風国 陰謀VS陰謀
フェイは、昨日行われた女王陛下主催の歓迎晩餐会を欠席した。
謎の人物達から呼び出しを受けたためだ。
その件については、私にも即日報告が届いている。
匿名で料理屋を指定しての一方的な呼び出し。
本来であれば、そんな話に応じる義務も必要性もない。
ただ――
「この封蝋は、シュトルムスルフト前王の伯父にあたる侯爵家のものなのです」
フェイはそう言って、羊皮紙を封じていた封蝋を指し示した。
「第一王子の後見人であり、母親だった側室の義父でもあります」
「前王の伯父ってことは、七精霊の子?」
「そうですね。前々王の妾腹の兄です。ですから前王妃様とは血は繋がっていませんが、伯母上――アマリィヤ様にとっては大伯父にあたります。祖父の兄弟ですね。
僕からすれば曽祖父の兄弟になりますが、『大伯父上』と呼ぶように言われています」
「祖父のお兄さん?
アマリィヤ様の時もそうだったけれど、この国って長子が王になるわけじゃないのかな?」
はい、とフェイが頷いて教えてくれた。
「伯母上は詳しく教えてくださいませんでしたので、大神殿の神官長になってから自分でも調べました。
シュトルムスルフト王家は、血統上の問題がない限り、原則として『銀の一族』から王妃を迎える決まりになっているようです」
銀の一族とは、黒髪や茶髪が多い中東風国家シュトルムスルフトにおいて、銀髪の者を多く輩出する一族のこと。
初代は、精霊神が愛した『聖なる乙女』の兄の血筋だと、以前、当時王太子だったアマリィヤ様が教えてくださった。
シュトルムスルフトでは、従兄妹や伯叔父母、乳兄弟との結婚は禁止されている。
それでも、精霊の祝福を宿すとされる血筋をできるだけ薄めたくないという考えがあり、実際に優れた魔術師も数多く生まれてきたことから、王族は長く銀の一族と婚姻を結んできたらしい。
特に銀の一族は、豊かな領地を持ち、王族に準ずる存在として敬われていた。
娘が生まれれば、数代おきに王家へ嫁ぎ、王妃となるための最高の教育を受ける。
そして、その王妃の子は、たとえ年少であっても嫡子として扱われ、多くの場合、王位継承権第一位となる。
ファンタジー世界では、比較的よく見られる制度だ。
男尊女卑の色濃いシュトルムスルフトにおいても、銀の一族の娘だけは特別だった。
未来の王妃として。
そして、次代の王を支える存在として。
最高の教育を受け、王の補佐役を務める。
――けれど、それを快く思わない者も当然いた。
先々代国王の兄は、「自分の方が優秀なのに、弟は正妻の子だから王になれた」と強い嫉妬を抱いた。
それが事実だったかどうかは別として。
一方で先代国王は、自分より優秀な王妃へ劣等感を抱き、身分の低い側室を寵愛した。
いつの世も、権力を持つ男達の身勝手な思いに振り回され、苦労するのは周囲と女性達だ。
そして、精霊神の祝福を受けた女王にして魔術師でもあるアマリィヤ様が男女平等を宣言してからは――いや、それゆえにこそ。
彼らは劣等感と女性への憎悪をさらにこじらせていった。
その結果が、この強硬手段なのだ。
今、彼らは。
自らの愚かさを、私達の前で晒そうとしている。
精霊神様が映し出す映像の中で、フェイは静かに席へ着いていた。
その表情には、わずかに憮然とした色が浮かんでいる。
「では、昨日のお話を、改めて確認させていただけますか。大伯父上」
「我々へ従う気になったのだな?」
「興味深いお話ではありました。
ここは店ではなく、大伯父上のお屋敷。他に話を聞かれる心配はないと伺っています。
国務会議を終えられたばかりでお疲れでしょうが、改めて詳しくお聞かせ願えますか」
「うむ。フェイ。我らが愛した『聖なる乙女』ファイルーズの忘れ形見よ」
いかにも尊大そうな男達。
その中心に座る老人が、満足げな笑みを浮かべながら口を開いた。
「ファイルーズは、親に一方的な結婚を強いられ、駆け落ちを余儀なくされた。
我々は、それを本当に哀れに思っていたのだ」
席についているのはフェイだけ。
その後ろにはリオンとアルが控えている。
三人以外に知った顔は見当たらない。
彼らは複数の男性貴族と、その倍近い騎士達に取り囲まれていた。
俯き加減で悲しそうに語る声は、震えているようにも聞こえる。
けれど、その口調には白々しさしか感じられず、真実味は欠片もなかった。
「其方は国王の血を引く男児だ。
しかも賢く、精霊に愛され、長らく失われていた風の王の杖に選ばれた者。
母の無念を晴らし、偽王を廃し、王位に就くがよい。
我らが後見しよう」
「僕は王としての教育も知識も受けていない、一介の魔術師に過ぎません。
そんな僕が、本当に王位に就けるのですか?」
「女王よりは遥かにましだ。
『精霊神』は女を導き、支配する者として男を創られた。
女が男の上へ立つなど、本来あってはならぬことなのだから」
はあぁ……。
