皇国 夢と未来を繋ぐ者
いよいよ明日からアルケディウスの大祭が始まる、という日。
私は久しぶりに孤児院へ向かった。
レオ君や他の子ども達のことも、気になっていたからね。
と、そこで意外な人物に出くわした。
「あれは、もしかして……?」
孤児院の門を開けると、そこには何台もの箱馬車が連なっていた。
周囲にはテントのようなものもちらほらと見える。
作業をしていた人達は、私の馬車に気付くと手を止め、こちらを出迎えてくれた。
その先頭に立っていたのは――
「エンテシウス!」
「マリカ様。長らくの御無沙汰をいたしまして申し訳ございません。
こうして大陸を照らす宵闇の星、聖なる乙女にご拝顔賜りますこと、誠に光栄至極にございます」
演劇集団グローブ一座を率いる座長、エンテシウスだった。
「王都に戻ってきていたのですね!」
「はい。秋の大祭に合わせまして。
大祭が終わりましたら、冬の間は国境を越え、フリュッスカイト、エルディランド、プラーミァなどに招かれております。
新年までは諸外国を巡る予定でございます
久々に王都へ戻り、団員達を家に帰す間、皇子殿下より、ここの庭をお借りすることを勧められまして」
エンテシウス自身も貴族街に小さな家を持っているけれど、一座の皆が出歩きやすいよう、孤児院を拠点にすることにしたらしい。
その代わりに、練習がてら新作劇を上演することになっているのだそうだ。
下手に宿に泊まると、大人気一座だから騒ぎになることもある。
盗難などの心配も、ないとは言い切れない。
いい判断だと思う。
流石お父様。
「元気そうで何よりです。
私がアルケディウスから大神殿に移ってからも、しっかりと調査を提出してくれていること、感謝しています。
お父様も褒めていましたし、集めてくれた貴族達の様子などから、新しい施策も検討されるようになりました。
貴方達のおかげですね」
「いえいえ。
我々としても、未来の観客や仲間が困るのはありがたくありませんし、色々と舞台のネタも拾っておりますので。
十分な給料もいただき、舞台だけで食べて行けるというのは、芸人冥利に尽きますな」
エンテシウスは魅惑的な笑顔でウインクして見せた。
ちょっと、ときめいてしまいそうだ。
「サニーとシャンスは元気にしていますか?」
「勿論でございます!
今は子役も卒業し、若手の期待の星でございます。
サニーの方は今年の新作で主役の一人に抜擢いたしました。
シャンスは、どうやら物語を作る方に興味を持っている様子。
時々、新しい話などを考えて聞かせてくれます」
「それは嬉しいですね」
大祭の劇を見て、自分も役者になり、人々に感動を与えたい。
そう言って二人の子どもがエンテシウスの劇団に入ったのは、二年前のことだ。
大貴族の奴隷で、一度は生きる気力も失っていた子達が、未来を自分の手で掴み始めた。
それは、本当に嬉しい話だった。
「彼らに憧れる子も多く、今年また二人の子を預かる予定になっております。
こうして夢は未来へと繋がれていくのでありましょうな」
「きっとそうですね。
今後もどうぞよろしくお願いします。
不老不死の時代も終わり、人々は不安を感じることも多くなっています。
そんな彼らを、演劇という夢で支えてあげて下さい」
「勿体ないお言葉でございます。
聖なる――いや、星の乙女。
我らはマリカ様の手袋、グローブ座。
そのお言葉を胸に、今後も励んで参ると、ここにお約束申し上げます」
エンテシウスだけではなく、劇団員達も皆、膝をついて誓ってくれた。
それがとても嬉しい。
彼らはきっとこれからも、新しい夢の世界を作ってくれるだろう。
エンテシウス達との話の後は、孤児院の子ども達についての話になった。
リタさんによると、孤児院の子どもは右肩上がりで増えているという。
ここ数年で出生率が上がり、今まで子どもがいなかった夫婦が妊娠・出産をすることも珍しくなくなった。
生まれた子どもと真剣に向き合う家族がほとんどだ。
けれど中には、子どもを育てきれず、孤児院に託す親も少なくない。
子育ての知識も、長い不老不死の時代の中で途絶えているからね。
育てきれないのなら、孤児院に預けてくれてもいい。
けれど、そうなると今度は孤児院の受け入れ能力が足りなくなる。
親子関係も、できれば大事にして欲しいし。
「予算は潤沢にいただいているので、今は出産介助施設と孤児院で職員を分けています。
