風国 技術交換と新しい路
10時と18時公開予定分を落としてしまったので19時30分と20時30分に公開時間を追加します。
翌日はシュトルムスルフトでの科学会議の日。
私は終日、お城の会議室で技術者さん達との話し合いに参加していた。
「石油に関する科学、化学の成果を、ほぼヒンメルヴェルエクトに奪われている――それが現在のシュトルムスルフトの現状なのです!」
悲痛な面持ちで訴えるのは、シュトルムスルフト王立研究所の研究員さん達。
砂漠地帯から原油が採取できるようになったことを受け、女王アマリィヤ様が新たに設立した研究部署の人達だ。
「原油、石油の埋蔵量なら、シュトルムスルフトが一番ではありませんか?」
「ですが、それを有効活用する技術が、まだこの国には不足しているのです」
「技術力、ですか」
「はい。それに加えて、魔術師の数も!」
「ああ……なるほど」
彼らの話では、砂漠で石油が発見され、本格的な採掘が始まったことで需要は急激に高まっているという。
採掘そのものは進んでいる。
けれど、採掘プラントを建設するにも、石油を精製し加工品を生み出すにも、高度な技術が必要になる。
長年『精霊に見放された国』と呼ばれ、魔術師も滅多に生まれず、国土の半分以上を砂漠が占め、多くの民が遊牧生活を送ってきたシュトルムスルフト。
ようやく原油を採掘し、各国へ販売できるようにはなったものの、その先の産業育成までは、まだ手が届いていないのだという。
「ここ数年、女王陛下のお力と聖なる乙女のご加護のおかげで、かつて貧富の差が激しかった砂漠の国とは思えないほど豊かになりました」
研究員さん達は力を込めて続ける。
彼らは皆、女王陛下が国内から選び抜いた優秀な若者達。
試験で優秀な成績を収め、研究員として抜擢された人達だ。
貴族が多いけれど、平民出身の人や女性も少なくない。
共通しているのは、その瞳に宿る強い意志。
未来を真っ直ぐ見据える眼差しだった。
「女王陛下が修復してくださった転移陣のおかげで、各地の産品を新鮮なまま王都へ届けられるようになりました。地方の村や町にも現金収入の道が開け、不老不死は失われましたが、人々は皆、前向きに暮らしています。
この流れを止めたくはないのです」
「『精霊』の恵みである石油を活かし、シュトルムスルフトならではの産業を生み出したいと考えています。ですが、この国には石油以外の鉱物資源が乏しいのです。木材も十分ではなく、家屋も煉瓦や石材が主流。鉄鉱石もほとんど産出しません」
「外国から輸入することはできないのですか? 例えばヒンメルヴェルエクトから」
「ヒンメルヴェルエクトとの国境を治めているのは、先々王弟キシュヒル公爵です。領地を通過する鉱石などには非常に高い通行税が課されます。国王陛下も王族相手では、強く注意できないご様子で……」
「キシュヒル公爵が……」
シュトルムスルフトは、大まかに言えば南半分が砂漠、北半分が緑豊かな土地。
穀物をはじめ、多くの作物は北側でしか十分に育たない。
だから、つい最近まで貧富の差は本当に激しかったらしい。
ここ数年は南にも緑地が広がり、砂漠から石油が採れるようになって随分改善されたそうだけれど。
そっか。
北側の肥沃な土地を治めているのがキシュヒル公爵なんだ。
それなら、権力が強くなるのも当然かもしれない。
「それは、僕が何とかします」
「フェイ!」
「王子!」
科学会議が始まってしばらくすると、フェイが部屋へ入ってきた。
両腕いっぱいに資料を抱え、付き添いのクリスも大量の書類や荷物を持っている。
「僕は大神殿の神官です。そんな礼は不要ですよ。時間の無駄ですから」
「会議の方はいいの?」
「一応、言うべきことは言い、やるべきことも済ませてきました。
シュトルムスルフトの籍を抜ける代わりに、十分な対価は残していくつもりです」
「対価?」
「ええ。後は彼らがどう選ぶか、それだけです」
跪こうとする研究員さん達を手で制し、フェイは持参した資料を机いっぱいに広げた
中に書かれている内容は――正直、さっぱり分からない。
難解な数式に設計図らしきもの。
保育士だった私には、完全に理解の外だった。
