皇国 大祭前の二人
お城へ戻り、皇王陛下に舞の終了をご報告する。
会議があったためか、大貴族達もほぼ揃っていた。
「精霊神様は何かおっしゃっておられたか?」
「我が子である民が健やかに生きていることを、お喜びになっておられました。
積極的な介入は避けるけれど、いつも見守っておられる、と」
「そうか。ありがたい話だな」
大貴族達が、ほっと安堵したような表情を浮かべたのが解った。
まあ、解らないでもない。
不老不死を与え、そして取り去ることさえできるほどの力を持つ超越存在が、人の世へ頻繁に介入し、あれこれ命じるようになれば、この世界の主役は簡単に奪われてしまう。
ラス様のお言葉ではないけれど、いるかいないか解らない。
けれど、いざという時には助けてくださる。
それくらいが、人と神との距離としてはちょうどいいのだろう。
神々が好き勝手に人の世へ干渉し始めたら、ギリシャ神話のような世界になってしまうものね。
「ご苦労であった。
奥の離宮で今夜はゆっくり休むがいい。
明日以降は科学会議や魔の島探索について、意見を求めることもあるだろうが」
「お心遣いありがとうございます。
では、失礼いたします」
挨拶を終え、離宮へ戻らせていただく。
前回、大祭の精霊として祭りへ向かった時は、皇王陛下がお戻りになるのを待ち、変身をお見せしてから街へ向かった。
けれど今回は、準備ができたらすぐ向かっていいことになっている。
少しでも長く祭りを楽しめるように、という皇王陛下のお心遣いだ。
「ご苦労様。頑張ったわね」
「お母様!」
離宮では皇王妃様とソレルティア様、そしてお母様が待っていてくださった。
フェイも入口で見かけたけれど、軽く会釈をすると、リオンを連れてどこかへ行ってしまう。
「後でな」
とリオンが言っていたから、多分着替えだろう。
「見事な舞でしたよ。
心が籠もっているのがよく解りましたし、練習もしっかり積んできたのでしょうね。
アドラクィーレ様も褒めておられましたよ」
「え? 見ておられたんですか?」
思いがけない言葉に目をぱちくりすると、お母様は私の頭を優しく撫でてくださる。
「少し離れた場所に王族や貴族用の貴賓席があったことに気付かなかった?
フォルトフィーグもレヴィーナも大興奮だったわ。
ラウルも目を輝かせていたもの」
「全然気付きませんでした。
教えてくだされば良かったのに」
「初めて外で舞うのですもの。
特別に席を作っていただいたのよ。
男性陣は会議で来られなかったし、下町へ降りるのを嫌がる貴族女性もいるから全員ではなかったけれど」
「見逃した方達は損をしたと思いますよ。
あの舞を見られなかったのだから」
「皇王妃様……」
「私も本当に美しい舞だと思いました。
精霊神様達が愛してやまない『星の乙女』最後の舞。
確かに見せていただきましたよ」
「ありがとうございます」
「さあ、準備をなさい。
時間がもったいないでしょう?」
「はい。
あ、リオンは?」
「別棟に皇子がいるので、フェイが連れて行きました。
必要なら準備も手伝ってくれるでしょう」
別室へ移動し、手早く着替える。
舞衣装を脱ぎ、お母様と選んだ祭り着へ。
銀杏色のインナードレスに臙脂色のカートル。
黒の編み上げブーツ。
思い出のスカーフをウィンプル代わりに頭へ巻き、真っ直ぐ流した黒髪を隠す。
普通の服だから、一人でも簡単に着替えられる。
化粧も舞衣装用を少し直すだけで十分だった。
「準備できました」
「少し地味だけれど、なかなか良いわね」
「前の『大祭の精霊』の服よりは華やかで良いのではないかしら」
皇王妃様が微笑みながら頷かれる。
お二人とも普段が貴族だから、普通の服という感覚が少し違うんだよね。
まあ、それはそれとして。
「リオンの方も準備ができましたよ」
「わあっ! 素敵!」
歓声を上げたのは私だけじゃない。
カマラもセリーナも、思わず少女らしい声を上げていた。
苦笑するお母様と皇王妃様、それにミュールズさん。
でも、仕方ない。
本当に格好いいんだから。
黒く上質な厚手の布地。
胸元には飾り棒が並ぶ、アルケディウスの正装チェルケスカ。
銀と黒の刺繍が美しく、派手すぎないのにリオンの精悍さを引き立てている。
お父様が見立てる服は、本当にいつもリオンによく似合う。
「リオン、とっても素敵。
すごく似合ってる」
「ありがとな。
マリカも綺麗だ。
秋の紅葉の森みたいだな」
少し照れながら褒めてくれたリオン。
その優しさが嬉しい。
二人で見つめ合っていると。
パン、パン。
