皇国 独身最後の祭り
順番は前後するけれど、大祭開始の数日前。
エクトール荘領から、例年通りエクトール様がおいでになった。
「今年の新酒も良い出来だぞ」
朗らかに笑うエクトール様はそう言って、今年最初のラガーとエールを持ってきてくださったのだ。
アルケディウスはこの二年で、エクトール荘領と、海に面したストウディウム領、そして王都を繋ぐ直通転移陣を新たに設置した。
転移陣の新設には待ち時間と、地球で言うところの億単位のお金――主にカレドナイト代――がかかるのだけれど。
「麦酒の盗難を防ぎ、海産物の鮮度を維持したまま運べるのであれば、長期的に考えると設置した方が安い!」
という皇王陛下の御意見に皆が同意し、フェイに新設を要請した形になった。
現在、転移陣を修理・新設できるのは、シュトルムスルフトの女王陛下とフェイだけ。
女王陛下は滅多に他国へ出ることはできないので、諸外国からの要請は基本的にフェイが担当し、設置を行ったのだ。
カレドナイトを大量に消費するので、便利さは解っていても、各国が新設した転移陣はこの三年ほどで一本か二本に留まっている。
それでも各領地と王都を繋ぐ転移陣なども修復されたので、流通に関してはかなり便利になったと思う。
まあ、そんなわけで、移動による泡立ちを最小限にして運ばれてきたエクトール荘園領地の新酒は、どどーんと約六十樽。
ラガー、つまりピルスナーと、エール込みだ。
毎年少しずつ機器と人を増やし、増設を重ねて最初の数倍にまでなったけれど、この辺が増産の限界だとエクトール様はおっしゃる。
「畑の精霊にあまり無理はさせられぬし、大量生産を行って粗悪乱造になってはいけないからな」
後日の販売用にわずかを残し、ゲシュマック商会と皇王家の管理の下、大祭で振る舞われることになる。
おつまみ込みで少額銀貨一枚。
当初に比べると、半額くらいになった。
他の蔵のエールもあるから、人々が気軽に麦酒を飲めるようになるまで、あともう少しかな。
私も、そろそろビールを飲めるようになるだろうか?
いやいや。
お酒は二十歳になってから。
いくらこの世界の成人年齢が十四歳でも、そこは我慢しよう。
皇王陛下に挨拶し、新酒販売の手続きを行うことが、もちろんエクトール様の目的ではある。
けれど今回は、別の理由もあることを私は知っていた。
「……エクトール様。お久しぶりでございます」
「やあ、ユン殿。……お元気そうで何よりだ」
エクトール様の出迎えに立ち会い、深々と頭を下げたユン君ことクラージュさん。
日本酒と麦酒という違いはあるけれど、二人は元々、穀物酒作りの専門家として意見交換などで顔を合わせていた。
仲はもちろん悪くない。
というか、良い方なのだけれど。
今回は、少しだけ微妙な空気が漂っている。
「エクトール様!」
「おお、カマラ。ますます美しくなったのではないか?」
「美しくなったかどうかはともかく、強くはなったと思います。
ユン殿のおかげですね」
二人の間を取り持
つように、明るい笑顔を向けるカマラ。
「そうか……。
我らが娘に親切にしていただき、感謝申し上げる。ユン殿」
「いえ、私の方こそカマラにはいつも感謝しています。
マリカ皇女のみならず、私も彼女の明るさに常に支えられているのです」
その言葉に、クラージュさんはどこか居心地が悪そうだった。
そう。
カマラにプロポーズしたクラージュさん。
この二人は今後、婿と舅の関係になるのだ。
「うむ。クラージュ殿。
今夜、少しお時間をいただけるか?
