皇国の大祭 二日目 波乱と変化の貴族会議 後編
ケントニス皇子がスィンドラー伯爵のドラ息子を黙らせたことで、場の空気は完全に皇王家のものとなった。不老不死時代が終わって最初の会議。
あわよくば上位者を蹴落として、という人ももしかしたらいたのかもしれないけれど、ケントニス皇子がカリスマを発揮した結果
「少なくとも事態が完全に落ち着くまでは、皇王家に任せておいた方が『精霊神』や『神』の怒りを買わずにすみ、平和と発展が続くだろう」
と多くの大貴族が思い、引いた印象だという。
「俺は国を統治したり、大貴族共を宥めたり統率したりするのは向いてないし嫌いだからな。兄上達がやってくれるならお任せして、俺は俺にしかできないことをやるさ。
実の所、ずっとそうしたかったし」
私が魔王城からアルケディウスにきた当初は、兄君達は今回のダヴィドとほぼ同じで、自分の取り巻きと永遠に変わらない日々を遊び暮らしていたそうな。
そのせいでお父様がほぼ一人で政務をしていた時期もあったけれど、今はよっぽど楽になったと嬉しそうに笑う。
「私は、若者達が今まで、芽を出せなかったことに関して非難するつもりは無い。それは仕方のない事であったし、努力しても報われない苦悩も解っているつもりだ。
何より、私自身にそれをいう権利は無いしな」
ダヴィドを退場させた後、ケントニス様は会議に残った者達に静かに語った。
「だが、時代は変わった。いつまでも過去に囚われ、周りを見ようとせず、先に進もうとしないのであれば、それは国の上層部に在る者として怠惰であると言わざるを得ない。
今、お前達の前には掴もうとすれば掴める機会がある。グローブ一座を立ち上げたエンテシウス然り、子ども上がりの魔術師から大貴族に抜擢されたソレルティアしかり。
ああ、こいつもそうだ」
こいつ、とケントニス様が首を傾けた先には貴族の礼をとる一人の男性がいたという。
「ウィンドルフ……」
「お久しぶりでございます。父上」
目を見開いたのはプレンティヒ侯爵であった。
「それはどなたですか? プレンティヒ侯爵の係累の方で?」
「放蕩者として縁を切られた侯爵の長男だ。まあ、実際の所は放蕩者というよりも身分の低い花街の女に惚れこんで勘当された、というところが大きい」
「永遠の後継者友の会の方なんですかね?」
「どうかな? 妻を取り、貴族社会からも弾かれていた人物だ。
貴族は普通、随員などに目を向けない。だから、侯爵も紹介されるまでは気付かなかったようだ。そして部下を守るように引き上げながら兄上は続ける」
「こいつは、先の文官試験で合格を勝ち取った貴族。
顔が広く、貴族情報だけではなく市井の様子にも詳しいので俺が取り立てた。先のダヴィドや子息たちの情報を集めたのもこいつだ」
情報部みたいなものかな、と私は話を聞いて納得した。
情報を集めるということは太い人脈と人望が求められる。
信用しない人間に対して人は口を開かないからね。
淡く光る金の髪、優しい、けれど色の濃い、緑柱石のような澄んだ輝きを宿す瞳。
勇者の色だし、結構もてるだろうとお父様は感じたとおっしゃる。
「こいつは妻と子を守る為に上に戻りたい。
いや、上がりたいと私に言ってのけた。
必ず役に立って見せるから、と。そして実際に役に立っている」
侯爵の息子は何も言わず、ただ微かに口角を上げ、胸に手を当てて微笑むのみ。
だが、その瞳には強い意志とやる気が込められていた。
「必ずや引き立てて頂いた恩に報い、皇子、いえ、次期皇王陛下の手足となって働く所存にございます」
「直ぐに和解しろとは言わん。プレンティヒ侯爵。
私自身、こいつに今、去られると困るしな。
だが、今後、若者達には貴族市民を問わず機会が与えられる。
本人の努力と思いがあれば、役立たず。放蕩者と呼ばれた者も才能を発揮できるやもしれん。
才能の形は一つではない。陸で魚が泳げぬように、鳥が水の中で飛べぬように。
その者達にはきっと適した環境と仕事があるだろう。
やる気と能力を身に着ける気さえあれば、俺はそいつらを引き立てていくつもりだ。
例外は無く、改善の努力をし、身の程を弁えるのならダヴィドでさえ受け入れる。
幸い、良き教師が側にいるしな」
ちらりと、ケントニス皇子はライオット皇子の方を見て口角を上げた。
「お父様を信頼し、評価しているんですね?」
「いや、私はお前の事だと思っていたが?」
「え? 私?」
「選ぶのはお前達だ。このまま、自分達には機会が与えられぬと愚痴を言い続け、膝を抱えるか? 自分の足で立って、この手で未来をつかみ取るか?」
