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魔王城 『母親』の思い

  魔王城(真)から戻った私は、お父様とお母様に事情を報告しに行った。

 カマラとミュールズさんが、事情を報告したようで心配して下さっていたみたいだ。


「良かった。無事に戻ったのですね」

「緊急事態だったとは聞いたが、エリクスの魔王城、神の本拠に行ったと聞いて肝を冷やしたぞ。リオンが奪われた状態で何かあったらどうする? フェイとアルに声をかける時間があるのなら、俺を連れていけ」

「すみません」

「いえ、無事だったらいいのです。それで、その抱いている子が冷凍睡眠から醒めた地球移民の子?」

「はい。そうです。とりあえず魔王城に預けてこようかと思っています」


 腕の中でまだ寝ているピアちゃん。

 いつまでも裸では可哀相なので大聖都の孤児院用の服を借りて着せている。

 レヴィーナちゃんと同じ歳くらいだけれど、多分ピアちゃんの方が小さい。そして軽い。

 解凍処置は問題なく済んだし、その後の処置と身体検査の結果も異状なし。

 エルディランドのダーダン様のように障害が残っていることも無さそうだと聞いて、一安心だけれど、これからが心配。数日はついていてあげたい。

 その後は、ティーナやエルフィリーネに任せるしかないけれど。


「私は、これから予定通り魔王城に戻ります。もしかしたら、予定より一日二日、帰りが遅くなるかもしれない事をお許し下さい」

「解った。だが、実際に蘇られると改めて受け入れ準備を急がなければならないと思い知らされるな」

「はい。洋服一つとっても十万人分×いくつか用意しなくてはならないですよね。改めて世界全部で協力していかないと」


『神』が言った通り、目覚めさせてそれでおしまいではない。アフターケアまでしっかりと考えてこそ本当の意味で助けたと言えるだろう。


「アルフィリーガはどうした?」

「先に魔王城に戻っています。『神』の本体とステラ様に情報同期……、報告しないといけないから、だそうで。好き勝手、力を使われて消耗はしているようですが体調面は問題ないと言っていました」

「解った。気を付けろよ。『神』には絶対に油断するな」

「はい」


 そんなこんなでほぼ徹夜になってしまったけれど、私達はなんとか魔王城に戻ることができた。


「マリカ姉。おかえり~」


 転移陣から出ると久しぶりに子ども達が出迎えてくれる。

 リオンが先に戻って来てたから、知らせてくれたのかもね。


「ただいま。でも、新しい子が寝ているから静かに、ね?」

「新しい子?」


 私が屈んで、ピアちゃんを皆に見せると子ども達、特に男の子達は目をまんまるにして見つめている。


「うわー、かわいいねえ~」

「四歳だから、リグよりも小さいよ。仲良くしてあげてね。それから、リーンちゃん、いる?」

「はい。マリカ様」


 男の子達に遠慮していたのだろうか?

 少し、後ろの方にいた少女が前に進み出て来る。

 私の呼び声に応じて前に進み出てきてくれた。

 彼女は、元は大神殿で奴隷として使われていた少女。

 最初の呼び名『ネア』は無、という意味合いなので、少し前に私が新しい名前を付けた。

 今は、多分七~八歳。魔王城で料理と魔術師の勉強中だ。


「この子ね、遠い国から大好きな両親と離れて来たの。暫くは、寂しがって泣いたり、駄々をこねたりすることもあるかもしれないから、面倒を見てあげてくれるかな?

