皇国 皇女のお忍びドレス
今更言うのもなんだけれど。
この星における『神』。
精霊神と呼ばれる方達は、元は地球生まれの人間だ。
そのせいか、開かれた国々はどことなく、精霊神様達の故郷の雰囲気を宿しているように思う。
火国プラーミァはインド。
水国フリュッスカイトはイタリア。ヴェネチアあたりだろうか。
エルディランドはきっと中国で、ヒンメルヴェルエクトはアメリカ。
アーヴェントルクは、多分スイスだったのだろう。
この間行ったシュトルムスルフトは、おそらくトルコとか。
中東の雰囲気が感じられた。
私――というより、記憶の中にある真理香は、生前外国に行ったことがほとんどない。
だから本やテレビで見た知識から受ける印象でしかないのだけれど。
その流れで考えるなら、アルケディウスはきっとロシアだったのだろうな、とずいぶん前から思っている。
街並みは中世ヨーロッパ風だけれど、服などにはなんとなくコーカサス風の雰囲気が感じられるのだ。
サラファンとか、カートルとか、チェルケスカとか。
向こうの世界のアニメや名産品を、なんとなく思い出させた。
特に大人用の服は、男女共に深いVネックが特徴で、シャープな印象を受ける。
初めてお母様にドレスを作っていただいた時や、お母様の正装を見た時、カッコいいなと見惚れつつ、身体にぴったりとしたウエストラインは、お腹が出たら着られないだろうな、なんて考えたっけ。
「祭りですからね。目立たないよう華美な装飾は避けつつも、多少は華やかにしていいと思うのよ」
お祭りに『大祭の精霊』として出てもいい、と皇王陛下から許可をいただいて以来、お母様は私の祭り着選びに余念がない。
ずらりと並べられた服は、どうやら既製品のようだけれど、新品で、なおかつ私のサイズに合っている。
「これ、シュライフェ商会に用意させたんですか?」
「まさか。ゲシュマック商会のガルフに頼んだのよ。
マリカに似合う庶民の服を探してくれって」
「ガルフも一枚噛んでいたんですか?」
「皇王陛下から、結婚前の最後の自由行動になるだろうから、アルケディウスの大祭を楽しませてやりたいと思うがどうか、と問われたのは、貴女が七国の大祭を巡ることになってすぐです。
お兄様は護衛をつけてプラーミァの大祭を見せてやろうか、と言ってくださっていたのですが、狙撃事件が起きてしまいましたからね。
結局、どの国でも舞を舞う以外で城の外に出ることはできなかったでしょう?」
「はい。残念だったと思っています。ああ、だから……」
そういえば以前、お母様が、私が大祭を楽しめるように皆が準備してくれている、と言っていたっけ。
「皇王陛下もおっしゃっていましたが、今回、成長した貴女を街の者達が間近で見れば、『大祭の精霊』との共通点に気付く者も増えます
これが本当に、貴女にとってアルケディウスでの最後の大祭になるでしょう。
だから正体に気付かれることを気にせず、思いっきり楽しんでいらっしゃい」
「ありがとうございます」
たとえ、大祭の精霊がマリカとリオンだと気付く者がいたとしても、結婚して大神殿の大神官となる私には、もうあまり影響はない。
なら、お母様や皇王陛下のご厚意に甘えて、思いっきり楽しませてもらおう。
「これなどどうかしら?
貴女は髪の色が濃いから、華やかな色合いの服が似合うと思うのよ」
「うわー、ロッサの花びらみたいな赤ですね」
お母様がそう言って示したのは、目にも鮮やかな真紅のドレスだった。
大胆なVネックの襟元には金のラインで縁取りがしてある。
ちょっと着物の合わせのようだ。
左前だけど。
腰には黒いサッシュベルトを巻くし、頭にはターバンめいた、刺繍と縁取りが施された布を巻く。
だからそこまで派手には見えないのだけれど……ちょっと恥ずかしい。
「一応お忍びですし、あんまり派手でない方が……」
「祭りなのに派手にしないでどうするのですか?
堂々としていた方が、かえって気付かれないと思うわよ」
「それはそうなんですけど……」
大祭の舞衣装や神殿着などで、華やかな衣装のオーダーメイドには慣れてきたつもりだった。
けれど、プライベートで着る衣装となると、やっぱり地味で堅実なものを選んでしまう。
エプロンは正義。
これは身に付いた保育士根性だろうか。
「いいなあ。マリカねえさま、あたらしいおようふく」
「おれはもっとキラキラのほーがいいとおもうけど」
「ほら、子ども達もああ言っているわよ」
「いえ、もう少し地味方向で」
「まったく貴女は……」
側で一緒に服を見ている双子ちゃん。
舞衣装とは違って、目をキラキラという感じではない。
子どもには、やっぱり解りやすい可愛らしさの方が人気らしい。
「じゃあ、こちらはどう?
