魔王城(真) 本物と偽物
とりあえず、魔王城(真)での仕事が終わり、現在治療中のピアちゃんが意識を取り戻し次第、私達は魔王城に帰ることになった。
『お前達のおかげでピアの容態も思った以上に安定している。
礼を言うぞ』
「それは何よりでございました」
「後は、ちゃんと『精霊神』の皆様に頭を下げてステラ様の島で対応できるようにしてください。僕達や、リオンをその都度いいように使ったりするのは迷惑です」
『リオン、精霊の獣は人の子を守り助ける。
その為の存在なのだが、まあ、解った。検討する』
「なら」
けれど、帰る前に。
「そろそろ、リオンを返して頂けませんか?」
私は用事が終わっても、まだリオンの意識を占有している『神』レルギディオスにそう抗議した。緊急事態で、ここまでの作業は確かに『神』にしかできないことだったろうけれど後は帰るだけなのだから、そろそろリオンを返してくれてもいい筈。
『少し待て。
ちゃんと返すと言っているだろう。まったく私はお前らに信用がないな』
「当然です。今までされてきたことを顧みられて下さい。
貴方が変な意地を張らずに『精霊神』様やステラ様に頭を下げていれば、事態はここまで拗れなかったのですよ」
『だが、その場合はお前らも、リオン――精霊の獣も生まれず、出会わなかった。少なくとも今のお前達はいなかったということだぞ』
「それは、そうだけどよ……」
同じようにアルとフェイにも睨まれて『神』はワザとらしく大きな息を吐きだすから、私は余計にムッとくる。
「だからといって、リオンの身体をいいように使っている事と、それは話が別です。
とっとと返して下さい」
『だから、待てと言っているだろう。その前にやっておかなければならないことと、灸を据えておかねばならない奴らがいるのだ』
「え?」
『エリクス! ノアール!』
「はい。我らが『神』」
リオンの身体に宿った『神』の呼び声にスッと、二人が前に進み出て膝を付いた。
二人はなんだか、神妙な顔をしている。
灸を据える、というのは悪い事をした相手に罰を与える、という地球の慣用句だ。
つまり、二人は『神』に罰を与えられるような何かをした、ということ?
頭を下げる彼らの前に『神』はリオンの手を真っすぐに伸ばす。
『返せ。私の血を』
「リオンの血?」
「……はい、ノアール」
「え?」
「こちらにございます」
そして、エリクスは責められるのが解っていた、というような顔でノアールを見やり。
彼女は夫の視線を受け、懐から何かを取り出した。
真っ赤な手袋。
『まったく、油断も隙も無い。
これで全てか? 他に隠していたり、体内に取り込んだりはしていないな?』
「はい。他にはありません」
『本当だな?』
「『神』の御名にかけて」
『嫌味な奴め』
ひったくるようにして受け取った手袋を『神』はリオンの掌の上に浮かべると
「わっ!」
一瞬で、粉微塵に粉砕した。真っ赤だった手袋は何故か金色の粉末になってリオンの掌の上で球体を描き身体の中に吸い込まれて行く。と、同時。
「グアアアッ!」「キャアアア!」
二人が悲鳴を上げた。
まるで、身体を突っ張らせて、痙攣のように震えている姿はまるで雷にでも打たれたかのようだ。
詠唱も、何もない。
ただ『神』が一瞥し手を翻しただけなのに。
『全く。お前達には借りがあると思って甘やかしすぎたか?
この船は私の本体と繋がっている。
不老不死が解けようとも、この世界の人間の体の中には『精霊の力』がある。お前達の会話や中での行動など、知ろうと思えば全て辿れる。扉を開けば履歴が残る。謀れると思うな』
「も、申し訳ございません」
『運が良かったと思っておけよ。もし、力を欲してこれを嚥下したりしていたらお前達自身、ただでは済まなかったぞ。そんな衝撃などでは済まぬ苦痛を味わうことになっていただろう』
「どういうことなんですか? 『神』よ」
衝撃から解放され、二人は荒い息を必死で整えているようだった。
文字通り、何かをしでかしてお灸を据えられたって感じ?
