皇国の大祭 三日目 回想前編 子どもの未来と老人のこれから
ダヴィドの件でいっぱいいっぱいになってしまい、飛び越してしまったけれど、大祭の最終日。会議と王宮の舞踏会は特に問題なく終わった。
私は今回大神官としてではなく、舞踏会に参加し皇女としてお父様やお母様と一緒に挨拶を受けただけだけれど。ダヴィドがある意味見せしめとなるような形になったので、以降、会議では若手はかなり大人しくなったらしい。
余計な口出しをすることなく、静かに話を聞いていたとのこと。
「先も言ったが、私は即位にあたり、若手の特に実力のあるものを重用する。
それに伴い、大貴族の後継者にもそれ相応の知識を要求するつもりだ。
最低でも騎士試験本戦突破、もしくは文官試験を合格しない限りは後継として認めない」
ケントニス皇子の言葉に、大貴族達の間からは悲鳴じみた声が上がったという。
騎士試験は不老不死世でさえ倍率20倍近い難関。文官試験に至っては数百年単位で大貴族子弟の合格者は無かったという、地球で言う所の国家公務員上級職試験のようなものだから。
文字の読み書きさえ危ういというダヴィドは甘やかされ過ぎだと思うけれど、政務以前の様々な基礎知識を疎かにしていた彼らの半数はレベルがどっこいどっこいだと聞いた。
「その代わり、能力のある者は身分の貴賤なく引き立てる。
長子が望み薄であるなら、次子、三子。女子であっても能力とやる気があれば問題ない」
今までは女性は夫である領主の配偶者、という位置でしかなく、実質領地を治めていても会議への参加も認められていなかった。
でも次期からはソレルティア様が大貴族の一人となるし、ずっと夫であるドルガスタ伯爵の後始末を強いられていた夫人も会議に参加することを許される。
「養子をとって、それに後を継がせることも認めよう。
教育は国の未来を担う人材を育てる大事な事業。
王都では孤児院や神殿で、望めば誰でも学ぶことができる学び舎を開設することとなった。まだ試験運用中だが、幾人か良い人材も見つかっている。
……お前達の腕の見せ所だぞ」
ケントニス皇子は私と近い所にいた為、子どもの教育の大切さを解っている。子どもの何人かが持つ『能力』も知っているから、比較的早い時期から自分の領地に孤児院のような場所や、子どもの教育の為の施設、働かなくては子どもを育てられない親が子どもを預けられる保育所のようなものを作っていたそうだ。
「思惑ありでも、子どもの保護が優先ですからね。私も孤児院を紹介したりホイクシの教育に携わったりしました」
とはお母様の話。
トレランス皇子も真似していたらしいので、私が知らない間にアルケディウス皇王家もいろいろやっていたのだな、と当たり前だけど感心する。
運用を始めまだ数年。子どもの出産数が目に見えて増えてきたのも最近の事だから、まだ目に見えた成果が出るのはこれからだろうけれどその中で良い人材が出てきた、ということはあれかな? 『能力者』が見つかったとかだろうか?
ちょっと心配だから、お父様には気を付けていてもらおう。
子飼いにした子ども達が酷い目に合わないように。
まあ、今であるならそこまで心配は無いと思えるけれど。
とにかく、実例を見せて有能な人の登用を約束したことで、大貴族達の目の色は明らかに変わったっぽい。
舞踏会で何度も、保育園や孤児院について具体的な話を聞かれたから。
「我が領地でも、今後生まれる子どもをしっかりと教育、保護していこうと考えております。その為に注意する点などはありますでしょうか?」
「そうですね。優秀な人材を育てる、ばかりに気がいかないようにお願いします。
子どもの教育は、あくまで子ども自身のもの。子どもが生き易い人生を送る為のものとお考え頂きたいと思います。その過程で、子ども達が特技や、興味、才能を伸ばして来たら、それを登用してあげて下さい」
向こうの世界にも教育虐待という言葉があった。
子どもに過度な期待をかけて追い詰めてしまわないように。注意して見守っていかないといけないなあ。と深く思う。
まあ、そんな感じでまた大貴族達が私に寄り集まって来るかなあとも思ったのだけれど。
幸いなことに私にとってアルケディウス最後の舞踏会になるので、お父様や皇王陛下。皇子達が気を使って、過度に私が大貴族達から絡まれないように目配りをして下さった。
おかげで私はお父様やお母様と、皇王の料理人ザーフトラク様力作の料理を堪能し、余興に呼ばれたグローブ座の精鋭達の出し物を楽しんで。穏やかな舞踏会を楽しむことができたのだ。
ザーフトラク様が手掛けた晩餐会の料理も本当に素晴らしかった。
私が大聖都に行ってからも古い文献などを調べて、研究を続けるザーフトラク様はアルケディウスの料理の名実ともに第一人者。
今回はビーツのボルシチなどを始めとしたロシア風の料理が多かったのは、私が以前、土地ごとの料理も大切にしていきたい。と言ったのを覚えていて下さったからだろう。
