表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1176/1301

風国 モブ視点 風国公爵の後悔

 何故、こうなってしまったのか?


 固い漆喰の壁。

 絨毯も敷かれていない冷たい床。

 埃にまみれ、光もほとんど差さない室内。


 誰もいない。

 使用人さえ側に置かれない。


 軟禁、いや、これは監禁生活だ。

 一日に数度運ばれてくる食事と、僅かな水だけが外界との縁。


 公爵と呼ばれ、シュトルムスルフトの全ての者に敬われていた数日前が、まるで夢のようだった。


 私は塔の中で考える。

 己の行動を。

 過ちとは、言いたくない。



「何が悪いというのだ! 私は何も間違っていない!」


 ただ、正当なる者の元に王位を取り戻そうとしただけではないか。

 だが、私の声は、私の主張は、残酷なことに誰にも届かない。

 微かな鳥の羽音と、風の音しか聞こえない闇の中で、私は自分の行動を顧みていた。



 私はキシュヒル公爵。

 先王の伯父にあたる者。


 現在のシュトルムスルフトにおいて、最も王に近く、精霊神の血を色濃く受け継ぐ直系の男子だ。

 正妃を母に持たないという、ただそれだけの理由で王位を継ぐことを許されなかった私ではあるが、王族として、公爵として、シュトルムスルフトの穀倉地を含む肥沃な土地を領有している。


 資産だけで言うなら、王家に勝るとも劣らないだろう。

 領地を預かる大貴族の中でも最年長。

 先代王も現王も、私に表立って逆らうことはできなかった。


 シュトルムスルフトの重鎮。

 そう言って差し支えない存在であったはずだ。


 この国において最高位に近い場所に立つ私だが、一つだけ、長年不満に思い続けてきたことがある。

 それは、私が『王』になれなかったということだ。

 シュトルムスルフトの王妃、妃は、可能な限り銀の一族――聖なる乙女の血を引く、銀の髪の一族から娶るべし。


 その慣習のため、私の母は側室止まりで、妃となることはできなかった。


 王位は正妃の子である弟が継いだ。

 子もまた、銀の一族から王妃を迎えた。


 その時点で、私が王になる道は完全に閉ざされた。

 不老不死の世が始まったこともあり、私は長く、永い年月を、王族でありながら王ではなく、貴族、公爵として生きることになったのだ。


 腹立たしかった。


 地力も、才能も、財力も。

 私は弟に何一つ負けていない。


 なのに、ただ母が正妃ではない。

 それだけの理由で、王になれないことが。


『聖なる乙女』の血筋に、それほどの価値があるというのか?


 確かに、王妃を代々輩出してきた一族の娘達には、高い教育が施されているのだろう。

 美しくもある。

 整った容姿は、そのために交配されてきたが故に、目を見張る者も多い。

 銀の髪の娘は、黒や茶の髪が多いシュトルムスルフトにおいて眩く、憧れそのものと言ってもいい。


 けれど、所詮は女だ。


 このシュトルムスルフトにおいて、女は子を産むという穢れを抱く者。

 男の下に在る者と定められている。

 そんな女に、自分の命運を狂わされるなど、どうにも腹立たしかった。


 甥である国王もまた、妻に対して不満を抱いていた。


 美しく、賢く、政務に優れ、なおかつ強い王妃。

 彼女と並ぶと、己の劣等感を刺激されるのだそうだ。

 やはり女に教育など不要。


 男のために閨で足を開いていればいい。

 その話を聞いて、私は改めてそう思った。


 だから私は、次期王こそは銀の一族から妻を娶らぬよう働きかけ、手を回してきたつもりだった。


 それなのに、次期王と見込んだ第一王子は廃嫡。

 王までもが、銀の一族と聖なる乙女の陰謀によって廃位されてしまった。


 王子と『聖なる乙女』を娶せようとしただけだろう?


