魔王城(真) 彼方から蘇った希望
私達の住んでいる魔王城は、中世ヨーロッパ風の美しい白亜の城だ。
某夢の国のお姫様の城を最初に思いついたくらいに城壁でぐるりと取り囲まれている以外は、典型的なヨーロッパのお城で中もとても美しかった。
どこか懐かしささえ感じるデザインは、後で聞いたところによるとドイツの有名な黒い森の城をベースに再現しているのだという。
私(の記憶のベースである真理香)はお城なんて縁のない生活で、実際に中を見た訳では無い。だから普通に中世のお城、異世界転移だと思って特にデザインとかは気にも留めなかった。
でも、もし、私達が最初にたどり着いた『魔王城』がこっちだったら。
もっと早くに地球との関わりに気付いていたかもしれない。
だって、目の前のお城はどこからどう見ても大阪城。
あんまりお城に詳しいわけでは無いけれど、それでもはっきり解るくらいの日本のお城、だったから。
「変わった……建物ですね。こんな作りの城は見たことがありません」
「なんとなく雰囲気はエルディランドに似てる感じがするけどな」
「ここに本当に『魔王』が住んでいたんですか?」
『私が地球から持ってきた建物は国会図書館と、皇居とこの大阪城だ。
他の建物を『魔王の城』にはできまい?
マリクをこの大きくて孤独な城に一人住まわせたのは申し訳なかったと思っているが……』
どこか哀し気な眼差しで城を見上げた『神』が何かを察したかのように顔を眼前に向けたと同時、空間が揺れて二人の人物が現れた。
一人は黒髪の女性。柔らかな仕草で私に微笑みかける。
「お久しぶりでございます。マリカ様」
「ノアール! それに……」
「ご無沙汰しております。『聖なる乙女』まさか、本当に不老不死を解除されてしまわれるとは、流石、ですね」
「エリクス……」
黒い魔王の羽をそっと畳んで私達の前に跪くのは現『魔王』を名乗るエリクスだ。
「お帰りなさいませ。我らが『神』
お待ち申し上げておりました」
『戻った。
色々と言いたい事、問いたいことはあるが話は後だ。
場合によっては貴様らにも働いて貰わねばならないかもしれん』
「御意。なんなりと御命令を」
なんだか問い詰めるような眼差しでエリクスを見やるリオンに、エリクスは一切の反論も意見もなく頭を下げる。
言いたい事、問いたい事ってなんだろう、と少し首を傾げたのだけれど
『のんびりしている時間は無いぞ。マリカ。
地下へ付いて参れ』
「はい」
実際、ぼんやりしている時間はない。
ノアールやエリクスの案内さえも必要とせず、足早に歩み行く『神』の後を私は小走りで追いかけた。私だけじゃなくフェイにアル、そしてノアールとエリクスも。
彼が足を向けたのは、城の地階にあたる場所にあった黒鉄の扉であった。
ここまでの床は木張りで、周囲は漆喰とふすまで。
明らかに周囲は日本建築なのに、ここだけ異質で目立つ。
お城の中にコンテナをくっつけたような……。
「随分と解りやすい作りですね。ここに何かあるってバレバレですよ」
『黙れ。ここは元より信頼できない誰かを入れる場所では無いのだ。
生体認証で私の血を持つ者以外は開けられない』
「え? でも……」
『エリクス達がこの先に入ったことは解っている。まさか、あんな手段を使ってとは思いもしなかったが、それを責めるのは後だ』
不機嫌を絵に描いたような顔のまま、鋼の扉の横、透明なガラス板に『神』はリオンの手を乗せる。淡い、レントゲンか何かのような透過光が板から放たれる。
『生体データ確認、開錠します』
機械的な音声と共に開かれた扉の先の光景に私達は思わず呼吸を失いそうになった。
かなり広い地下空間には、かつてノアールが話してくれたとおり、鋼の床と壁が広がる。
そして、野球場ほどの広い空間の中には、無数のカプセルが並べられていたのだ。
「これが、みんな、地球からの移民達、ですか?」
『そう。ほぼ全員が二歳から十六歳までの子ども。
地球から、最期の希望を託された星の未来を担う者達だ』
「! 何を!?」
シュルンと何かが蠢くような音に振り返ると、フェイが青ざめた顔で空中に浮かぶリオンを見つめている。重力を無視して空中に浮遊するリオンの手足に周囲の壁から、金色の触手のような何かが伸びて来て、手足に絡みついている。
まるで手足を拘束された生贄か何かのようだ。
「リオンの身体に何しているんですか! 好き勝手しないで下さい!」
けれどそんなことを言っている間にもリオンの姿は変わっていく。黄金の髪、新緑の瞳。
神の子。精霊アルフィリーガへと。
『ここにある私は本体のコピーにすぎない。直接、接続しないと完全な操作ができないのだ。生命体、身体に宿る気力と精霊の力も不可欠。ステラも精霊神もお前の身体で似たようなことをしているだろう?」
「でも……」
「肉体に傷をつけたり、書き換えたりはしないから安心しろ。それより! アル!』
「は、はい!」
リオンの声か『神』の命令か、アルは、呼び声に反応してピシャリと、背筋を伸ばした。 力ある瞳が 逆らえない圧力を感じさせる。
『そこの、壁のコンソール、と言っても解らんか、通信鏡の画面のようなモニターに、今、子ども達の状態を示し出す。そこから、異常状態にある者を確認し、記録せよ』