私のすぐ隣から、心の底から呆れ返ったような大きな溜め息が聞こえた。
「あれだけ言っても、まだ分からないのか。本当に……あんな本、持って来なければ良かった」
「別に精霊神様のせいじゃありませんよ。教えを曲解した彼らが悪いんです」
ジャハール様が自嘲気味に言った「あんな本」とは、地球から持ち込まれた教義の聖典のことだろう。
宗教の規範となるだけあって、その内容そのものは素晴らしいのだ。
けれど、一部には新しい大地で暮らす人々にはそぐわない記述もあった。
男尊思想が強い部分とか。
他宗教を認めない部分とか。
だから精霊神様はそれらを自らの教義として広めたわけではなかった。
大事に心の支えにしてただけ。
それでも、一部だけを切り取って都合よく利用されてしまった。
なんとも気の毒な話だ。
「アマリィヤも、王の杖を持つお前が王位を継ぐと言えば、納得して自ら退位するやもしれん。
そうなれば、この国に再び正しき王が戻る。
お前には私の娘を妻として与えよう」
「それは……僕には身に余るお話ですね」
「何も難しいことではない。
古くから王家に仕える我々の助言を聞き、術を使い、政を行えばよい。
精霊の恵みが戻り、黒い油の需要も高まる今、シュトルムスルフトは、お前を王に戴くことでさらに大きく栄えるはずだ」
――要するに。
フェイを傀儡にし、自分達が国政を牛耳るつもりなのだ。
本当に呆れてしまう。
フェイがすでに結婚していることさえ知らない。
知ろうともしない。
もちろん、結婚はまだ公にはされていない。
けれど、アマリィヤ様は情報を集め、その事実を把握していた。
その程度の情報収集さえできない時点で、彼らに女王を批判する資格などない。
「なるほど。では、ここにおられる皆様は、本気で僕を支えてくださると?」
「ああ。
我らは皆、アマリィヤの圧政から正しきシュトルムスルフトを取り戻さんと志を同じくする同志だ」
「具体的には、どのようになさるおつもりなのですか?
若く健康な女王を、どうやって退位へ追い込むと?」
「毒を盛る。
すでに調理人の何人かは買収済みだ」
「毒、とは穏やかではありませんね」
「即座に命を奪うようなものではない。
少しずつ摂取させ、徐々に体調を崩させる。
本来は食事へ混ぜる予定だったが、お前が酒などへ入れて飲ませれば、アマリィヤも油断するだろう」
「女王が弱れば、お前が補佐役として前へ出る。
そうなれば、周囲の心も自然とアマリィヤからお前へ移るに違いない」
「僕が……女王陛下へ毒を?」
「簡単には見破られぬ。
飲ませた後、器ごと処分してしまえば証拠も残らん。
国王にしてやるというのだ。そのくらいの働きはしてもらわねばな」
鷹揚で、自信満々。
そんな大貴族達を前に、フェイは殊勝そうに俯いてみせた。
大きな話へ興味を抱きながらも、戸惑っているように。
……もっとも。
フェイを素直に操れると思っている時点で、大きな勘違いなのだけれど。
「ですが、僕は非才の身。
皆様のお名前すら存じ上げません。
伯母上には恩もあります。
見も知らぬ方々へ、簡単に信頼を預けるわけには……」
「ならば、これを見せてやろう。
我らの盟約の証ゆえ、渡すことはできんがな」
「これは……」
テーブルへ広げられたのは、一枚の羊皮紙。
フェイは静かに立ち上がり、その文書へ視線を走らせた。
書き出しには、
『シュトルムスルフトの未来を憂い、栄光を取り戻さんと願う者達の集い』
そう記されている。
その下には誓約文。
そして参加者達の署名が並んでいた。
昔の日本で言うなら、血判状のようなものだろうか。
「なるほど……。
大物揃いですね。
大伯父上だけではなく、名だたる侯爵、伯爵方のお名前まで」
フェイは、一文字一文字を確認するように署名へ目を通しながら、静かに呟く。
「当然だ。
シュトルムスルフトでも特に歴史ある名家のみ、この集いへの参加を許している。
新興貴族どもは、アマリィヤの力や新しい施策、新しい食などに尻尾を振るばかりだからな」
「良――く分かりました。
誰が、シュトルムスルフトの裏切り者なのかが」
「何っ!」
「リオン」
羊皮紙から一度も視線を外さないまま、フェイは右手を静かに掲げた。
その掌へ、風の王の杖――シュルーストラムが音もなく現れる。
「エル・シュルーセン」
小さく紡がれた呪文。
確か、風の初級魔術。
小さな突風を起こすだけの術だったはずだ。
だが、室内を駆け抜けた風は、決して軽くはない羊皮紙を一気に天井近くまで巻き上げ――
「何っ!?」
一瞬で頭上へ跳んだリオンの手へ、それを正確に運んだ。
状況が理解できず呆然と立ち尽くす男達。
その前で、フェイは静かに口角を上げる。
風の王の杖、その先端に輝く星の虹水晶が、まるで地上へ降り立った太陽のように眩く煌めいた。
そして次の瞬間――
「そんな……馬鹿な」
「何が起きたというのだ!?」
彼らの姿は、室内から跡形もなく消え失せていた。




