大聖都 緊急要請
私は現在、六台の小型通信鏡を持っている。
この世界における通信鏡は大きいのも小さいのも最初に設定したペア同士でしか使えない糸なし糸電話。
最近、精霊神様達の御協力で外付けの部品を使って一台の通信鏡で、設定外の通信鏡とも通信できるようにする機能があと少しで実用化できそう、というところまで来ている。
通信鏡の改良には私の『物の形を変える』能力を使えれば早いのだけれど、現時点では自分宛ての通信を一台の小型通信鏡で受けられるように改良しているに留めている。
改良に成功したら、所有者にアップデートを呼び掛けてみるつもりだけれど、それは人間の技術でできるようになってから。
この能力がバレると色々とまた騒ぎになるので。
ただ、その中であえて私直通の通信鏡と繋いでいない一回線がある。
それが魔王エリクスとノアールに渡したもの。
まだ、『神』と敵対していた頃。
リオン救出の力を貸して貰った代わりに緊急時の連絡用として渡した分だ。
この通信鏡はカマラに預けてある。
六台も一人で持っているとどれがどれだか分からなくなるので、魔王城への回線とリオンの持っている通信鏡に繋がる分は私が。外部連絡に関するものはカマラが、アルケディウスに関するものはセリーナが管理している。
今まで、不老不死世が解除された時ですら一度もかかってこなかったのに突然の連絡とは何かあったのだろうか?
私はカマラから鏡を預かると、息を潜め漆黒の闇、その先にいる人物に向かって問いかけた。
「ノアール?」
『はい。私です。
良かった。無事に繋がって。まさか偽物を掴まされたのかと、少し心配してしまいました』
「仕事とかで直ぐに出られない時があるから、ごめんなさい。
でも、どうしたの?」
『ご依頼のあった緊急事態の報告、でございます。
これから城においで頂くことは可能ですか? マリカ様が無理でしたらリオン様だけでも』
「緊急事態……ってまさか!」
その瞬間、ウィンとも、ブィンとも言えない、風を裂く音がして、部屋の中に突然リオンが表れた。
転移術だ。
『マリカ!』
「リオン様! ここはマリカ様の私室でございますよ!」
ミュールズさんは私とリオンの間に立ちはだかるようにして守ってくれている。
いかに親に許された婚約者とはいえ、正式な結婚前に単独で、しかも手続きも取らずに部屋の中に入ってくるのはよろしくないから女官長としては当然の対応ではあるけれど……。
ちょっとまって、と黒い鏡に囁いた私は一旦それを、テーブルの上に置いた。
どこか憮然とした、でも只ならない様子。
胸の前に組まれた腕には大きなバングルが目立ち、輝いている。
一目で、解った。
私は膝を折り、目の前に立つ『リオン』に呼びかける。
「何用でございますか? 大いなる『神』よ」
「え?」「『神』?」
側近達も大慌てで私に倣って首を垂れる。
今、目の前にいるリオンは『神』だ。身体はリオンだけれど、精神は『神』で肉体の制御を行っているのだろう。
リオンに『神』が降りることは何度かあったことだから、何か事情があるのだと思えば理解できなくもない。
嫌だけど。
めっちゃ嫌だけど。
「リオンの身体を乗っ取って、皇女の部屋に飛び込んで来るなど、よほどの事態で在らせられますか?」
『ああ、よほどの事態だ。マリカ。魔王城に行くぞ』
「魔王城? それは、私達の、ではなく?」
冷静を装っているけれど、その表情や瞳孔には確かに焦りや戸惑いが見える。
『もう一つの『魔王城』だ。眠る子ども達の誰かの身に異変が起きたことを感じる。
生命維持の限界者がまた出たのかもしれん』
「え? すみません。お待ちを」
私はリオンの容をした『神』に断りを入れて通信鏡をもう一度手に取る。
「ノアール。さっきの話ってそういうこと?」
音声を切っていた訳では無いから、さっきの『神』の発言は聞こえていた筈。
はい、と頷いた上でノアールは静かな声で、状況を報告してくれる。
「何かあったら知らせる様に、と依頼されていた地下の墓所。いえ、生存しているそうなので墓所と呼ぶのは適当では無いのでしょうけれど、そのうちの一つに異変があったものと思われます。城内全体に不思議な光が点滅し、警告音と思しき音を出しているのです。
