風国 風国の大祭と裏側の思惑
翌日、シュトルムスルフトの大祭は『聖なる乙女』の舞によって、華やかに幕を開けた。
私は舞を終えた後、すぐに下がったので、直接お祭りを見ることはできなかったけれど。
「ほら。見るがいい」
「うわ~、みんな楽しそうですね」
神々の空間、疑似クラウドで私とピュールが浮かぶ目の前に、風の精霊神にしてこの国の守り神、ハジャルヤハール様――愛称ジャハール様が、テレビのような映像を浮かべて見せてくれた。
舞の後の精霊神様へのご挨拶。
今日は私とピュールだけだ。
大通りを埋め尽くす人々。
路肩を埋める屋台の数々は目を見張るほど鮮やかで、人々は店を冷やかしながら買い物を楽しんでいる。
服や飾り物、屋台遊びの店が主だけれど、食べ物の店もけっこう多い。
干しナツメヤシ、干し杏、ザクロ、ヤシの実のジュース。
冷水で冷やしたキュウリ風野菜や蒸かしパータトなど、そのまま食べられるものを売る店が多いのは、たぶん複雑な調理が必要なく、屋台でも出しやすいからだろう。
一方で、アルケディウスから伝わったソーセージや燻製肉を焼いて売っている店もある。
巨大な薄切り肉を大きな棒に貼り付けて炭火で焼くケバブや、羊の臓物を茹でて味付けし、パンに挟んで売る店には行列ができていた。
まだアルケディウスほどではないけれど、シュトルムスルフトでも食事を楽しむ習慣が戻ってきているみたいで、本当に良かったと思う。
「うわっ! あれはサバサンド? 美味しそう!」
「揚げるのではなく、グリルしたものだがな。最近、アマリィヤが海辺の街と王都の転移陣を繋いだから、海産物も少しずつ入ってくるようになった。淡水魚も最近はけっこう食べられているぞ。ナマズとか、サーモンとか」
「ナマズ」
日本ではあまり馴染みがなかったけれど、外国ではポピュラーな白身魚だと聞いたことがある。
フィッシュアンドチップスのような魚のフライも、地域によってはナマズで作ったりするんだって。
女王に就任されてから、アマリィヤ様が政務と同時に力を入れているのは、長い年月で壊れていた転移陣の修復だ。
この三年の間に、国内の各都市と王都を直接結ぶものは、ほぼ完全に修復されたという。
事前申請と使用料は必要だけれど、普通に旅をするよりは早いし、総合的に見れば安い。
そのため、大貴族はもちろん、一部の商人達も利用するようになったとか。
そのおかげで今では、海の魚が普通に王都のまな板の上へ乗るようになっている。
「ふむ。風の魔術が使えるというのは、やはり大きな強みになるな。移動時間を短縮できるのは大きい」
「とはいえ、便利だからといってあまり転移術に頼られてもな。転移陣で運べるものや量には限りがある。大量輸送には向いていないし、せっかく石油があるのだから、自動車や船をもっと活用してほしいところだ」
ピュールとジャハール様はそんな会話をしながら、まるで国を導く神様のように、下界の人々とその営みを見守っている。
あ、本当に神様だった。
「まあ、こんな賑やかで楽しげな風景を見られるようになったのも、お前のおかげだ。感謝しているぞ、マリカ」
「いえ、私は大したことは何も。アマリィヤ様をはじめとする、シュトルムスルフトの方々の努力のおかげです」
心からそう思う。
だって、三年前とはまったく違うもの。
街並みに見える、華やかな色合いのスカーフや服。
あれは、きっと女性達だ。
店で忙しく働いている人も多い。
ここ数年で女性の社会進出が進み、外に出ることが当たり前になってきたからだろう。きっと。
「まあ、それはそうだ。アマリィヤはとてもよく頑張っている。王の資質、人の才能や能力、努力に、男女の差はないのだと証明してくれているのだからな。
ただ、アレも思い込んだら一直線なところが俺に似ていて、フェイのこととなると色々とな」
「色々?」
「ほら、見ろ……というか聞け」
くい、とジャハール様が指さす。
映像の焦点が合ったのは、祭りの一風景。
リュートを抱え、唄う吟遊詩人の姿だった。
「~♪~♪ 讃えあれ、風の王子~♪
聖なる乙女と共に、大陸を守護し、風を渡る~♪」
「え?」
人々が取り囲む輪の中で、吟遊詩人の青年が誇らしげに歌っているのは……。
「フェイの歌?」
「フェイとはっきり名指しされているわけではないがな。アルフィリーガ伝説と同じように名は伏せているが、分かる人には分かるという形で、『聖なる乙女』の義兄弟。風国から生まれた孤児でありながら、才能と努力で実力を示し、自らの力で地位を築いた天才の物語が唄われている」
「……もしかして、アマリィヤ様が仕組んで?」
「ああ。仕組んだというか、王族として戻ってきた時に、民に受け入れられやすくするためだろうな。精霊神の試練を潜り抜け、王の杖を手に入れた王子の伝説劇もあるぞ」
「うわ~」
フェイが知ったら、顔を真っ赤にしそうだ。
恥ずかしがるか、怒るか。
だから移動の時、フェイまで大歓迎されていたのか。