けれど、どちらもただ人を増やせばいいというものでもありませんので」
「解ります。適性と知識が必要ですよね」
出産介助には、正確な医療知識が必要だ。
孤児院での子どもの育成や教育にも、専門的な知識と適性がいる。
子どもをただ見ていればいい、というわけでは決してない。
「今は、子どもを産んだ母親を中心に雇い、金銭面と精神面の両方から支援しています」
「建物や必要な物資など、お金で解決できることはお母様と相談して進めてしまっていいですよ。
あとは、互いに知識を出し合って助け合ってもらえると嬉しいです。
今後、私はますます孤児院に直接関わる機会が少なくなっていくと思うので」
こればっかりは本当にもどかしい。
というか、恨めしい。
私は本当は、皇女や神官がやりたかったわけではないのだから。
ただ、保育士でありたかっただけ。
世界の環境整備、なんてことを考えていたら、いつの間にかこんなことになっていたけれど。
「いえいえ。
皇女になり、大神官になり、お忙しくなっているのに、こうしてこまめに来ていただけるだけでもありがたい話ですよ」
「前にも言いましたけれど、ここは私の夢の結晶ですから。
世界中から不幸な子どもをなくしたい。
それが無理なら、せめて私の目の届く範囲だけでも、不幸な子どもも、母親も、その周囲の人々もなくしたいんです」
「そうなるように。できるように、頑張りますよ」
「お願いします」
新年度から神殿への税金を復活させ、それを福祉充実に充てる予定だ。
孤児院の新設。
産院の増設。
人材確保。
保育士の育成と研修。
子ども達の健全育成のための教育と食育。
それらが主な使い道になる。
ここから十年の対応が、その先三十年の未来を作る。
頑張りたいし、頑張って欲しい。
「そういえば、エンテシウスが大祭の新作を見て欲しい、と言っていましたよ」
「前のように、子ども達を連れて祭りに行く、というのも難しくなってきましたからね。
ありがたいお話だと思っています」
「難しいですか?」
「デイジーやレオを抜いても、今は乳飲み子の方が多いですから」
以前はよく、貴族の騎士を雇って子ども達を祭りに連れて行ってもらったりもした。
けれど今は人数も増えているし、仕方ないか。
小さい子は、解っていてもほんの少しの隙から逃げ出してしまうことがある。
事件や事故に巻き込まれる可能性もあるのだ。
「仕事をしている子など、自分で動ける子は行かせてあげるつもりですけどね」
「では、予算を取りますから、祭りの時は美味しいものを食べさせてあげたり、新しい服を買ってあげたりして下さい」
「いいんですか?」
「思いっきりおしゃれをして、買い物をして、劇を見る。
一年に何度かくらいは、そういう楽しみの日があっていいと思うんですよ」
この世界には誕生日もないし、クリスマスもない。
孤児ならなおさら、そういう一年に一度のお楽しみイベントがあってもいい。
それが生きる糧になるし、その日を楽しみに頑張ろうという気持ちも育つ。
「エンテシウス達にも頼んで、大祭の時には孤児院でも舞台をかけてもらえるようお願いしてみましょう」
「いつもお心遣い、感謝いたします」
「職員の皆さんも、できれば交代で祭りを楽しんで下さいね」
グローブ座の皆に話を持っていくと、彼らは喜んで引き受けてくれた。
「もしよろしければ、姫君も試演をぜひ」
少し予定より時間は押してしまったけれど、子ども達と一緒に見たエンテシウスの新作劇は、とても楽しかった。
演目は、悪事を行う地方領主を、お忍びで旅する皇女とそのお付きが懲らしめる勧善懲悪。
女水戸黄門。
謎解きあり。
殺陣あり。
ロマンスあり。
すごく面白くはあったのだけれど……気恥ずかしかった。
「……エンテシウス。これのモデルは?」
「はて、何のことでございましょう?」
とぼけられてしまった。
けれど、主人公の皇女がマリーシャ。
助さん、格さんのようなお付きがレオンとフェイル。
うっかり八兵衛のような狂言回しがアロン。
そんな名前で来られた日には、知っている人が見れば、モデルが誰か丸わかりだろう。
今年は王宮上演がなくて良かった。
お父様や皇王陛下が見たら、絶対に大笑いされる。
「とりあえず、名前は変えて下さい。お願いします」
「解りました。後援者の意向には逆らえませんな」
なんとか名前の変更はお願いした。
けれど、この舞台が大祭で上演されるのは、ちょっと楽しみで。
そして、ちょっと怖い気がする。




