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異空間 三人称 精霊神達の内緒話

「ここでの会話なら、盗聴されることは無いか?」


 白い空間に浮かぶ八つの影。その一人の男が問いかける。

 声が向かう先は八つの影の中の唯一の少女。


「絶対と言い切ることはできませんが、今の時点では大丈夫では無いかと思います。

 目覚めた少女の対応に戻っていますし。

 ここはあの子を入れた疑似クラウドとは別に遮断した空間ですし。

 大丈夫でしょう。というか、大丈夫。

 あれは気のせいだった。と思いたいのですが」


 彼女の言葉に、男も、周囲の者達も少し安堵したように微笑む。

 それは勿論、問題解決を意味してはいないけれど。


「でも、気のせいじゃないと思うぜ。

 マジ怖かった。

 あんな圧力と逆らえない力を感じたのはこうなってから初めてな気がする」

「同感。

 コスモプランダーの圧力とはまったくの別物。

 でも、あの時、マリカから確かに感じた『意志』には逆らえない。

 逆らっちゃいけない。素直にそう思った。

 膝を付かれていることが凄い罪悪感で、こっちが跪きたかったくらいだ」

「まるでオリジンみたいだね」


 思案顔の少年神達の、素直な言葉が、彼らに突き刺さる。

 この星に人を導き、人間の住む場所を作り上げた『神々』にさえもままならないこと。

 星の希望。精霊達の愛娘の内に潜む秘密に迫らんとする。

 精霊達の内緒話。



「マリカの体内が変化している、という連絡は既にメールで確認した。

 変化に気付いたのはいつだ? ステラ」

「最近です。アーレリオス様。

 不老不死後。あの子の身体が完全に精霊として変化してからなのは間違いありません。流石に、同期化の時にあのように高密度のナノマシンウイルスのコロニーがあったら気付いていた筈ですから」


 神々の長兄にして、マリカの父。火の精霊神アーレリオスの言葉に星の大母神、ステラは答えた。どこか悲痛な表情は病を抱える我が子を心配する母そのものだ。


「ナノマシンウイルスがマリカの体内で繁殖している。

 普通の人間のそれとは違う形で不自然に巣くってて、それがどうやらキスでリオンに感染したって話? マジだったのか?」

「マジだ。今の所、マリカの体内のみの話で、健康的な害は無い様だが。

 こまめに健康診断などはしていた筈だろう? 気が付かなかったのか?」

「恥ずかしながら、まったく」

(コロニー)はどこだ?」

「心臓です。それから子宮にも。

 どちらも臓器と既に固く絡み合って除去することは不可能だと判断しました」

「俺は不老不死の後、マリカの力を借りて跳んだぞ。その時は何も異変は感じなかった。むしろ」


 風の精霊神は自らの記憶領域にアクセスする。

 肉体を得て空と空間を駆けたあの一瞬の眩しい記憶は、探すまでもなく今も鮮明に焼き付いている。


「肉体を使っての飛翔は地球ぶりだったけど、まるで自分の身体のように思えた。

 国から魔王城まで一気に飛べて何の不安も無かった」

「あの子の体内には旧型のナノマシンウイルスがありますので、なじみがよかったのかもしれません」

「あ、やっぱりあの子の中に旧型あるんだ? 治療の時とかに、両方感じていたけんだれど」

「はい。

 それはもう命として成立した瞬間から。

 私が直々に新型を入れて量配分が変わっても決して交わらず、消えることがありません。

 通常でしたら新型が旧型を消し去る筈なのですけれど」


 旧型ナノマシンウイルスと新型ナノマシンウイルスの関係性については、ギリギリまで地球の研究者が調査を続けたがはっきりとした結論は出なかった。

 相互に影響し合う二つのナノマシンウイルス。

 どちらかといえば旧型の方がオリジナルに近いせいか自然や生命への影響力は強いと見られている。

 ただ、新型は旧型に塗りつぶされることはなく、むしろ取り込み、新型に性質を変化させる特性がある。量や命令する者の力によって反発されることもある為、支配者(コスモプランダー)がいる地球では書き換えは目立った効果が発揮できなかった。

 逆に、この星には邪魔する者が無いため、今アースガイアに存在するほぼ全ての精霊(ナノマシンウイルス)はステラ産の新型だ。


「今、この星で活性化している旧型ナノマシンウイルスはマリカの体内にあるものだけ。だよね?」

「ああ、我々の身体の精霊石は結晶し、不活性化しているからな。新型ナノマシンウイルスに方向性を与える媒介に過ぎない。

 マリカは、第一世代である私と真理香から、受精の段階で旧型ナノマシンウイルスを受け取っているのだろう。女であることもあり、体内で旧型を生成していると聞いても不思議には思わない」

