
「ふぉるにいさま!」
「これ! ラウルトリス!」
「知らない所で飛び出すのは危ないぞ。母上と一緒にな」
私の横から手招きするフォルトフィーグ皇子を見つけて、お母さんであるアドラクィーレ様の手を振りほどき、駆け出してくるのは第一皇子ケントニス様の長男ラウルトリス君。
フォル君の手を握りぴょんぴょんと兎のように飛び跳ねている。
この年頃の子どもは本当にスーパーボールか鉄砲玉かってくらいにどこに行くか解らないからね。まあ、お父様が止めて下さったから大丈夫でしょう。
「兄上、驚くのは解るが転移陣から出てこっちへ来てくれ。陣が空かないと父上達やトレランス兄上達が来ることができない」
「あ、ああ。だが……これは本当に驚いたな」
既に先に来ていたお父様とお母様、双子ちゃんがドヤ顔というか、ちょっと自慢気な顔で転移陣から出て来る第一皇子一家を見やる。
アルケディウスにも負けない白亜の王城を目を細めて見上げているケントニス様の眼差しはどこか眩しいものを見るようだ。
「ここが、マリカ達の育った城。勇者アルフィリーガの故郷にして精霊国『エルトゥリア』か……」
「元、ですが。精霊国エルトゥリアは不老不死時代と共に滅びて、まだ復興したとは言えません。ここに住んでいるのはかつて貴族家からお父様によって救われた孤児が殆どです」
「フォルが馴染んでいる様子からしてもお前達はこの城に入り浸っているのだろう? 父上達もか?」
「否定はしない。この城の守護精霊に預けた子ども達が心配だったからな」
「やっぱり、父上もお前達も私達をのけ者にして……」
「そういうのじゃありませんから! 不老不死が終わるまでここは『星』の聖地で『神』の守りを持つ人はお父様達でさえ、城に入れなかったんです。
世界で唯一、不老不死者が死ねる場所。そんな所に世継ぎの皇子をお連れするわけにはいきませんでしょう?」
私が必死で宥めると、不承不承と言った顔ではあったけれどケントニス皇子は納得してくれたようだ。やがて遅れてやってきたトレランス皇子と奥様メリーディエーラ様と皇王陛下達となんだかんだ話しを始めた。
アドラクィーレ様はアドラクィーレ様でラウル君を追いかけて捕まえているけれど。
「立ち話もなんですから城の中庭にどうぞ。食事の準備や休憩できる場所なども整えてあります」
「中に入っていいのか?」
「はい。守護精霊の許可も得ております」
レンガ色の城門をくぐり中に入るとそこは中庭。
奥の本館に続く道と、ちょっとした広場になった場所がある。
最初の頃は目の届くところで、ってことでこの中庭でも麦を育てたりしていたけれど、今は城の外の畑と、外からの輸入で賄えるのでロッサの花や、その他、色々なハーブなどの植えられた美しい庭に戻っている。
まあ、奥まった一角には羊やヤギが草を食んだりしているので王城の庭としては牧歌的だけど。
中央には携帯コンロテーブルが並び、近辺には東屋のようなテーブルや椅子、ベンチなども用意してある。
「何をするつもりなのだ? ずいぶんといい匂いがするが」
「話の後、良ければ皆で食事などどうかと思いまして。
ザーフトラク様が腕を振るって下さいますので、お楽しみになさって下さい」
きょろきょろと見慣れない品々や風景に首を動かすトレランス皇子に私は笑みを向けた。
来週の半ばにはフリュッスカイトから魔王城の島に向けて調査の船が出ることになっている。アルケディウスからは私とリオンが乗り込んでこの城に誘導。
ここが魔王城ではなく、星の聖地であることを知らせるつもりでいる。
今日は大祭の慰労会でゲシュマック商会を招いているけれど、本題は皇王家の方々に真実を知らせるのが一番の目的なのだ。
ゲシュマック商会本店を貸し切って、家族水入らずの食事会&会議、と皇王陛下に誘われて従者も本当に最小限でやってきた第一皇子、第二皇子一家は美しい魔王城を間近に見てまだどこか唖然とした様子。
私は、双子ちゃんやラウル君をリグとティーナに任せ、中庭の東屋に場所を取って話し始めた。
魔王城の真実の欠片とこれからについて。
「要するにお前達は我々を謀っていたのだな」
「謀っていたわけではない。言えなかっただけだ」
一通りの話を終えた私を大きなため息と共にケントニス皇子が責める目つきで睨む。
庇うようにお父様が立ちはだかってくれるけれど、不信不満を宿した眼差しは変わらないままだ。
「旅の時代、精霊国の魔術師とした秘密を守る契約のおかげで最近まで、この城についての話をすることはできなかった。だがそれ故にこの城は逆に安全と、娘と貴族から助けた子ども達を連れて来てここで育てたことも、嘘はない。
その過程でマリカが異能を発揮したことも、俺の娘と知れたことも、『星』によって選ばれこの城の主となったことも、何も言える事は全て言ってきた筈だ」
「だったら、もっと早く伝えてくれれば良かったのに。結局お前達は、父上達も私を信じてくれてはいなかったのだろう?」
うーん。やっぱりこうなったか。
トレランス皇子はそれほど気にしている様子はないのだけれど、ケントニス皇子はなんかこう、裏切られた感が凄い。
蚊帳の外におかれて、父親と弟が自分の頭越しに秘密を共有していたと知って、がっかりする気持ちは解らなくもないけど。
「今は、信じているからこそ、ここに今日、こうしてお連れしたのだと思っては頂けませんか?」
「マリカ……」
「会話に割って入るご無礼をお許し下さい」