地面に這いつくばる二人を冷たい目で見下しながらも、その声には微妙な優しさ、甘さがある。
『こいつらは、私がお前達の決戦の為に色々、準備をしているドサクサに紛れて、私の秘密を探ろうとしでかしていた、ということだ。マリクの帰還の邪魔をしたばかりか、その血を奪い生体認証の扉を開けるまでした』
「リオンの血を? ああ、あの時!」
少し前、リオンの身体がマリクに乗っ取られていた時、私の姿に化けたノアールがリオンを刺したことがあった。あの時の血を持ちかえって何かしていたってこと?
『こいつの血には特別に強い『精霊の力』が宿っている。
強すぎる力は他者にとっては毒に等しい。
下手に触れたり、何の考えも無しに使えば耐えられる器を持たぬ人の子は自壊するだろう』
「血が毒に……? リオン本人は大丈夫なんですか?」
『こいつは普通の人間に見えてそうではない。地球の知識を借りて表現するなら、遺伝子レベルで強化と調整を加えたデザインチャイルドだ。
お前達は私がこいつをいいように使っているように見えるかもしれんが、こいつ以外で私の憑依や力の使用に耐えられるのは、お前だけだぞ。
マリカ』
「私?」
『お前を使えばステラや精霊神達が煩い。
エリクスを使う事も考えたが、器と肉体が脆弱で強化しても使いものにならなかった。
アルも悪くはないが、その時は完全に精神を押しつぶしてしまう。フェデリクスはまだ器が幼すぎる。
消去法でこいつに頼むしかないのだ。
それに……』
「それに?」
『いや、こちらの話。
お前達。マリクが戻ってくれば、お役御免と思って焦ったか?
私は、これでも、お前達を気に入っている。使い捨てるつもりはなかった』
「!」
『神』の思いもかけない言葉に二人の顔がハッとした表情を浮かべた。
『私の一番の後悔は、マリクに孤独を押し付けたことだ。
だからこそ、世に弾かれたお前達にマリクの理解者。片腕になって欲しいと思っていた。親友を、仲間を与えてやりたかった。
あいつを今世こそは孤独にしたくなかった。
貴様らの弱さに付け込み、弄んだ。
我が子のことしか考えていないと言われれば、全くその通りではあるが……』
「『神』……」
『いずれ、宙に戻る時が来たら、決別し、お前達はこの星に残ることになろうが、その時は侮られることのないよう、できることはしていくつもりだった。というのも今は言い訳だな。
私の言葉や考えが足らず、伝わっていないと言われればそれまで。
だが……いいか?