アマリィヤ様は、本気でフェイに戻ってきてほしいと考えている。
それは二年前、フェイの素性がはっきりした時から変わらない。
何度も、何度も言っていた。
フェイが望まないなら無理強いはしないと誓っているけれど、その気持ちまでは消えないのだろう。
愛する妹の忘れ形見。
ただ一人、弱音を吐ける身内。
国に戻り、自分を補佐してほしい。
できるなら、王位を譲りたいとさえ思っている。
でもフェイは今回、王家の籍を放棄するつもりだって言ってた。
その旨は、内々には伝えてあるそうだけれど。
アマリィヤ様は納得してくださるのかな。
「あ、フェイと言えば忘れてた。
精霊神様。はい、これ。頼まれたものを持って来ました」
「ご苦労」
私は大事なことを思い出し、服の隠しから透明な石を取り出して、ジャハール様に渡した。
ちなみにジャハール様は、今は巨大精霊神モードで威圧をかけてはこない。
私と同じくらいの背丈。ティーンエイジャー風のお姿で、私から受け取った石を空中に放り投げると、私達が見ていた映像画面の上へ金色の触手で接続した。
フェイが受けた勧誘について、ピュール経由で相談したところ、お力を貸してくださると言ってくれたのだ。
これは、一般の人達が精霊の術道具と呼んでいる品物。
その中でも一番フラットなタイプになる。
科学的に言えば、ナノマシンウイルスの結晶体。
これに魔術師や精霊神が用途をプログラミングすることで、様々な便利道具として使えるのだ。
携帯用コンロのように火をつけたり、光を灯したり。
水を溜めるバケツ代わりにしたり、冷気を留めたり。
力を使い切ったら、神殿の神官や魔術師に補充してもらい、再度プログラミングしてもらうことでまた使用できる。
新しい星に移住したばかりで、まだ科学技術を再現できなかった時代。
地球移民を助けるために精霊神様方が作った、苦肉の策だったそうだ。
ちなみにカレドナイトもナノマシンウイルスの結晶体ではあるけれど、あれはこの星の地殻や火山の力を借りて超圧縮されたもので、新しく作るのは難しいとのこと。
結晶体を新しく作れるのは、自らの力で無色のナノマシンウイルスを作るステラ様。
ナノマシンウイルスの増殖に大きな力を発揮する『神』。
もしくはその意図と力を預かる『精霊』くらい。
精霊神様達は、フラットなものを新しく作ることはできないという。
作れば自分の属性に傾いてしまうからだ。
今は、私とリオンが作ることができる。教えてもらったから。
とはいえ、最低限の数はもう存在しているし、あまり多くあると科学の発展を妨げてしまう。
だから作れることはあまり言いふらすなと、アーレリオス様にも命じられている。
私も、こうして精霊神様に頼まれた時や、本当に特別な時にしか作るつもりも使うつもりもない。
ただ、結婚してアルケディウスを離れる時には、家族へ御守り代わりに作ってあげたいなとは思っているけれど。
今回頼まれて作ってきた品は、言ってみれば録画・録音用のブランクファイル。
今、某所で起きている事柄を見て、保存し、記録するためのものだ。
精霊神様達はその気になれば、今見せてくれたように、自分の国の中でどこで何がされているか、つぶさに見ることができるという。
たぶん、空気中に散っているナノマシンウイルスから。
あるいは、その人間の体内に流れるナノマシンウイルスから、情報や映像を繋ぐことができるのだ。
もちろん、その気になれば、の話であって、自国にいる百万人を超える人々が今何をしているか、常に把握しているわけではないだろう。
そんなことをしたら気が狂う。
個人情報を狙い撃ちして見るのもプライバシーの侵害。
まあ、神様に人の言い分など通じないだろうけれど、優しい精霊神様達は必要がない限り、そんなことはしない。
だから、私は目の前でジャハール様が映像のチューニングを合わせるのを見ていた。
今は、きっと『必要な時』。
「マリカ。この石と同じものを、アマリィヤにも渡してあるな?」
「はい」
「よし。ならば良い。始めるぞ」
「お願いいたします」
微かに空気を震わせる音がして、空中に映し出されていた画像が街並みから室内へと移り変わる。
王宮にも負けず劣らず豪奢な部屋の中には、数人の男達と、そしてフェイ。
「つまり、貴方達は私に、伯母上を裏切り国王になれとおっしゃるのですね?」
冷静で静かな口調で紡がれているように聞こえるその言葉には、フェイをよく知る私達が聞けば分かる、明らかな侮蔑が宿っていた。
でも、どうやら目の前の彼らは気付けないようだ。
相当に目が曇っている。
欲とか、自分の保身とかで。
「裏切るなどと人聞きの悪い。ただ、我々は真にこの国の未来を憂い、正しき王位継承者、選ばれし王の杖の保持者に王位についていただきたいと、そう願っているのだ。
風の王子。『聖なる乙女』の忘れ形見よ」
彼らの都合の良い夢話を、フェイと、彼の後ろに立つ文官と護衛士。
そして私達は遮らず、黙って聞いていた。