「い、いきなりそんなことを言われたって、解らねえよ。俺は精霊古語なんて読めねえし」
『読める。この間、お前の身体に降りた時、その脳に記憶が残してある。
加え、精霊の力を感じ取れる目がある。
何が書いてあるか、内容は理解はできなくても、問題があると表示されたものとそうでないものは解る筈だ。
フェイは側で、アルが異変有と見たデータを記憶しそれを紙に写し取れ』
「貴方に命令される筋合いは……と言いたいところですが解りました」
『マリカ、エリクス、ノアール』
「は、はい」
『お前達は下に降り、このカプセルの中から異常をコールしているものを見つけだせ』
「この万を超える中から?」
「検索して、どこの誰か、どこのブロックにいるか、とか解らないのですか?」
『何度も言っている通り、メインの権限は今、ここに無いのだ。本来用途ではない端末から命令を出している現状、そう簡単にはいかぬ。
それに、冷凍睡眠から目覚めた子の手当てをする準備も同時進行しなくてはならない。
見つけたらカプセルを開けて、中の子を連れて来る必要もある。文句を言わずやれ!』
「解りました」
私達に命令しながらも『神』は色々とプログラムを走らせているらしい。 言うだけ言って目を閉じて。後は何かに集中している様子。
私達にはどちらにしろ何をしているか解らないし、手伝えないのだから、言われた通りにするしかないか。
アルとフェイは壁のモニターに映し出され、流れていく多分、英語の人名データを一人一人確認している。その間に私達三人は手分けして、下のエリアに降りて約十万個のカプセルが並ぶ中を一つ一つ確認していった。
いくつか開いて無人のものもあるけれど、大半のカプセルの中には白く凍り付いた人が眠っている。ノアールが墓地、棺、と言ったけれど、本当に知らなければ死んでいるとしか思えない。しかも全部子ども。
歩いているだけで滅入ってくる。
一つ一つを確認しているうちに気付いたことだけれど、カプセルの頭頂部には小さな三つのライトが取り付けられていた。
開いたカプセルのライトは消えている。そして大抵の人のカプセルの光は緑、いくつか黄色になっている人もごく稀にだがいた。
向こうの世界の記憶に照らし合わせるなら、緑は正常、問題なし。黄色は注意、警告といったところだろうか。そして……
「マリカ様! こちらに!」
「エリクス。見つけたの?」
彼の指さす先には赤色のライトを点滅させるカプセルがあった。
『見つけたか? マリカ。今から、そのカプセルの解凍処理をする。お前はカプセルの上からでいい。手を当てろ、祈れ。イメージしろ。
その子どもの肉体が正常に戻り、元気になる姿を』
合成ボイスがどこからか聞こえてくる。
っと、そんなことを気にしている暇は無いか。
「はい! エリクス、ノアール。他に赤いライトの付いているカプセルがないか、探してみて回ってくれる?」
「解りました」「こちらはお任せします」
二人に残りの探索を任せて、私はカプセルの中の子どもの治療に集中する。
ガラス窓から覗く顔はまだ幼い。多分、女の子だ。二歳からと言っていたからきっと三歳くらい、多く見て五歳、就学前の幼児だろう。きっと。
真っ白な顔が痛々しい。絶対に、助けてあげたい。
私はペタンと床に両膝をつけて、カプセルの上で祈りの形に掌を組んだ。
(彼女が、無事に目覚めますように……。この星で、幸せに生きられますように)
目を閉じ、ただ、ただひたすらに祈り続けて暫し。
私は自分がどうなっていたのかは解らなかったけれど、その姿を見ていたノアールによると銀色の光が、私の中から燐光のように光って、カプセルに流れて行ったんだって。
そして……プシューッと、空気が抜けるような音と、かちゃりと鍵が開くような音に、私は目を開いた。
「これ、開けてもいいんですか?」
『大丈夫なはずだ。慎重に、ゆっくりと開き、子どもの様子を確かめろ』
「解りました」
カプセルの蓋をそっと横にスライドさせて中を確認する。
思った通り三歳から五歳。学齢未満と思われる女の子が裸体のまま眠っていた。
さっきまでの白い凍り付いたような顔色とは違い、頬には微かな赤みが宿っている。
そっと指先に触れてみる。まだ、氷のように冷たく、ひんやりとしてはいるけれど、それでもうっすらとぬくもりが宿っていた。
「目を開けて! お願い!」
小さな手のひらを包み込むようにしてもう一度、祈りを込める。
今度は、はっきりと私の中から光が、彼女に向かって流れていくのが見えた。
「う……あ……」
小さな呻き声と共に、貝殻のように固く閉ざされていた瞼がひくつき、開いていく。
柔らかい、クリーム色のブロンドにサファイアのような蒼い瞳。
「mom……」
「良かった、目覚めてくれて……本当に……」
彼女が呼んだお母さん、ではないけれど、私はその小さな身体をカプセルから引き揚げ、抱きしめた。
状況が解らないせいもあると思うけれど、彼女は抗わず、私の腕の中にぺたりと身を任せてくれる。
その小さな身体を動かす心臓が、力強く脈動しているのを感じて私は涙が止まらなかった。
数百年、もしかしたら、千年の時を経て地球から託された希望は、今、ここに届き目覚めたのだから。




