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皇国の大祭 二日目 負け犬達の戦い 前編

 人気劇団グローブ一座のスポンサーが私であることは表向きには公表してはいない。

 別に隠している訳でもないし、口止めしているわけでは無い。

 発足の経緯から上位貴族にはバレバレになっている筈だ。


 ただ、座長のエンテシウスには、私の手袋を与えて各領地の諜報をお願いしている。

 こちらはあまり表ざたにはしないように頼んだ。

 旅芸人は各地を巡るお仕事。領地の素の姿を見るにはうってつけではあるけれど、諜報員が領地に来ていると知られたら、当然ながら取り繕われてしまうしね。

 エンテシウスは頭のいい人だから、今後の事を考えて、よっぽどでない限りは皇女の手袋をひけらかしたりしない。こっそり現状を確かめ詳しく私に(大神殿に行ってからはお父様に)レポート提出。

 後はお父様が状況を確認して緊急性を伴うものに関しては対処を行う形。

 その為にお父様直通の通信鏡も与えられている。滅多な事では使わないと言っていたけれど。


 その通信鏡を使って、こんな夜に私達に連絡してきた、ということは何かあったとしか考えられない。


「お母様。孤児院に渡してある通信鏡はありますか?

 グローブ一座は祭りの間、孤児院の庭を拠点としている筈なのです」

「あるわ。ミーティラ」

「かしこまりました」


 ミーティラ様が小走りにお母様の部屋に戻り、通信鏡を持ってきて下さった。

 通信鏡は電話と一緒。かけられたその時に直ぐに取れるとは限らない。

 その代わり、着信があれば通信鏡に取り付けられたミニカレドナイトが光って解るようになっている。


「やはり着信の形跡がありますね。何かあったのでしょう」


 手渡されたをお母様は、通信鏡を細くて長い指で操作して、部屋の隅で孤児院に繋ぐ。

 こちらからの声も通信鏡では相手に聞こえることがある。

 万が一にもエンテシウスの鏡が音を拾って相手に伝えたら拙いことになりそうだから。


「リタ。確認が遅れました」

『! 皇子妃様! ああ、良かった。もう一度ご連絡をしようかと』

「何か孤児院、もしくはグローブ座にありましたか?」

『はい。実はエンテシウス様が外出からまだ戻られていないのです。事前の経緯がちょっと物騒だったので、少し心配で』

「物騒?」

「一体何があったのですか?」


 思わず目を瞬かせた私に向けて、お母様は唇に指を一本立てて見せると、通信鏡のその先にいる相手、多分リタさんに問いかける。


『はい。実は先ほど、孤児院に怪しげな貴族がやってきたのです。

 門の所で門番と中に入れろ、ダメだの言い争いになって。中に入れないのなら、エンテシウスを出せと。

 仕方なく門番がエンテシウス様に取次ぎました。エンテシウス様は副座長と一緒に外に出ましたが、なにやら暫く会話した後、心配するな。直ぐ戻ると言い残し。

 一人でその人物の馬車に乗っていってしまわれたのです。

 それが二の火の刻のこと。もう夜の刻だというのに戻ってくる気配がございません』


「だそうですわ」

「それってエンテシウスが誘拐されたってことでしょうか?」

「その可能性は高いな。ティラトリーツェ。相手は名乗ったかと聞いてみろ」

「解りました」


 お父様はまだ沈黙を続けるエンテシウスの通信鏡を見据えている。

 カタカタと微かに聞こえるのは馬車の車輪の回る音だろうか?


 お互いの音を拾わない距離を保ち、二つの通信鏡を握るお二人の間を私は伝言役のようにして行き来しながら状況をシミュレーションする。

 おそらくエンテシウスは誰かに捕らえられ、馬車で何処かに運ばれているのだ。


「……そう。解りました。

 こちらでも手を打つので、大人達も交代で休息して下さい。何かあったら直ぐ連絡します」

『お願いいたします。エンテシウス様の事を皆、心配しておりますので』


 一通りの情報を確認したお母様は通信を落とす。


「相手は特に名乗らなかったようですが、エンテシウスが彼の事を『久しぶり』『ダヴィド』と呼ぶ姿を門番が目撃しています。

 十中八九、スィンドラー家のダヴィドでしょうね。

 他にも『何故、あんな劇を作った!』『責任を取れ!』とがなり立て、ゴロツキのような護衛兵が門番や子どもにも危害を加えそうになったのでエンテシウスが、遠ざけてくれたとリタは言っています。

