皇国 精霊神様の優しさ
アルケディウスの大祭が始まる。
動乱の一年を締めくくる、最後に近い行事だ。
今年は年の終わりに成人式もあるけれど、人々にとっては秋の終わり、冬の始まりを告げるこの大祭こそが、大きな喜びであることは解っている。
「マリカ様、ご用意はよろしいでしょうか?」
「大丈夫です。準備はできています。行きましょう」
身支度を整えた王宮の一室で、呼びに来てくれた伝令の女性に頷き、私は側近の女性達に声をかけた。
最後にヴェールや飾り物を整えてもらい、皇王陛下の前へご挨拶に向かう。
謁見の間に入ると、居並ぶ大貴族達の間から、音にならない感嘆の声が零れてくるのが解った。
雪のように曇りのない純白のドレス。
そこにたっぷりと施された金糸銀糸の刺繍。
夜を切り取ったような黒髪に、ふんわりとした雰囲気を被せる白い薄布のヴェールと、カレドナイト合金のサークレット。
幅広の袖は、動くたびに華やかな印象を振りまく。
純白の衣の舞姫。
けれど、明らかな子どもで、ただ微笑ましく見られていた昔とは違う。
今の私に向けられる『女』の身体を見る眼差しは、優しいものばかりではなかった。
仕方のないことだとは解っているけれど。
「いつにも増して美しくできたな」
「ありがとうございます。シュライフェ商会の力作ですので」
皇王陛下――お祖父様はご満悦でいらっしゃる。
純粋に、美しく着飾った孫娘の姿を喜んでくださっているのだ。
こういうものは、素直に喜んでおく。
「地上に降りた聖なる、いや、星の乙女。
今年最後の大祭の開幕をお願いする」
「お任せください」
変な謙遜はしない方がいい。
大神官として堂々と挨拶をして、自信を持って背筋を伸ばす。
侮られたら負け。
この外見も含め、全部を使って、私は大神官、『聖なる乙女』であることを示さないといけない。
優雅にカーテシー。
その後、退室して馬車で下町へ向かう。
神殿前の広場には特設の舞台が作られ、周囲は地面も見えないほど人でいっぱいだった。
その中央に、髪の毛一筋ほどの細い道が残されている。
私はそこを通って、神殿前の舞台へと向かった。
出迎えてくれる神殿長フラーブや司祭達に挨拶をする。
前を護衛騎士リオン。
後ろをカマラに守られながら進み、段に上った。
楽師はアレクだ。
少し嬉しい。
リオンとカマラは段の下で膝をつき、私一人が舞台の上に立つ。
晩秋の北国アルケディウス。
けれど寒くないどころか、少し暖かいのは、きっと精霊神様のお力だろう。
膝をつき、両手を胸の前で交差させる。
そして音楽の始まりと共に、舞い始めた。
私の中にある至上の舞は、遠い昔、王宮で見せていただいたアドラクィーレ様のもの。
その輝きは今も、胸の中で色褪せることなく輝いている。
指先から足の先まで、気持ちの籠もった動き。
神への感謝と、舞う喜びの籠もった仕草。
あの日から三年。
頑張ってきた。
できる限りの努力と練習はしてきたつもりだ。
けれど、まだまだだな、と自分でも解っている。
舞や学び事は、身に着けて終わりではない。
むしろ、そこから先が長いのだ。
でも、拙いならその分、思いを込めて。
今年一年にあった色々なことを、感謝の思いと共に舞へ乗せて踊る。
すると、周囲に光が煌めき始めた。
精霊神様の恵みかな?