己が力と器の範囲は弁えよ。滅んでは元も子もなかろう』
「……申し訳ございません」
頭を擦りつけるように下げたエリクス。
口の端には悔しげなものが滲んでいるように思えた。
それが叛意を看破されたからか、『神』の真意、彼なりの優しさを理解できなかったからか。
それとも。
自分を見下すリオンの眼差しが悔しかったからかは解らないけれど。
「……軽率な真似を致しました」
『まあ、これも私の過ちが原因と解っている。
お前達が知っていたことで、今回の件もスムーズに進んだということもあるから大目に見よう。
だが二度目は無い。心しておけ』
「「はい」」
『お前達には当面、この船と魔性共を預ける。
子ども達は、精霊神とステラの力が借りられれば早急に移動させるが、お前達はここに在り、今まで通り人々の脅威を続けよ』
「かしこまりました」
まだ『神』は魔王という悪役がこの星に必要だと考えている様子。
人同士の争いを抑制する為には確かに悪くない案だとは思うけれど。
「『神』よ。魔性の生成プラントみたいなものってこの城にあるんですか?」
『この船と、星の何か所かに。この船のモノ以外は時間経過で自動的に湧き、滅びるまで精霊の力を集め、城に送るシステムだ。目立たぬ所に設置してある』
「精製炉が使えなくて、大したことができないって言っておきながら、魔性なんか作るから必要なエネルギーが無くなるんじゃないんですか?」
『私が来て直ぐの頃、この星は完全にステラと精霊神達の力が敷かれていた。マリクは人前に出すことができなかったし、フェデリクスも直ぐには動かせなかった。
目覚めた子ども達に無理をさせたが、神殿を作り、サブコンピューターを送り精製炉と接続させて、精霊神を封じて、とやらなくてはならないことが多すぎて力もまるで足りなかったのだ。だから人工太陽から力を奪い、マリクが端末と共に冷凍睡眠を維持する精霊の力を集めてくれた。
始めは僅かな数から。徐々に増やして』
魔王という存在は周囲から『精霊の力』を集め、『神』に送る集積装置だったわけだ。
『降臨当初は『大聖都』と名乗ったところで強大な七国に割り込んだ小さなコミュニティでしかなかった。神官が、精霊の力を使い、魔性の脅威を退けることで徐々に信頼を築いていき。不老不死世を確立させて初めて、対等以上の立場に躍り出ることができた』
「仲間を封印して、脅威を自作自演、挙句の果ての歴史捏造……。
無駄多すぎません? 素直に皆さんにごめんなさいして、力を借りればもっと色々早かったのに。中二病拗らせすぎ」
『黙れ! 人の気も立場も知らず好き勝手言うな!』
私と『神』の会話を、エリクスとノアールは目をぱちくりさせながら聞いている。
彼らにとっては『神』は絶対的支配者なのだろうけれど、私にとっては星子ちゃんに怒られている神矢君の印象の方が強い。
リオンの顔を真っ赤にして拗ねる様子はティーンエイジャーそのもの。威厳かたなし。
フェイとアルなんか腹を抱えて笑ってるよ。
『いかん。お前と話していると、やっぱり調子が狂う。
とにかく、この船は任せる。正式に私達が戻ってくるまでここを守れ』
「かしこまりました」
その日は結局魔王城(真)に泊まり、私達は翌朝、島を後にした。
「やはり、偽物は本物にはなれないのですわね」
「ノアール」
帰り際、エリクスは外に出てこなかったけれど、ノアールは私達を見送りに出てきてくれた。
「彼は、少し落ち込んでいるようです。リオン様を見て、その肉体の完成度と『神の子にして器たる真の魔王』の力を知って。どうあっても自分達には超えられぬ、と」
布で巻いたピアちゃんを抱っこする私に呟いたノアールの思いが自嘲しているように思えて。
「私自身、お力を発揮するマリカ様や『神』に恐れをなさず意見するお姿を見て、自分も所詮偽物に過ぎないのだと再確認致しました。いつか本物を凌駕するのだと黒幕を気取っていたのが道化のよう……」
「それは違うよ。ノアール」
私ははっきりと首を横に振る。これだけははっきりと言っておかないと。
「人に本物も偽物も無いの。
ノアールはたった一人の本物のノアールで、本物の魔王エリクスのパートナー」
「本物の私、ですか?」
「うん。だから、胸を張っていて。以前、私に幸せだって言い放ったみたいに」
「本物であるマリカ様に言われても、説得力が無いのですが、そうですね。努力いたします。少なくともマリカ様の影武者としてではなく、ノアールとしてあの人の隣に立てる今を、守れるよう」
「頑張って。そう遠くないうちに『魔王』なしでも人々が暮らせるように頑張るから」
「本当にそうなってしまうと、今度こそ私達はお役御免なので、まあ、その辺はお手柔らかに」
そうして、私達はもう一つの魔王城を後にした。
心臓がチクリと痛む。
きれいごとを言った。
偽物は、きっと私の方なのに。