カマラも交えて話がしたい」
「喜んで」
家族のプライベートな話だから、私は参加を遠慮した。
けれど翌日、クラージュさんは少し疲れたような、それでいてどこか清々しい顔でやって来て、報告してくれた。
「流石に蔵の人間はお酒に強いですね。
子どもの身体には少しきつかったですが、でも。
一晩、義父と酒を酌み交わすのは楽しい時間でしたよ」
「では、結婚の許可はいただけたのですね」
「はい。
娘をよろしく頼む、と。
強制はしないが、子が複数できたら一人はエクトール領の後継者にすることを考えて欲しい、という話も出ました」
エクトール荘園領地は、エクトール様の一族が治めることを条件に自治を認められた特別区だ。
けれどエクトール様には現在、お子がいない。
実年齢は五十代、アラフィフであらせられるエクトール様は、不老不死になる前から子どもに恵まれていなかったという。
だからこそ、我が子のように蔵人を大切にし、ビールを守ってきた。
「今後、子が生まれやすくなると言うので期待してはいるが、我々も歳だしな。
オルクスや蔵人を養子にして、蔵を継がせることも考えている」
とのこと。
カマラの子が男の子でも女の子でも、いつか蔵に戻って欲しいという気持ちはよく解る。
多分、本当は夫婦で戻ってきて欲しいという思いもあるのだろう。
けれど、カマラにいなくなられると私は本当に困るので、当面はこのままでいて欲しい。
エクトール様にはごめんなさい、だけど。
「カマラ。
大祭の初日は、エクトール様やクラージュさんと一緒に過ごしてもいいですよ。
セリーナも。
私は舞の後、皇王陛下の元で泊まりますので」
「お気遣いくださいまして、ありがとうございます」
私の言葉に、カマラも、そしてセリーナも顔を輝かせた。
二人にとっても結婚前、多分最後の自由時間になる。
婚約者とデートくらい、したいだろうから。
予定としては、午前中に準備をして広場で舞を捧げ、大祭を開幕。
それから神殿でラス様にご挨拶をし、皇王陛下の離宮へ向かう。
そこで準備を整えて、大祭へ出る形だ。
「移動は僕が手伝いますよ。
僕も少しは妻と過ごしたいですし、二人の最後のデートは見逃せませんからね」
そう言って手伝いを買って出たのはフェイだった。
大神殿の神官長であるフェイは、大っぴらに出てくることができない。
だから移動式転移陣を使った密入国になる。
皇王陛下は少し苦笑いしていたけれど、お許しくださった。
アルはエリセと一緒に帰国し、ゲシュマック商会の皆と祭りを楽しむ予定だとのこと。
とはいえ、ゲシュマック商会にとって大祭はかき入れ時だ。
のんびり遊んでいるわけにもいかないだろう。
せめて店に寄って、売り上げに貢献するつもりだ。
アレクは他の楽師さん達と一緒に、広場での演奏に参加する。
アーサーとクリスは、王都の警備に加わるんだって。
私達ばかり遊んでいて、なんだか申し訳ない気がするけれど。
「二人共、いつも働き過ぎなんですから。
たまにはゆっくりと、余計なことを考えずに楽しむといいですよ」
「結婚前の最後のデート、楽しんでいらっしゃい」
フェイもお母様もそう言ってくださるので、甘えることにする。
実はもう、心はうきうき。
今までにないくらい、ときめいていた。
「ピュールも一緒に来ます?」
明日は祭りという夜。
寝室で丸まる精霊獣の姿をしたアーレリオス様に、私はそう聞いてみたけれど。
「結婚前の最後のデートに、舅を連れて行く阿呆がどこにいる?」
頭の上に飛び乗られて、てしてし。
怒られた。
「えっと、ここに?」
「止めろ。リオンに愛想をつかされるぞ。
今までのように、身体を成長させなければならないわけではないのだ。
お邪魔虫を無理に連れて行く必要はないだろう?」
「それは、そうですけれど……」
「我々も適当に祭りを楽しむ。
気にするな」
「解りました。ありがとうございます」
ぴょーんと私の頭から床に飛び降りた精霊獣は、ふと足を止めた。
「マリカ」
「なんですか?」
紅玉の瞳が、私をじっと見上げる。
「お前、体調が優れないとか、気分が悪いとか、そういうことはないか?」
「えーっと、今のところは特には。
何か起きるかもしれないんですか?」
その瞳には、明らかな心配の色があった。
気になったのだけれど。
「いや、杞憂というやつだろう。
気にするな」
すぐにぴゅいと顔を背け、香箱を組んでしまう。
よく解らないけれど、気にするなと言うのなら、まあ、うん。
そう思った瞬間。
ドクン、と。
緊張に、心臓の音が高鳴った。
もうすぐ、アルケディウスの、今年最後の大祭が始まる。
大祭はこれからも毎年ある。
けれど、結婚前。
子ども時代の。
そして私が自由に出られる、多分、最後のお祭りになる。
リオンと一緒に、たくさん思い出を作ろう。
私はそんな思いと、胸いっぱいの楽しい気持ちを抱えて、眠りについた。