 勿論、私がいる間は一緒にいて助けるから」

「解りました。私も、妹ができるのはうれしいです」


 今まで同室だったファミーちゃんが、姉であるセリーナの元に引き取られて外での暮らしを始めたので、少し寂しがっている、とエリセに聞いていた。

 彼女とティーナが面倒を見てくれれば、少し安心。


「お帰りなさいませ。マリカ様」


 子ども達に先の挨拶を譲って、後ろから静かに微笑むのは魔王城の保育士ティーナだ。彼女がいるからこそ、私は安心して外で仕事ができる。


「ティーナ。只今。後で、ちょっと話したいことがあるんだけれどいいかな?」

「話したい事でございますか? そのお嬢さんのことでしょうか?」

「それもあるけど、別の事もかな?」

「解りました。いつでもお声掛け下さい」

「ありがとう」

「マリカ様。お嬢さんのお部屋の用意が出来ております」

「エルフィリーネ。どこに準備してくれたの?」

「リーン様のお隣に。滞在の間はマリカ様が一緒のお部屋でお過ごしになるかと思いまして」

「流石。助かるよ」

「お運びいたしましょうか?」

「気持ちは有難いんだけど、これ、だからね」


 私はエルフィリーネにピアちゃんの紅葉のような掌を見せる。彼女はいつの間にか、私の髪の毛を一房、ぎゅうっと握りしめていたのだ。


「ベッドに寝かせるまでは私がやるね。身の回りの品物とかの準備、おねがいしていいかな?」

「かしこまりました。ただ、ステラ様が話がある、とお召しにございます」

「ステラ様が……」

「はい。必要なら、他の精霊神様達にも召集をかける、とのことでございました」

「あ、そうか。リオンの報告を聞いたんだね」


 この子の復活に纏わる騒動と、今後の事についても先に戻ったリオンが報告している筈なので手を打って下さったのだろう。


「この子が落ち着いたら、でいい?」

「はい。そうお伝えしておきます」


 そうして、私はピアちゃんをつれて城の中に入り、まずはエルフィリーネが用意してくれた部屋に向かった。ダブルベッドの寝台に小さな身体を横たえた。

 柔らかい指先を注意深く髪から外したつもりだったのだけれど、私の手が彼女の指先に触れた途端、ピクン、と身体は跳ねて、瞼が開かれた。

 何かを探すように揺蕩う瞳。薄紫がかった唇は吐息のような言葉を紡いだ。


「mom……」


 目覚めて、最初に呟いたのと同じ。

 意識を取り戻すと同時、飛び跳ねる様に身体を起こし首をきょろきょろと左右に動かしたピアちゃんは、次の瞬間!


「|mom! Where is mom! Mom!」


 大号泣を始めた。火が付いたような、としか言いようがない全身で母を求め、呼ぶ言葉に、私が応える権利は無い。

 だから、私にできるのは


「It’s okay to cry.」


 彼女の不安が少しでも和らぐように抱きしめてあげる事しかない。


「when you want to cry, it's okay to let yourself cry as hard as you want」


「お母さんはすぐ来るよ」というその場しのぎの言葉や「泣かないで」と慰めることは簡単だけれど、それでは、根本的な事態解決にはならない。


 だから、今の私にできるのは、彼女の哀しい気持ち、泣きたい気持ちを受け止めて、思いっきり泣かせてあげる事しかない。

 泣いていいんだよ。と。

 きっと真実を本能的に感じている彼女を受け止めて。

 私に縋る小さな背中に手を回し、ただただ、私は彼女を想いごと抱きしめた。

 滂沱のごとき涙が乾くまで。



 ピアちゃんは、最初、英語を使っていたけれどだんだんに落ち着いて、きたようで。


「あなたはだあれ? ここはどこ?」


 ひとしきり泣いた後のそんな質問からは、アースガイアの共通語を使い始めた。

 どういう仕組みで、頭の中に言葉が刷り込まれているのかは解らないけれど、一生懸命に問いかけて来る彼女に、私も共通語で応える。


「覚えているかな?

 悪い宇宙人が来てね、私達子どもはみんなで逃げてきたんだよ」


 ごまかさずに本当の事を。

 4歳ならちゃんと伝えれば、話は分かる。


「全員は逃げられなくて、ピアちゃんのお父さんとお母さんは、ピアちゃんだけでもって宇宙船に乗って逃がしたんだよ? 助かるように、幸せになれる様にって」

「おとうさんや、おかあさんには、もうあえないの?」

「うん、ごめんね」


 ピアちゃんは、最初にたくさん泣いたおかげだろうか?

 目にいっぱいの涙を浮かべてはいたけれど、それ以上大きく泣きじゃくることなく真剣に話を聞いてくれた。


「ここが、新しいピアちゃんのおうち。

 お父さんや、お母さんはいないけれど、みんなで仲良く暮らそうね」

「いうこときいて、いいこにしてたら、おかあさんたち、うれしい?」

「そうね。きっとうれしいとおもうよ」


 その後、数日かけてゆっくりとピアちゃんの心を開いた。

 地球での別れ際、ピアちゃんのお母さんはちゃんとしたお別れをしていたみたいだ。


「おかあさんと、おとうさん、いってた。

 どこにいっても、ピアのことみてる。そばにいるって」

「うん。きっと傍にいてピアちゃんの事を守ってくれていると思うよ」


 気休めかもしれないけれど、地球での死者達が宇宙船脱出の時に力を貸してくれた、という話もある。これは、嘘では無いだろう。


「ピアちゃんは一人じゃないよ。お父さんや、お母さんだけじゃない。

 みんなが一緒にいるからね」

「……mom(おかあさん)


 私にお母さんを重ねてか、暫くはひな鳥のようにぴったりと離れなかったピアちゃんが、ティーナやエルフィリーネ。城の皆になじんで遊べるようになるまで約一週間かかった。

 オルドクスや、ステラ様も彼女のメンタルケアに力を貸して下さったし。

 おかげで最終日にはある程度落ち着いて、


「いってらっしゃい。mom(おかあさん)


 手を振って私を見送ってくれたのだった。

 お母さん、何て呼ばれたのは地球の真理香の記憶を通しても初めての事。

 少し、照れくさくて、少し……くすぐったい気分がした。


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