「まず、シュトルムスルフトには石油の採掘量を安定させるとともに、精製技術を確立していただかなければなりません。そのためには、ここをこのように……」
どうやら資料は、フェイが精霊古語の文献から解読した石油プラントの設計と運用方法らしい。
「こ、これは画期的です……! 段階的に設備を更新する必要はありますが、最終的には国内資源だけでプラント建設も可能かもしれません」
「あの難解な精霊古語を、ここまで読み解かれたのですか。流石、王子――」
「王子はやめてください、と言ったでしょう。
まずは小規模でも構いません。プラスチックの製造を目指してください。
続いてアスファルトによる道路整備を。
新たな雇用にも繋がりますから、積極的に進めましょう。
女王陛下の許可はいただいています。
豊富な石油と砂漠地帯の風を活用し、この世界初となる本格的な発電所を建設する。
そこからアルミやビニールなどの生産へ繋げれば、この国が科学技術で取り残されることはなくなるでしょう」
「これが……こう反応して……」
「塩素との化学反応で固体化する、と」
「なるほど。この理論なら実現できますね」
フェイの説明に、研究員さん達の目が次々と輝いていく。
書類を読み込み、模型を囲み、次々と意見が飛び交う。
私は向こうの世界の知識を知っているだけ。
科学者でも技術者でもない。
だから、ここまで専門的な話になると、もう口を挟めなくなってしまう。
「でも、精製プラントを造るにも鉄鉱石や金属の輸入は必要でしょう?
公爵領を通らないといけなくて、通行税が高いって聞いたけど」
「そこは色々考えています。
公爵領を通らない方法なら、いくらでもあります。
例えばアルケディウスやフリュッスカイトから船を購入し、海路で鉱物を運ぶとか」
「船! なるほど!」
「アルに仲介してもらい、中型の機帆船を購入する予定です。
鉱物のような重量物は海路の方が圧倒的に効率がいい。
それに、国境へ転移陣を設置し、そこから直接王都へ運び込む方法もあります。
邪魔をされるなら、その道を使わずに済む方法を考えればいいだけですよ」
さらりと、とんでもないことを言う。
「マリカ。シュトルムスルフト最大の強みは何だと思いますか?」
「えっと……流通インフラ?」
「その通りです。
石油によるアスファルト道路。
発電施設。
転移陣の設計技術と術式。
これらを各国との技術交換の切り札にし、協力を仰ぐ予定です」
頭が柔らかい。
秘術とも言える転移陣を、一部の特権ではなく社会基盤へ変えてしまおうという発想なんだ。
「転移陣を、そんなに広めてもいいの?」
「もともと不老不死以前、『精霊神』封印前には各国にある程度の数の転移陣が存在していました。
大神殿から各国へ繋がる門もそうですし、伯母上が各地の門を復活させたように。
昔から存在した技術を取り戻すだけですから問題ありません。
もちろん神殿や国家による管理は必要ですが、シュトルムスルフトでは国内転移陣の利用基準や料金、運営方法もすでに整っています」
そう考えると、地球には転移術こそ無かったけれど、飛行機という空路があった。
王族だけでなく、一般の人も利用できた。
海路、陸路、空路。
それと同じように、転移陣も一つの交通手段だと考えれば、不自然なことではないのかもしれない。
「最終的には、国同士を結ぶ転移門も造りたいですね。
そうして貿易を広げ、互いに発展できる世界を築きたいのです」
フェイは静かに微笑む。
「一つの国に阿る時代は、もう終わりました。
公爵は王位を求めながら得られなかったせいか、過去に妙な執着を抱いています。
ですが、その固い頭では、時代の先を行く者達に置いて行かれるだけだと身をもって知っていただくつもりです。
そのためなら、資金も労力も惜しみません」
その後も活発な意見交換と討論は続いた。
やっぱりフェイは、こういう研究畑が本当に好きなんだ。
様々な思惑はあるにしても、心から楽しそうだった。
話し合いは何もなければ深夜――もしかしたら日付が変わる頃まで続いていたのかもしれない。
「王子! 姫君! 大変です!」
「どうかしたの?」
「女王陛下が……お倒れになりました!」
「「ええっ!?」」
未来への道を切り開こうとしていた、その空気を断ち切るように。
一報が、会議室へ飛び込んできた。




