皇国の大祭 エピローグ 自由の空の下で
『なんとか、上手く収まりそうでございます。
彼の事です。この後も我儘や癇癪など問題はありそうですので
『終わりよければすべてよし』
とはまだ軽々には言えませんが、とりあえず、第一歩目は踏みだしたかと』
「世話をかけましたね。エンテシウス」
大祭が終わって次の日の夜。
ダヴィドを任せたグローブ座が心配になって通信鏡をかけた私にエンテシウスは、事態の概要とその後についてそう報告してくれた。
何処か、声が弾んでいるような気がするのは新しい仲間ができたことを喜んでいるのかもしれない。永遠の後継者友の会の仲間でもあったわけだし。
とりあえず、これで一安心。
私はアルケディウス秋の大祭の本当に最後を締めくくる『成功』にホッと胸を撫で下ろしていた。
大貴族スィンドラー伯爵家のドラ息子ダヴィドはあまりにも空気の読めない言動から、貴族会議の席で大チョンボをやらかして、貴族社会から事実上の締め出しを喰らった。
それを逆恨みし、グローブ一座のエンテシウスを誘拐、脅迫して自分に都合の良い劇を作らせようとした。ケントニス様に怒られたことを曲解して汚名返上をしようと図ったのだと思う。
エンテシウスの機転でなんとか騒動になる前に事を収めることができた。
後は、ダヴィドをキツく罰して再発防止しようと思ったのだけれど。
「それは、ちょっとお待ち頂けませんか?」
ダヴィドに物理的な刑罰を与えることに関して、何故か被害者本人、エンテシウス自身が異を唱えた。
「彼のようなタイプは鋼のバネの様なもの。力で叩けば叩くほど、反発して跳ね回り周囲を傷つけるものでございます」
そう言われて、なんとなく納得した。思い出したのは向こうの世界の発達障害児童の対策研修。
「彼らは、自分が何故悪いのかを理解できない事が多いのです。
自分の世界を護るのが精一杯、故に興奮した時はどんなに怒鳴っても、叫んでも、叩いてすら心に響かず、親や教師が、友達が何故怒っているのか理解できません。彼らに伝えるには落ち着いている時に、本人に、伝わるように気付けるように、繰り返し関わっていくしかありません」
発達障害の診断は素人が軽々にしていいことではないけれど、ダヴィドを高機能自閉症と仮定すれば、空気が読めないあの態度も行動も理解できなくもない。
加えて大貴族家で甘やかされて育てられ、教育放棄。(母親である夫人にも原因と不満があったらしい。望む結婚ができなかった彼女は大貴族夫人としての贅沢を望み、息子に無関心、心理的ネグレクトに近い立場にあったようだ。ケントニス様が教えてくれた)
たった一人の後継者であるダヴィドが使い物にならなくなるのを狙っていた節があるとのこと。
親としてサイテー。ただ、そう考えるとダヴィドも犠牲者と言えるかもしれない。
大貴族の息子として育てられながら、上に立つ者として相応しい知識も心構えも得ることができないまま、世の中を舐めて大人になった。
親に期待されず、自分が何ができるのかも知らず、ただ自分は大貴族として上に立つのだと言われ、そう思って生きて来て他の世界を知らず我が儘が許されてきた。
「彼は知らないのでしょう。世界の美しさも面白さも、人と関わることの楽しさも。
解らないでもありません。私も、幼い頃に書によって物語の楽しさを知り、劇という別世界を旅する興奮と出会わなければ、彼と同じ道を歩んでいたのかもしれませんから」
期待されなかった大貴族の三男はそう自嘲するように嗤う。
「今の自分が嫌いで、別の自分になりたくて。
芝居や文筆に手を出す者は、きっと消えることはないのでしょうし」
グローブ座初演の時、奴隷だった子達が芝居の世界に憧れ、足を踏み入れた。
彼らにとっては正しくそうだったのだろう。
他にもグローブ座の立ち上げに関わった一部は、そんな大貴族子弟であると確かに聞いたこともある。
「ですから何も知らなかった彼も知り、気付きさえすれば案外ころりと落ちてくれるのではないかと思っております。
一度嵌めてしまえば、こちらのもの。
後はコロコロと石が坂道を落ちていくように演劇沼にドッポンと沈む事請け合い」
「エンテシウス」
「私に脚本はお任せいただけますかな? 無論、皆様のご許可と協力は必須でございますが」