「はい。

 そして同じようにリオンは私と神矢から同じように新型のナノマシンウイルスを生まれた時から受け継いでいるものと思われます。

 その為、強力な旧型に感染しても影響が薄いのでしょう。とはいえ旧型を駆逐できないのは不思議な話ですが」


 我が子を語るステラの瞳には微かな誇らしさと、それ以上の悲しみが宿っている。


「転生を繰り返し、多少純度は落ちている可能性がありますが、現在新型のナノマシンウイルスの操作、増幅、使用に関してはマリク、リオンは神矢も目を剥く力を発揮しています。

 マリクの時代から、あの子自身が精製炉にも等しい力を持っていて、炉を失っても魔性の維持、精製ができたのはあの子生来の力のおかげであると、彼は言っていました。

 私のように新しく生み出すことはできないので、父に似たのでしょうけれど」

「つまりあの二人はそれぞれ新型と旧型両方に特化した最初で最後の存在ってことだ。

 リオンの弟、フェデリクスはどうか解らないけれど。

 ステラ。あの子達は第一世代(ぼくら)とも第二世代(君達)と違う、進化した第三世代(サード)だと前に言ってたよね?」


 第三世代(サード)

 その言葉に精霊神達は皆、その存在を震わせる。

 彼らにとってそれは特別な言葉だった。


「はい。ラスサデーニア様。彼はそう信じ、私も同じく感じています。

 神矢はあの子達の能力を知り、分析した結果、彼らならば、コスモプランダーの精神支配を受けずに、牙を向けられるのではないかと思ったようです」


 今はまだ、謹慎処分中で公共の場に出てくることを許されない仲間『神』レルギディオス。

 彼が故郷、地球への帰還に拘り続けた一番の理由は我が子マリク、今はリオンとマリカの進化に勝機を感じたからなのかもしれない。

 精霊神達は口に出さないまでも誰もがそう思い、理解していた。


「リオンは今、新型ナノマシンウイルスを宿しつつ、旧型にも感染しています。

 現状、旧型は休眠中の様子で大きな影響は見られませんが、除去する方法は見つかっていません。私では旧型を外すことができないのです」

「我々はナノマシンウイルスを使っていても、今なお、その構造や仕組みを完全に理解できてはいない。人知を超える未来科学に甘えてきたツケがここで回ってきたか?

 この星の子ども達の知性も育ててきたつもりだったが、まだ二十一世紀を支えた人々の技術と情熱にはまだまだ及ばないしな」

「仕方あるまい。

 かの時代。最先端の科学技術は何千万光年先の星の光さえも観測し、星の運行さえも予測していたのだ。実際にこの身で確認したがその多くは正しかった。

 もし、地球の技術、知識を我々が全て継承できていたら宇宙の秘密さえも解き明かせていたかもしれないと今でさえ思う」


 水と地の精霊神達の言葉は噛みしめる程に重く彼らにのしかかる。

 あの時、滅亡寸前の地球で、子ども達を守り、星を去った選択が間違っていたとは思わない。

 でも未来を生かす為に残され、失われた叡智。

 地球が築き上げてきた文明の喪失はあまりにも、大きかった。


「手に入らなかったもの、失ったものを数えても仕方がない。

 子ども達は我々を万能の神と思うのかもしれないが、我々とて配られた手札で未来と戦う賭博師にしか過ぎないのだから」


 ただ、その賭博にはこの星の命運と約一千万人の命が賭けられている。

 敗北も過ちもこれ以上は許されない。


「マリカは先生が僕達に残してくれた、最強のワイルドカード。だと思っていたけれど違うのかな? やっぱり『オリジン』がいる?」


 オリジン。


 さっきも誰かが冗談のように口にした固有名詞は今となってはレルギディオスを含む九人の『神々』にしか意味をなさない言葉。

 地球世界でナノマシンウイルスを扱う能力者として目覚めた時から、感じ、理解していたことがある。 それはナノマシンウイルスが定めた無言の『ルール』だ。


「オリジン、というのは俺達の中で地球の似た言葉に置き換えた概念にすぎないだろう?

 ナノマシンウイルスの最高位種にして絶対の意思。そんなものが本当にいるのか、誰も見たこともないからな」

「コスモプランダーの本陣にはもしかしたら。いた、のかもしれないけれど」


 ナノマシンウイルスには意思があり、本能があり、位階がある。

 一度その階梯に取り込まれたら外れることはほぼ不可能に近い。

 上位下位の格付けは絶対的で、自分達を変化させた上位者には基本逆らうことができず傷つけることができない。その頂点に立つ意志が『オリジン』であると彼らは肉体を失ってなお魂の奥に刻まれている。