お父様が、私達の間に流れる柔らかな空気を引き締めるように手を叩いた。
「準備ができたのなら早く行け。
時間がもったいないぞ」
「解りました。では、行ってきます」
「僕が街はずれまで送ります。
ソレルティア、少し待っていてください」
「気を付けて行くのですよ」
「では、また後でね」
「え?」
「行きますよ。マリカ」
私達は転移した。
お母様が見せた意味深な笑みの理由を聞く間もなく。
フェイの転移で辿り着いたのは、王都はずれにあるゲシュマック商会の倉庫。
この辺りは、大祭の日とはいえ人影は少ない。
多分、誰にも見られてはいない。
「では、リオン、マリカ。
僕は今日は忙しいのでこれで。
楽しんできてくださいね」
「ありがとう、フェイ。
フェイもソレルティア様とお祭り楽しんでね」
軽く手を振ると、フェイは風に溶けるように姿を消した。
気付けば、本当に二人きり。
「行っちゃったね、フェイ。
今年は影から見てたりしないのかな?」
「あいつも今は奥方がいるからな。
そっち優先だろ。
いい傾向だ」
「うん」
少し寂しい気もする。
けれど、リオン最優先だったフェイに大切な人ができたのは、間違いなく良いことだと思う。
その時。
「マリカ」
「なあに?」
「このスカーフ。
俺が昔買ったやつか?」
リオンが私のウィンプル代わりのスカーフへ、そっと指先を伸ばす。
「そう。
初めての大祭で、リオンに買ってもらったものだよ」
白地に淡い水色の花。
ところどころに白糸の刺繍が入り、爽やかで優しい一枚。
「ずっと、大事にしていてくれたんだな」
「もちろん。
リオンからもらったものだもの」
誰にも見せていないけれど、大聖都の私の部屋には、小さな宝箱がある。
初めてカレドナイト鉱山に行った時、リオンの短剣の精霊から貰ったピンキーリングとかリオンに誕生日に貰った花を押し花にして作った栞とか。
大事な思い出の品物が入っているので手放したくなかったのだ。
今は、それにお父様達に最初に貰った金貨とか。アドラクィーレ様からのハンカチとか、たくさんの思い出の品が加わっているけれど。
「やっぱり、よく似合ってる」
「ありがとう」
そんな何気ない言葉だけで、胸の奥がじんわり熱くなる。
私はやっぱり、リオンが好きなんだ。
改めてそう思う。
「時間ももったいないし、行くか?」
リオンが真っ直ぐ手を差し出す。
「うん」
私はその手をしっかり握り返した。
最初の大祭の時も、こうして手を繋いでもらった。
でも、あの頃とは比べものにならない。
大きく、逞しくなったその手が、私の手を優しく包み込む。
「手を離すなよ。
迷子にならないように」
「大丈夫だよ。
もう子どもじゃないんだか……」
言い終わる前に、ぐっと手を引かれる。
強く、手が引かれて私はリオンの腕の中へ。そして抵抗する間もなく、唇を食まれた。
薄く口を開けば歯列の隙間から入ってきたリオンの舌が、私の口内を探り、舌に触れてきた。
少し、考えて私もリオンの背に腕を回し舌と心を絡ませる。
……一番近い所で触れあう感覚が思考を溶けさせる。気持ちいい。
楽しみにしていた大祭のことさえ、忘れそうになる。
「もう、リオンったら! 口紅が取れちゃうじゃない!」
リオンが私を開放してくれるまでたっぷり数分は有った気がする。
つーっと、互いの口元から伸びる銀糸を手で拭った。
うん、落ちてない。大丈夫かな?
「ダメだな。俺は」
「リオン?」
見ればリオンが何とも言えない顔をしている。
困ったような、嬉しいような。
哀しいような、照れたような。
「マリカと二人きりでいると、精神の箍が軽くはじけ飛んでしまう。
お前に触れたくなって、触れると離したくなくなって。
そして一つになりたくなってしまう」
「リオン」
「せめて、結婚式までは、って思うのに身体も心も、お前を求めてる。
自分を抑えきれなくなる」
薄い夕闇がせまりかけた街並みでリオンの頬が赤く染まっているように見えるのは彼の熱のせいだろうか?
私の頬も熱い。きっと同じだ。
「私は、嬉しいよ。リオンが一緒にいてくれること。
私を欲しいって思ってくれること」
「マリカ……」
「大丈夫。私はずっとリオンが大好きだし、それは絶対に変わらないから」
本当はいつ、全部を捧げてしまってもいいと思う私がいる。
一方でブレーキをかける私も何故かいて……。
今は、まだもう少し最後の一線は踏み越えない方がいいと思っている。
心臓の高鳴りを押さえて、手を指し述べる。今度は私から。
「行こう。リオン」
「ああ。行こう」
私達は光に包まれた大祭へ向かって、笑顔で駆け出していった。