そういうので、大筋は彼のシナリオに任せることにした。加えてケントニス様の部下、
ウィンドルフさんの提案も取り入れる。
彼が提案してくれたのは『噂』を撒く事だった。
人為的に噂を流し、さらに人為的に広めて人の好感度を高めたり、下げたりするというもの。
正面切って言われれば反発してしまうことも、今まで意識したり、気付く事の無かった他者から間接的に耳に入れば、素直に聞き入れられる事もある。
まずは孤児院で仕事をさせ、自分が同年齢の大人どころか子どもよりも無力であることを知らせる。
それから、エンテシウスや劇団員の活躍を見せて憧れの気持ちを育てる。
ついでに祭りの楽しさや美味しい味も覚えさせて、自分がいた世界が狭かったことに気付かせられるとなおいい。
『大貴族の息子』以外を知らないから、それに拘るのだと思う。
食事で気力が戻ったところに、自分を肯定する存在がいることを伝える。これは直接よりも間接的な方が効果的なので、食事の場で、ウィンドルフさんの知り合いの人達に頼んだ。
ゲシュマック商会も、その周辺もまるっとグルだ。見張りからの連絡を受けて全てそうなるように誘導した。
自分で気付く力がダヴィドにあるかどうかは賭けだったけれど。
効果が強すぎたのか、そのまま宿舎に戻ってしまったのはちょっと予想外だったが想定内。最後に国内最高峰の夢の世界を一番近い所で見てしまえば、後はまず脱出不可能だ。
因みに、王都の民からの熱烈な要望によって行われた舞台は、大祭の時よりもキャラクターの個性が深堀りさせて、より感情移入しやすかったと評判だった。舞の時と同じように臨時に貴賓席が作られて、皇族どころか、皇王陛下まで見に行ったので大貴族も帰国前の土産話にと何人も来ていたし。楽しんで頂けたようだ。
これは本格的に常設劇場の設置も視野に入れるべきか。
内容については……開き直ったけれど、皆に思いっきり笑われた。
「本人よりは大人しくて、愛らしくて皇女らしいな」
だって。解ってます。彼女の方がきっと美人だし。
皇族さえも満足する舞台世界の眩しさにダヴィドは一瞬でとりこになった。
豪華ではあっても退屈な貴族社会よりもこっちの世界に生きたいと思うくらいには。
そしてエンテシウスの手を取る。彼の脚本通りにことは全て進んだ。
ここから彼がどう変わるかは彼次第だけれど、向こうの世界でも自分の好きな事、得意な事に関しては高度の能力と集中力を発揮するのが特性を持つ人達には多い。彼は顔の造形は整っているし、意外に数年後にはグローブ一座の看板役者とかになっているかもしれない。他の才能を見つけてくれてもいい。
最悪の場合に備えて、お父様が不老不死時代の犯罪者抑制用アイテムを貸し出してくれたし。
あ、不老不死時代にも犯罪者は当然いたから、死なない彼らに罰を与える技法やアイテムはけっこう充実しているのだとお父様は言っていた。
「そんな話、今まで聞いたことないですけど」
「お前の耳に入れないようにしていただけだ。神殿の方が色々とエグい品を持っている筈だぞ。税金が払えない奴に強制労働で払わせる為に、定期的に戻って来ないと体に痺れや熱が送り込まれる首輪とか。虚偽を言ったり、誓約を破った場合には、不老不死でも命に係わる罰が下る腕輪とか」
そう言えば、魔王城で最初にガルフと会った時、フェイが口止めの呪法を腕輪を通してかけていたっけ。
お父様は妙に嬉々とした顔で語り始める。
「精霊国時代の魔術師がかけた誓約には破ると、じわじわと身体が腐っていくものもあったらしい。こう指先から徐々に真っ黒になっていってな……」
「きゃあ~~! 止めて下さい。お父様のいじわる~~!」
身体は傷つかなくても、痛みを感じないわけでは無いから、拷問方法や自白薬に近いものも研究されていたというから、ニンゲン怖い。
もし、ダヴィドが性根までどうしようもなく、子どもや劇団員、周囲に悪影響を与えるようなときにはそのアイテムで動きを封じて、今度こそ力で叩き直すことになっていただろうけれど、そうならなくて何よりだ。
歪んだばねは、真っすぐに伸ばされて、別の形に変わろうとしている。
彼は『やること』を決めた。自分自身の意志で。
彼も、この星の子ども。変わっていってくれることを私は信じるつもりだ。




