皇国の大祭 三日目 回想中編 守る皇子と守られていた皇女
秋の大祭、そして社交シーズンの終わりを告げる舞踏会。
ファーストダンスの後は、私はダンスの場には立たず、ひたすらに大貴族達からの挨拶を受けた。
正装のリオンが後ろに立っている私に、ダンスを申し込む勇気のある人はそういなかったんじゃないかな、と思うけど、状況を見て判断するとかできないってことが若さというか子どもというもの。だから、恨めしそうな視線は消えない。
うざったいなあ。もう。
「マリカ様。この度はおめでとうございます」
「プレンディヒ侯爵。クレスト君も。お久しぶりでございます」
一応、暗黙の了解みたいな感じで貴族の挨拶は上位から順に行われる。
一位は堅実かつ有能で名高いパウエルンホーフ侯爵家。その次がアルケディウスの穀物庫、麦酒の産地ロンバルディア侯爵家とプレンディヒ侯爵家。
この三つの家は王族の傍流でもあり、別格に高い。
その後は納税とか穀物の収穫量とか、国への貢献度とかで年ごとに変わる。
「あ、侯爵家の跡継ぎ候補となられたんですよね。クレスト君は失礼ですか?」
「いえ、姫君にそう呼んでいただき、親しみをもって頂けるのは嬉しい事ですのでどうかそのままでお願いいたします。まだ決定ではありませんが、孤児がここまで引き上げて頂けただけでも幸運。
今後は侯爵家とアルケディウス皇王家に忠誠を誓い、少しでもお役に立てるように頑張りたいと思っております」
決意の眼差しで応えるクレスト君に対して侯爵はどこか所在なげな笑顔。
「恥ずかしい話ながら我が家はスィンドラー家以上に子育てに失敗し、私は長子を勘当。次子はダヴィドに輪をかけた愚か者で軟禁状態にしました。
クレストを懐に入れたのも実子への発奮材料になればという意図でしかなかったのですが、次子はそれでも己を変えようとはしません。そんな中でクレストは頑張っている。
侯爵の地位を本当に継がせるかどうかはともかく、何らかの形で報いていきたいとは思っています」
「ウィンドルフ様と和解のご予定は?」
「暫くは距離を置くように皇子から言われております。あちらも自分が成果を出した途端に手の平を返す、と面白く思う事はできないでしょうし。
ですが落ち着いたら必ず。奴の話をしっかりと聞いてやろうと思います」
「そうして差し上げて下さい。本当に有能な方ですから。これからの変わりゆく世界できっと頭角を現されると思います」
「ありがとうございます」
こんな風に弁えて下さる方ならいいのだけれど若手男性を連れている貴族の何人かからは
「あの会議に現れた幼い姫君がこのように美しく成長されるとは。
婚姻を断られた時には残念に思いましたがやはり、我が愚息には似合わぬ宵闇の星でございました」
そんなちょっと恨みがましい声がかけられた。
父親の背後に隠れる子息は、ダヴィドの前例があるから口数少なく、後ろに控えていることが多いけれど、最後の機会。万に一つの可能性を求めてか、
「私は貴女の愛を得る為でしたら、古い家具を捨て去ることも迷いますまい」
「月は地平の彼方に沈み、二度と戻ってくることはありません。どうか我が暗闇の輝く星となっては頂けませんか?」
強火なアプローチをしてくる者もいる。
ちなみにこれ、どっちも妻と離縁するから結婚してくれないかの貴族的言い回しなんだって。
勿論、私はお断りさせて頂いたけどね。
「私は、物を大切にして下さる方に好感を感じます。新しい家具もいつかは古くなるものですし」
「宵闇の星は月ほどに強き光で空を照らすことは叶いません。大事にして差し上げて下さい」
って。
私がお父様の娘としてお披露目されたのち、直ぐに結婚の申し込みが殺到したという。
皇族との結婚なんて自分から望む者ではないのだけれど、婚外子だしゲシュマック商会での評判があったからね。
今がチャンス。皇家との縁を繋げるかもって。
でもお父様とお母様は
「まだ幼いから」
「婚外子であっても皇女として正式に認知された以上、低くは遇させない」
「第一夫人として以外は嫁がせるつもりはない」
といって完全シャットアウトしてくれた。
