皇国の大祭 三日目 回想後編 親友同士の戦いと兄の本音
アルケディウスの大祭最終日 舞踏会の最中、思わぬ展開に人々が。
わたしやお母様も含めてあっけにとられる中、お父様は皇王陛下の前に剣を置き跪いた。
「何をするつもりだ? ライオット」
「先ほども、申し上げました通り、素晴らしい芸を披露したグローブ一座に褒美兼、今後のさらなる研鑽を目指して、本物の剣技を見せてやりたいと存じます」
「本物の剣技とな?」
「はい。俺の娘婿となるリオンと、ここで軽い手合わせをして見せましょう。騎士の戦い方、剣技などは年に一度の騎士試験でも無ければなかなか余人は見る機会などございません。俺自身が言うのも憚られることですが、少なくとも俺と奴との剣技は誰に見せても恥ずかしくない本物かつ、正しい剣技であると自負しております。
余興かつ、手本に値する者であると」
「舞踏会の最中に、剣を振るうというのか? 他者を害せぬ証明の為、王族でさえ、剣を持ち込めぬこの大広間で」
そう弟を諫めたのは第二皇子のトレランス様であったけど。
「私は別に構わんと思う」
「兄上」
意外にもケントニス様は許可を表明する。
「そもそも、ライオットが余人を傷つけようと思えば奴が素手、騎士が剣を持っていようとも簡単には止められぬのだ。奴が認める婿候補も同等以上の実力と思えばなおの事。
愛娘の結婚前に騒動も起こすまいし、ここで奴がこの場にいる全員を皆殺しにしたとしてその後に待つのは従える者、支える者の無い空虚な王冠。
そんなものを欲する程の愚か者ではないことも良く知っている」
いや、ホント。王の器だったんだなあ。ケントニス皇子。
お父様の突飛な提案にちょっと驚いてしまった私だったけれど、ケントニス様に素直に感心してしまう。
冷静な能力分析。決断力、判断力。流石ラス様の子孫。
真っすぐに叩けば伸びる人。
「何より、不老不死世の間、見世物になるのを嫌い滅多な事では人前で剣を抜く事の無かったライオットの技が見れるというのであれば、見逃すのも勿体ないことだと思うのです。
大貴族達も領地に戻る冬の間のいい土産話になるでしょう。
父上はいかがお考えですか?」
この場の最高位は皇王陛下。自分で決断せずに最終判断を皇王陛下に委ねたケントニス様と、ライオット皇子に皇王陛下はうむ、と深く首を縦に動かした。
それはすなわち承諾の印。
「大広間の床以外に一切の傷を付けぬと約定するのなら許そう。
確かに私も、ライオットが『戦士』と呼ばれるに至った剣技を見たことは無いからな」
「そういうわけだ。ライオット!」
ケントニス皇子がお父様に向けて剣を投げ渡す。
それは皇子の護衛騎士が持っていた武器。つまり真剣だ。
「兄上」
「本物の剣技を見せると宣うのに、劇用の玩具では力が足りなかろう。使え」
「よろしいのですか?」
「さっきも言った通りだ。お前が愛娘の婚姻を王族の血で飾りたいのであれば好きにするがいい」
「ご信頼、ありがたく」
小さく苦笑してお父様は剣を握るとリオンの方を見やった。
「お前も武器を借りるか?」
「いや、結構です。俺にはこれがありますので」
リオンは護衛騎士待遇だから、武器の所有が認められている。
ただ、剣帯を外し、同じ護衛騎士であるカマラに預けたリオンは剣帯の裏側に潜めてあった短剣を取り出す。
エルーシュウィン。
リオンが鞘からその蒼い抜き身を放つと人々から感嘆の声が上がる。
奇跡の鉱物、星の息吹たるカレドナイトは、この世界における最上級レアメタル。
指先程の結晶でさえ、金貨を要する希少鉱物で混じりけなしに錬成された『勇者の形見』
門外不出だったそれを預ける程にライオット皇子は娘婿候補を気に入っている。
と人々は認識しているけれど、これは生まれた時からリオンの所有物。
主の手に握られたその短剣からは淡い燐光さえ立ち上って輝いていた。
まるで使われることを喜ぶかのように。
二人が大広間の中央に進み出ると同時、自然と人々の輪は外に向けて押し広げられた。
ちょっとした体育館並みの広さがある大広間。
その中央に大きな弧が描かれる。二人の戦士を中央においた歪な二重円。
「遠慮するな、とは言えないが。せっかくの機会だ。加減は程ほどにな。
しっかりと『見せて』やれ」
「解って、おります」
向かい合う二人はそんな事を言って頷き合うと、二人そろって視線を向ける。
何故か私の方へ。
「え?」
なんでお父様がこんなことを始めたのか、理由も何もわけわかめで混乱する私に柔らかい笑みを向けたと同時。
「始め!」
自ら進み出て号令を放ったケントニス皇子の声に合わせ、二人の戦いが始まった。
私は、お父様とリオンの戦いを何度か見たことがある。
一番最初はまだ魔王城に住んでいた時代。
私が魔王を演じて、リオンがその部下役で。
お父様は魔王から勇者の転生を守るという名目で剣を合わせた。
二回目は確か、大神殿での礼大祭の後だ。
夜通し戦っていたらしい二人が戦う様子を見れたのは、ほんの僅かな時間であったけれど、二人は剣で何かを語り合っていたのだと感じた。