我らには止める事能わず。
何か対処を必要とするべき事態なのではないかと、報告致しました次第」
「解った。
つまり、冷凍睡眠装置に異変が起きたか、子ども自身が限界を迎え、このまま冷凍睡眠を続けたら危険である、と向こうを管理するコンピューターが警告した、ということなのですね? 『神』よ」
通信鏡を耳に当てたまま問う私に、ああ、とリオンの姿をした『神』は腕を組んだまま鷹揚に頷いて見せる。
『今の私は、メインのプログラムをステラに囚われている状態だが本体は魔王城にある。
万が一、私が滅んだとしても、今まで集めた『精霊の力』や『気力』を使い自動で子ども達の生命維持は継続されるようにしてあるが、限界を迎えた子どもの対処は、私自身がしないとどうしようもない』
「一刻を争うのですね?」
『お前達が許可を取りに魔王城に来るのも、詳しく説明するのも惜しい程に。
故に強引ではあったが、リオンも納得して身体と力を貸し与えている。
来い! マリカ。お前の力が必要だ』
「解りました。『神』はご自身のお力で魔王城には跳べるのですね?」
確か、以前リオンは魔王城に行き、エリクスと話し合ったというようなことを言っていた気がする。あれは、このような事態への対処の為、だったのだろう。
『ああ。座標がこいつの肉体にも魂にも刻んであるからな』
「私と、もう一人か二人は連れて行けますか?」
『行ける。あまり多勢を連れて行くつもりは無いが』
「フェイとアルを連れて行くことをお許し下さい。それが条件、というかお願いです」
ステラ様との誓いがある。
『神』が私を害するようなことはまずないとは思うし、信じてはいるけれど、もし敵の本拠地で『神』が魔王エリクスや城を操って私を捕獲しようとしたら対処のしようがない。
抑止力として対抗できる二人の存在は必須だ。
幸いここは大神殿。打ち合わせの為にアルも今日は滞在している筈。
『……解った。
ただ、エリクスとやりあったり、城に害を為さぬようお前が二人の手綱をとれ』
「かしこまりました。カマラ。急いでフェイに連絡を」
「は、はい!」
大神殿、つまりフェイに直接繋がる通信鏡はカマラが預かっている。
私から連絡しても構わないんだけれど、まだノアールと通信中だ。
「聞こえていた? ノアール?
そういう訳なので、これから私達四人がそちらに向かいます。もし、防御壁などがあるようだったら解いて、入場に許可を与えて下さい」
『了解いたしました。お待ちしております』
ノアールからの通信鏡が切れ、フェイがアルと一緒に私の部屋にやってくるまで数分とはかからなかった。
「来てくれて、ありがとう。二人共」
「連絡感謝します。マリカ。
リオンが急に消えた時にはどうしようかと思いました。
彼に一人で跳ばれると僕は付いていきようがない。
リオンが単独で魔王城に連れていかれるのは、二度と避けたい処でしたから」
「オレは何の役にも立たないかもしれないけれど、城にいるのは言ってみればオレの母さんのきょうだい、みたいなものだ。できるだけ、助けたい」
「ん。では、お願いします。『神』よ」
『解った。リオンの側に寄り身体に接触せよ』
リオン、じゃなかった。『神』の命令に従い、私達はリオンの身体に手を触れよう、とした瞬間に肩を横抱きにされた。……私だけ?
他の二人は、背中や手に触れているのに。
密着。心臓が妙にバクバク言っている。
カマラやセリーナ、ミュールズさんも心配そうにしているけれど、余分な人間は入れないし連れていかない、という『神』の思いは解るから。
「皆さん、留守を頼みます」
「解りました。どうぞご無事のお戻りを」
『行くぞ!』
後を頼んでキュッと、目を閉じた瞬間、周囲の空気がぐにゃりと、飴細工のように曲がった感覚がする。フェイの転移術とも、慣れたリオンの飛翔とも違う、空間歪曲、ワープと言った感じだ。
足が地面を踏んだのを確認して目を開く。
ちょっと、いや凄くビックリ。
息を呑み込んだ。
私達の前には、ドンと聳え立つ巨大な日本建築。
大阪城があったのだから。