だから、私はちょっぴり助け舟を出すことにした。
今日は魔王城に残されていた、元女王陛下『精霊の貴人』のドレスを着て城の女主モードだ。その私に頭を下げられて少し焦った様子のケントニス様に畳みかける。
「失礼ながら、私がお父様の招きで城を出て、ゲシュマック商会に入った頃、お父様と皇子様達はあまり仲が良く無かったですよね。不仲と言ってもいいくらい」
「あ……、ああ」
「世界全体が子どもを侮り、見下していた時期でもあります。いろいろあったじゃないですか? 私がゲシュマック商会の料理人だった時代も、お父様の子どもとして認知されてからもホントに色々。
あの時期の皇子様達に魔王城の秘密を告げていたらどうなっていたと思いますか?」
「う……っ」
「皇子……」
俯くケントニス様にアドラクィーレ様が宥める様に寄り添っている。
皇子に御子が生まれてお父様と和解するまでの状況や所業を鑑みておられるのだろう。
自分の過ちを理解して、変えようと努力してきた皇子になら解って頂ける筈だ。
「私も、昔は失礼ながら皇子のことが苦手でした。でも、今は心から信頼できる伯父様だと思っています。だから、こうして秘密を明かし魔王城にお招きしたのです」
「伯父様?」
「はい。私の信頼する伯父様。
今後、この島は各国にも開放し『神の子ども達』を迎え入れる為の開拓地となります。
距離的にも、そして他の状況的にもこの地の統治における主導権を担うのはアルケディウスとなるでしょう。
どうか星の未来の為にお怒りを沈めて、お力を賜れれば幸いでございます」
私が地面に膝を付いて目を閉じた横に、お父様もすっと跪く。
ケントニス皇子とトレランス皇子、お二人に向けて。
初めてな気がするな。お父様がここまで遜って皇子達を立てるの。
多分、私の為なのだろうけれど今まで隠し事していた事をすまないと思う気持ちはきっとあるのだ。
「マリカが言う通り、俺は今の兄上達を信頼している。
ここ数年、築き上げてきた絆も。
ぶつかり合って解り合えないと思っていた時もあったが、今は心から信頼しているし、国を支え導く兄上達を助けていきたいと思っている。
だから……どうか、過去に戻ることなく、未来の為に共に歩んで欲しい」
深く頭を下げた私達二人に、どう声をかけるべきか暫くケントニス皇子は考えあぐねていたようだった。助けを求める様に後ろを見た皇王陛下と皇王妃様は、静かな眼差しで我が子達を見つめている。そんな中
「兄上、もう面倒なことはいいではありませんか?」
「トレランス」
薄氷の上のような緊迫した空気をこともなげに割り砕いたのはトレランス皇子だった。
今まで、個性の強いお二人の間に挟まれ、精彩を欠いていたと言ったら失礼だけれど自己主張する事の無かった方が、少なくとも私が見る中で初めて意見する。
「確かに、騙されていた感はありますが、そこに拘ってせっかく解けた誤解やわだかまりを蒸し返してはもったいないでしょう。
少なくとも私は、昔に戻って兄上とライオットの間に挟まれ、酒に逃げるしかやることのない人生は御免です」
冗談めいた口調に紛れ込ませているけれど、これは本当の気持ちだろうな、と素直に思う。皇位継承者と有能な第三皇子の間。
目立つところの無い第二皇子として低く見られてきた彼は私達が思うよりもずっと辛い立場だったのかもしれない。
「どうせなら、美味い酒を美味い料理と良い空気の中で楽しく味わいたい。
元気に笑う子どもの顔など、最高のつまみでは無いですか?」
くいっと顎と視線を向ける先には中庭を駆けまわって楽しそうに遊ぶ、子ども達の姿が。
「この場で告げようと思って言っていませんでしたが、メリーディエーラもどうやら懐妊している様子。次世代の子らに私達のような面倒な思いをさせたくないと親として想います。ならば、ここで一度全て水に流して後は、新しく始めた方がいいのではありませんか?」
見直した。
すっごい失礼な言いぐさだと思うけれど、トレランス皇子がここまでしっかりと国の事や未来の事、家族の事を考えていて下さるとは思わなかった。
やっぱり皇族、皇王陛下の血を継ぐ七精霊の子なのだと改めて実感する。
「国政や物事、人の想いはそんなに簡単では無いのだぞ」
呆れた、というように大きな息を吐きだすケントニス皇子。けれど言葉とは裏腹にその瞳には輝かしい光が見える。
「だが、確かに難しく考えすぎるのも良くないのかもしれん。ライオット」
皇子は前に進み出て跪くお父様の前に手を差し伸べた。
「私の過ちをお前が許してくれたように、私もお前を許そう。
今後も家族として臣下として私達を支えて欲しいと思う」
「兄上が再び間違った道を進まぬ限り、俺は兄上の剣となり、盾となってアルケディウスと星を守っていくと誓おう」
手をしっかりと握りしめ誓うお父様。
どちらにも思惑と微かな嫌味が見てとれるけれど、ここで意地を張り続けていても意味は無いと理解したのだろう。
「よし、これでとりあえず手打ちだ。詳しい話はゆっくりと後で聞かせてくれ。
いい匂いも漂っているし、酒が飲みたい」
「子どもが多いのでお酒はあんまり量を用意していませんがいいですか?」
「別に構わんさ。いい酒はゆっくり味わいながら楽しむものだ」
後は任せろ、というように軽く片目を閉じて笑って見せる第二皇子に、私は密かな頼もしさを感じながら会釈して、食事の準備へと駆け出していった。