少し華やかさも抑えられているでしょう?」
「あ、素敵ですね。
シンプルで、それでいて袖口の刺繍がおしゃれで」
ため息をついたお母様が次に示してくださったのは、明るい臙脂色のカートルだった。
カートルというのは、Vネックタイプの上着のこと。
前綴じで、少し広がった袖が特徴だ。
下にインナードレスを着て重ねる。
インナードレスは優しい銀杏色。
秋の紅葉のような色合いのカートルと、すごくよく合っている。
一見地味に見えるけれど、肩には金糸でV字の連続模様が刺繍されていて手が込んでいるし、袖口には濃い緑と赤の三角模様が、パッチワークのように連なって目を引く。
サッシュベルトも黒で、良い感じだ。
「これに白布のウィンプルを付ければ、貴女が心配するほど服装で悪目立ちはしないでしょう?」
「はい。いいと思います」
「では、決まりね。
リオンには黒のチェルケスカと帽子を着せればいいと思うわ。
リオンの服は、あの人が用意させているから」
「お父様、リオンの服を準備するの好きですよね」
「アルフィリーガの輝く姿を見るのが楽しいようね。
チェルケスカは王族も正装として身に纏うことがあるけれど、精霊神が伝えたと言われる服で、祭りの時には市民も着ることが多いから、そこまで目立たないでしょう」
ふと、『思い出した』。
私の記憶ではなく、地球時代の真理香お母さんの記憶なのだろうけれど、チェルケスカに似た衣装は地球のコーカサス地方にもあって、この胸の飾りの部分には銃弾や火薬を入れていたのだそうだ。
生粋の戦士の服。
だからきっと、リオンにもよく似合う。
「後は、これを付けて行くといいわ」
「あ、これ!」
お母様が差し出した小さな箱。
その中に入っていたのは、最初のお祭りの時にもらったガラスの髪飾りだった。
まったく同じものを後で買ったり、献上してもらったりもしたけれど、これは端が少し欠けている。
最初のお祭りの時、お店の人からもらったものだとすぐに解った。
帰ってくる時、騒がれたどさくさで落としてしまったもの。
その後、お父様が預かって私達の正体バレに使ってからは、すっかり忘れていた。
「思い出の品でしょう?
新品がいいなら、そちらを付けて行ってもいいけれど」
「いえ、こちらがいいです。
お母様の言う通り、最初のデートの思い出が詰まっていますから」
私は箱ごと受け取って、それから、いいことを思い出した。
「お母様。
リオンからもらったシュトルムスルフトの白いスカーフがあるんです。
それをウィンプルにしてもいいですか?」
「貴女の着た衣装、身に着けるドレスや小物が、新しい流行になるであろうことを理解しているのなら構いませんよ」
なるほど。
お母様が衣装の準備にこだわるのは、そういう意図もあったからか。
何の気なしに行った大祭でも、大祭の精霊の服は大人気になったことがある。
お洒落というのも、注目を浴びる者には簡単じゃないな。
「ほら、着てみたら?」
「はい」
決まった衣装を抱えて、隣室でかさこそ。
シンプルな服なので、私一人でも着脱できる。
「どうでしょうか?」
「わあ! マリカねえさま、かわいい!」
素直なレヴィーナちゃんの賛辞が嬉しい。
明るい臙脂色のカートルに、フリルのついたくるぶし丈のアンダードレス。
袖口が広いので、くるりと回るとふわりと広がり、白いスカーフと一緒にひらめく。
我ながら、いい感じ。
「もっと飾り物が欲しい時は、街で買いなさい。
その方が市場が活発になるわ」
「はい。香りのペンダントは買うつもりです」
魔王城のシュウが作った、香りを纏えるペンダント。
今は彼が修行している工房で作られ、売りに出されている。
見習いの練習や小銭稼ぎにちょうどいいのだそうだ。
香りのオイルは高いので、必要な時だけシュライフェ商会に持って行って、染み込ませてもらうのだとか。
「かわいいけど、もっとキラキラつけたら?」
「これで十分だよ。フォル君。
どうでしょう? お母様?」
「良くできているのではないかしら?
これなら、皇女とバレてもあまり恥ずかしくはないでしょうからね」
「いや、バレたら困りますけど」
「解る人には解ると思うわよ。
でも、解っている人間はきっと、口を噤んでいてくれるわ」
元々、下の人間が上の人に気軽に話しかけてはいけない、という風習があるアルケディウスだ。
気付くとしたら、きっと身内だろう。
ガルフとか、ゲシュマック商会のみんなとか、シュライフェ商会とか、元ギルド長とか。
「さっきも言いましたが、細かいことは気にせず楽しんでいらっしゃい」
「はい。ありがとうございます」
「いーなあ。ぼくもおまつりみにいきたい」
「レヴィーナも、マリカねえさまとリオンにいさまのデートみたい」
「これ! 二人とも!」
部屋に響く明るい笑い声。
最後の大祭の前に、こんな穏やかで幸せな時間が持てること。
その喜びを、私は静かに噛みしめていた。