三度目は大神官になる直前の旅の空。お父様が同じように部下達に見せてくれた模範演技。その後は二人でこっそり戦っているのでなければ無いと思う。
でも、最初の戦いの時から、思う事がある。
今の二人が、あの時とほぼ同じ姿であるから余計に感じるのかもしれないけれど。
極められた人の動きは、戦いという場であっても。いや、だからこそ美しいと。
手本と言ったように、本気で殺し合っているわけでは無い。それは見れば解る。
でも、手加減している訳でもない。
響き合う鋼の音はまるで美しい音楽のよう。疾風にも似た素早さで、一瞬の間に踏み込みお父様の懐に飛び込み刃を振るうリオンにも、それを巨躯からは信じられないスピードで躱し、渾身の力での兜割りにも似た上段からの一撃を落とすお父様にも躊躇いが全く見られない。
相手はこのくらいの攻撃は躱す。捌ける。それを完全に理解して、読み切って。
そのぎりぎりを攻めているのだ。
リオンの短剣が華麗に蒼い閃光を煌めかせ、お父様の長剣を受け流す。お父様も負けじと、長剣を横に強く振り抜き応戦する。
正しく、お父様が言った通り最高レベルの殺陣。これを見てしまうと一流劇団の殺陣が子どものチャンバラごっこに見えてしまう。
滅多に戦士の本気の戦いなど見れない大貴族や子弟は勿論、護衛騎士達も見入ってしまうくらい。
そんな中、ふと私の頭上に声が落ちる。
「マリカ。やはり私はお前の父親が嫌いだ」
「へ?」
二人の戦いに夢中になっていたので、横にケントニス皇子が立っていたことに気が付かなかった。
「ケントニス皇子……」
「奴は弟の癖に、私が欲しくて欲しくてたまらなかったものを全て有している。
それが子どもの頃はどうしても許せない程憎くて、今も、どうしようもなく悔しい」
「何が欲しかったんですか?」
「言わせるな。父上と母上の愛、精霊の祝福、恵まれた体躯と武勇。優れた頭脳、愛される性格、自分を慕う妻。優秀で愛らしい娘、そして親友」
「……ケントニス皇子も十分にそれらをお持ちだと思うのですけれど」
「十分と十二分は違うだろう?
まあ、今であれば確かに自分も恵まれていたと理解できるが、子どもの頃は余計に出来すぎる弟に嫉妬や羨望を感じずにはいられなかった」
「でも、今は違うんですよね」
「ああ。特にウィンドルフを得られてから自分でも変わったと思える。
あいつも、きっとそうだったのだろうな」
親友同士の楽しそうな戦いに視線を向けながら小さな苦笑を落とすケントニス皇子。
多分、本気でお父様を嫌っている訳じゃないよね。
でないとわざわざ、私に言いに来たりはしない。
「お前の父親は、性格が悪くて何でもできて、強情で。 悩みも苦しみも自分の内に抱え込んでしまう癖にいざとなれば押しが強くて、周囲を巻き込んで自分の思い通りに動かしてしまう。
お前は父親によく似たな」
「恐縮です」
悪口を言っているように聞こえるけれど、私にはお父様が大好き、にしか聞こえない。
そして多分、私の事も嫌いじゃないと言って下さっているのだ。
「不老不死世になって暫くの間、あいつはほぼ屍だった。その姿を見ても不思議な事に嬉しいとは感じられなくてな。
それが曲がりなりにも生きる気力を取り戻したのは妻を娶ってからで、本気で生きようとしたのは親友の転生を知ってからの事だった」
「はい」
「私はどうしてもライオットが嫌いだが、また屍に戻って欲しいとは思わん。
今のように、兄弟で真剣に言い合いながら国を良くしていくのもどうしようもなく楽しいしな」
だから、とケントニス様は私の頭に手をやり、撫でる。
次期国王が他所に嫁ぐ姪にするには過剰な行為かもしれないけれど、横にいるお母様以外はみんな、二人の剣技を見ているから気付かない。
「幸せになるがいい。お前が幸せでないと夫たる勇者の転生も同じだろう。
そしてお前らが不幸になれば、奴はきっとまた屍に戻ってしまう」
「心します。でも、昔とは違うと思いますよ。
お父様にも大切な家族が増えましたから。双子ちゃんや、和解した兄上達とか」
「まったく……お前という奴は、最後の最後まで生意気だな」
髪の毛をくしゃくしゃと乱すような優しいスキンシップ。
伯父上からの密やかな祝福を私は受け止める。王族はこんな機会でも無いと本音を零すことはできない。
お父様が側にいる間には私に近づけないし、言えなかったから、きっとこの機会を見逃さず来て下さったのだろう。
少し、嬉しく、失礼だけど可愛いと思う。
男の人は素直じゃないなあ。
わあっ!
周囲にひときわ高い歓声と鋼の音が響く。ぴたりと、二人が動きを止めたからだ。
短剣を懐に切迫するリオンと長剣をリオンの頭上で止めてにやり嗤うお父様。
どちらも後一呼吸で相手の息の根を止められる。
だからこそ、ここで終わり。
絵画か物語のワンシーンのような美しさに息を呑む。
二人は顔を見合わせ頷き合うと、スッと離れ元の位置に立つと一礼した。
さっきの舞台に勝るとも劣らない歓声と喝采が広間の高いシャンデリアさえも揺らし響き渡った。
私とケントニス様も拍手を惜しまない。
この舞踏会の一幕は永く人々の心に残る語り草となったのだった。