 まあ、多少強引な手段に出たかもしれない。

 だが、国を豊かにするためだ。

 何が悪いというのか。


 子孫の結婚を決めるのは親の権利であるし、聖なる乙女とはいえ女だ。

 素直に男の言うことを聞いていればよかったのだ。


 あげくの果てに、銀の一族の、しかも女が王位についた。

 性別を偽っていたことを問題視して異議を申し立てた者もいたが、


「王太子として正式に認可された身。問題はないはずです」


 という詭弁と、精霊神、そして『聖なる乙女』の後見を理由に封じられてしまった。

 それからというもの、シュトルムスルフトはどんどん変わっていった。


 砂漠地帯に緑が戻り、石油とかいう妙な油が採掘されるようになり、南の発言力が高まった。


 今までは、穀物や農作物は私の領地とその周辺でしか十分に採れなかった。

 それなのに栽培範囲が広がり、他所でも実りが得られるようになってきた。


 しかも転移陣や、石油を原料にした道路の整備が進み、国内の流通や他国からの輸入まで拡大している。


 まったくもって面白くない。

 新しい食とやらが重要視されるのは、まあいい。

 だが、他の領地が次々に力を付けていくのは、楽しい話ではなかった。


 不老不死の時代、『精霊神』に見放されたこの国を支えてきた我が領地と、私の恩恵を忘れ、皆が勝手に歩み始める。


 生意気な。

 私の前に這いつくばり、恵みを乞うていればよかったものを。

 相対的に多くの土地が豊かになり、産業が発達し、流通経路が整い始めたことで、各地の税収が上がった。

 そのため、他の貴族達は女王を受け入れ始めている。


 だが、私は騙されない。

 認めない。


 女王はこの国に災いを齎す。

 かつての伝説のように。


 伝説は冤罪であるという話も聞いた。

 だが、信じられるものか。


 このままでは、シュトルムスルフトは変えられてしまう。

 私はこの国の未来を憂いたのだ。

 だから、この国に正しい王を取り戻そうとした。


 何が悪いというのだろう。

 そうだ。

 私は悪くない。


 私はまず、女王を退位させようとした。

 しかし、上手くはいかなかった。


 精霊術をよく使う、王族魔術師としての力を持つ女王は、各領地を繋ぐ転移陣を復活させた。


 さらには石油によるアスファルト舗装とやらで国内の主要道路を整備し、流通を改善した。

 加えて、新しい食に纏わる様々な農作物の栽培も推奨した。

『精霊神』が復活したとやらで、豊かになり始めた各領地の産物が、転移陣と道路のおかげで他所へ流通するようになり、国全体が豊かになった。


 その結果、領主の多くは女王の統治を認めるようになってきたのだ。

 だが、騙されるべきではない。

 私はそう訴え続けた。


 これは悲劇の女王の再来であると。

 あの女は国を変え、他国に売り払おうとしているのだと。


 そんな私を、息子は困った顔で諫めた。


「父上、もうお止めください。

 女王陛下が退位され、転移陣が使えなくなれば、シュトルムスルフトはまた貧乏国に逆戻りです。

 それに、女王陛下を退位させたところで、代わりになる方はおられません」


 もちろん、一蹴して叱りつけてやった。

 だが、実際のところ、第一王子が廃された今、女王に対抗できる王子はいない。


 王族としての教育を受けておらず、臣下に下った者が数名。

 彼らを連れ戻して王に据えようとしても、誰も認めないだろう。


 私が王になればいいだけのことではある。

 だが、さすがに前王よりも年上の新王というのは体裁が悪い。


 各国ではむしろ、若年化。

 歳若い王への世代交代が進む傾向にあるのだから。

 そこで私は思いついたのだった。


 発見された新たな王族男子。

 前『聖なる乙女』の子。

 フェイの存在を。


 永い間行方不明であったこの甥を、女王は溺愛している。

 証拠もほとんど無いにもかかわらず王族であることを認知し、さらに失われた王の杖の所持者であることまで広く公表した。


 永らく失われていた王の杖の発見に、民も大貴族達も狂乱せんばかりに歓喜した。

 しかし彼は『聖なる乙女』の配下であるとして、女王は帰国を促さなかった。


 後に大神殿の神官長に就任する才を見せたことで、国内はそれを喜ぶ者と、彼に帰国を促す者の二つに分かれている。

 これは好機だと思った。


 フェイをシュトルムスルフトに取り戻し、王座に据えれば、文句をつける者は誰もいない。

 おそらく女王自身でさえ、フェイが王位に就くのなら、自ら王位を譲る可能性すらある。

 その上で、未熟な子どもの後見人として私が立てば、実質、私が王になったも同然だ。


 私は賛同者を集めた。


 そして、彼が帰国したのを待って行動に出た。

 王になれ、と。

 彼に促したのだ。


 ところが奴は、私の厚情を裏切った。

 私が差し出した手を振り払ったのだ。


「誰もが王になりたがると思ったら、大間違いです」


 その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが弾けた。

 ふざけるな。

 王になることを望み、渇望してきた者の前で、お前がそれを言うのか。

 こうなれば、もう体面など気にしている時ではない。


 正当なる王が必要だ。

 この国で最も濃く精霊神の血を受け継ぐ私こそが、王として立つべきなのだ。


 そうして私は、正しく、必殺の手段に手を出した。


 私は間違っていない。

 数多の王族が、歴史の中で為してきたことなのだ。

 毒殺は。


 そう思って踏み出したその一歩こそが、今思えば、奈落へ続く階段の始まりだったのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