鶏肉のクリーム煮の白と紅いボルシチの色合いがとても綺麗だったし、前菜もサラダも色合いまで気を使われていて、まるで絵画のようで。しかも美味しかった。
一番驚いたのはデザート。
「ええっ? ピンクのカップケーキ?」
着色料など殆どないと思っていたこの世界で、驚くくらいに鮮やかなピンク色のマフィンというか手のひらサイズのカップケーキが出てきた。
表面は白い砂糖のクリームアイシング。こっちも赤と白が凄く目を引く。
大貴族の方達もみんなびっくりしていたね。
「まるでロッサの花のよう」
「どうしたらこんな美しい料理ができるのかしら?」
新しい食が普及して約四年。アルケディウス全体に考え方や料理についての基本は広まっていったけれど、まだまだ王都が食の最前線だ。ザーフトラク様はその頂点だから比べられないけど、多分最近ようやくトップの料理人の研修が終わって戻り始めた地方の領主よりも王都の一般市民の方が美味しい味を知ってるかもね。
で、私も少し考え込んでしまったのだけれど、皇王陛下が教えて下さった。
凄く自慢そうな、所謂ドヤ顔で。
「マリカがビーツと呼ぶ紅い根菜がある。それを乾燥させて粉末にしたものを使っているそうだぞ」
「ビーツで!」
そっか。
そういう使い方もあるんだ。ちょっと目から鱗。
日本人にはビーツそのものがあんまりなじみ薄いしね。
「最近ザーフトラクは味もだが、より美しい料理の研究に励んでいるようだ。
お前の成人式と結婚式も楽しみにしていろと言っていたぞ」
格式重視になるだろう『皇女』の結婚式。
でも、その中で少しでも華やぎを与えてくれようというザーフトラク様の気持ちが嬉しい。
ありがたく、そして心から楽しみになった。
舞踏会の場でも私は守られていた。
お父様やお母様が側にいて下さったので、吶喊して来る貴族は最小限だった。
初めて社交の場に出て私を見たドラ息子達も多かったせいか、絡みつくような視線は消えることが無かったけれど。
「マリカ。お前も大きくなったな」
「皇王陛下」
舞踏会の始まり、皇王陛下が御自ら私の側に来てそんな声をかけて下さった。
「お前が最初に孫であると知ったのも、秋の大祭であった。あの頃は本当に小さくて私の首下程しかなかったのに、随分と背が伸びた。私をもうすぐ追い越すだろう」
「そう、ですね」
「これがお前と踊れる最初で最後の機会だろう。
一曲、お相手頂けまいか?」
「はい。喜んで」
私に恭しい紳士の礼を取り、差し伸べて下さった皇王陛下の手を私はそっと握る。
皺の多い、少し乾いた掌。
「本当はな。お前の社交界デビューの時、孫娘をエスコートするのを少し楽しみにしていた。勇者が婚約者であるのなら譲るしかなかったが」
「ああ、そうですね。お父様がおっしゃっていました。本来なら後見人の役割だと」
「あの複雑な思いは娘を嫁に出す父の心境というものなのかな?」
こうして並んでいると気付く微かな衰え。
身長も、気が付けば本当に、私ともう同じくらいだ。
不老不死後、きっと色々大変だったんだろうなあ。
子どもの頃、初めて出会った時は、あんなに大きく感じたのに。
「不老不死を失って見て、我々は『神』に不老不死の身体に甘えていたのだという事を理解した。節々の痛みや肉体の衰えを少しずつではあるが、最近、確実に感じるのだ」
寂しげに微笑みながら呟かれる弱音は、華やかなメロディーラインとヒールの音にかき消されて他の人には聞こえないだろう。
「だが、お前を始めとする子ども達の成長を見る喜びは、そんな不安や苦悩に勝る喜びだ。『星の娘』『精霊の貴人』。我が国、アルケディウスに降りて下さった事を心から感謝する」
「皇王陛下……」
不老不死が消えたことで、人にいつか死を迎える生命の宿業が蘇った。
若い人達の躍進の裏で、年配の方々の終わり、世代交代の時期も間違いなく迫っているのだろう。
「私も、アルケディウスで育ったことを誇りに思います。
きっと、他の国だったら、こんなに自由に、そして幸せに暮らすことはできなかったですから」
「そう言って貰えるのは嬉しいな」
くるりと、安定感のあるエスコートで私は回転する。
リオンとは別の形で踊りやすい。しっかりと愛され、守られている事がよく解る。
「大好きです。お祖父様。色々と大変で、嘘つきで、魔王な孫だったと思いますけど、その気持ちは本当ですから」
だから私は最高の笑顔で、そう告げた。
まだ、今はほんの少し高いお祖父様のお顔を見上げながら。
「だから、弱気な事は言わないで長生きして下さい。
皇王を引退したら魔王城の島に入って、エルトゥリアを復活させて下さるのでしょう?
頼りにしてますからね」
小さく目を瞬かせ、破顔したお祖父様の手に強い力が籠る。いや戻る。
「ああ。任せておくがいい。まだまだ若い者には負けんぞ」
「はい。その意気でぜひ。大祭が終わったら機帆船で魔王城の島への航路を本格的に運用し始めますから」
そうして、私は最初で最後になる「お祖父様」との二人っきりの時間を軽口と優しい思いと共に楽しんだのだった。