観客からも、息を呑んで見守ってくれている、ときめきの思いが伝わってくる。
これが気力と呼ばれるものだろうか。
緩やかに、私の身体から。
そして周囲から。
力がどこかへ吸い込まれていくのが感じられる。
足の下、地面の中、というわけではない。
だから多分、異空間
私達の人の世と隣り合わせにあるという、疑似クラウド。
そこにおわす精霊神様へ贈られているのだろう。
私達のために。
全てを尽くして支えてくださる、優しい精霊神様へ、感謝の気持ちが届くように。
そう思いを込めて舞っているうちに、周囲の空気が眩い光を宿し始めた。
光か、空気の精霊が、多分一緒に踊っているのだろう。
そう思っているうちに、溢れる光は私の周囲でさらに輝きを増していった。
そろそろ舞もクライマックスだ。
独楽のようにくるくると、舞台の中央で回転する。
背中を反らし、顔を空へ向けて。
天や光を抱きしめるように。
回転の数など気にしない。
ただひたすらに、音楽に合わせて。
やがて、緩やかな曲調と共に舞は終わりを迎える。
膝をつき、観客と精霊と、精霊神様に向けて深く祈りを捧げる。
その瞬間。
神殿の鐘が大きく鳴り響いた。
万雷の喝采と共に、アルケディウスの大祭が始まった。
私は大きく息を吐き落とす。
良かった。
責任は、多分果たせた。
まだ興奮冷めやらぬ人々に最後の挨拶をして、神殿の中へ入る。
すると中にいた神官達。
上位司祭から下働きまで、皆が膝をついてくれた。
「今日、この日に命があったことを、『神』と『精霊神』に感謝申し上げます。
世の中に、これほど輝かしく、尊いものがあったのかと思わずにはおられません」
「喜んでもらえたのなら良かったです」
「はい。
これからも我々は大神官様に忠誠を誓い、『神』と『人』と『精霊』を繋ぐ者として全力を尽くすのだと。
そう思いと誓いを改めて再確認した者が、多いかと存じます」
「ありがとう。今後ともよろしくお願いしますね」
多分、神殿に仕えていると、逆にこういう舞をその目で見る機会は少なくなるのだろう。
そもそも神様に捧げる舞だからということで、今年までは外で舞うこともほとんどなかった。
王宮の方達でさえ、予行練習を見るくらいだったはずだ。
まったくの素人から始めて、合間合間に練習を重ねて三年。
子ども時代の愛らしさで誤魔化せていた時代も、終わりだ。
まだ、自分なりに改善点もある。
喝采や賛辞に奢らず。
今年より来年。
来年よりもその次が、より良いものになるように努力していかないといけない。
改めて、そう思った。
舞を終えてから、精霊石の間に入り祈りを捧げる。
すると、いつも通り神域――疑似クラウドへ招かれた。
今日はリオンもいない。
精霊獣もついてきていない。
私と精霊神様の二人だけだ。
「やあ。素晴らしい舞と力をありがとう、マリカ」
「少しでもラス様のお役に立てたのでしたら幸いです」
「子ども達の喜びの気持ちと共に、すごく力になったよ」
この国を守る緑の精霊神、ラスサデーニア様は少年神。
いつも愛らしく、優しく、親しみ深い。
私のお兄様のような方なのだけれど。
今日はなんだか、少し遠い印象だった。
「ラス様。最近、お忙しかったりなさいます?」
「ん? どうして?」
「最近、精霊獣もほとんど姿をお見かけしませんし、夢とかで声をかけてくださることも少なくなったなあ、って思って」
「寂しく感じてくれていた?」
「はい」
「……ありがとう」
私の言葉に、ラス様は少し照れたように肩を竦めた。
「まあ、忙しくなっていたのは本当。
でも、あんまり出しゃばっちゃいけないかなあ、と思って、姿を見せるのを躊躇っていたところはあるよ」
「どうしてです?」
「だって、君ももう一人前だし、結婚する大人だし。
僕らがあんまり過保護にするのも、失礼だろう?
まあ、アーレリオスは親バカだから仕方ないけど」
そう言って向けられた視線は、私を見ているようで、そうではなかった。
「精霊神とか神とかは、あんまり姿を見せない方がいいんだよ。
いるかいないのか、解らないくらいが丁度いい。
あんまり姿を見せて、現世利益を与え続けると、子ども達の成長を妨げてしまうからね」
「それは、解りますけれど……やっぱり少し寂しいです」
「大丈夫。
姿は見えなくても、僕らはいつも君達を見守っているし、側にいるから」
「はい……」
遠くを見つめる『神』の眼差し。
人の輪から離れて、その営みを守る優しさ。
元は人間であったはずなのに、その背負わされた運命の重さを思うと、なんだか哀しくなる。
そう思うことそのものが失礼であるとは、解っているのだけれど。
「ああ、泣くんじゃないよ。お化粧が崩れる。
それに、これからリオンとのデートだろ?
最高に輝かしい君でないと」
そう言うとラス様は、触手ではなく、ご自分の指先で、私の眦に滲む雫を拭ってくださった。
いつの間にか、私の方が少し背が高くなっている。
胸にちくんと痛みが走った私を慰めるように、ラス様は微笑んだ。
「側にいなくても、僕らはいつも君を見守っている。
困った時には側に行って、必ず助ける。
何も、今までとは変わらないよ。
だから笑って。
そして、幸せにおなり。
僕の可愛い妹。
愛しい『精霊の貴人』」
「はい」
目元に落とされた口づけは、優しいけれど温度がない。
多分、わざとだ。
私と精霊神様達は違うのだと、知らしめるために。
私自身は解っている。
今の私は、人間よりも、どちらかというと精霊神様達に近いのかもしれない。
でも、精霊神様が、私は彼らとは違う、人間なのだというのなら。
今はまだ、そうしているべきなのだろう。
「ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします」
「祭りをうんと楽しんでおいき」
神殿から出れば、街は既に大祭の活気に溢れていた。
「一度、城に戻るぞ。みんな待ってる」
「リオン。うん、ありがとう」




