皇国の大祭 二日目 負け犬達の戦い 後編
世の中には他人を理解しようとしない人間がいる。
確かに、間違いなく。
生まれながらにそういう特性を持つ人もいるけれど、環境要因も大きい。
私ではない真理香の記憶だけれども、自分が正しい、優れていると思い込み、他者を見下し傷つける人間の話は枚挙に暇がないくらい。
保育士の仕事を一つとっても『どうせ子守り』と低く見る人物のなんと多かった事か。
私はダヴィドという人間を知らない。
その生い立ちも家庭環境も知らない。顔だってピンとこない。
だからお父様の話や、今のことでしか判断できないけれど
「ない。絶対にありえない」
通信鏡の向こうで勝手な事をのたまう相手に対して、どこをどう探しても敵意以外が見つからなかった。思考の偏り。発達障害系の何かを持っているのかなと思っても、ちょっと同情とか配慮とかの思いが、少なくとも今の相手には見つけられない。持ってあげられない。
他人の仕事を。情熱をかけた居場所を、夢を、役割を否定するなんて。
芸人を、
私が見込み、育てた、人々を楽しませ喜ばせる才能を持つ人たちを見下すなんて。
「マリカ、気持ちは解るが今はまだ声を上げるなよ。エンテシウスが危険になるぞ」
頭に一瞬、カーッと血が上ったけれど、お父様の言葉で冷静になる。
少しだけ。
「解っています。でも、ちょっと許せません。
無職ニートが、自分の力と才能で上がってきた人物を見下すなんて」
「心配するな。俺も同感だ」
私の震える肩に後ろからそっと、抱きしめるような優しい手が伸びる。
「お母様」
「大丈夫。解る人はちゃんと理解している筈ですよ」
昔から、役者、俳優を含む吟遊詩人や、軽業師、その他旅芸人は河原者とか呼ばれて見下される傾向にはあった。
グローブ一座創立当初からエンテシウスにはキツく、固く一座の望まない者に身体を売らせるようなことはするなと命じてあるくらいには、そういう人たちと同一視されていたことも知っている。
でも。それでも彼らには見下される理由はまったくない。相手が貴族であろうと、王家の者であろうとも。
だから許さない。
「はい。でも、ダヴィドはきっちり〆ます。止めないで下さい」
「止めない。エンテシウスを救出したらやりたいようにやるといい」
「ありがとうございます」
思ったよりすんなりと許可は下りた。
私たち家族にとってエンテシウスは恩人でもある。
彼は絶対に助けて、その上でしっかりと思い知らせてやらないと。
『芸人ごとき、と申されますか?
王宮に上がるを許され、ここ数年、大祭の初日を任せられる我がグローブ一座に向かって……』
『な、なんだ? いきなり凄みやがって』
『貴公がたった今、ごときと蔑んだ芸人にも誇りが! 矜持がございます。
人々の昏き心を照らす光となり、その顔に笑顔を、明日への希望を灯す。
その為に日々、研鑽と努力を積み重ねているのです。
我らは確かに芸人。
星を屋根とし、大地を床に旅に生きる者。でもそれはより多くの方に夢を運ぶ為。
数多の職、数多の生き方からそれを選び取った我らを貴公は今、侮辱した!』
通信鏡の向こうの状況は解らない。
でも、どこか軽快な口調で、犯人に嫌味を言いまくっていたエンテシウスの逆鱗にダヴィドが触れたのは解る。通信鏡越しでも感じる怒りの気配に、ダヴィドが僅かながらも怯んだのが解った。
『ふ、ふん。
王宮に上がろうと芸人は芸人だ。現実の世界から逃げ、虚構の世界で民に嘲笑われることでしか金を稼げない。そんな最下層の人間がやることだろう?』
『……では、我ら芸人を蔑み、上から見下ろす貴公は一体何様だとおっしゃる?
さぞや素晴らしい肩書きをお聞かせ頂けるのでしょうな?』
『俺は大貴族だ!