 つまり、ダヴィドはケントニス皇子が名誉を回復しろと言われたのに、逆に罪の重ね掛けに走ったのですね」

「多分、自分が悪いとかは思っていなくて『劇を上演されたせいで名誉を傷つけられた』とか思ったのではないでしょうか?」

「しっ!」


 私達の会話の横でエンテシウスの通信鏡に集中していたお父様が目くばせした。

 黒い鏡はやがて、良く響く声を私達に運んでくれた。


「おや、随分と懐かしい所へ」

「ここは、俺の持ち物だからな。誰にも邪魔されずにすむ」

「昔はここに集まって現状への不満を肴に葡萄酒で憂さを晴らしたものですな」


 エンテシウスの声だ。間違いない。

 しっかりとした訓練に裏付けされた声は同じ言葉を発しても同じじゃない。

 明朗な響きを持って私達に重要な情報を伝えてくれる。


「こんなところに連れて来て、私をどうするつもりですかな? ダヴィド。

 明日は大祭最終日。広場での大舞台こそないものの、我々芸人にとっては貴重な稼ぎ時であるのですが」

「直ぐに帰してやるさ。お前が新しい劇を作るか、演目内容を書き換えると約束するなら」


「ヴィクス。

 ダヴィドの個人的な所有物件を洗え。別邸か、隠れ家か。

 貴族が集まれる規模の館で在る筈だ。あいつは頭が良くない。隠ぺい処理などもおそらくしていないだろう」

「かしこまりました」


 エンテシウスの口からはっきりと固有名詞が出たことでお父様は国の軍務を預かる者らしく的確な指示を出す。

 どこでの会話かは、音声通話のみの通信鏡では見えないけれど、どうやらエンテシウスは有る場所に連れ込まれ、目の前にいる誰かと話している。その人物が誰か、自分はどこにいるのかを、彼は通信鏡の向こう。つまりはお父様に知らせようとしているのだと思う。

 通信鏡が取られなかった可能性もあるけれど、繋がったかそうでないかは解るからエンテシウスは、こちらを信じて情報を送り続けている。


「いくら昔馴染みでもそれはちょっと引き受けかねる提案。そもそも劇というものは今日作って明日上演できるというものでは無いのですよ。お判りでしょう?

 台本を作るまでにもその後も、我々が四苦八苦していたこと」

「そうであってもやって貰う! 期限は明日の朝まで。

 私、いや俺の貴族としての今後の命運が賭けられているのだから」

「いや、貴方、そもそも貴族では無いでしょう? それとも私がうろついている間に試験に合格されましたか? というか試験問題読めるようになったのですか?」

「! 試験など、あんなもの、俺を測る標にはならない! 私は領主となるべくして生まれたのだから」


 いや、貴族の癖に文字の読み書きもできなかったの?

 と正直ツッコミたくなるけど我慢。下手に声を出して相手に聞こえるとエンテシウスが危ない。

 お口チャックで鏡に耳を傾ける。


「領主になるのなら最低でも共通語と、アルケディウスの精霊古語は習得するべきなのでは? 四則計算ができないと、予算についても理解できませんよ。特に精霊古語は近年、『精霊神』の知識。新技術習得の為に王家から推奨されていた筈……」

「数くらい数えられる。馬鹿にするな!

 そんなもの身に着けずとも、領主にはなれる。部下に任せればいいのだからな。

 むしろそんな定められた型を破ってこそ、新しい時代を率いていけるというものだ」

「昔から変わりませんな。その根拠のない自信はどこからくるのやら」

「逆に聞きたい。お前はどうして私の価値を理解しない。いや、お前だけではなく周囲の者達、皆だ。

 皆が私を崇め、私を盛りたて、私に従うべきなのになんでいう事を聞かないのか?」

「いう事を聞く価値が貴方にあるとでも?」

「当然だろう? 私は大貴族の子であり、選ばれた者なのだから」

「大貴族と言ってもそれほど偉いわけではないとおもうのですがね。

 私も、貴方も大貴族の子。親に頭を押さえつけられ芽が出せなかったのは貴方だけではありませんよ」

「お前達と一緒にするな! 俺は特別なんだ! 母上はいつもそう言っていた」

「失礼ながらスィンドラー家とて十七の大貴族。

 いえ、大貴族だって皇王家と『精霊神』よりアルケディウスの一部を預かるだけの下請けですよ。そんなに特別な者ではありません」


 朗々と語るエンテシウスの言葉には、けれどはっきりとした棘がある。

 それに気づいたのか、相手。おそらくダヴィドは激高した。声に焦りと怒りが感じられる。


「私を馬鹿にするのか! エンテシウス。所詮は市井に下り、芸人に身を落とした負け犬が!」

「その負け犬を脅しまがいの手段で誘拐し、言うことを聞かせようとしているのは誰ですかな?」

「黙れ! そもそもお前があんな出鱈目な劇や歌を作って広めなければこんな騒ぎにはならなかった! 芸人のくせに!」


 バシン! と何か空を裂く音が聞こえた。さらに何かが転がりぶつかる音。

 言葉、いや『想い』が零れる。 


「芸人のくせに……ですと?」

「そうだ! 貴族社会の責任から逃げ出して、芸人なんかに身を落とした負け犬は上位者の、言うことを黙って聞けばいいんだ!」


 感情そのままに響く叫びは、白地図を広げ、自分の思い通りの世界にしようと駄々をこねる子どものよう。

 けれどダヴィドの望む世界に、『彼』の静かな声が、怒りが染みのように滲み広がっていくのを私は感じていた。


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