そして早くから騎士試験で成果を出したリオンを私の側に付けて婚約者として、婿候補として遇して対外にも広めてくれることで、結婚を申し込ませ難くした。
結果、私は国内で求婚ラッシュに巻き込まれることはなく、のほほんと生活できたのだ。
他の七国に行き、何かしでかす度に求婚されていたことを考えると本当に恵まれ、守られていたのだなあ、と思う。
「疲れてはいないか? なんなら休んでもいいぞ」
「アルケディウス皇女として最後の舞踏会ですから。
空気読めない男子達がちょっとウザいですけど我慢します」
舞踏会も半ばを過ぎた頃、余興のグローブ一座のミニ劇場が始まった。
向こうの世界でのミュージカルっぽいもの。
歌と、ダンスと、寸劇だけれどその実力は直ぐに解る。
舞台に専念して技を磨ける彼らは、国内どころか、海外からも招待を受けるトップクラスの劇団である。
それに貴族はこういう娯楽に触れることが少ないから、逆に新鮮な様子。
かぶりつきで見ている。
内容は最新作『皇女マーシャの事件簿』から、不正を暴かれることを恐れた貴族が皇女達を捕らえようとする殺陣シーンと、その後、自分を守ろうとして傷ついた騎士に皇女が愛を告げるシーン。
流石に王宮で貴族の不正シーンなんて演ったらモデルと言われるスィンドラー家の顔が完全に潰れて恨みを買う。その辺、エンテシウスは元貴族出身だから匙加減は解っている筈だ。
自分が明らかにモデルとなっている劇を目の前で見させられるのは相変わらずの羞恥プレイだけれど。
舞台が終わり、劇団員たちが膝を付くと会場を揺らさんばかりの拍手が大広間に響いた。
「うむ、素晴らしい舞台であった。これは、皇族も足を運ぶに足る作品だな」
皇王陛下直々のお褒めの言葉に、エンテシウスは右手を胸に当て顔を上げると、怯むことなく感謝の言葉を述べる。
「勿体ないお言葉、光栄にございます。
輝かしきカレドナイトを題材とする以上、どんな場面も疎かにはできないと、工夫を凝らしました。その美しさ、眩さ、尊さを少しでも伝えることができたのなら幸いです」
「明日の大祭明け、アルケディウスで最終公演があると聞いた。
私も足を運ぼうと思うが良いか?」
「皇王陛下、御自ら下町の大広場に?」
人々の間に驚愕の声が弾ける。
でも、当の皇王陛下は平気な顔だ。
「大祭の開始時、マリカの舞を見る為に広場に設えた貴賓席を作り直せばよい。
来年からは皇位を辞する私だ。その前にできる無理は通しておかねばな。
それに息子や孫が見た舞台はぜひしっかりと見ておきたい。でないと話題についていけなくなる」
だったらグローブ座を王宮に呼びつければと思うのだが、まあいうまい。
さっきから、私達が大祭初日に。家族そろってお忍びで下町に行って劇を見てきたことを多分あてこすられている。
皇王陛下も色々とお忙しいし、息抜きがしたいのだろう。
お忙しくさせている原因の半分は多分私だから、文句を言う資格はない。
「さ、最高の演技をお見せすることをここに誓います」
エンテシウスも他の劇団員たちも感無量と言った感じで、目を輝かせている。
そこに
「ふむ。ならば、俺からも一つ素晴らしい舞台に向けて祝儀をやるとしようか?」
「ライオット皇子?」
「お父様?」
私の横から、スッと、広間の中央に向けて歩を進めたお父様は、エンテシウスの横に立ち、その後ろに立つ二人、騎士役と悪役に顔を向けた。
「すまんが、その剣を貸してくれないか?」
「剣を?」「は、はい。かしこまりました」
エンテシウスを含め、理由が解らないという顔をしながらも声をかけられた二人はすぐさま剣帯から剣を鞘ごと外してお父様に手渡す。
「リオン!」
「は、はい!」
私の後ろで護衛として立っていたリオンが、数歩前に進み出ると
「わあっ!」
重い、空を裂く音と共に剣が空を飛んだ。
コントロールはしっかりとしているので、リオンは自分に向けて投げられたそれをしっかりとキャッチする。
なんなんだ?
同じ疑問符を浮かべる会場、お父様は楽し気な笑みと共にこう言った。
「相手をしろ。リオン。本当の殺陣というものを皆に見せてやろう」
と。