次期国王として大貴族達の前で言い放った時、がたん、ガタンと椅子が動く音がして幾人かの若者たちが立ち上がった。そして手を胸に当て、深い礼をケントニス皇子に捧げる。
皇子に従い、忠誠を誓うという意味合いだろうとお父様は思ったという。
続いて他の大貴族達も息子達に倣う。
こうして、即位前に器の大きさを配下達の前で見せつけた第一皇子のおかげで、引っ掻き回された貴族会議は、落ち着きと安定を取り戻したのだった。
「やっぱり『七精霊の子』だったんですね。ケントニス様も」
「ああ。今後、アルケディウスは兄上の元で変わっていくだろう。きっと、良い方向にな」
「私が言う事じゃないですけど、支えて差し上げて下さいね。お父様」
「解っている」
まあ、本当に私が心配する事では無いのだろうけれど。
お父様は、本当に嬉しそうに頷いていた。
「でも、あなた。その話の流れと言い分から察するに、ケントニス様はもしや昨夜の私達のことをご存じなのでは?」
「え?」
今まで殆ど話に口を挟まなかったお母様が、眉根に皺を寄せた質問に
「ああ、知っているのだろうな」
お父様はあっさり首肯する。
そっか、皇族や『精霊神様』も見ていたっていうのは私達がどういうメンバーで参加していたかを把握しているってことなんだ。まさか、ご本人が参加していた訳ではあるまい。
下町で何が起きたかを把握する情報網を持っているという匂わせ。まあ、ダヴィドに合わせたのか暗喩というには随分と解りやすいけれど。
「大騒ぎになったからいつかは知れるだろうと解っていたが存外早かった。父上には既に報告済みだし、市井には広まっている。
今更だから気にしなくていい。
明日の舞踏会で耳の早い貴族にはからかわれるやもしれんが」
「本気で王としてやる気を出しているんですね。ケントニス様」
「ああ。一度野に下ったプレンティヒ侯爵の子を引き立て、彼の情報網を有効活用しているあたりは流石だと思った」
「プレンティヒ侯爵は長男を失って、後継とかどうなさるおつもりだったんですかね?」
「長男が側室の子。次男が正妻の子なんだ。次男が後を継ぐからと長男を勘当したが、その次男が兄に輪をかけた放蕩者。故に次男を発奮させる為にクレストを当て馬に使っている印象だな」
意外にアルケディウスもドロドロなお貴族様事情があったのだと、改めて知る。
クレスト君がちょっと心配。私達が神殿に入ってからは国に戻ってたからね。
と、同時不老不死が無くなった今後は、毒殺とかの陰謀系にもより一層注意しないといけないなとも思った。
「俺もお前の手袋の有効性を認識してからは、情報を集める様にしているが、まだまだだな」
「情報は色々な方向から集めた方がいいですし、集めた情報を精査し有効活用しないといみないですしね。ゲシュマック商会などに協力を仰いでみるのもいいと思いますよ」
「納得した。兄上は不老不死時代には身分も気にせず、下町で酒を飲んでいた時もあるそうだ。元々、母上に似て先見の明もある。広い視野と他者を思いやれる力がつけば、良き王になられるだろう。独りよがりにならぬように、周囲の助けは必要だと思うがな」
「はい」
大祭が終わったら、魔王城の島を公開しなくれはならないということもある。いずれは皇王陛下達のように魔王城に招待するのもいいかな、と少し思った。
今のケントニス様とアドラクィーレ様なら妥協してもいい。
ラウル君にも友達ができるしね。
あ、そうだ。
「後は会議で恥をかかせられたダヴィドの様子も暫く注意しておいた方がいいかもしれません。何をしでかすか解りませんし、失うものが無くなった無敵な人が自棄になると怖いですから」
「そうだな……って、どうした?」
最後の言葉が向けられたのは私ではない。
深夜、ドアの外からかけられたノックにお父様が顔を上げる。
入ってきたのはミーティラ様とお父様の腹心ヴィクスさんだ。
門を守っていたミーティラ様がヴィクスさんの報告を受けて入ってきた感じ?
「夜分遅く申し訳ありません。お預かりしている通信鏡の一つが着信致しまして。
相手からの音声は無いのですが、切れる様子がなく、何やら不穏な様子なので」
「不穏? 誰からだ?」
「グローブ座のエンテシウスです。争うような言い合いの言葉も」
「え?」
私達がヴィクスさんの差し出す通信鏡に視線を向けたその瞬間だった。
「脅迫などに、私は屈しませんぞ。ダヴィド卿」
「え?」
通信鏡の黒い盤面からそんな声が響いたのは。