「さて」


 沈黙の場を打ち破ったのは火の精霊神であった。

 己が娘が自らの上位者。

 精霊神達の神が宿っているかもしれぬという現状に表向きだけかもしれないが、動揺は見られない。


「確かにリオンは『能力者』としてうっすら『ルール』を理解しているようではあるが、マリカに至ってはそんな『ルール』を理解するどころか感じてさえもいない。

 なんの縛りもなく、制限もなく、あらゆる精霊を従えて、形を変え、己が思うままに操る。

 精霊神にも神にも逆らう強靭な魂はオリジンの影響を受けていると言われても何ら不思議はない。

 無いがオリジンがどういう存在なのかさえ我々には理解できぬ。ただ最上位者であり逆らえぬと刻まれているだけ。マリカに本当にオリジンが宿っているのか? それすらも今は確信ではない」

「それに『ルール』にも矛盾というか、おかしいところがあるよ。

 本来なら親に、上位者に逆らえないのがナノマシンウイルスの『ルール』なのに、第二世代(セカンド)は何故、逆らえたのか、第三世代(リオンとマリカ)はどこがどう違っているのか?」

「マリカの肉体は数百年の時をかけて、精霊を使う為に最適化してあります。

 どちらかと言えば、旧型の能力者ですが、皆様のような生まれ持った属性もなく真っ白で、それ故になんにでも対応できるのです。

 今までは肉体が完成しておらず行使する力に身体がついていかないので、大した力は使えませんでした。

 ですが成熟し本当の意味で大人になれば、全ての精霊の力(ナノマシンウイルス)を使えるようになると思われます。旧型も新型も全て。だからオリジンが宿ったということも有りうるかもしれません」

「卵が先か、鶏か……」


 悩む精霊神達。神と崇められても解らない事、できない事が多すぎると彼らは感じていた。


「となればマリカの身体を使って、我々が力を行使するのも危険かな?」

「……いや、むしろ中に入り様子を探りつつ、情報を集めるのが一番かもしれない。

 一番早い機会はコンテナ移動の時だろう。やってくれるか? エーベロイス?」

「解った。

 ステラは暫くの間、マリカに入らない方がいい。万が一にも君の身体が旧型に逆汚染されたら大変だからな」

「解りました。ありがとうございます」

「ん? どうしたんだ? ステラ」


 感謝を述べた少女神の変化。

 小さな笑みを頬に浮かべたことに気付いた夜の精霊神は問いかけた。

 彼女が浮かべたそれは、彼の記憶に残る美しくも眩しいモノとは違う。


「やっぱり、親子というものは似るものなのかもしれない、と」


 ……どこか自嘲と闇を孕んだ苦し気な笑みだった。


「私はマリカが自分の後継者となる。その能力を持っているし発揮すると疑ってもいませんでした。

 かつて、私に人生の二周目を押し付けた。

 あれほど嫌っていた生母のように。

 気が付けば思うまま、抵抗もできぬあの子の受精卵子を弄り、成長後も、肉体に関与。作り替えもしました」


 深淵の闇を移したような昏い眼差しに精霊神達は息を呑む。


「あの子を愛し、慈しむが故。力を与える為だと自分には言い訳していました。

 先生の忘れ形見。我が子の嫁。

 いつか本当の娘になるのだと思い、愛しく感じる思いは今も確かに。

 嘘偽りなくここにあります。でも」


 この娘はこんな眼差しをすることもあったのか、と思ってしまう。

 今、自分達が映し出す姿は生前をモチーフにしたアバターに過ぎないけれど。

 嫉妬、羨望、恐怖、不安。

 瞳の奥に暗い光が炎のように揺らめき、燃えている。


「我が子がマリカによって作り替えられ、支配され、マリカも自分を超えていくのかもしれないと考えたら、不思議に胸が泡立つのです」

「ステラ。それは……」

「解っております。申し訳ありませんが、今日は下がらせて下さい。

 頭を冷やしてまいります」

「あ、待って!」


 気が付けば逃げる様に少女の姿は消えていた。


「まったく、第二世代(ティーンエイジャー)は難しいな」

「後で仕切り直ししようか? どっちにしろ、今はまだ情報不足だ」

「そうだな。オリジンであろうとなかろうと、マリカは今から作り直しも放棄もできない、我らの一員であり宝であり、最強の切り札。

 そして、大事な娘、なのだから」


 首肯する七柱の神。

 まだ問題は何も解決していない。

 けれど、星の柱たる少女の逃亡に精霊神達は今、一番大切な事だけを確認して話を終えた。


「ねえ、皆。ある意味丁度いいかもしれない。これを見て欲しいんだ」

「何だ? ナハト。え、星系図?」

「レルギディオスからの伝言で、調べたこと。

 これは偶然なのかな?」

「え?」「本当に?」「まさか、偶然にしたって……」


 星を支える彼らの前には新しい問題が謎が、消えることなく現れていたから。

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