愚かで才もなく人の下で生きるしかない民を導いてやることを『皇王』と『精霊神』より託された選ばれし者。
貴様らのような存在とは立つ位置が違うのだ』
「ここまで救いようがなかったか」
お父様の呆れ果てた吐息が落ちた。私も同感。
……バカ息子を見限り、妾が孕んだ子を後継者にしようとした、と聞いた時にはスィンドラー家の当主を酷い人だと思ったけれど。今はその気持ちがよく解る。
これは絶対に育て方を間違えた。少なくとも性根を叩き直すまで貴族として外に出し、統治に関わらせてはいけない人間だ。
『いいか? お前のような負け犬は素直に、上位者の言うことを聞いていれば良い。
俺の言うことを聞き、俺に合わせろ。
スィンドラー家をモデルにし、称える劇を上演することを命じる。
明日の大祭最終公演に間に合わせろよ。今ある劇をちょっと手直しすればいいだけだから簡単だろう?
ああ、皇女と最終的に侯爵子息が結ばれる展開にすればなおいいな』
『そんな身勝手な事を……。芝居というものをなんだと思っておられるのか?』
ダヴィドはいい気になって好き勝手を言っているけれど、エンテシウスが言う通り劇というのはそんなに簡単なモノじゃない。
内容が少し変わっただけでも、出、入り、セリフなど全てが変わってしまう。
一日で、在りものの劇を違う内容に替えるなんてできっこないというのに。
『仮にできたとして強引な手段で囚われ、芸人の誇りを傷つけられた私が貴公の指示通りに動くとでも?』
『もし、断るというのならさっきも言った通り、他の団員や、お前達がいる孤児院に何が起きても知らないぞ』
お父様と顔を見合わせる。
そうか。だからエンテシウスは素直に彼について行ったのか。
誘拐、監禁、傷害、さらには脅迫まで。
元々、有罪であったけれど、行動も思考も真っ黒。醜悪さに声も出ない。
『さっきの脅しはまさか本気で? 我らはともかく、孤児院は『聖なる乙女』によって開かれた皇王家直属の施設。手を出さば大貴族とて罪に問われましょうぞ?』
『別に俺がやるわけでは無い。ただ、勝手に裏の連中が嫌がらせをするだけだ』
『どこまでも腐り果てておられるのですな。昔はまだ、ここまででは無かったのに』
『煩い! 昔から貴様は目障りだったんだ!
私の方が見目麗しいのに、いつもいつも飾り立てた軽々しい言葉で女達の心を奪っていく。おおかたお前の後援者という存在もその舌で丸め込んだのだろう!』
『貴公は本当に自分が何を言っているか解っておられるのか?』
『別に、大貴族が下々の者に少々手荒に接しようが問題ない』
『何度も言うが貴方は大貴族ではない。国政に関われる貴族ですらない。ただの国民でしかないのですぞ』
『黙れ! 私は大貴族の子で、選ばれし者。次の大貴族になる者だ。
ならもう大貴族であるも同じ。
母上も、周囲もそう言っている』
アホだ。どこからどう見ても言い逃れのできない馬鹿だ。
いや、馬と鹿にさえ失礼だ。
どうしてくれよう、と、そう思ったところで、私の通信鏡が着信する。
今、持ち歩いているのはたった一つ。
「リオン!」
『今、スィンドラー家の別邸に着いた。門前にお前の手袋。
エンテシウスが落としたんだろう。ここで多分間違いない。
……突入していいか?』
「許す。思い知らせてやれ」
会話に割り込み、通信鏡の向こうに指示したのはお父様だ。
「分かった」
短い会話で通信は切れる。
私は少し安堵した。
リオンが出るなら、もう何も心配は無い。
事実、それから一刻もしないうち。日も変わらないうちに
「形勢逆転、ですな?」
負け犬は一匹になった。
負け犬と呼ばれた男は、さっきまで自分を見下していた男を。
本当の負け犬を冷ややかな眼差しで見下ろしていた。




